「……成る程。じゃあ、もうマネージャーは終わりにするのね」
『ああ。取り敢えずあの3人が悪い奴等じゃないのは分かったけど、どうもな……』
場所は大きく変わって、ベンチュラ・ベイ、バーンウッドにあるトラビスのガレージでは、レースを終えて帰ってきたMAD RUNメンバーが休んでいた。
久々に本気で走り回って疲れたのか、零と和美がソファーで身を寄せ合って寝ている中、アレクサンドラとエメラリアは、帰宅した紅夜とテレビ電話で互いの近況を報告し合っている。
「そう……でも、まぁ良いんじゃないかしら?短期間とは言え、私達みたいなストリートレーサーでもない赤の他人と一緒に行動して、しかも、μ'sとか言ったかしら?その子達のパフォーマンスを一緒に作り上げたんだから、それだけでも大きな進歩よ。本当によく頑張ったわ」
そう言って、画面越しに紅夜の頭を撫でるエメラリア。1つしか歳が違わないとは言え、実はこのチームで最年長でもある彼女は、紅夜にとっては良きチームメイトであり、姉のような存在でもあった。
「……ありがとよ、エメル」
普段の学校で見せている無表情とは違い、仲間と話しているためか紅夜の表情は柔らかい。
元々は明るい性格で、幼馴染みグループのリーダー格だった彼だが、過去の一件があってからというもの、基本的に親しい者の前でなければ本来の性格は見せない。勿論、眼帯を外す事も。
「にしてもアンタと一緒に居たっていう子……確か高坂だっけ?ソイツも中々しつこいわね。約束で禁止された訳じゃないとは言え、未だアンタをマネージャーにするつもりだなんて」
『ああ。まるでガキの頃のお前みたいだったぜ、レナ』
呆れたように言うアレクサンドラに、紅夜がクスクス笑いながらそう返す。
当時は心境が心境だったために追い払っていたのだが、結局は彼女のしつこさに救われたのだから、今では感謝していた。
そのため、アレクサンドラはこんなツッコミを返されても怒る事はしない。
「それで紅夜、今後はどうするの?もうμ'sのマネージャーじゃなくなったんだから、暫くは何も無いんじゃないの?」
不意に、エメラリアがそんな事を訊ねる。
穂乃果達μ'sのファーストライブも終わり、頻度は減るとは言え今後も彼女等からの勧誘攻撃は続く訳だが、それさえ除けば、今のところは特に大きなイベントは無い。
その間はどのように過ごすのか、エメラリアは気になっていた。アレクサンドラも同じ意見のようで、画面をじっと見つめて紅夜の返事を待っている。
「そうだな、少なくとも学校の行く末が決まらなきゃどうとも言えねぇし………まぁ、試験生の責務を果たしつつのんびり過ごす事にするさ」
その質問に、紅夜は当たり障りの無い答えを返した。
それから暫くやり取りを交わした後、紅夜が夕飯に呼ばれたために通話を終え、2人は大きく体を伸ばした。
「ふぅ……取り敢えず、今のところは順調に過ごせてるみたいで良かったわね」
「ええ。このまま何事も無く過ごしてくれれば良いんだけどね」
お忘れの方も居るかもしれないが、音ノ木坂学院は創立から100年あまり、ずっと女子校として通ってきた。当然、女子校ならではの風習や伝統もある。
そんな中で共学化の話が持ち上がり、しかも試験生として紅夜が入ってきているのだから、一部の教員や保護者、卒業生からは反対や心配の声が上がっている。
その殆んどは『急すぎる』、『もう少し考えた方が良い』という真っ当な理由から反対しているが、中には個人的な感情で反対している者も存在する。しかし理事長である雛は、この学校の状況からそれらの意見を押しきって今回のプロジェクトを遂行したのだから、反対派の連中としては当然面白くない。
そのため、その悪意を紅夜に向けようとする輩も居るのではないかと、エメラリアは心配していた。
アレクサンドラはそれを見抜いたのか、彼女の肩を軽く叩いてこう言った。
「大丈夫よ。紅夜が言うには理事長とやらが釘を刺したって話だし、仮に連中が本当に手を出そうものなら今度は瑠璃達が黙ってないわよ。あの恐ろしい社会的抹殺集団がね」
アレクサンドラはそう言って、パソコンの傍に置かれている集合写真に目を向けた。
そこには紅夜とアレクサンドラ、そして彼の身内や幼馴染み達が写っている。
「確か、紅夜をいじめてた連中は全員転居か家庭崩壊で、校長も吊し上げを喰らって辞任、担任は追い詰められた挙げ句自殺……だったかしら?」
「ええ、中々に恐ろしい奴等だわ」
「確かそれ以降も、瑠璃が雅のストーカーとか達哉のEVOを盗もうとして怪我させた奴から慰謝料ふんだくって、ソイツ等の人生を身内諸共ぶち壊したって聞いたよ?」
何時の間に起きたのか、アレクサンドラとエメラリアがそんなやり取りを交わしているところへ入ってきた和美が、言葉を付け加えた。その傍らには零も居る。
「一族郎党皆殺し……いや、大粛清ってヤツかしら?まるで現代に甦った女スターリンね」
「まあ、実際達哉もそう言ってるし、『北条瑠璃に敵認定された者に未来は無い』なんて言われてるからね。怒らせた連中は御愁傷様だよ」
他人事のように言う零。
何も知らない人間が聞けば間違いなくやり過ぎだと思うだろうが、それでも瑠璃達にそのやり方を変えるつもりは無かった。
紅夜がいじめを受けていた時、瑠璃達にとってはクラスメイトや担任、そしてそれを隠蔽しようとしていた校長や彼を忌み子扱いした隣人等、敵だらけの環境だった。
それに、当時子供だった彼女等に出来る事と言えば、紅夜に寄り添う事だけ。しかし、周囲から紅夜に向けられる悪意は、自分達の力でカバーするにはあまりにも強すぎた。その結果が、あの惨状だ。
そして紅夜は人間不信になり、寄り添い続けてきた自分達や家族、知り合いすら拒絶するようになってしまい、かつて交わした『自分達はずっと一緒』という約束は、夢見てきた未来は1度、壊されてしまった。
連中のくだらない価値観や悪意によって。
その後はアレクサンドラや彼女の家族の協力もあって和解を果たしたが、またあの時のような愚か者達によって、紅夜か、あるいは自分達の中の誰かが傷つけられるかもしれない。しかも紅夜は人間不信が完治した訳ではなく、下手をすれば、またあの時の惨劇が繰り返されるかもしれない。
そこで彼女等は考えた。どうすれば紅夜を守れたのかと。どうすれば、今後自分達にこのような事が起こっても跳ね除けられるのかと……
その結果行き着いた答えは1つ。『今後自分達に悪意を向けた者は、逆恨みする余裕すら無くなるまで徹底的に、惨たらしく叩き潰す』という事である。
此方が大人しくしていても、突っ掛かってくる者は突っ掛かってくる。ならば自分達に手を出した連中には、その愚行の対価を支払わせるのだ。
彼等がこれまで積み上げてきたものやその後の人生という、大きな対価を。
「此方が暴力で排除するとしたら、向こうは社会的に抹殺するって感じかしら?ある意味アタシ等以上の恐ろしさね」
そんなアレクサンドラの言葉に、他の面子も一斉に頷く。
それから暫く世間話をしていた彼女等の元に、2台の車がやって来る。
1台はNissan Fairlady 240ZG。そしてもう1台は、イギリスのスポーツカー、Aston Martin DB11だ。
2台が空いているスペースに止まると、各々のドアが開き、筋肉質な40~50代くらいの男性と、30代くらいの男が降りてきた。
前者は、このガレージのオーナーであるトラビスだ。
彼はMAD RUNが結成される前に紅夜やアレクサンドラが所属していた走り屋チームのリーダーであるのと同時に、MAD RUNの名付け親とも言える存在でもある。
更に言えば、紅夜やアレクサンドラに次ぐ車の複数持ちであり、このFairlady Zの他に、多くのファンから『ハコスカ』の愛称で親しまれており、紅夜のR34の大先輩とも言える初代Skyline GT-Rこと、Nissan Skyline GT-R KPGC10を所有している。
「よう。今日も全員揃ってるな」
「やぁやぁ、久し振りだなMAD RUNの諸君」
そして、トラビスに続いてやけに芝居がかった挨拶をする男の名は、マーカス・ウィアー。
紅夜達が遠征で訪れたフォーチュンバレーに位置するカジノ、エリュシオン・カジノのオーナーであり、本人もまた、『ギャンブラー』という通称がつけられる程の勝負師である。
かつてはフォーチュンバレーの裏組織、ハウスと対立しており、紅夜達MAD RUNや彼等と行動を共にしていたイレーネに協力を求め、共にハウスを崩壊させた人間である。
「あらトラビス、こりゃまた随分珍しい客連れてきたのね」
あれ以来殆んど顔を合わせなかった人物の登場に、アレクサンドラは少し驚いたように言う。
零や和美、そしてエメラリアも同様の表情を浮かべていた。
「ああ、お前達に用があるらしくてな。何でも、ホットなニュースを持ってきたらしいぜ?」
「ホットなニュース?」
思わず鸚鵡返しに聞き返すアレクサンドラ。そんな彼女に、マーカスは答えた。
「実は最近、休暇を取っていた俺の部下がパームシティって町を見つけてな。聞いて驚け?そこでは合法のストリートレースが行われてるんだ。勿論、勝てば賞金も出るし、レースの内容によってはかなりの額が貰えるぞ?」
言うまでもない事だが、本来ストリートレースというのは違法行為だ。もし警察に見つかれば、連中を撒くか捕まるまで続くカーチェイスが幕を開ける。それは、このベンチュラ・ベイやフォーチュンバレー、そして紅夜が一時期走り込んでいたレッドビューカウンティーも例外ではない。勿論、他の町でも同じだろう。
というより、そもそもストリートレースが合法となっている町など聞いた事が無く、存在するとも考えていなかった。
そんな彼女等からすれば、パームシティは自分達のようなストリートレーサーにとっては夢のような町だった。
しかし、マーカスの話は止まらない。彼の口からは、次々にパームシティに関するニュースが飛び出てくる。
「しかもだ、あの町ではベンチュラやバレーでも見られないような車がゴロゴロ走ってるし、エンジン換装まで出来る。おまけに足回りのセッティングも此所より幅広くてな。極端な話、向こうだとセッティング次第でFerrariやLamborghini、はたまた俺のKoenigseggでオフロードレースが出来るって訳だ。当然、お前等のマシンでもな」
「「「「マジかよ……」」」」
この町では考えられないような新情報のオンパレードに、思わず言葉を失う4人。
オフロードレース自体は、フォーチュンバレーへ遠征した際に零やアレクサンドラが経験している。というのも、あの町では零のRX-7やアレクサンドラのPorscheがオフロードレースに対応可能で、遠征中のMAD RUNのメカニックを担当していたラヴィンドラ・チョードリーという男に足回りのセッティングを頼み、レースに出場していたからだ。
しかし、逆に言えばオフロードレースに出場出来たのはこの2人しか居らず、他の面々は自分達のマシンでは参加出来ない事を残念に思っていたのだ。
元々、零やアレクサンドラを含めたメンバー全員のマシンは、お世辞にもオフロードに向いているとは言えない車であるために仕方無い事ではあるのだが、どうせなら自分達も参加したかったと思うのも、また仕方無い事だ。
それがパームシティという町では出来るというのだから、彼女等が驚くのは当然の事だった。
「(コレ、紅夜が聞いたら驚くでしょうね……いや、それより喜ぶかしら?)」
この情報を聞いてはしゃぎ回るリーダーの姿を想像したアレクサンドラは、思わず笑みを浮かべた。
「まぁ何はともあれ、この町は行ってみて損は無い筈だぞ?新たな町に新たなレース。チームのレベルアップには打ってつけだ。バレーより遠いのが唯一のネックだが、そんな小さい事を気にするようなお前等じゃあない筈だ」
その言葉に対して、全員が愚問だと言わんばかりに頷いた。
ストリートレーサーにとって、新天地への長旅など何の苦にもならない。寧ろそれすら楽しみでもあるのだ。
「上等よ、新天地に行けるんだったら大陸横断でもやってやろうじゃないの!」
不適な笑みを浮かべたアレクサンドラが、ボキボキと手の骨を鳴らしながら言う。
MAD RUNでは紅夜と同じくらいに血の気盛んな彼女からすれば、これ程血が騒ぐ話題は無い。
「コレは、紅夜が帰ってくるのがますます待ち遠しくなってきたわね」
「うんうん、私も早く暴れたいなぁ……ねぇ、今から摘まみ食いがてら見に行っちゃう?」
「そんな事したら紅夜が怒るからめーでしょ」
「アハハッ!冗談だって!」
零に諌められた和美が、ケラケラ笑いながらそう言った。
「……どうやら、俺からのプレゼントはお気に召したようだな」
「ああ、彼奴等はこういう話には直ぐ飛び付くんだ。俺がフォーチュンバレーの事を話した時も、似たような反応してたよ」
過去を懐かしむように言うトラビスだったが、そこへ彼の携帯にメッセージが届く。
「……おっと、呼び出し喰らっちまったか。それじゃ、俺はそろそろお暇させてもらおうかね」
「ああ、また会おう。トラビス」
そうしてトラビスは、今度はSkylineに乗ってガレージを出ていった。
その後、トラビスに続くようにしてフォーチュンバレーへ帰ろうとするマーカスだったが、そこである事を思い出し、DB11のトランクから箱らしきものを取り出した。
「そうそう、実はもう1つあってな。Mr如月にプレゼントだ」
「プレゼント?僕に?」
不思議そうに箱を受け取った零は、早速開けて中身を確認する。他のメンバー達も興味津々な様子で見守る中、取り出された中身に彼の表情が輝いた。
「……!こ、コレって、まさか……!?」
「そう、そのまさかだ。お前がずっと欲しがってたヤツだよ」
箱から出てきたのは、2つ1組のヘッドライトと思しきパーツ。RX-7専用の固定式ライトだ。
「コイツも、どうやらパームシティで売られてるみたいでな。部下が偶然見つけたんで、お前へのプレゼントって事で仕入れさせたのさ」
「うわぁ、ありがとうマーカス!コレずっと欲しかったんだよ!」
まるで念願の玩具を買ってもらった子供のようにはしゃぐ零。そんな彼を羨ましく思ったのか自分にも無いのかと催促する和美だったが、固定式ライトはRX-7用のものしか無かったらしく、落胆する。
「うぅ~、せっかくの私と兄さんの共通点が1個消えちゃったよぉ……」
そう言ってガックリと項垂れる和美の肩に、零は手を置く。
「まぁまぁ、元気出してよ和美。別に一生コレ付ける訳じゃないんだから、共通点はずっと消えないよ 」
「え?」
その言葉に反応したのは、エメラリアだった。彼が言おうとしている事を何と無く予想したエメラリアはまさかと思いながらもその意図を確認する。
「て事は零、まさか……」
「うん、そのまさかだよエメル」
「またそんな面倒な事を……」
自分の予想が的中したエメラリアは、呆れたように溜め息をついた。つまり彼は、今回貰った固定式と元々の
そんな事をすれば、当然付け替えるのに時間が掛かる。妹のためにそこまでやるのかと、呆れるのと同時にある意味尊敬せざるを得ない妹愛だった。
「やった!兄さん大好き!」
先程までの落胆は何処へやら、満面の笑みを浮かべて飛び付いてくる和美を受け止める零。
相変わらずの仲良し兄妹だ。いや、最早兄妹と言うよりただのバカップルなのかもしれない。それこそ、他のメンバーが『何故兄妹として生まれてきたのか?』と首を傾げる程に。
「やれやれ、全くこの2人は……」
「まぁ良いじゃないのエメル。それで本人達が幸せそうなんだからさ」
「そういう問題じゃないと思うんだがなぁ……」
マーカスもエメラリアに同意した。
こうしてトラビスが居なくなったガレージには、はしゃぎ回る如月兄妹と、それをアレクサンドラとエメラリア、マーカスの3人に呆れたように見守るという光景が広がっているのだった。
良いタイトル思い付かなくてこうしましたが……もしかしたら後々変えるかも……?