最新話投稿から約2年。まさかこれだけ間が空くとは……
絵里との話し合いを終えた紅夜が車を走らせている頃、神田明神では穂乃果達がダンスの練習に励んでいた。
「1、2、3、4、5、6、7、8………!」
海未の掛け声をリズムとし、それに合わせてステップを踏む。
「ことり、穂乃果!」
「うん!」
「オッケー!」
未だ始めて3日目だが、練習は順調に進んでいた。以前から海未の主導で体力作りのトレーニングをしていたのもあってか、動きのタイミングもある程度揃っている。
そして好調のまま練習は終わり、5分間の休憩に入った。
「いやぁ~、結構上達したよね!未だ練習始めて3日しか経ってないのに」
休憩に入ると、穂乃果が水筒を片手に言う。その表情は非常に晴れやかで、自分達が上達しているのを実感しているようだった。
とは言え、全てが完璧に出来ているという訳ではない。未だダンスの練習を始めたばかりなのだから、当然細かいズレやミスは出るし、そもそも未だ練習出来ていない部分もある。更に付け加えると、これは講堂のステージの上で新入生に披露するものなのだから、笑顔を浮かべて踊れるだけの体力的余裕が無くてはならない。
そう考えると彼女等の躍りの出来はまだまだだが、3人だけで練習していた時と比べて練習のクオリティが上昇しているというのも、また事実である。
「そうだよね。タイミングも揃ってたし」
「ええ。この調子でいけば、本番でも上手く出来るかもしれません」
ことりと海未も同じように感じており、穂乃果の意見に頷く。
「(やはり期間限定とは言え、長門さんをマネージャーに引き入れたのは正解でしたね。正直言って私達だけでは不安でしたし、何より、たった3日でここまでのクオリティに持ってこれる自信もありませんし……)」
心の内でそう呟いた海未は、昨日の練習後に紅夜から渡されていたメモを取り出す。そこには、彼が練習中に見つけた3人の欠点や、その改善案が纏められていた。
本人は『遊びでやっていた』と言っており、内容についても素人が書くようなものだと前置きしていたが、その台詞に反してメモに書かれている内容は的確で分かりやすく、彼が言ったように
そんな彼からの意見は、幼稚園のお遊戯会や運動会の団体演技でしかダンスの経験が無い、それこそド素人である穂乃果達3人にとっては非常に役立つもので、現にそれは、彼女等のダンス技術の向上という形で証明されていた。
「(このまま、ライブが終わってもマネージャーを続けてくれると良いのですが………)」
スクールアイドルを始めるまでは帰宅部だった穂乃果やことりとは違って弓道部に所属している彼女は、体作りのためのトレーニングメニューならある程度考えられるものの、それ以外、つまりダンスや歌に関しては他の2人と同様素人だ。そのため、遊びとは言えバンド演奏やダンスによって音楽にそれなりの知識がある紅夜は、正に喉から手が出る程欲しい人材なのだ。
それに、あれだけマネージャーになるのを拒否していた割に練習態度は真面目で、未だ加入して間もないとは言え、これまで1度もサボる事無く練習に参加しており、海未の考えた練習メニューやことりの振り付けを訂正したり、練習が終わると、その日の要点をメモに纏めてくれている。
穂乃果の思い付きに半ば強引に巻き込んだにも拘わらず真面目に参加する姿勢は海未としても高く評価しており、穂乃果達も彼の真面目な姿勢に感化されたのか、練習中に弱音を吐く事がめっきり減っており、今では寧ろやる気になっている。
そして最近では、心なしか紅夜に懐いているようにも見え、海未自身も彼は信頼出来る人物だと思うようになっていた。
だからこそ、彼女は紅夜が今後もマネージャーを続けてくれる事を望んでいた。
彼の歌やダンスと言った技術を欲しているというのもあるが、それ以上に、μ'sの仲間として自分達と共に高みを目指してほしいと、そう思うようになっていた。
「海未ちゃん、そろそろ練習始めようよ!」
物思いに耽っていると、穂乃果に声を掛けられる。その傍では、ことりも立ち上がって軽く準備運動をしていた。
「……そうですね。では、さっきの続きから始めましょう!」
そんな2人の姿に海未は微笑むと、練習を再開するのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その頃、紅夜は何時ものようにコンビニの駐車場に車を停めたところだった。
エンジンを切って外に出ると、そのまま神田明神へと向かう。
やたら長くて急な石段を上っていくと、海未の掛け声と手拍子が聞こえてくる。
「……やってるみたいだな」
そのまま階段を上り終えると、ちょうど彼女等もステップの練習を終えたところらしく、紅夜を見つけた穂乃果が大きく手を振った。
「すまない、遅くなった」
彼女等の元に近づき、練習に遅れた事を謝罪する紅夜だが、穂乃果は首を横に振った。
「ううん、大丈夫だよ」
「呼び出しを受けたんだから、仕方無いよね」
ことりが言葉を付け加え、海未も相槌を打つ。
その後は掛け声とリズム取りの担当を紅夜に変更して練習が再開され、夕暮れまで続いた。
「……よし、じゃあ今日はここまでにしよう」
「「「ありがとうございました!」」」
スマホの時計で時刻を確認した紅夜がそう言うと、3人は横1列に並んで礼を言った。
そして今日の練習での改善点を書き留めている紅夜に、穂乃果が声を掛けた。
「そう言えば長門君、生徒会長からの話って、結局何だったの?」
その言葉に海未とことりも反応し、紅夜に視線を向ける。
やはり自分達とは敵対的な彼女に呼び出されたためか、何を話したのか気になるようだ。
「大した事じゃない。この学校に来てから上手くやれているかと聞かれただけだ」
穂乃果からの質問に淡々と答える紅夜だが、彼女は疑わしげな視線を向けている。
「本当に、それだけだったの?他に何か言われなかった?」
「ああ……まあ強いて言えば、お前等の活動についてどう思うかと聞かれたな」
「「「ッ!」」」
メモを書きながら、まるでついでのように言葉を付け加える紅夜。本人からすれば大した事ではないのだが、これは3人にとっては一番聞き出さなければならない情報だった。
「そ、それで………長門さんは、何と答えたのですか?その質問に」
おずおずと訊ねてくる海未。穂乃果とことりも、不安げな表情で紅夜の返答を待っている。
「……別に、やりたいならやらせれば良いとだけ答えておいた。お前等の活動について、俺にどうこう言う権利は無いからな」
適当に言っただけのようにも受け取れるこの返答だが、少なくとも自分達の活動に否定的ではない事が分かったためか、3人は安堵した。
これでもし彼も絵里の肩を持つような事を言っていたらどうしようかと、内心不安になっていたのだ。
「(それにしてもコイツ等、やけに彼奴の事を気にするんだな?放課後の時と言い今の反応と言い、マジで何があったんだか)」
そんな彼女等の反応を疑問に思いつつも、紅夜は特に聞き出そうとはしない。
自分はただ、与えられた役割を全うするだけで良いのだ。仮に3人と絵里との間に何かしらの確執があったとしても、それは彼女等が解決すべき問題であって、自分が首を突っ込む必要は無い。
「……よし、こんなモンかな」
そうこうしている間に本日の要点を書き終えた紅夜は、メモ用紙を3人に渡す。
「これが今日の練習での改善点だ、各自で読んでおいてくれ」
それだけ言ってメモ帳を鞄にしまい、神社を後にしようとする紅夜。だが、そんな彼に声を掛ける者が現れた。
「おや長門君、もう帰っちゃうん?」
その声に振り向くと、そこには巫女服に身を包んだ希が立っていた。
「と、東條先輩!?何時の間に……」
驚いて立ち上がる穂乃果達に、希はクスクス笑いながら言った。
「大分前から此所には居ったよ。ただ君達の練習の邪魔にならんように、奥の方に引っ込んでただけなんや」
どうやら彼女等に気を遣っていたらしい。
紅夜からすればそんな気遣いは無用だったのだが、何も言わない事にした。
「とまぁ、そんな事は置いといて………長門君」
「何だ?」
「アカンよ~。もうこんな暗いのに女の子放ったらかして自分だけ先に帰ろうなんて」
そう言って空を指差す希。紅夜も見上げると、既に太陽は殆んど沈み、暗くなっていた。
「えりちに聞いたんやけど、長門君って車で登下校してるんよな?」
「ああ、そうだが?」
「いや、『そうだが?』じゃなくてやな……」
呆れたように溜め息をつき、希は更に言葉を続けた。
「長門君は車で帰れるみたいから良いかもしれんけど、3人は歩いて帰らないと駄目なんや。その途中で怖~い男の人にでも襲われたら、大変やとは思わん?」
「……まぁ、そうだな」
実際、大河と秋葉巡りをした帰りにチンピラ達に絡まれている花陽と凛を助けた事もあるため、紅夜は頷く。
そして、希が何を言いたいのかも悟った。
「……つまり、コイツ等を家まで送り届けろって言いたいのか?」
「そういう事や」
我が意を得たりとばかりに頷く希。そのやり取りに逸早く食い付いたのは穂乃果だった。
「え?家まで送ってくれるの!?」
興奮した様子で、穂乃果は顔を近づける。その青い瞳はキラキラと輝いており、その姿はまるで、飼い主の帰還を喜ぶ子犬のようだ。
「ほ、穂乃果!近すぎですよ!それに家に送っていただくなど、長門さんに申し訳無いと言いますか……」
穂乃果を宥めようとする海未だが、時折チラ見してくるのを見る限り、心の何処かでは期待しているのかもしれない。
「う~ん、確かにもう暗くなってるし、送ってくれるならことり達も安心出来るかなぁ~」
ことりはことりで、真っ暗になった空を見上げながらそう言った。
「ほらな?」
「…………」
暫く沈黙していた紅夜だが、ここまで遅くなったのは自分にも少なからず原因があるために強く拒否する事も出来ず、やがて大きく溜め息をついた。
「仕方無い、さっさと帰り支度を済ませてこい」
そう言うと、3人は練習直後とは思えない程に元気な返事を返し、荷物を取りに走った。
「……やってくれたな、東條」
「まあまあ、さっきも言うたけど、こんな暗い道を女の子だけで歩かせちゃ危ないってのは事実やん?それに……」
そこで一旦言葉を区切った希は、荷物を纏める穂乃果達をチラリと見た後、再び紅夜へと視線を戻す
「こうやって、友達と一緒に帰るっていうのも悪くないとは思わん?学校卒業してから、こういう機会って全く無かったと思うし」
確かに、彼女の言う通りだ。
人間不信になってからは周囲の人間を拒絶していたために誰かと一緒に帰るなど論外だったし、アメリカに渡ってからは、中学時代はブライアンが送迎を行い、高校生になって車を手に入れてからは車通学となり、アレクサンドラや零、和美と共にさっさと帰宅していたために誰かと一緒に帰るという経験が少なかったのだ。
「ウチも一応は生徒会役員やし、あれからえりちに、長門君の事をある程度聞いてるからな………1年だけとは言え、こうして人生で2回目の高校生活を送る事になったんやから、こういう青春も味わってもらいたいんよ」
「…………」
「おっと、もう皆準備してきたみたいやね」
希が言うと、紅夜は彼女の視線の先に目を向ける。そこには荷物を持った穂乃果達3人が立っていた。
「ホラ、長門君」
「分かってる…………行くぞ」
そう言って紅夜が歩き出すと、穂乃果達も後に続く。
階段を降りていく4人の姿が見えなくなるまで、希は笑顔で手を振り続けていた。
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希と別れてコンビニの駐車場にやって来た4人は、車に乗り込み、出発しようとしていた。
席順は海未とことりが後部座席に、穂乃果は助手席に座るという形になっていたが、これは穂乃果が駐車場に着くや否や『隣に乗りたい!』と言い出したためだ。
各々の家の位置関係からことりや海未を先に送り届ける事になっているために2人を降ろす際には少々手間になるが、それさえ除けばどのような席順にしようと同じであるために特に反対する者は出ず、このような席順となった。
「ことり、スポーツカーに乗るのなんて初めてだよ!」
「まあ、身内がそういう趣味を持ってない限りそうでしょうね。スポーツカーは普通の車と比べて値段や維持費も高いと聞きますから」
後部座席でそんなやり取りが交わされる中、穂乃果は珍しそうに車内を見回していた。
「……さて、そろそろ出るか」
そう言って、愛車のエンジンを始動させる紅夜。
すると、モニターにGT-Rのエンブレムが浮かび上がる。
「GT-R……?それって、この車の名前?」
「ああ、正しくはNissan Skyline GT-R V-specだがな。まあ長いからGT-RとかRとかSkylineとか、人によって呼び方は様々だ」
紅夜はそう言いながらギアを入れ、車を発進させる。
その後、最初に送る事になっている海未のナビを受けながら、彼女の家を目指す。
「……園田、次はどうする?」
「2番目の交差点を左に曲がってください。その先は真っ直ぐです」
「了解した」
海未の指示通りに車を走らせる紅夜。その後は無事に彼女の家に到着し、次のことりも無事に送り届けた。そして……
「漸くお前の番だな、高坂」
「えへへ……じゃ、よろしくお願いしま~す!」
遂に穂乃果の番になった。
「(確かコイツの家って和菓子屋だよな。こないだ1回行ってそれっきりだから全く道覚えてねぇけど……)」
住宅街であるために車をゆっくりと発進させながら、穂乃果をチラリと見る紅夜。
彼女は暢気に鼻歌を歌いながら窓の外を眺めていた。
「(まあ、園田や南もナビしてくれたんだ。コイツもちゃんとやるだろ)」
そう思いながら車を進めていく紅夜だが、そこからが大変だった。
と言うのも、走り出してから暫くしても穂乃果が中々指示を出してこないためにずっと道なりに沿って走り続けており、流石に不安になった紅夜が、何時になったら着くのか、そもそも自分の進んでいる道で本当に合っているのかと訊ねたところ、返ってきた答えが………
──え?この前穂乃果のお店来てくれたよね?
………コレである。
つまり穂乃果は、紅夜は自分の家までの道を覚えているものだと思い込んでいたのだ。
当然、編入前日の1度しか行っていない上に彼女の店に立ち寄ったのも単なる偶然だった彼が道など覚えている筈が無く、直ぐに店を検索して道を調べ、大急ぎで彼女の家まで車を走らせたという訳だ。
その後、中々帰ってこない穂乃果を心配した彼女の母親が探しに出てきたところにかち合い、紅夜が事情を説明。彼女の母親から平謝りされた上に、ずっと走らせた詫びとしてガソリン代とほむまんを1箱貰い、自宅へと帰った。
「(取り敢えず、これからは練習時間にマジで気をつけよう。もう彼奴の送り迎えするのは真っ平だからな)」
帰宅してから両親への説明もそこそこに、夕飯と風呂をさっさと終えてベッドに倒れ込んだ紅夜は、意識を手放す直前にそう誓ったという。