今回から1年生加入編になります(と言っても直ぐ終わるかも……)。
小泉花陽にとって、アイドルは幼少期からの夢であり、憧れであった。
可愛らしい衣装を身に纏い、光り輝くステージで、観客からの歓声を浴びながら歌や躍りを披露する彼女等を何度もテレビで見ており、その都度こう思っていた。
『自分もこの人達みたいに出来れば』と。
今まで、何度そう思ったことだろうか。何度、ステージ上で踊っている自分の姿を想像しただろうか……?
「はぁ……」
μ'sのファーストライブから数日が経過した、ある日の授業中。花陽は誰にも聞こえないように小さく溜め息をついた。
広げられた教科書の下には、1枚のチラシが置かれている。穂乃果達から受け取った、μ'sのメンバー募集のチラシだ。
あのファーストライブは、花陽にとっては忘れられないものだった。
確かに、他のスクールアイドルと比べれば見劣りする部分はあった。つい最近結成したばかりの駆け出しグループなのだから当然だ。
しかし、それすらどうでも良く思える程に、ステージ上で踊る3人は輝いて見え、同時に羨ましいと思った。
アイドルに興味を持ってから今日に至るまで、何度も妄想しては自分なんかには無理だと諦めていた事を、あの3人は成し遂げた。
観客こそ少なく、と言うより音ノ木坂学院の生徒は自分と凛以外見当たらず、残りは紅夜が呼んだ部外者数人だけという散々な結果だったが、それでもやり遂げただけ十分凄い事だと、花陽は感じていた。
「(それに……)」
彼女が思い浮かべたのは、紅夜が呼んできた数人の男女。その中で紅夜と同い年と思われる5人組を見た際には、驚きのあまり目を見開いていたものだ。
「(まさか長門先輩が、あのBLITZ BULLETの人達と知り合いだったなんて……)」
ライブ当日はその場の雰囲気もあって聞く暇も無かったが、実は花陽は、瑠璃達BLITZ BULLETの事を知っていた。
というのも、彼女等は瑠璃の峠コースにて自分達の車でドリフト走行をする動画に加え、紅夜達MAD RUNと同じようにバンド演奏やダンスを動画に撮っており、それを動画サイトWeTubeに投稿していたのだ。
此方も既存曲を使っているとは言え、振り付けは全てオリジナルで、ドリフト走行の動画と共に演出のクオリティも高く、更にはメンバー全員が整った容姿をしているのもあり、マイナーなジャンルで活動しているにもかかわらずファンもかなり多く、中には『WeTube界のA-RISE』なんて別名をつけたり、『彼女等が学生なら、間違いなく史上初の男女混合スクールアイドルとして名を馳せていた』等と言う者も居る程だ。
そして花陽も、そのファンの1人である。
最初はその別名からどんなグループなのかというちょっとした興味本位で調べただけだったが、その動画を見ると、瞬く間に彼女等のパフォーマンスに夢中になっていた。
そうして気づけば、スクールアイドルと並行して彼女等の動画をチェックする日々だ。
「(μ'sの先輩達も長門先輩も……良いなぁ)」
有名なグループとの繋がりも無ければ自分でスクールアイドルを始める勇気も無い。そんな無い無い尽くしな彼女からすれば、紅夜や穂乃果達は非常に羨ましい存在だった。
「……よし、じゃあ小泉さん……小泉さん?」
「ひ、ひゃい!?」
そうして色々と考え事をしていたところを指名され、声を裏返させながらも立ち上がる花陽。
そんな彼女に、クラスからはクスクスと笑いが溢れる。
「次の文章、読んでくれる?」
「は、はい!えーと……」
「27ページの11行目だよ」
隣に座る生徒から読む位置を教えてもらい、音読を始める花陽。だがその声は小さく、教師からはもっと大きな声で読むようにと注文が飛んでくる。
「はい、そこまで。じゃあ今のところを……」
それでも結局声は出せず、痺れを切らした教師は別の生徒を指名する。
「(はぁ……私って、なんでこんなにも駄目なんだろ……?)」
静かに座った花陽は、こんな自分を呪いながら1人頭を抱えるのだった。
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「ん~!ひっさびさの単独行動じゃ~い」
昼休み。早めに昼食を終えた紅夜は、食後の運動がてら校内を歩き回っていた。
ここ最近はライブの練習もあって四六時中穂乃果達μ'sの面々と行動していた彼にとっては久々の単独行動であり、自由な時間だ。
あのファーストライブを終えてからは穂乃果達からのしつこい勧誘も減り、漸く平穏な生活を取り戻したものの、少々退屈だ。
「音楽室は放課後に行くとして、何か暇潰しになりそうなものは……ん?」
そんなこんなで中庭を歩いていると、向こうに飼育小屋と思しき木造の建物が見える。
そこでは何やら2つの影が動いていた。
「……何か飼ってるのかな?」
編入前に絵里に校舎を案内してもらった時もそうだが、編入後も校舎の中しか探検していなかった紅夜にとっては、中庭は未知の場所。当然、何があるのか興味が湧いてくる。
その建物へ歩みを進めると、影の正体が判明した。それは、全身がモコモコの柔らかそうな毛に覆われた、2頭のアルパカだった。
「……あ、アルパカァ?」
あまりにも予想外な動物の登場に、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう紅夜。
これが馬だったら、未だ話は分かる。今はもう無いだけで、過去に乗馬クラブがあったと考える事も出来るからだ。しかし、アルパカを飼っているなど誰が予想出来ただろうか?
「一体何処のペットショップに行きゃアルパカなんて見つけられんだよ………ある意味スゲーな、この学校」
そう独り言を溢しながら、紅夜は2頭のアルパカを見つめた。
1頭は真っ白の体毛につぶらな瞳をした可愛らしいアルパカで、もう1頭は両目が隠れた、気の強そうな茶色のアルパカだった。
「「…………」」
2頭のアルパカコンビも、突然の来訪者を珍しそうに見ている。
「(……見たところ、白いのがメスで茶色いのがオスって感じかな?その辺全く詳しくねぇから分からんけど)」
そんな事を考えつつ暫く2頭を眺めていた紅夜だが、やがてゆっくりと手を伸ばす。
此所には今、自分以外の人間は居ない。つまり目の前の動物に触っても何か言われる事は無い。
そんな状況下に置かれれば、誰だって目の前の動物に触れてみたくなるのは当然の事だ。それはアメリカのストリートで暴れ回ったり、裏組織の構成員や車泥棒に暴力の嵐を叩きつけていた彼も例外ではない。
「……!」
すると、何か危害を加えられると思ったのか、茶色のアルパカが威嚇し始めるが、それくらいで動じる紅夜ではない。
「……大丈夫、何もしねぇよ」
優しげな声でそう言い、手を差し出す紅夜。すると、茶色のアルパカは彼の手に顔を近づけ、スンスンと匂いを嗅ぐ。
それから暫時自分の手を嗅がせた後にゆっくりとその首元を撫でるが、そのアルパカは威嚇も抵抗もしなくなった。どうやら危険な人間ではないと理解してくれたようだ。
一通り撫でると、紅夜はそのまま白いアルパカにも手を伸ばす。此方は茶色のアルパカが認めたのもあってか素直に触らせてくれ、彼の撫で方が気に入ったのか気持ち良さそうに鳴いた。
「……へぇ、中々可愛いじゃねぇか」
目を細めるアルパカに、紅夜も口許が緩む。
そのまま暫く2頭を撫で回していると、また新たな来訪者が現れた。
「2人共~、早く早く~!」
そんな甘い声と共にパタパタと駆け寄ってくるグレーの髪の少女。そんな彼女を、また2人の少女が追い掛けてきていた。
「何だ、お前等もコイツ等を見に来たのか」
小屋に駆け寄ってきた3人に声を掛ける紅夜。そう、やって来たのは穂乃果達μ'sだった。
チラシ配りでもするつもりだったのか、彼女等の手には何枚ものチラシが抱えられている。
「あっ、紅夜君!紅夜君もアルパカ見に来てたんだね!」
紅夜の存在に気づいた穂乃果が、真っ先に声を掛ける。海未もペコリと頭を下げると、紅夜も軽く手を上げて会釈した。
「見に来たと言うよりは、たまたま散歩してたら見つけたんだがな……それにしても、まさかこの学校でアルパカなんて飼ってたとは」
「……?その口ぶりからすると、紅夜さんは知らなかったのですか?」
「ああ。前から校内を探検してはいたが、あくまでも屋内だったからな。コイツ等を見つけたのは今日が初めてだよ」
そんなやり取りを交わす彼等を他所に、唯一紅夜に声を掛けなかったことりはアルパカに釘付けになっていた。
「ふわぁ~……ふえぇぇ……」
「……随分お気に入りみたいだな」
「ええ、どうやら最近ハマったみたいでして……昼休みになると何時も来てるんです」
「成る程、最近昼休みに直ぐ出ていくのはこのためか」
「一応、チラシ配りのためなんですが……」
苦笑を浮かべながらことりの方を見やる海未。
「ねぇことりちゃん。早くチラシ配りに行こうよ」
「え~?もうちょっとぉ~」
穂乃果に引っ張られても全く動こうとしないことり。余程アルパカ達を気に入っているのか、最早ずっと此所に居座るつもりなのではないかとすら感じさせる。
「ことり、早く部員を6人揃えて部として認めてもらわないと、ちゃんとした活動は出来ないのですよ?」
「そうだよねぇ~……」
今度は海未が説得するものの、正に暖簾に腕押し。今やことりの頭の中は、このアルパカの事で埋め尽くされているようだ。
「ん~?」
すると、穂乃果がアルパカに目を向ける。そのままじっと2頭を観察すると、やがて首を傾げた。
「それにしても、そんなに夢中になる程可愛いかな……?犬とか猫なら話は分かるけど……」
「……!」
「「ひぅっ!?」」
馬鹿にされていると思ったのか、『何か言ったか!?』と言わんばかりに穂乃果達を睨み付ける茶色のアルパカ。
「え~、可愛いよぉ?特に首の周りとかフサフサで~……あぁ、幸せ~」
そんな彼女等を他所に、すっかりアルパカに惚れ込んでいることり。すると気を良くしたのか、先程から撫で回されていた白いアルパカがことりの顔を舐めた。
いきなりの事に驚いたことりは、小さく悲鳴を上げて後退る。
「こ、ことりちゃん!?」
「ああ。ど、どうすれば……ハッ!ここは私が弓で射るのは……!」
「止めろ、単にじゃれついてるだけだろ」
紅夜はいきなり物騒な事を言い出す海未を諌めるが、茶色のアルパカが唸り始めた。
「ホラ見ろ、怒らせたぞ」
そう言ってゆっくりとアルパカに近づいた紅夜は、宥めるように優しく撫でる。
「うちの同期がすまないな。コイツがいきなり舐められたから驚いただけなんだ、許してやってくれ」
そう声を掛けてやっていると、茶色のアルパカも少し機嫌を直したらしく、海未をチラッと睨んだ後、紅夜にすり寄った。
「こ、紅夜君凄い……もう手懐けちゃったの?此所に来るのは初めてって言ってたのに……」
初対面にもかかわらず、すんなりと言う事を聞いた事に驚きを隠せない穂乃果がそう言うと、海未も同感だとばかりにウンウンと相槌を打つ。
「別に大した事じゃないだろ。犬が人間の指示を理解するのと同じように、コイツ等も人間の言葉を聞いてる。それだけの話だ」
その言葉に、茶色のアルパカも頷いた。どうやらすっかり打ち解けたようである。
そんな彼等の元に、眼鏡にジャージ姿の小柄な女子生徒が近寄ってきた。
「あ、あの……良いですか?」
「ん?」
紅夜が振り向くと、その女子生徒は一瞬怯むような反応を見せた後、恐る恐る口を開いた。
「え、えっと……お水、交換しないといけないので」
「水……?」
よく見ると、彼女の胸には水の入ったペットボトルが抱えられており、小屋の方へ視線を移すと、空になったペットボトルが目に留まった。
「ああ、そういう事だったか……すまない、邪魔したな」
これ等の情報から女子生徒が飼育委員なのだろうと悟った紅夜は、そう言って下がる。彼女はペコリと頭を下げ、慣れた手つきで水の交換を始めた。
アルパカ達も、彼女には慣れているのか警戒する様子は無く、寧ろすり寄ってきていた。
「(てかコイツ……よく見たら小泉か。飼育委員なんてやってたんだな)」
彼女が先日からちょくちょく関わっている小泉花陽だと悟る紅夜を他所に、穂乃果達は未だに顔を拭いていることりを心配していた。
「ことりちゃん、さっき舐められたところ大丈夫なの?」
「うん、別に噛まれた訳じゃないから大丈夫……でも、この子には嫌われちゃったのかな?」
「いや、だからじゃれついただけだろ。嫌ってるなら噛まれるか唾吐かれてた筈だ」
「は、はい。先輩の言う通り、ただ楽しくて遊んでただけだから、別に嫌いになった訳じゃないと思います……」
花陽も紅夜の意見を支持する。未だ1ヶ月程度しか経っていないとは言え、動物を世話する仕事は毎日欠かさず行われるだろうから、アルパカの気持ちもそれなりに分かるようだ。
「へぇ~。紅夜君もそうだけど、貴女も分かるんだ?」
「え、えっと……一応、飼育委員ですから、ある程度なら……」
「そっか……って、あれ?貴女、もしかして花陽ちゃん?」
そこで漸く彼女の正体に気づいたらしく、穂乃果が言う。
「は、はい……小泉花陽、です」
「そうそう、花陽ちゃんだ!」
「ああ、ライブに来てくれた1年の子!」
「あの時は本当に助かりましたね。紅夜さんもお友達を呼んできてくれましたが、やはり学内の生徒にも見てもらいたかったので」
次々に近づいてくる上級生に怯みながらも、何とか返事を返す花陽。すると、穂乃果が徐に彼女の肩を掴んだ。
「ねぇ花陽ちゃん、いきなりだけどアイドルやってみない?」
「ふぇっ!?」
「本当にいきなりだな……」
あまりにも唐突な勧誘に驚く花陽の傍では、柵に凭れた紅夜が呆れたようにそう言った。
「君は輝いてる!大丈夫、悪いようにはしないから!」
「穂乃果、顔が悪人のそれになってますよ」
「でも、これくらい強引にやらなきゃ逃げられちゃうよ!」
「猫じゃないんですから……」
そんな問答が行われていると、花陽が小さく口を開いた。
「え、えっと……西木野、さんが……」
「え?」
「ごめんなさい小泉さん、もう1度言ってもらえますか?」
ボソボソとした声だったために聞き返す穂乃果と海未。
花陽は、先程よりも少し大きな声で話し始めた。
「あの、西木野さんが良いと思うんです……あの子、歌とかピアノとか、凄く上手で……」
「西木野……ああ、あのピアノ女か」
「紅夜君、その覚え方は凄く失礼だよ……」
以前音楽室へ連行した挙げ句曲を演奏させた小生意気な女子生徒を思い出した紅夜がそう言うと、ことりが苦笑混じりに言う。
「うんうん。私もあの子の歌、大好きなんだ!」
「ならスカウトに行けば良いじゃないですか」
「行ったよ?でも『絶対嫌だ』って」
「(……あぁ、あの時か。あれは断られて当然だがな)」
いきなり乗り込んできた得体の知れない上級生に『アイドルになりませんか?』と聞かれたところで、『はい、なります』なんて答えは普通なら返ってこない。真姫の反応はすこぶる正しいものだった。
とは言え、彼女が音楽に関して技術を持っているのも事実だ。メンバーに加える事が出来れば、作曲担当の確保と共にクオリティの向上にも繋がるだろう。
「それに、紅夜君も加わってくれたら完璧なんだけどなぁ~……」
そう言って、穂乃果が目を向けると、紅夜はその視線から逃げるようにアルパカに構い始める。
「あれ?長門先輩って、皆さんのお手伝いをしてたんじゃ……?」
「うん、してくれてたんだけど……」
「ライブが終わるまでの期間限定だったの」
「は、はあ……」
そうしていると、また別のジャージ姿の女子生徒が手を振りながら駆け寄ってくる。
「かよちん、何してるの?早くしないと授業に遅れちゃうよ?」
そう言ってやって来たのは、星空凛だった。彼女は紅夜に気づくと、彼にも手を振る。
「あっ、長門先輩も居るにゃ!」
「……よぉ」
花陽にしたのと同じように、軽く手を上げて会釈する紅夜。
「ホラ、かよちん。飼育委員の仕事終わったなら早く行こ?」
「う、うん……じゃ、じゃあ失礼します」
そうして、2人は走り去っていった。
その後は時間も無くなってきたため、彼等も教室へ戻る事にした。
「そう言えば紅夜君って、花陽ちゃん達と知り合いだったの?」
「確かに。特に小泉さんとは、ライブ前から知り合いだったようですが……」
「……まぁ、ちょっと訳ありでな」
まさか『不良グループに絡まれているところを車で乗り込んで助けた』なんて馬鹿正直に言う訳にもいかず、紅夜はそう言って茶を濁した。
「(にしても、あのアルパカと触れあえるってのは中々魅力的だな……あそこも暇潰しスポットに追加しとこっと)」
教室へと戻る道すがら、紅夜は新たな暇潰しスポットが出来た事にうっすらと笑みを浮かべるのだった。