今年もまた1年、よろしくお願いしますm(_ _)m
月曜日の放課後、授業という拘束から解き放たれた生徒達が各々の場所へ向かう中、絵里との約束を果たすべく生徒会室へ向かおうとしていた紅夜は、彼女と会う事に不安を感じている穂乃果達への対応に追われていた。
「……だから昨日も言っただろ?ちょっと話をしに行くだけだ。そこまで気にする事じゃない」
「で、でも……」
紅夜が呆れたようにそう言っても、一向に表情が晴れない3人。
「長門君、本当に大丈夫だよね?生徒会長に言われて、マネージャー辞めたりしないよね?」
「いや、何故ちょっと呼ばれたってだけでそんな話が出てくるんだ………まあ、少なくとも新歓ライブが終わるまでは辞めないから、安心しろ」
念を押すように訊ねてくる穂乃果に、紅夜は面倒臭そうに答える。先程からずっと、絵里と会う事に不安を感じている彼女等に質問されてはそれに答えるというやり取りを繰り返していたため、いい加減答えるのも疲れてきたのか『早く解放しろ』という彼の心情が態度に出てきていた。
「(やれやれ、さっさと用事済ませに行きてぇんだけどなぁ………)」
明後日の方向へと顔を向けた紅夜は、小さく溜め息をつく。
彼がこのような状況に置かれている経緯を説明するには、昨日の夕方にまで遡らなければならない。
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「……ああ、そうそう。言い忘れていたが、明日の放課後の練習は少し遅れる」
「えっ、そうなの?何か用事?」
日曜日の夕方。練習を終えた3人に声を掛けると、穂乃果が聞き返してくる。海未やことりも、その理由が気になったのか紅夜の方へと目を向けている。
「ああ、実は絢瀬と会う事になっていてな。放課後、生徒会室に行かなきゃいけないんだ」
「「「え……?」」」
紅夜がそう答えると、3人の表情が固まった。
「い、今……何と?」
「だから、絢瀬と会う事になっているんだよ。土曜日の夕方に偶然会って、その時に『話したい事がある』って言われてな」
恐る恐る聞き返してくる海未にそう答えた紅夜は、水筒の茶に口をつける。
「「「……………」」」
そんな彼を暫くポカンと見つめていた穂乃果達だが、言われた事に頭の処理が追いつき、生徒会室という単語から彼の言う人物が絢瀬絵里の事だと理解すると、不安そうな表情を浮かべた。
彼女等3人と絵里の関係は、お世辞にも良いものとは言えない。寧ろ敵対していると言っても過言ではないだろう。何せ、絵里はスクールアイドルに対して否定的で、初めてアイドル部設立の申請をしに行った時や真姫に作曲を頼んだ日も、自分達の活動を否定していた程だ。更に言えば、講堂の使用許可も希が取りなしてくれたから貰えたようなものであり、もしあの場に彼女が居なければ、突っぱねられていた可能性もある。
つまり、今の穂乃果達から見た絵里は、理由は不明だが自分達の活動を妨害しようとしているようなものであり、このマネージャーはそんな彼女の元へ行くと言っているのだから、3人の反応はある意味当然のものだった。
「あ、絢瀬とは、生徒会長の事ですよね………?一体、何故呼ばれたのですか?」
「さあな………まあ一応、此所には試験生として来た訳だから、その近況が聞きたいんじゃないのか?と言っても未だ1週間しか経ってないから、話すようなネタなんて殆んど無いが」
海未からの質問に淡々とした口調で答えた紅夜は、ポケットから取り出した車の鍵を指でクルクル回し始める。
「な、何か随分余裕そうだね…………不安にならないの?」
「不安……?何故、ちょっと呼び出されただけでそんな気持ちになるんだ?別に後ろめたい事なんて1つも無いのに」
海未に続けて質問してくることりに、紅夜は逆に聞き返した。
日本に来てからというもの、紅夜はこれといって事件や事故を起こしたりはしていないし、ましてや犯罪に関わってもいない。彼がやった事と言えば、精々花陽や凛に絡んでいた不良達を車で追い払い、その際に騒音や煙を起こした程度だ。
この件を知っているのは当事者である花陽や凛、そして紅夜と不良達である上に、紅夜はずっと車内に居たので不良達に素顔は知られていないし、仮に顔を見られたとしても、まさか車のドライバーが学生で、しかも音ノ木坂学院の試験生だとは思わないだろう。そして花陽や凛も、他の生徒に言いふらしたりはしていない筈だ。
そのため、少なくともこの件で呼び出されたとは考えられず、これ以外に何かしらの事件に関わった訳でもないため、紅夜はこのような返事を返したのだ。
「だ、だって……生徒会長に、呼び出されたんだし………」
気まずそうに言うことりに、『何じゃそりゃ』と内心でツッコミを入れる紅夜。
少なくとも彼女に対して悪い印象は抱いていない彼からすれば、彼女等が何故、ここまで自分が絵里と会う事を不安がるのか理解出来なかった。
「何だお前等、絢瀬が嫌いなのか?」
「い、いえ。別に、嫌いという訳ではないのですが……」
「ちょっと、苦手と言うか………」
「う、うん……」
3人はそう答えるが、いまいち釈然としないものだった。
そのまま暫く彼女等を見つめた後、彼は興味を失ったのか視線を逸らし、荷物を持った。
「……まあ良い。兎に角そういう訳だから、明日はお前等で先に行っててくれ」
そう言うと、紅夜は踵を返してさっさと歩き出し、車の元へ行ってしまうのだった。
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そして現在、こうして穂乃果達にしつこく詰め寄られているという訳である。
「(やれやれ………絢瀬と何があったのかは知らんが、ちょっと話をしに行くだけでここまで心配してくるとはな)」
内心そう呟いた紅夜は、チラリと時計へ目を向けた。授業が終わってから、既に10分経過している。
それ程時間が経ったという訳ではなく、『少し遅かったね』程度で片付く話なのだが、やはり早く着いておくに越した事は無い。
「(別に時間を指定した訳じゃないが、だからって長々待たせるのも彼奴に悪いし、コイツ等の練習時間も減っちまうからな……)」
絵里との約束もそうだが、今の穂乃果達には、こんな不毛なやり取りをしている暇など無い。ライブに向けて、1秒でも多く練習時間を確保しなければならない。
何時までも終わりの見えないやり取りなど早く切り上げ、各々の今やるべき事を遂行するべきなのだ。
「……お前等、もうそのくらいにしておけ」
普段より更に低い声でそう言うと、3人は漸く黙る。しつこく質問した事で怒らせたと思っているのか少し怯えたような表情で見上げてくるが、そんな彼女等に構わず、紅夜は言葉を続けた。
「絢瀬と何があったのかは知らんが、俺はさっきも言ったように、ちょっと彼奴と話をしてくるだけだ。それにマネージャーの件も、少なくとも新歓ライブが終わるまでは、誰に何を言われようが辞めるつもりは無い。だからお前等は、安心して練習に専念していれば良い」
「「「……………」」」
怒られると思っていたところに出てきたこの言葉に、ポカンとする3人。
紅夜はこれ以上付き合っても時間の無駄だと判断し、机に置かれた荷物を手に取って歩き出す。
「あっ、長門君……!」
「俺はもう行くから、先に神田明神で練習しててくれ」
呼び止めようとすることりを遮るようにそう言うと、紅夜は生徒会室へ向けて歩みを進める。
「(やれやれ、やっと出てこれたぜ………あのまま付き合い続けたら、出てこれるのは何時になっていたのやら……)」
心の内でそう呟きながら歩くこと数分、彼はお目当ての生徒会室に着いていた。
念のために身なりを整え、ドアをノックする。
「どうぞ」
中から絵里が返事を返してくる。紅夜はドアを開け、部屋に足を踏み入れた。
「よぉ絢瀬、待たせて悪いな」
「気にしないで。私もさっき来たばかりだから」
そう返した絵里は、近くの椅子を勧める。紅夜は言われるがままに椅子に腰を下ろすと、室内をキョロキョロ見回した。
「そんなにあちこち見ても、面白いものなんて何も無いわよ?」
苦笑混じりに言う絵里。彼女の言う通り、この生徒会室にあるのは片仮名の『コ』を描くように配置された机と椅子、そして机に置かれたパソコンと書類の山だけ。彼の興味を引きそうなものなど、何も無かった。
「ああ、すまない。生徒会室って所に入るのが初めてでな」
子供のように室内を見回していたのが恥ずかしいのか、紅夜は頬を指で掻いた。
アメリカの学校にも日本と同じように生徒会はあるのだが、暇な時間は全てアレクサンドラの家の手伝いやストリートレースに充てていた紅夜がそんなものに入る訳が無く、生徒会役員になった経験は勿論、生徒会室に足を踏み入れた経験も皆無だったのだ。
そんな彼を微笑ましく思いながら、絵里は話を切り出した。
「それで長門君。貴方がこの学校に来てから1週間経った訳だけど、今のところはどうかしら?」
紅夜が予想していた通り、絵里は開口一番に近況を訊ねてきた。
「……どうと言われても、未だこの学校に来て1週間しか経ってないのに話すようなネタなんて無いんだがな」
「別に、レポートに書くような難しい事を話せなんて言わないわ。友達が出来たとか、お気に入りの場所を見つけたとか、授業についていけてるかとか、そんなざっくりしたものでも大丈夫よ」
苦笑混じりに言う絵里に『そうか』と返した紅夜は、この1週間を軽く振り返る。と言っても、基本的に自分の席で大人しく過ごすか穂乃果達からの勧誘の対処に追われるかの生活だったが、放課後や昼休みに校内を探険していたのもあり、音楽室や校舎裏という放課後の暇潰しスポットを見つけていた。
特に音楽室は、一般生徒でも申請すれば自由に使えるというのもあり、紅夜としては重宝すべきスポットだった。
「成る程。この前男の人が歌ってるのが聞こえたからまさかと思っていたけど、やはり貴方だったのね」
紅夜がその事を伝えると、絵里は漸く合点がいったとばかりに相槌を打った。
生徒会の仕事をしている時に聞こえてきた男の歌声に、彼女も興味を持っていたのだ。
「ああ、音楽が趣味だからな。アメリカに居た時も、よく仲間とダンスやバンド演奏で馬鹿騒ぎしたものだ」
その返答に目を丸くする絵里。物静かな紅夜がそんな事をしている姿が全く想像出来なかった。
「他の学校がどうなのかは知らんが、申請すれば一般生徒でも自由に使えるというのは大きいな。あそこは今後も、俺の暇潰しスポットとして使えそうだ」
そんな彼女に構わずそう言葉を続け、鞄から水筒を取り出して中の茶を口に含む紅夜。
「そ、そう……」
校舎裏なら兎も角、一応は授業で使う音楽室を暇潰しスポットと称する紅夜に、絵里は何とも言えない気分になりながらも頷いた。
「(前から不思議な人だとは思ってたけど………何か、聞けば聞く程謎が深まっていくような気がするわ………)」
普段の振る舞いから物静かな性格なのかと思えば、ダンスやバンド演奏でアメリカの仲間と騒いでいたと言ったり、本来なら授業で使う音楽室を自分の暇潰しスポットと称する紅夜。
物静かな彼と、ダンスやバンド演奏で騒ぐマイペースな彼。一体どちらが本物なのかと疑問が一気に深まるのと同時に、ペースが狂わされ、彼を呼び出した本来の目的を果たすタイミングが掴めなくなっていた。
「ふぅ……それで?」
「え?」
そうしていると急に声を掛けられ、絵里はキョトンした顔で聞き返す。
「お前が言ってた話ってのは、これで終わりか?高坂達の練習を見に行かなきゃならないから、終わりならそろそろ行かせてもらいたいんだが」
そう言って水筒を片付け、立ち上がろうとする紅夜。それをポカンと見ていた絵里だったが、直ぐ我に返り、彼を呼び出した本来の目的を果たす事にした。
自分で『なるべく時間は取らせない』と言った手前、あまり長引かせるのは彼に悪いが、これだけは聞かなければならなかった。
「……後1つだけ、聞いても良いかしら?貴方がマネージャーをしている、スクールアイドルの事なんだけど」
そう言うと、紅夜は動きを止めて絵里を見る。
「(そう言えばコイツ、前に話した時もスクールアイドルの話題に反応してたな……もしかして、興味あるのかな?)」
先日、別れ際に彼女と交わしたやり取りを思い出しながら、紅夜は聞き返した。
「ああ、彼奴等がどうした?」
「あの子達の活動について、貴方が思っている事を聞かせてほしいの」
またもや絵里は、返答に困るような質問を投げ掛けてきた。
「(思っている事、ねぇ………)」
そんな彼女からの質問にどう答えたものかと、紅夜は首を捻る。
と言うのも、彼は穂乃果達の活動については然程興味は無く、精々『やりたいならやれば良い』程度にしか考えていなかったのだ。
そして、その考えはマネージャーを引き受けた今でも変わっていない。自分はただ、彼女等のマネージャーとして練習面のサポートをしていれば良い。そして彼女等の人柄についてどのような結果が出ようと、ライブが終わればマネージャーではなくなるのだから。
活動を続けるかどうかも彼女等が決める事であり、自分がどうこうするような事ではないのだ。
「………まあ、やりたいならやらせておけば良いんじゃないか?」
だから紅夜は、そんな返事を返す。自分はあくまでもマネージャーとしての仕事をするだけで、穂乃果達の活動について口を出すつもりはないのである。
「…………」
その返答を受けた絵里は一瞬目を見開いたものの、直ぐに表情を戻す。
「それはつまり、あの子達の活動についてどうこう言うつもりは無い、という事かしら?」
「ああ、俺は所詮期間限定のマネージャーで、正規のメンバーじゃないからな。今後どうしていくかは彼奴等が決める事であって、俺がどうこうするようなものじゃないんだ」
「……そう」
紅夜のその返答を受け、絵里は小さく頷く。だが紅夜には、彼女の表情が何と無く不満げに見えた。まるで、自分が望んでいた答えとは違うとでも言うような、そんな表情に見えたのだ。
「(コイツ一体どうしたんだ?スクールアイドルに興味あるのかと思ったらよく分からん質問してくるし………)」
絵里が穂乃果達の活動に否定的である事を知らない紅夜は、彼女の反応に戸惑いを隠せない。
「……ありがとう、もう良いわ」
そうして暫く沈黙した後、絵里はそう言った。
「時間を取らせてごめんなさいね。私はこのまま書類整理をするから、貴方はもう行っても大丈夫よ」
「あ、ああ………」
戸惑いながらも頷いた紅夜は、生徒会室を後にする。そして駐車場へ向かい、愛車のR34に乗り込む。
「(それにしても、ただ絢瀬からの質問に答えるだけで終わっちまったが………結局彼奴は、俺を呼び出して何がしたかったんだ?)」
自分を呼び出した本当の理由が分からないまま話し合いが終わった事に疑問を抱きつつ、紅夜は穂乃果達が待つ神田明神へと向かう。
「…………」
そして絵里は、そんな彼を部屋から見送り、小さく溜め息をつくのだった。