あれから時間は飛んで、今は昼休み。昨日と同じように穂乃果達の勧誘から逃げた紅夜は、この試験生生活で初の購買を訪れていた。
というのも、普段は深雪が弁当を作るのだが、今日は紅夜の家を出るタイミングが早かったために間に合わなかったのだ。
また、紅夜自身もコンビニ等に寄らず真っ直ぐ登校したため、こうして校内で昼食を購入する必要があったのだ。
因みに紅夜が家を出る際、深雪が息子の弁当を作れない事を悔やんでいたのは余談である。
「(それにしても、購買の飯ってのは1個1個が小せぇな………まあ、分かってた事だが)」
ショーケースに並ぶ食べ物を眺めながら、紅夜は内心呟いた。
ケースに並んでいる食品は、種類別に並べられた菓子パンやおにぎり、透明なパックに入った焼きそばや唐揚げといった軽食だ。
女子生徒が食べるならこれで十分かもしれないが、男である紅夜からすれば少々物足りない。
ならば学食に行けば良いだけの話だが、流石にあの女子だらけの空間に単身乗り込むのは勇気が要る。
ただでさえ教室でも未だ気まずさを感じているのに、講堂程ではないにせよ広い空間に男は自分だけ、そして他が全員女子生徒となれば、気まずさで満足に食事も摂れないだろう。
「(やれやれ、我ながら面倒な性格になっちまったな)」
そんな自分自身に呆れながらショーケースの中身をまじまじと見つめ、今日の昼食を物色する紅夜。そして、約1分間ショーケースの中身とにらめっこした末、おにぎり数個と焼きそばパックを購入した。
そして人気の無い校舎裏へと移動すると、1つだけポツンと置かれていたベンチに腰を下ろした。
「ふぅ。この静かな空間、落ち着くなぁ………我ながら良い場所を見つけたモンだ。人気も無いし、放課後の暇潰しにはうってつけだ」
居間で茶を飲んで和む老人のような表情でそう呟き、購入した昼食を食べ始める紅夜。
他人が見れば独りぼっちの寂しい食事だと思うだろうが、紅夜からすれば逆に心地好かった。
この女子校に通う唯一の男子生徒なのだから、他の生徒から視線を集めるのは当然の事だと理解はしている。だが、やはり赤の他人からの好奇の視線に晒されて気まずい思いをしながら食べるよりは、誰も居ない所へ移動して1人で食べる方が何倍も気が楽だった。
そのためかどんどん手が進み、紅夜はあっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさま………さて、これからどうするか」
ゴミを袋に入れた紅夜は、そう言って空を仰いだ。
今日も今日とて、天気は快晴。ポカポカと暖かく、日向ぼっこにはうってつけだ。
「……ん?」
暫く空を見上げていた紅夜だが、突然スマホから聞こえてきた着信音で現実に引き戻される。
ベンチュラ・ベイかフォーチュンバレーの仲間かと思ってスマホを取り出すが、掛けてきたのは彼の予想とは違った人物だった。
「はい」
『ヤッホー、紅夜君!私だよー!』
電話越しに聞こえてくるのは、可愛らしさを感じさせる女性の声。
紅夜の幼馴染みの1人にして、瑠璃が率いる走り屋チーム、BLITZ BULLETのメンバー、草薙雅である。
「おお、雅か。お前から電話してくるなんて珍しいな」
『いやぁ~、何と無く紅夜君とお話したくなってね。今何してるの?時間的に昼休みだと思うんだけど』
「ああ、1人でリラックス中だ。中々良い寛ぎスポットを見つけてな、今は俺だけの貸し切りだ」
そう言って、水筒の茶を口に含む紅夜。その余裕そうな態度からは、彼が心の底からリラックスしているのが分かる。
『1人でリラックスねぇ………寂しくないの?』
「いや別に、寧ろ気が楽だよ。誰の目も気にしなくて済むから、此所でなら眼帯外しても良いんじゃないかと思えるくらいにな」
清々したとでも言うような口調で答えると、スマホから雅の苦笑が聞こえてくる。『やっぱりね』と笑いながら呟いている事から、どうやら紅夜がそう答えるのは予想していたようだ。
「ところで、お前は何してるんだ?確か今日も仕事だったと思うんだが」
『うん。午前の仕事が一段落したから、今はお昼ご飯食べてるよ~』
雅のそんな答えに続き、電話越しに何かの袋を開ける音が聞こえ、更にかぶりつく声が聞こえてきた。
すると、紅夜の表情が呆れ顔になる。
「もしかして、お前また菓子パン食ってんのか?ホント好きだよな」
『しょうがないじゃん。だって私、甘いもの大好きなんだもん』
ベンチに寝転がりながら言う紅夜に、まるで子供が言うような返事が返された。
「(そう言えばコイツ、学校でも菓子パンばっか食ってたって瑠璃も言ってたっけ。それで今でも変わらず食ってるとはな………何時か体重計の上で悲鳴上げてるのが目に浮かぶぜ)」
『むむっ。紅夜君、今凄く失礼な事考えなかった?』
「滅相もございません」
女の勘は当たるとはよく言ったもので、怪しむような声色で訊ねてくる雅にそう言いながら、紅夜は首を横に振った。
普段は明るく、子供っぽく振る舞う雅だが、体重や年齢といった女性が気にするような話題には人一倍敏感だ。ましてや、そんな彼女に向かって、冗談でも『太るぞ』等と口にしようものなら、途轍もないしっぺ返しを受ける事になるのは言うまでもない。
実際、過去に達哉が冗談半分で雅をからかった際、彼女や瑠璃達によって袋叩きにされているのだから。
その事が、『女子に体重の話をするべからず』という教訓として、紅夜達男性陣の頭の中に今でも残っている。
『ふ~ん…………まあ、別に良いけどさ』
若干の疑いを残しつつも深くは聞いてこなかった雅に、紅夜は内心で安堵の溜め息をついた。
アメリカでの生活で鍛えられており、喧嘩には慣れている紅夜でも、達哉の二の舞になるのはごめんだ。
それから暫く話した紅夜は、最後にまた6人で集まる約束をした後、通話を終えて教室へと戻っていく。
「………………」
だが、紅夜は気づかなかった。1人の女子生徒が、ある教室の窓から自分の背中をじっと見つめていた事には…………
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「逆効果、か……」
時間は少し遡り、紅夜が雅と話している頃、中庭には穂乃果達3人組の姿があった。
普段なら弁当を食べながら談笑している3人だが、今日は何やら元気が無い。
「そうかもなぁ………私、ちょっと簡単に考えてたのかも」
「やっと気づきましたか……」
溜め息混じりに小さく呟いた穂乃果に、海未が呆れたように言葉を返す。
「でも私だって、別にふざけてやろうって言った訳じゃないんだよ?今日だって、海未ちゃんが考えた練習メニュー、ちゃんとこなしたんだから」
「………確かに今朝の練習では、2人共頑張っていたと思います。ですが、生徒会長が言っていた事も、また事実です。そこのところはしっかり受け止めないといけません」
「そうだよね………本番まで、もう1ヶ月もないんだし」
神妙な表情を浮かべ、そんなやり取りを交わす3人。彼女等がこうなっているのは、ある休み時間に起きた出来事が原因だった。
その休み時間、穂乃果達はスクールアイドルの宣伝をすると共に、真姫に作曲を依頼するために1年生の教室を訪れて宣伝を行い、その後教室に入ってきた真姫を屋上に連れ出して作曲を頼んだのだが、ロクに話も聞いてもらえず断られてしまったのだ。
とは言え、ただ断られただけならこうして神妙な表情で話し合う必要は無かっただろう。だが、問題はこの後。
真姫と入れ替わるようにして屋上にやって来た絵里の言葉が、彼女等がこうして話し合う事になった原因だ。
──今までスクールアイドルが無かったこの学校で、『やってみたけどやっぱり駄目でした』なんて事になったら、皆どう思うのかしら?
──私も、この学校を無くしたくない。生徒会長として、この学校を存続させようと本気で思っているわ。だからこそ、この問題を簡単に捉えてほしくないの。スクールアイドルなんてお遊びで解決出来る程、この問題は簡単じゃないんだから。
冷たい眼差しと共に放たれたその言葉は、穂乃果達3人の心に重くのし掛かっており、特に穂乃果に至っては余程ショックだったのか、その後の授業も殆んど集中出来ていなかった。
「ライブをやるにしても、曲くらいは早く決めておかないと。躍りの振り付けとかもあるし」
ことりの言う通り、曲が決まらなければ振り付けも考えられず、体力作りだけで終わってしまう。
今の穂乃果達は、作曲や時間という数々の問題に追い詰められていた。
「とは言っても、あの1年の彼女以外の作曲者を探している時間はありません。歌は他のスクールアイドルのものを歌うしかないでしょうね。最悪の場合は、振り付けも」
「……………」
海未のそんな呟きに、穂乃果は何も言えなかった。
一応、歌詞は海未が作ったものがある。中学時代は何度も詞を作り、今となってはそれが黒歴史となっていたために頑なに拒否する彼女を説得し、朝練習のメニュー作りを全て一任する事を条件に作成されたものだ。
"START:DASH"というタイトルが付けられたそれは、スクールアイドルを始め、走り出そうとしている穂乃果達にピッタリの内容だ。
当然、穂乃果とことりもこの歌詞を気に入り、これを自分達のファーストソングにしようと決めたのだ。
しかし、もし海未が言ったように他のスクールアイドルの歌を使う事になれば、彼女が考えたこの歌詞は没案となってしまう。
時間が無いのだから我が儘を言っていられないと分かってはいるのだが、心の何処かに、それを受け入れられない自分が居た。
結局、穂乃果達の会話は海未の呟きを最後に途切れ、互いに無言のまま教室へと戻る。
3人が教室に入ると、反対側のドアから紅夜が入ってくるのが見えた。
彼は他のクラスメイト達の間をすり抜けるようにして席に戻ると、教材を広げて次の授業の予習を始める。
「(そう言えば、今日も長門君には断られちゃったなぁ………しかも、昼休みになったら直ぐ出ていっちゃったし)」
今朝、朝練習を終えて登校し、教室で紅夜を見つけるや否や勧誘して速攻で断られ、昼休みに再び声を掛けようとして逃げられたのを思い出し、苦笑を浮かべる穂乃果。
「穂乃果、どうしました?そんな所で呆然として」
「………ううん、何でもないよ海未ちゃん」
怪訝そうに訊ねてくる海未にそう返すと、穂乃果も自分の席について教材を広げるのだった。
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放課後、トイレから戻ろうとしていた穂乃果は、掲示板の前でふと立ち止まる。そこには自分が貼ったポスターと、グループ名の募集箱が置かれていた。
「練習は進んでるの、穂乃果?」
軽く眺めていると、背後から声が掛けられる。
声を掛けてきたのは、ヒデコ、フミコ、ミカの3人組だった。
「ライブ、手伝える事があったら言ってね」
「照明とかアナウンスとか、後お客さんの整理とかで、色々と人手が必要でしょ?」
「えっ………?」
次々投げ掛けられる言葉に、穂乃果は一瞬言葉が出なくなった。
「それって、つまり…………手伝ってくれるって事?」
「うん。て言うか、それ以外無いでしょ?」
何を言っているんだとばかりに苦笑しながら、フミコが言った。
「穂乃果達、学校のために頑張ってるんでしょ?だから私達も、何か手伝えないかな~って」
「クラスの皆も、応援しようって言ってるよ!」
ヒデコとミカも、言葉を続ける。その表情に、嘘偽りは無かった。
「それじゃ、頑張ってね!」
「うん、ありがとう!」
去っていく頼もしい友を見送った穂乃果は、投票箱の蓋を開けて中を覗き、目を見開いた。箱の中に、小さく折り畳まれたメモ用紙が入っていたのだ。
つまり、誰かがグループ名を考え、箱に入れたという事である。
「やった………!」
絵里に自分達の活動を否定され、更にライブまで時間が無い事で追い詰められていた彼女だが、友の励ましと募集箱に入っていたメモ用紙により、僅かに希望が見えたように感じた。
そして教室へ駆け戻ると、彼女の帰りを待っていた海未達にこの事を伝え、早速メモ用紙を広げる。
「えっと………コレ、何て読むんだろ?ユーズかな?」
首を傾げ、海未達にメモ用紙を渡す穂乃果。
「どれどれ………ああ、それは
メモ用紙を受け取った海未は、そう言って穂乃果に返した。
「神話の女神様かぁ………うん、凄く良いと思うよ!」
ことりの表情が輝く。穂乃果と海未も気に入ったのか、互いに顔を見合わせて頷いた。
「よぉ~し!今日から私達は、μ'sだ!」
メモ用紙を掲げ、高らかに宣言する穂乃果。
絵里には痛い正論を言われ、時間も殆んど残されていないという絶望的な状況だが、もう迷いは無かった。
「海未ちゃん、ことりちゃん。絶対にライブ、成功させようね!」
幼馴染み達の方を向き、穂乃果は言った。
「私、やっぱりやるよ。そりゃ、生徒会長にはあんな事言われたし、時間も殆んど無いよ。でも、それで全部終わっちゃった訳じゃない!簡単に諦めちゃ駄目!どんなに辛くても、絶対やり遂げるの!それが私なの!!」
「「…………………」」
未だ生徒が数人残っているのも構わずマシンガンの如く捲し立てる穂乃果に、思わず圧倒される海未とことり。
だが彼女が自分で言ったように、これが高坂穂乃果という人間だ。
どんなに苦しい状況に置かれても、決して諦めない。何度打ちのめされても、絶望的状況に突き落とされようと、しつこく這い上がってくる。
唐突に何かを思い付いては、周りを巻き込んで騒動を引き起こし、そして最終的にはハッピーエンドにしてしまう。それが彼女なのだ。
「………全く、穂乃果らしいですね。昔から何も変わっていません」
「うん………でも、そんな穂乃果ちゃんだからこそ、私達はついてこられたんだよ。今までも……そして、これからも!」
我に返った海未とことりも、笑みを浮かべて言った。
彼女等の表情も何時の間にか笑顔に戻っており、昼休みに見せた暗さはすっかり消えていた。
「それじゃ私、もう1回作曲頼んでくるね!」
「フフッ………はいはい」
「行ってらっしゃい、穂乃果ちゃん!」
2人の幼馴染みに見送られて教室を飛び出し、穂乃果は再び1年の教室へと向かうのだった。