ラブライブ!~アウトローと9人の女神~   作:弐式水戦

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第19話~アウトローとピアノ少女、そして再び勧誘~

 穂乃果達がμ'sとして新たに決意を固めた頃、1年の教室では1人の女子生徒が帰り支度を整えていた。

 ショートボブの若葉色の髪に眼鏡を掛け、何処と無く庇護欲を掻き立てられる容姿を持つ彼女の名前は、小泉花陽。以前、秋葉原で不良風の男達に絡まれていたところを紅夜に助けられた1人である。

 

「ねぇ知ってる?この学校にスクールアイドルが出来たんだって!」

「知ってる知ってる。昨日屋上へ練習しに行こうとしてるの見たし!」

「まさか、うちの学校でスクールアイドル始める人が出てくるなんてね~」

 

 廊下に出ると、上級生なのであろう女子生徒達がそんなやり取りを交わしているのが聞こえてくる。皆、この学校でスクールアイドルが発足した事に驚いているようだ。

 勿論、それは花陽も例外ではない。

 まさか、この学校でスクールアイドルが発足するとは夢にも思っておらず、掲示板でライブの告知を見た時は、見間違いではないのかと何度も見直した程である。

 だが、これは夢でもなく、見間違いでもない。現実だ。

 この音ノ木坂学院でスクールアイドルが発足したという話は、本当だったのだ。

 

「……………」

 

 花陽はロッカーから荷物を取り出しながら、あの休み時間の出来事を思い浮かべた。

 

 次の授業の用意をしているところへ何の前触れも無く教室に入ってきた3人の女子生徒は、自分達はスクールアイドルだと名乗り、グループ名を募集している事やライブを予定している事を堂々と発表した。

 いきなりの出来事に他のクラスメイトが困惑する中、花陽は違った眼差しを彼女等に向けていた。

 それは、憧れや羨望を含んだ眼差しだった。 

 

 元々引っ込み思案で自分に自信が持てない彼女は、何をやるにしても『自分で大丈夫なのか』等と深く考えすぎてしまい、その結果、何も出来ずに終わらせてしまっていた。

 スクールアイドルの事もそうだ。幼い頃から彼女はアイドルに強い憧れを抱いており、今では大のスクールアイドル好きになっていた。

 自分もやってみたいという気持ちはある。アイドルが好きだという気持ちや情熱は、誰にも負けないつもりだ。しかし、始めるための第1歩がどうしても踏み出せない。

 自分の引っ込み思案な性格が、それを邪魔するのだ。

 

 そんな自分とは違い、あの3人は堂々とスクールアイドルとして活動している。

 引っ込み思案な自分では出来ない事が、彼女等には出来ている。それが羨ましくて仕方が無かった。

 

「(このままじゃ駄目なのは、分かってるんだけどな………)」

「か~よちん。そんな所に突っ立ってないで、早く帰るにゃ」 

 

 溜め息をついていたところに、親友の星空凜が声を掛けてくる。

 

「う、うん。帰ろ」

 

 親友にこんな情けない姿を見せる訳にはいかないため、花陽は無理矢理思考を切り替える。

 そして靴箱へ向かおうとすると、茶髪をサイドテールにした1人の女子生徒がやって来た。あの休み時間に教室に乗り込んできたスクールアイドルの1人、高坂穂乃果だった。

 

「あ~あ、やっぱり居ないかぁ……」

「にゃ?」 

 

 教室を覗き込んで軽く見回した彼女は、目的の人物が見つけられなかったのか小さく溜め息をつく。

 そんな彼女に、凜が相変わらずの猫口調で話し掛けた。

 

「ねぇ、あの子知らない?」

 

 凜に気づくと、唐突にそんな質問を投げ掛ける穂乃果。

 当然、そんな聞き方をしたところで普通は答えられない。せめて、名前やどんな人物なのかを言ってくれなければ、答える側は候補すら挙げられないのだ。

 

「あの子……?」

 

 現に、凜はこてんと首を傾げており、困ったような表情で花陽の方を向いている。

 『かよちん、分かる?』と、その目は語っていた。

 

「えっと………先輩が、探してるのって……西木野真姫さん、ですよね?歌とピアノが上手い」

「あっ、そうそう。その子だよ!西木野さんっていうんだね!」

 

 花陽が恐る恐る言うと、穂乃果は表情を輝かせた。

 先程訪ねてきた時に真姫を連れ出した事から何と無く予想していたが、それは見事に的中していた。

 

「いやぁ、もう1回西木野さんとお話したくて来たんだけど………流石に帰っちゃってるよね」

 

 そう言って、おどけたように手を額に当てる穂乃果だったが、そこへ凜が話に入ってきた。

 

「西木野さんだったら、音楽室に行ったんじゃないですか?」

「音楽室?」

「あの子、あまり皆と話さないんです。休み時間になったら直ぐ図書館に行っちゃうし、放課後も直ぐ出ていくんですけど、帰ってる訳でもなさそうで……………凜達が帰る時に音楽室でピアノ弾いて歌ってるのが聞こえてたから、多分今日もそこに居るんじゃないかと思うんです」

 

 聞き返してきた穂乃果に頷いた凜は、その後もスラスラと答えた。

 実際彼女の言う通りで、真姫はクラスでも基本的に1人だった。

 誰かとつるむ訳でもなく、授業以外では殆んど口を利かない。休み時間になると、誰かに話し掛けられる前に教室を出ていき、授業が始まるギリギリに戻ってくる。

 そして、放課後になると真っ先に教室を出ていくのだが、そのまま下校はせず、1人で音楽室へ向かっていたというのだ。

 

「(成る程、確かにそうかも……)」

 

 思い出してみれば、穂乃果が初めて真姫に会ったのは放課後で、場所は音楽室だ。可能性は十分あるだろう。

 

「分かった、ありがとね2人共!」

 

 目的地が決まり、早速向かおうとする穂乃果。

 だが花陽は、このまま無言で見送ってはいけないと、何と無く感じていた。

 

「あ、あの……!」

 

 だからこそ、こうして呼び止める。小さく弱々しい声だが、穂乃果には十分聞こえていた。

 

「ん?何かな?」

 

 穂乃果は足を止め、花陽の方へと顔を向ける。

 

「え、えっと………頑張って、くださいね……スクールアイドル、応援してますので……」

 

 辿々しくも、何とか自分の気持ちを伝える花陽。

 穂乃果は暫く彼女を見つめた後、満面の笑みを浮かべた。

 

「うん、頑張るよ!ありがとう!」

 

 そう言って、今度こそ穂乃果は走り去っていった。

 その後ろ姿からも、彼女がやる気に満ち溢れているのが感じられる。

 

 今の花陽には知る由も無いが、彼女が投げ掛けたこの一言は、穂乃果にとって十分な激励になっていた。

 

 花陽にとっては、自分の言葉など取るに足らないものだろう。だが、その取るに足らない言葉が穂乃果を支え、アイドル活動を続けるエネルギーになるのだ。

 自分の何て事ない一言で、その言葉を受けた人は強くもなるし、弱くもなる。そして今の一言は、間違いなく人を強くする一言だった。

 

「何か、凄い人だったね。かよちん」

 

 穂乃果の姿が見えなくなると、凜がそう言った。

 急に現れたかと思うと、これまた急に消えていく。凜にとって、穂乃果は嵐のような人間だった。

 

「うん、そうだね」

 

 そう返す花陽だが、その表情は先程と比べて明るい。

 穂乃果と交わしたやり取りは、5分にも満たない。だが、その短いやり取りも、花陽に小さな変化を与えていたのかもしれない。

 

「さっ、かよちん。早く帰るにゃ」

「うん」

 

 そうして2人は、家路につくべく廊下を歩いていくのだが、穂乃果とのやり取りが、自分達の新しい生活への入り口だという事には、未だ気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、音楽室ではちょっとした演奏会が開かれていた。

 先日のようにエレクトーンの前に座った紅夜が曲を奏で、それを赤髪の少女、西木野真姫が聞いている。

 ピアノの椅子に腰を下ろし、優雅に足を組んでいる彼女は目を瞑っており、その様子から彼の演奏に聴き入っているのが分かる。

 

「(ホント、どうしてこうなった?)」

 

 そんな真姫をチラリと盗み見た紅夜は、天井を仰いで内心そう呟いた。

 

 今から約10分前、音楽室や校舎裏を除いた暇潰しスポットを求めて校内を歩き回っていた紅夜は、トイレから出てきた真姫とぶつかりそうになったのだ。

 幸い衝突は避けた紅夜だが、軽く謝罪して去ろうとしたところを引き留められて音楽室へと連れていかれ、何が何だか分からぬままに、こうして曲を演奏させられているという訳だ。

 

「(……まあ、今あれこれ考えたところでしょうがねぇ。取り敢えず演奏に集中するか)」

 

 内心そう呟き、再び演奏へと意識を集中させる紅夜。そして後奏を弾いて曲を締め括り、鍵盤から手を離した。

 

「ふぅ、こんなモンかな」

 

 演奏を終えると、紅夜は立ち上がって腕を振り上げ、大きく体を伸ばす。そして、先程から一言も喋らないたった1人の観客へと振り返った。

 

「それで1年、俺は後何曲弾けば解放してもらえるんだ?そろそろ帰りたいんだが」

 

 そう問い掛けると、真姫は目を開けて紅夜の方を向く。その表情は、何やら睨んでいるように見えた。

 

「その、1年なんて呼び方は止めてもらえるかしら?私には西木野真姫という名前があるの」

「………ああ、そうか。それは失礼したな。西木野」

 

 小さく溜め息をつき、言われた通り呼び方を訂正する紅夜。

 歳上相手でもお構い無しな物言いだが、既に穂乃果を始めとしたクラスメイト達や絵里からタメ口を使われているため、最早今更だった。

 

「それから質問への答えだけど………そうね、後1曲だけ弾いてもらおうかしら」

「未だやらせる気なのか……此方は既に3曲も弾いてるんだが」

「良いから弾いてちょうだい。これくらいやってもらわないと、この前の分と釣り合わないわ」

 

 真姫が言うこの前の分とは、紅夜が初めて音楽室で演奏していた日の事だ。

 その日も音楽室を使おうとしていたのだが、先客が居る事を知らされたために断念せざるを得なくなった。しかし、その先客に鍵を貸したという教師から聞かされた話に興味を持ち、様子だけでも見てみようと音楽室を訪れたのだ。

 だが、その先客は1曲だけ弾いて、後は音楽室の中を歩き回るだけだったため、真姫は不満に思っていたのだ。

 

「さあ、早く」

「……分かった」

 

 半ば投げやりに答えた紅夜は、以前此所で弾いた曲と同じものを弾き始める。

 

「(何よ、それ前と同じ曲じゃない……)」

 

 最後の曲がこれかと残念に思う真姫だが、紅夜が歌い始めるとその表情が変わった。

 以前は日本語で歌っていたのに対し、今回は英語で歌っているのだ。それも、日本人ではなく現地の人間が歌っているかの如く、流暢に。

 

「…………」

 

 ただ同じ曲を英訳しただけであるにもかかわらず、再び聞き入ってしまう真姫。

 だが、そこで自分の後ろから誰かの気配を感じ、ドアの方を向いてみる。

 

「…………」

 

 そこには、ドアの窓に両手と顔を押しつけて紅夜を見つめる茶髪の女子生徒、高坂穂乃果の姿があった。

 

「ヴェェェ!?」

「うおッ!?」

 

 それに驚いた真姫が声を上げると、紅夜も演奏を止めてそちらへ顔を向ける。そして再び驚いた。

 

「こ、高坂!?お前なんで此所に………」

「いやぁ~、ちょっと西木野さんに用があって………邪魔してゴメンね、長門君」

 

 音楽室に入ってきた穂乃果は演奏の邪魔をしてしまった事を謝り、次に真姫へと視線を向けた。

 

「……また曲を作れって言いに来たんですか?」

「うん。あの時は断られちゃったけど、やっぱり西木野さんにお願いしたいな~って」

「(コイツ未だ諦めてなかったんだな)」

 

 そう思いながら、2人のやり取りを見守る紅夜。

 

「随分しつこいんですね、前の件と合わせたら2回も断ってるのに」

「そうなんだよねぇ~。よく海未ちゃんにも怒られちゃうんだ」

 

 困ったような笑みを浮かべ、穂乃果はそう言った。

 真姫の件と言い紅夜の件と言い、彼女のしつこさは筋金入りのようだ。

 

「私、あんな感じの曲は一切聴かないんです。聴くのは専らクラシックとかジャズとかで……」

「へぇ、どうして?」

「軽いからよ!テレビで何度か映像見たけど、何か薄っぺらいし、遊んでるみたいで」

 

 目線を逸らしながら、真姫はそう言った。

 アイドルに対して否定的な意見だが、だからと言って100%間違っているとは言えないものだった。

 

 映像に映るアイドル達は常時笑顔を浮かべ、楽しそうに歌や躍りを披露している。それだけ見ると、彼女のように『遊んでいる』という印象を抱くのは無理もない事だった。

 勿論、その楽しそうな姿の裏には血の滲むような努力があるのだが。

 

「そうだよね」

「え?」

 

 唐突に穂乃果が呟いた事に、真姫が聞き返す。

 

「私も、最初はそう思ってたんだ。何かこう、お祭りみたいにパァーッと盛り上がって、皆で楽しく歌って、踊っていれば良いんだって、そう思ってた………でもね」

 

 そこで一旦言葉を区切った穂乃果は、不思議そうに見上げている真姫に顔を向けた。

 

「アイドルって、結構大変なんだ。穂乃果が思ってる以上に」

 

 その言葉に、紅夜は内心で相槌を打った。

 アイドルではないが、自分もMAD RUNの仲間とダンスをする事はあるし、幼馴染み達がダンス動画を投稿しているのを知っているため、穂乃果が言っている事は理解出来る。常に笑顔で歌とダンスを披露する事が、どんなに大変なのかという事を。

 しかも、自分達のように遊びでやっているだけなら未だしも、本物のアイドル達は、それを仕事としている。そして、それを多くの人々に見てもらうのだ。裏で積み重ねてきた努力は見せず、歌とダンスという結果だけで満足させる。

 それは、簡単に出来るような事ではないのだ。

 

「あっ、そうだ!西木野さんって腕立て伏せ出来る?」

「は?腕立て?なんでそんな事──」

 

 あまりにも唐突な質問に困惑する真姫。だが、彼女の返答を待たずして、穂乃果は馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 

「出来ないんだぁ~」

「ッ!そ、それくらい出来ますよ!見てなさい!」

 

 意外と挑発に乗りやすい性格なのか、真姫はそう言うとブレザーを脱いでワイシャツの袖を捲り、床で腕立て伏せをしてみせる。

 

「へぇ、意外と出来るんだな」

「当然よ。こう見えて結構鍛えてるんだから」

 

 感心した様子で言う紅夜に、何処か得意気に返す真姫。

 

「じゃあさ、そのまま笑ってみて?」

 

 そこで、穂乃果からの追加注文が入る。

 

「な、なんで……?」

「良いから!」

 

 質問しようにも遮られてしまった真姫は、取り敢えず言われた通りにやってみる。だが、その笑顔は硬く、おまけに5回もしない内に崩れ落ちてしまった。

 

「ほらね?」

「『ほらね?』じゃないわよ!どういう事よ!」

 

 勢い良く顔を上げて言い返した真姫は、悪態をつきながら立ち上がる。そんな彼女に、穂乃果は小さく折り畳まれたメモ用紙を差し出した。

 

「はい、歌詞。1回読んでみてよ。それだけなら良いでしょ?」

 

 そう言って、真姫の手にそのメモ用紙を握らせる穂乃果。

 

「今度、改めて答えを聞きに来るから、それでも駄目だって言われたら、すっぱり諦める」

「ッ!?」

 

 その発言に驚いたのは、紅夜だった。まさかこのような賭けに出るとは思わなかったのだ。

 

「……読んだところで、答えは変わらないと思いますけどね」

「だったらそれでも良い。でさ、また歌を聴かせてよ。私、西木野さんの歌が大好きなんだ!あれを聴いたから、作曲をお願いしたいなって思ったの!」

「…………ッ」

 

 そう言われるとは思っていなかったのか、真姫は顔を赤く染めて俯く。

 

「じゃ、話は終わり。また今度ね!」

 

 そう言って、穂乃果は音楽室を出ていった。

 

「ホント、意味わかんない」

 

 ブレザーを羽織った真姫は、穂乃果が出ていったドアを見て呟く。

 そしてピアノの鍵盤蓋や屋根を閉め、鞄を手に取る。

 

「おっ、今日はもう良いのか?」

「ええ。この雰囲気では、続きをさせる気になれないから」

 

 そう言ってドアの方へと歩いていった真姫は、部屋を出る直前に呟いた。

 

「……今度、埋め合わせしてもらうからね」

「は?おいちょっと待て………行きやがった」

 

 反論する間も無く出ていった真姫に、紅夜の口から溜め息が漏れ出す。

 そしてヘナヘナとエレクトーンの椅子に座り、またもや溜め息をついた。

 

「『意味わかんない』、ねぇ………そりゃ此方の台詞だぜ」

 

 そんな彼の呟きは、風に乗って、赤く染まり行く空へと飛んでいくのであった。

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