昼前の中休み、穂乃果達は中庭に来ていた。
「やっぱり長門君、受けてくれなかったね」
「ええ。少なくとも、生徒会長のようにスクールアイドルそのものを否定している訳ではなさそうですが………」
ベンチに腰掛け、そんなやり取りを交わすことりと海未。
今朝は勧誘に失敗した彼女等だったが、その後も休み時間になると、然り気無く紅夜にスクールアイドルの話題を振ってみたのだ。
その結果、紅夜は話には応じるものの、いざ穂乃果達がマネージャーに誘うと、最後まで言い終えるのも聞かずに拒否の言葉を口にしていた。
「断る際には、決まって『親しい仲間としかやらない』とか信用がどうとか言っていましたが、あれは一体、どういう意味だったのでしょう………?」
顎に手を当てるという何とも古典的な思考ポーズを取り、紅夜が放った言葉の意味を考える海未。
自分達と紅夜は、未だ出会って1週間も経っていない。そのため、親しさだの信頼だの言われたところで、どうしようもないのだ。
「……ねぇ、穂乃果ちゃんはどう思うの?」
ことりは、先程から俯いたまま一言も喋らない穂乃果へと話題を振る。
「ん~?ふぁ~に?」
そう言って顔を上げた穂乃果は、キョトンとした表情を浮かべてパンを頬張っていた。普段騒がしい彼女がいつになく静かだったのは、これが原因だったらしい。
「はぁ……またパンですか?」
「だって私の家、和菓子屋だからね。パンが珍しいの知ってるでしょ?」
呆れ顔で言う海未に、穂乃果がしれっと言い返す。
「それは知っていますが、昼休みでもないのに間食ばかりしていたら、太りますよ?」
「そうだよねぇ~」
全く反省した素振りも無いまま、再びパンを頬張る穂乃果。
これは何度も言い聞かせているのだが、一向に改善される気配は無い。
「やれやれ、貴女という人は……」
「あはは……まあ、コレが穂乃果ちゃんだからね~」
最早何を言っても無駄だと思ったのか、注意するのを止めてしまった海未に、ことりが苦笑混じりにそう言った。
「あっ、皆そんな所に居たんだ!」
そんな3人の元に、これまた3人の女子生徒が駆け寄ってきた。
彼女等は穂乃果達のクラスメイトで、各々の名はヒデコ、ミカ、そしてフミコだ。
「いやぁ~。掲示板見たよ、お三方」
「「……掲示板?」」
ヒデコが放った掲示板という単語に、海未とことりが聞き返す。
「スクールアイドル、始めたんでしょ?」
「まさか、海未ちゃんまでやるとは思わなかったなぁ~。幾ら3人が幼馴染みとは言え」
「まあ取り敢えず、何か手伝える事があったら言ってね!」
「「……………」」
そう口々に言うヒデコ達だが、海未とことりは訳が分からず、ただ困惑した様子で顔を見合わせるばかりだ。
自分達がスクールアイドルを始めた事を知っている生徒は、未だほんの一握りしか居らず、クラスメイトの中でその事を知っているのは、記憶が正しければ紅夜だけの筈だ。
「あ、あれっ?掲示板にあのチラシ貼ったのって、穂乃果達だよね?」
そんな海未達の反応を不思議に思ったのか、ヒデコが首を傾げる。
「い、いや。それはですね……」
そう言いかけた海未は、ちょうどパンを食べ終えた穂乃果の顔を無理矢理自分の方へ向けた。
「穂乃果………貴女まさか、掲示板に何か貼ったのですか?」
「うん、ライブの告知!」
ずいっと顔を近づけて問い詰める海未に、満面の笑みで答える穂乃果。
すると、海未は徐に立ち上がって穂乃果を立たせ、ことりも伴って掲示板を確認しに走った。そして掲示板の前に着くと、そこに貼られてある1枚のチラシを見て凍りついた。
穂乃果が言ったように、新入生歓迎会の日の放課後にライブを行う事が書かれていたのだ。
「な、何をやっているんですか!貴女という人はァーーッ!!」
周りなど知った事かと言わんばかりに、声を張り上げる海未。その声は、校舎全体を揺るがす程大きかったという。
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「全く………前々から思っていましたが、穂乃果は見通しが甘過ぎます!未だライブの事なんて何1つ決まっていないのに、広告を貼るなんて!」
教室への道中、海未が再び小言を述べる。
「え~?でも、ことりちゃんは良いって言ってたよ?」
「そういう問題じゃありません!」
言い訳無用とばかりに、穂乃果の言い分を一蹴する海未。これについては言うまでもなく、彼女の方が正しかった。
現時点で彼女等がやった事と言えば、精々講堂の使用許可を貰った事だけ。つまり、ライブで使う曲や振り付け、衣装は勿論出来ておらず、そもそも練習すらしていない。
そんな状態でライブの告知を出して全校生徒に知らせては、失敗した時に取り返しがつかなくなるのだ。
ライブの告知を出しておきながら、『何も決めていなかったので間に合いませんでした』と言われて納得する者など、誰も居ないだろう。
「兎に角、穂乃果はもう少し先の事を考えた上で行動してください。ことりも、せめて私にも声を掛けるくらいは………ん?」
この現状の原因の1人であることりにも注意をしようとする海未だったが、当の本人は真剣な表情を浮かべ、スケッチブックに何かを書き込んでいた。
「ことり?何を書いているのですか?」
おずおずと声を掛ける海未だが、ことりからは何の反応も無い。
「……よし、こんな感じかな」
そうして暫く沈黙していたことりだが、作業を終えたのか満足そうに頷くと、穂乃果達に見せた。
「ねぇ、見て!ライブの衣装考えてみたの!」
そう言ってバッと裏返されたスケッチブックのページには、彼女が考えた衣装に身を包んだ穂乃果達3人が描かれていた。
「おぉ、可愛い!凄く可愛いよことりちゃん!」
「えへへぇ~」
それを見た穂乃果は目を輝かせて絶賛し、ことりは照れ臭そうに頬を掻いた。
「このカーブしてる部分がちょっと難しそうだけど、頑張って作ってみるね!」
胸の前で拳を握り、可愛らしく気合いを入れることり。
「…………」
穂乃果とことりが盛り上がっている傍らでは、海未が神妙な面持ちでその絵を見ていた。
「ねぇ、海未ちゃんはどう思う?」
「えっ?あ、その………」
「可愛いよねッ!ねぇ海未ちゃん!」
笑顔で訊ねてくる2人に気圧されながら、海未は絵のとある部分を指差した。
「こ、この辺の、スーッと伸びているものは何ですか?」
彼女が指差したのは、3人が穿いているスカートの下から靴に向かって伸びている部分だ。
「何って、足よ?」
「……それはつまり、素足にこの短いスカート、という事でしょうか?」
「そうだよ?だってアイドルだもん!」
笑顔を崩さないまま、ことりは答えた。
彼女の言う通り、スクールアイドルでもプロのアイドルでも、スカートを着用する時は大抵丈の短いものを使用しており、それがアイドルのイメージだと言われている。
勿論、ズボンや丈の長いスカートを着用する事もあるだろうが、やはりこのように短いスカートを見る事の方が多いのだ。
「…………」
ことりの絵を凝視していた海未は、この衣装を着てステージに立っている自分の姿を思い浮かべたのか、ほんのりと頬を染める。そして自分の足へと視線を落とし、恥ずかしそうに擦り合わせた。
「大丈夫だよ!海未ちゃん、そんなに足太くないし!」
「人の事言えるのですか?普段から間食ばかりしている貴女が!」
何とも微妙なフォローを入れる穂乃果だが、海未に指摘されると確認するかのように自分の体を触っていく。
「……よし、ダイエットだ!」
「2人共、大丈夫だと思うんだけどなぁ~」
ことりが苦笑混じりにそう言った。
実際、彼女等3人はダイエットが必要な程太っている訳ではなく、寧ろスタイルは良い。
そのため、ダイエットと言うよりはアイドル活動が出来るだけの体作りと言った方が適切だろう。
何せアイドルは、数分間歌いながら笑顔で踊るのだから、当然それについていけるだけの体力が必要となってくるのだ。
現に、紅夜達MAD RUNや瑠璃達BLITZ BULLETの面々も、先ずは体作りから始めるなど、遊びでやっているにしては本格的なやり方で練習を重ね、今に至る。
彼等のダンスや演奏は基本的に動きが激しく、アクロバティックな動きも多いため、遊びでも十分に体作りをしておく事が必要だったのだ。
「はぁ~あ、他にも決めなきゃいけない事がいっぱいあるよね」
体を軽く伸ばしながら、穂乃果がそう言った。
「そうですね………因みに聞きますが、穂乃果は何から決めていくべきだと思いますか?」
そう訊ねる海未の目は、何処と無く穂乃果を疑っているようだった。
穂乃果なりに考えているのかと思う一方で、もしかしたらどうでも良い事を考えているのではないかという予想もあったのだ。
「何って、そりゃあサインでしょ?町を歩く時の変装とか振る舞い方でしょ?それからそれから……」
「はぁ………まあ、どうせそんなものだろうと思ってましたよ」
そして予想通りの答えが返された事で、海未は盛大に溜め息をつきながら右手で顔を覆う。
「……ところで、皆」
そこで、ことりが口を開いた。
「穂乃果ちゃんが言ってた事は取り敢えず置いといて、先ずは名前だけでも決めちゃわない?」
「名前って……何の?」
「何って、グループの名前だよ?」
「「………あっ」」
小さく声を漏らし、互いに顔を見合わせる2人。
穂乃果は勿論だが、海未も盲点だったと言わんばかりの表情を浮かべるのだった。
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「う~ん……」
「中々、良い名前浮かばないね」
あれから時間は流れ、今は放課後。図書室へ移動した穂乃果達はグループの名前の案を出し合っていた。
「何か、私達に特徴があれば良いんだけど……」
「3人共、性格も全員バラバラですからね……」
そう言って深く溜め息をつく穂乃果と海未。
「じゃあさ、単純に私達3人の名前を使って"ほのかうみことり"なんてどう?」
「そのまんまじゃないですか。少なくとも、スクールアイドルの名前として使えるようなものではありませんよ?」
「何か、芸人さんみたいだね……」
「だったら、海未ちゃんが海でことりちゃんが空、私が陸で"陸・海・空"なんてどうかな!?」
「自衛隊じゃないんですから……」
案を考えるものの立て続けに否定されてしまい、穂乃果は机に突っ伏す。
「やっぱり難しいね。グループ名考えるのって」
「ええ。私達のネーミングセンスもあるかもしれませんが、まさかこうも時間が掛かるとは………」
そんな穂乃果に苦笑を浮かべながらことりが言うと、海未は相槌を打った。それと同時に、自分達がスクールアイドルを始めるにあたって、本当に何の準備もしていなかったという事を実感させられ、表情を曇らせる。
「(長門君なら、何か良いアイデア浮かんだりしないかな?)」
机に突っ伏す穂乃果を見ながら、ことりが内心呟いた。
アメリカの仲間達と共に、バンド演奏やダンスをしていた紅夜。
もしかしたら、そのグループに名前を付けている可能性もあるため、それを参考に出来るのではないかとことりは考えていた。
実際、彼が率いるチームにはMAD RUNという名前があるのだが、それにはちゃんと意味が込められており、『ストリートレースで狂ったように爆走する走り屋』というのがこのチーム名の意味である。
「……あっ、そうだ!」
そこで、不意に穂乃果が顔を上げた。
徐に立ち上がり、ペンを持って図書室を飛び出していく。
「ほ、穂乃果?何処へ行くのですか?」
そんな彼女の行動に戸惑いながら、海未とことりも後を追って図書室を出る。
2人が穂乃果に追い付いたのは、ライブの告知が貼られた掲示板の前だった。
「えっと、この辺をこうして………良し、コレでOK!」
チラシ何かを書き付け、その下に穴が開いた箱を置く。
海未達がチラシに目を向けると、そこには『グループ名募集!』と書かれていた。
下に置かれた箱は、投票箱なのだろう。
「丸投げですか……」
「だってアイデア浮かびそうにないし、それにこうすれば、もっと興味持ってもらえるかなって思って!」
呆れたように言う海未に、穂乃果はそう返した。
彼女の言う通り、あのまま図書室で唸り続けたところで大したアイデアは出てこなかっただろうし、グループ名を募集すれば、生徒達の興味を引けるかもしれない。
そして何より、こうする事によって歌やダンスを練習する時間が確保出来る。そう考えれば、グループ名を募集するという穂乃果の案は無意味ではなかった。
「さて、これでグループ名は一先ず良しとして、次は歌と躍りの練習だー!」
腕を振り上げて気合いの入った声を上げる穂乃果に、海未とことりは頷く。
こうして彼女等の行動は、次の段階へと移るのだった。