にしても文字数10000オーバーするとは、下手したら一番多いかも……
翌朝の7時過ぎ。日が昇り、車が増え始めた首都高を、紅夜がR34と共に駆け抜けていた。
「……おっ、あれはEvo Ⅵか。中々良い音させてんねぇ~。しかも此方にはIntegraが走ってやがる。何れもベンチュラやバレーでも見なかったものばかりだな」
愛車を走らせながら周囲を軽く見回し、駆け抜けていくスポーツカーを眺める紅夜。
「おおっ、こりゃ珍しいや。Mclaren SenaにBenzのAMG GT Rまで走ってるなんてな……流石は首都高、スポーツカー天国だ」
勿論、此所を走っているのはスポーツカーだけでなく、一般車やトラックやバス等、様々な車が見られる。
しかし、それでも流石は首都高と言うべきか、スポーツカーを見かける頻度が非常に多く、その車種もToyotaやMitsubishi、Honda等の日本車から、アメリカのFordやChevrolet、イギリスのMclaren、ドイツのPorscheやMercedes Benz等の外車まで幅広い。
アメリカが『人種のサラダボウル』と呼ばれているなら、首都高は『スポーツカーのサラダボウル』と言えるだろう。
「(まぁ首都高だけでなく、秋葉とかでも普通にスポーツカーは見かけるんだけどな………痛車だけど)」
編入前のドライブや大河との秋葉巡りを思い出し、思わず苦笑を浮かべる紅夜。
そうしている内に出口が近づいてきたため、紅夜はスポーツカーウォッチングを止めて高速を降りる。
そして下道を通って暫くすると、もう通い慣れた学校が見えてきた。
「さて、今日も今日とてのんびり過ごすとしますかね」
これまで何のトラブルも無く過ごしてきたためか、少しずつ警戒心が解けてきている紅夜。
勿論人間関係には注意しているが、それさえ除けば特に心配するような事は無かった。
「よぉ~し、後は駐車場にコイツを置いてくるだけ……ん?」
敷地内に入った紅夜は、一本道の脇に1人の女子生徒が所在無げに突っ立っている事に気づく。そしてその生徒は、彼がよく知る人物だった。
「あれは……星空か。こりゃまた随分早くから来てるんだな」
今は7時30分、未だ登校するには早い時間だ。
この時間に学校に居る生徒と言えば、運動部の朝練や委員会等、何かしら用事がある者くらいだろう。
だが、彼女からはそれ等が感じられない。
「それにしても彼奴、あんな所に突っ立って何してんだか」
ノロノロと車を進めながら呟いていると、凛が此方に気づく。彼女は先程までの退屈そうな顔から一転してパァッと表情を輝かせると、此方へ駆け寄ってきた。
「長門先輩、おはようにゃー!」
「……よぉ」
彼女が駆け出すのと同時に車を止めた紅夜は、窓を開けて答えた。
「随分早くに来てるんだな。何時もこんな時間に来てるのか?」
「い、いやぁ~。そういう訳じゃなくて……」
恥ずかしそうに頬を掻きながら、凛は話を始めた。
彼女が言うには、どうやら目覚まし時計を見間違えたらしく、普段より1時間以上早く登校してしまったのだという。しかも、それに気づいたのが学校の真ん前であるために戻ろうにも戻れず、仕方無くそのまま教室に入ったのだが、誰も居なかったために散歩していたらしい。
「な、何と言うか……災難だったな」
「ホントだよ~。あの時間があれば、もうちょっと家でのんびりしていられたのに……急いで飛び出したからかよちん置いてきちゃったし、他の子も未だ来てないから教室戻っても退屈だし………あっ、そうだ!」
そこまで言いかけたところで、凛は閃いたとばかりに目を輝かせて言った。
「ねぇ、せっかくだから凛とお話しようよ!先輩も早く来ちゃって暇でしょ?」
「…………」
親友である花陽はおろか、他のクラスメイトも居なくて退屈だというのは分かるが、そこから何をどうすれば自分を話し相手にしようという案が出てくるのかと、紅夜は疑問に感じずにはいられなかった。
だが、だからと言って強く断る理由も無い。こうして早く来ているのも、別に用事がある訳でもなく、単に車通学で目立つからであり、車を置いて教室に行くと基本的に暇なのだ。
それに、今回は穂乃果達から受けた勧誘とは違う。これまでの絵里や希、花陽達とのやり取りもあり、短時間お喋りに付き合う程度なら、それ程抵抗も感じなくなっていた。
「(……まぁ、良い暇潰し相手が出来たと思えば良いか)」
そう考えた紅夜は、彼女の提案を受け入れる事にした。
「……良いだろ。車置いてくるから、玄関前で待ってろ」
「え~、乗せてくれないの?」
「馬鹿言え、此所から玄関までなんて100mもないだろうが。我慢して歩け」
「先輩のケチ~」
そう言ってブー垂れる凛を他所に車を発進させた紅夜は、何時もの場所に駐車を済ませて戻り、凛と合流した。
「それで、何処で話すんだ?」
「此方だよ。良い場所見つけてるんだ!」
そうして凛に連れてこられたのは、紅夜も時折来ていた校舎裏だった。
ベンチに腰を下ろした2人は、そのまま世間話を始める。と言っても基本的には凛が一方的に話し、たまに紅夜が相槌を打つ程度だが。
「でね。かよちんって小さい頃からスクールアイドルが大好きで、家で遊んでた時も一緒に~」
楽しそうに昔話をする凛。そこで紅夜は、穂むらから花陽の家へ向かう途中、彼女が呟いていた事を思い出す。
──凛ちゃんも、一緒に出来たらな……
この台詞から、1度、花陽が凛を誘ったというのは容易に想像出来る。そして、それを凛が断っているという事も。
「(……試しに話、聞いてみるか)」
もし2人をμ'sに放り込む事が出来れば、穂乃果達も新人の世話で自分を勧誘する暇が無くなるのではないかという何とも打算的な考えを胸に、紅夜は話を振った。
「そう言えば……」
「……?そう言えば、何?」
凛がコテンと首を傾げる。
「小泉、近い内にμ'sに加わるかもしれんぞ」
「ホント!?」
すると、凛は目を輝かせて食いつく。
「あ、ああ。実は昨日、小泉と一緒に居た時にμ'sの奴等と会ってな。少し話したんだよ」
そして紅夜は、穂乃果の家で起きた出来事を話した。
「連中は新メンバーを募集してるし、小泉の方はスクールアイドルに憧れてる。共に利害は一致してるし、彼奴自身やってみたいって気持ちはあるみたいだから、俺からも軽く勧めておいたよ」
「おおっ、先輩ナイスアシストにゃ!」
凛は上機嫌だ。花陽の気持ちを後押しする同士が居る事が嬉しいのだろう。
「それで1つ聞きたいんだが……お前はやらないのか?」
そうして話に乗ってきたところで、紅夜は本題に入った。
「え?やるって……スクールアイドルを?」
「そうだ。小泉も1人で入るよりは、付き合いの長いお前と一緒の方がやりやすいだろうし、本人もお前とやりたがってるみたいだったからな」
「……………」
すると一瞬だけ表情を曇らせた凛だったが、直ぐに困ったような笑みを浮かべて言った。
「無理無理、凛には絶対向いてないよ。だってホラ、こんなに髪短いし、スカートだって、似合わないし……」
だが、彼女の言葉は段々勢いを失っていき、遂には途切れてしまった。
「……何かあったのか?」
「うん……小学生の頃に、ちょっとね」
そうして凛は、自分にトラウマを植え付けた例の出来事を語った。そしてあの一件があってからというもの、長い間プライベートでスカートを穿いおらず、ずっとズボンで過ごしてきた事も。
「やっぱり、凛なんかに女の子らしい格好は似合わなかったんだよ。先輩もそう思うでしょ?」
同意を求めるように言う凛だが、その言葉とは裏腹に『否定してほしい』という本音が、彼女の表情からは読み取れた。
「…………」
紅夜は暫く沈黙した後、口を開く。
「……正直に言って良いか?」
「う、うん」
凛は頷いた。
「確かに第一印象から言えば、お前にはスカートよりズボンの方が似合うかもしれないな。アイドルよりも、スポーツとかアウトドアが似合いそうだ」
「……そう、だよね」
「でもな。だからと言って、そういう女らしいものが似合わない訳ではない。現に、今こうしてお前がスカートを穿いてても何の違和感も無いからな」
俯く凛だったが、続けて出てきた紅夜の言葉に顔が上がる。
「で、でも。それは制服だから……」
「コレが制服だろうがプライベートだろうが、スカートはスカートだ。それ以上も以下も無い。それに……」
そこで一旦言葉を区切った紅夜は、一瞬だけ凛のスカートに視線を落とし、直ぐに戻した。
「以前μ'sのライブに来てた俺の友人が、この学校のスカートが可愛いって随分はしゃいでてな。まぁ俺はそういう類いに興味は無いし知識も無いんだが、ソイツは職業柄お洒落にはかなり詳しいから、可愛いって言うならそうなんだろう」
「…………」
「それでだ。さっきも言ったように、俺はお前がそういうスカートを穿いていたところで、何の違和感も感じなかった。お前の容姿を知った上で、だ………それがどういう事なのか、分かるか?」
「……どういう意味なの?」
「つまり、お前が可愛いスカートを穿いたりお洒落をしたりする事に関して、何らおかしな事は無いという事だ」
「……!」
暗くなっていた凛の表情に僅かに光が差す。それを見逃さなかった紅夜は、更に畳み掛ける。
「アイドルの事だってそうだ。昨日小泉にも言った事なんだが、向いてるか向いてないかは正直どうでも良い。肝心なのは、お前自身がやりたいと思っているかどうかだ」
「凛が、やりたいかどうか……」
紅夜に言われた事を繰り返す凛は、彼を見上げてこう言った。
「じゃあ、もし凜とかよちんがスクールアイドル始めたら……応援してくれる?」
「…………」
このまま上手く話を切り上げようとしていたところで思わぬ質問を喰らう紅夜。
正直、スクールアイドルに興味が無いというのは変わっていない。身内やベンチュラ・ベイの走り屋仲間や瑠璃達幼馴染みのように気心の知れている者としかつるむつもりが無いのも、同じく変わっていない。
しかし、だからと言ってここで『知るか』等と言ってしまえば水の泡だ。
それに、マネージャーになる訳でなく単に応援するだけなら、特に大した問題は無い。
「……ああ、その時は応援させてもらうよ。そうすれば、お前が女らしい格好をしてもしっかり似合うってのを少しは証明出来るだろうからな」
「ッ!」
その瞬間、凛の顔が真っ赤に染まり上がるが、紅夜は気にせず立ち上がる。
「さて。良い感じに時間も潰せたし、そろそろ教室戻るぞ」
「…………」
「星空?おーい」
「……ハッ!?な、何でもないにゃ!暇潰しに付き合ってくれてありがとにゃ!」
やたら早口にそう言うと、凛は一目散に走り去ってしまった。
「わぁ~お……今のはドラッグマシン顔負けのスタートダッシュだ」
砂煙と共に小さくなっていく凛の背中を見送りながらそう呟いた紅夜は、のんびりと教室へ向かう。
「(それにしても、昨日は小泉に相談されて、今日は星空か……何か、後もう1回くらい何か起こりそうな気がするな)」
そんな彼の予想は、早くも昼休みに的中する事となった。
「さて、せっかく来たんだ。色々弾かせてもらおうかね」
昼食を終え、暇潰しを求めて歩き回っていたところ辿り着いた音楽室。相変わらず置かれていたエレクトーンの前に座った紅夜は、思い浮かんだ曲を弾き始める。
「…………」
だが紅夜は、曲の途中であるにもかかわらず演奏を止め、鍵盤から手を離す。そしてドアへ目を向けると、声を掛けた。
「隠れなくても良いだろ、入ったらどうだ?」
すると、カラカラと音を立ててドアが開かれ、真姫が姿を現した。
「やはりお前か……勉強はしなくて良いのか?医学系の大学に進むなら、普通の大学よりも多く勉強しなきゃならないんじゃないのか?」
「……別に、気晴らしよ気晴らし」
「……そうか」
『じゃあほぼ毎日気晴らしに来てるんだな』とは言わずにそう返した紅夜は、先程まで弾いていた曲を最初から弾き始める。
それを静かに聞いていた真姫だったが、彼が最後まで弾き終えると、おずおずと切り出した。
「ねぇ、あの時の言葉ってどういう意味なの?」
「……何の事だ?」
「昨日、帰り際に貴方が言った事よ。私にも言える事だって」
「……ああ、その事か」
それまで背中を向けていた紅夜は、ここで漸く真姫と向かい合う。
「結論から言えば、言葉通りの意味だ。あの時お前が言った『やりたいならやれば良い』というのは、お前にも言える事だ」
「だから、その意味が分からないからこうして聞きに来てるんじゃない……!」
惚けていると思って気が立っているのか、語気が強くなる真姫。
紅夜はそんな彼女に溜め息をつくと、話を始めた。
「お前、小泉にスクールアイドルにならないか聞かれた時にこう言ったよな?『親の病院を継ぐために大学の医学部に進むから、自分の音楽は終わりだ』と」
「……ええ」
「だが、『自分の音楽は終わりだ』なんて言ってる割にはしょっちゅう音楽室に来てる。お前は気晴らしに来てるだけと言っていたが、少なくともそれで片付く頻度じゃないだろ」
真姫は何も言い返せなかった。
彼の言う通り、花陽にあんな事を言っておきながら、ほぼ毎日音楽室に通ってはピアノを弾いている。しかも紅夜を連行して曲を弾かせる事もあった。
これでは、言葉と行動が全く噛み合わない。
「それに、その時のお前の表情には、僅かながら『音楽を捨てたくない』って気持ちが感じられたからな……あれ、本当に本心で言ってたのか?本当は音楽を捨てたくなかったんじゃないのか?」
「…………だったら」
暫く沈黙していた真姫だったが、やがて立ち上がり、声を荒げた。
「だったらどうすれば良いって言うのよ!?私は西木野総合病院経営者の一人娘なのよ!?普通に考えたら、将来あの病院を継ぐ事になるなんて馬鹿でも分かる事じゃない!だったら音楽をやってる時間なんて──」
そう言いかけたところで、紅夜は遮るように口を開いた。
「確かにそうだが、お前の場合は
「……え?」
その言葉に、先程までの勢いが引っ込む真姫。
「昨日、お前が帰ってくる前に母親と少し話してな。その時こう言っていたよ。『一応娘が継ぐ事になってる』ってな」
「ホラ見なさい、やっぱり私は──」
「ちゃんと聞いてたのか?彼女は『一応』と付け加えているんだ。コレはつまり、お前が病院を継ぐかどうかは未だ確定してないという事だろ」
「……ッ!」
真姫はハッとした。
確かに、親の間で真姫が病院を継ぐ事が確定しているのであれば、そのような曖昧な表現は要らない。だが、美姫は『一応』という単語を付け加えた。
それは紅夜の言う通り、何が何でも病院を継がせようとしている訳ではないという事を意味している。
そもそも今のご時世、家柄で子供の未来が決定するなんて考えは古い。そんなものが許されるのは、精々創作物での設定くらいだろう。
更に言えば、真姫は別に、親から直接『自分達の跡取りになれ』と言われている訳ではない。
言い方は悪いが、彼女が勝手に親の跡を継がなければならないと思い込んでいただけなのだ。
「まぁ、お前がそれでも病院を継ぐと言うのなら止めはしない。お前の人生だ、赤の他人である俺がどうこう決めて良いものではない」
『だが』と付け加え、紅夜は言葉を続ける。
「仮に病院を継いだとしても、別に音楽を捨ててしまう必要は無いだろう」
「……どうしてそう言いきれるのよ?」
怪訝そうに訊ねる真姫に、紅夜は愚問だと言わんばかりの表情で答える。
「経営者というのがどんな日々を送るのかは知らんが、なったら死ぬまで病院に閉じ込められる訳じゃないんだろう?現に昨日、お前の母親は家に居たし、俺や小泉に茶菓子を振る舞って世間話をするくらいには余裕があったみたいだからな」
「それは、まぁ……そうかもしれないけど」
すると、紅夜はスマホを取り出してとある写真を表示する。それは、瑠璃達BLITZ BULLETの面々だった。
「その人達って、あのライブにも来てた……」
「ああ、俺の幼馴染み達だ」
「ふ~ん……ん?」
興味無さそうに写真を見つめる真姫だが、そこである人物が目に留まる。そして、その人物を暫く見つめると、
「……ッ!?」
まるで、『何故こんな所に!?』と言わんばかりに目を見開く。
「そんな顔してどうした、写真に幽霊でも写ってたか?」
「……!な、何でもないわよ」
声を震わせながらそう言うと、真姫はスマホを突き返しながら質問をする。
「そ、それで?貴方の幼馴染みさん達が一体どうしたって言うのよ?」
「彼奴等が今、どんな仕事をしてると思う?」
「…………」
沈黙する真姫にスマホの画面を見せた紅夜は、1人ずつ指差しながら言った。
「瑠璃は投資家で、達哉は配送ドライバー、雅はモデル。そして大河と蓮華は、ウェブデザイナー兼ブロガーだ。でも、連中の趣味は車と音楽で、その動画投稿もしている」
「それは分かったけど、だから何──」
「つまり、自分の好きなものと違う仕事に就いたからと言って、好きなものを捨てる必要は無いという事だ」
「………!」
ハッとしたように目を見開く真姫。先程までの曇ったような表情に僅かながら光が差したのを、紅夜は見逃さない。
「勿論、最初は慣れるのに精一杯だろうが、いずれは余裕も出来る。その時にお前の好きな音楽に打ち込めば良いんだ」
「……」
「まあ、それはあくまでも、お前が病院を継いだ場合の話だがな」
そして紅夜は、『つまり』と前置きして話を締め括りに掛かる。
「結局のところ、お前の未来は未だ決まってないんだよ。病院を継ぐのか、音楽家になるのか、はたまた全く別の職に就くのかなんてな」
何も言い返さない真姫に、紅夜は更に続ける。
「来年、またはこの学校が廃校になるかが決まって時点で消える俺とは違って、お前には未だ時間があるんだ。自分の将来について考えるのは良い事だしそれが早いに越した事は無いが、それで自分の好きなものややりたい事を捨てるには未だ早すぎる。それに学生ってのは、人生で最も自分の好きなように過ごし、楽しめる時期でもあるんだ。お前が青春を楽しんだって、罰は当たらん」
そう言うと、紅夜は来る途中で取った勧誘のチラシを差し出した。
「まっ、考えてみろ。少しでもやってみたいって気持ちがあるならやってみれば良い。あの時小泉に言ったみたいにな」
それだけ言い残して、紅夜は音楽室を後にした。
「………」
暫く呆然としていた真姫だったが、昼休みが終わりに近づいているのもあって教室へと戻る。
その足取りは、心なしか先程よりも遥かに軽やかだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
放課後、紅夜は屋上でμ'sの練習を見ていた。と言うのも、また暇潰しを求めて歩き回っていたところをトイレから戻る途中だった穂乃果に捕まり、練習を見るようせがまれたからだ。
「いやぁ~!やっぱり紅夜君に見てもらうと違うね!」
「ええ、私達でも気づかないところに気づいてくれますから、練習の質も段違いです」
「そうだよね。ことりも助かっちゃったよ!」
「……それは良かったな」
満足そうに言う3人に、紅夜は半ば投げやりな言い方でそう言った。
「ねぇ紅夜君、やっぱりマネージャーやってくれないかな?紅夜君が居てくれたら、それだけでも十分やる気出るんだ」
「……だから、何度も言ってるが俺は──」
紅夜がそう言いかけたところで、屋上のドアが勢い良く開かれる。そこには、両脇を凛と真姫に抱えられ、さながら囚われた宇宙人みたいになった花陽が居た。
「あれ?皆してどうしたの?」
いきなり乗り込んできた1年生達に驚きながらも、穂乃果が声を掛ける。
「いきなりすみません。かよちんを先輩達のグループに入れてほしいんです!」
花陽を引っ張ってきた凛が声を張り上げる。
「え?それってつまり……」
「花陽さんがメンバーに加わってくれる、という事ですか?」
その言葉の意味を確認するかのように訊ねることりと海未。
「はい。かよちんは昔からスクールアイドルが大好きで、ずっと先輩達みたいにアイドルやってみたいって思ってて──」
そう力説する凛だが、真姫が負けじと割り込んできた。
「そんなのどうでも良くて、この娘凄く歌唱力があるんです。今は未だ声が小さいかもしれませんけど、いずれは実力を発揮してくれる筈です!」
「ちょっと西木野さん、どうでも良いってどういう事なの!?」
「言葉通りの意味よ!」
そう言って、花陽そっちのけで言い争いを始める2人。恐らく彼女等なりに花陽を思っているのだろうが、如何せんこれでは肝心の花陽本人が置いてきぼりだ。
そして穂乃果達も、いきなり乗り込んできた挙げ句言い争いを始める2人に戸惑っている。
「やれやれ、コレじゃ埒が明かねぇな」
小さくそう呟いた紅夜は、手を打ち鳴らして強制的に黙らせる。
「悪いが、お前等は少し黙ってろ。今重要なのはお前等のプレゼンじゃない、小泉本人の気持ちだ」
紅夜は静かに花陽の元へ歩み寄ると、彼女に目線を合わせて話し掛けた。
「小泉、お前はどうしたい?」
2人を黙らせる時の威圧的なものではなく、落ち着いた声音で問い掛ける紅夜。
「わ、私は……」
花陽は先ず、目の前に立つ穂乃果達2年生に目を向け、次に自分を屋上まで連行してきた凛と真姫に目を向ける。
彼女等は皆、花陽の言葉を待っていた。
「(皆、ありがとう)」
花陽は最後に紅夜に視線を向けコクりと頷く。それだけで彼女の意図を察した彼も頷き、穂乃果達を呼び寄せた。
「……頑張れ」
そう言って紅夜は脇へ移動し、花陽は遂に、穂乃果達と対峙する。
そして決意を固めた表情で、花陽は自らの思いをぶつけた。
「私、小泉花陽といいます!1年生で、背も声も小っちゃくて、誰かに誇れるものなんて何も無いですけど、アイドルへの情熱なら、誰にも負けません!だから、私を……私をμ'sに入れてください!先輩達と一緒に、スクールアイドルをやらせてくださいッ!!」
最後の一言が、夕焼けの空に響き渡る。
暫く花陽を見つめていた穂乃果は、やがてゆっくりと歩き出し、手を差し出した。
「此方こそ!これからよろしくね、花陽ちゃん!」
それに答えるかのように、差し出された手を握る花陽。
『スクールアイドルになる』という彼女の長年の夢が、遂に実現した瞬間だった。
その様子に感極まったのか、凛は目に涙を浮かべている。
「かよちん、偉いよぉ……」
「なんで貴女が泣いてるのよ…?」
「そう言う西木野さんだって泣いてるにゃ」
「ッ!?ち、違っ。コレは…」
「(どっちもどっちだろうが……)」
内心そう呟きながら苦笑する紅夜。だが、話は未だ終わっていない。
「それで、2人はどうするの?」
不意に、ことりがそう問い掛ける。
「え?2人って…」
「当然、貴女達の事ですよ」
そう言って海未が視線を向けたのは、言うまでもなく凛と真姫だ。
「メンバーは未だ募集してます!お二人も、一緒にやってみませんか?」
そうして差し出された手を困惑した様子で見ていた凛と真姫だが、そこで紅夜とのやり取りを思い出す。
チラリと目を向けると、紅夜は何も言わずに頷いた。
こうして新たに3人のメンバーが加わり、μ'sは6人となった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌日の早朝、紅夜は何時ものように神田明神前のコンビニに立ち寄っていた。
トイレ休憩を終え、R34に乗り込もうとドアを開けた彼の耳に、凛の活発な声が飛び込んでくる。
見ると、1年生3人が此方に駆け寄ってきていた。
「長門先輩、おはようにゃー!」
「お、おはようございます。先輩!」
「……おはよう」
三者三様に挨拶する花陽達に、紅夜も挨拶を返す。
「ああ、おはよう……今日から参加するのか?」
「は、はい!」
「今日から頑張るにゃー!」
「貴女さっきまで眠い眠い言ってたじゃないの」
「長門先輩見たらそんなの吹っ飛んだよ!」
そんなやり取りを交わす3人に、苦笑を浮かべる紅夜だったが、そこでとある変化に気づいた。
「ん?おい小泉、お前眼鏡はどうしたんだ?壊れたのか?」
そう。花陽が昨日まで掛けていた眼鏡を外していたのだ。
「い、いえ。実はコンタクトにしてみたんです。こうしてスクールアイドルとしてスタートしたから、私自身も新たにスタートを、と思いまして……」
恥ずかしそうに頬を染めながら、花陽はそう言った。
「かよちん、先輩褒めてくれるかなってずっと気にしてたよね~」
「り、凛ちゃん!それは言わないって約束だったでしょ!?」
慌てて凛の口を塞ごうとする花陽だったが時既に遅し。紅夜にはしっかり聞かれていた。
もっとも、本人は『自分に感想なんか聞かれても困る』と言わんばかりの顔だったが。
「それで先輩、新しいかよちんはどう?可愛いでしょ?」
「(その言い方だと、何か新製品みたいに聞こえるんだがな)」
そんなツッコミも入れつつ、花陽に目を向ける紅夜。
「うん、まあ良いんじゃないか?雰囲気も前より明るくなったように見えるしな」
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしそうに手をモジモジさせながら、花陽はそう言った。
「あ、あのさ」
すると、真姫が口を開く。
「私達って、これから一緒に活動していくのよね?」
「…?うん、そうだね」
何故そんな当たり前の事を今更聞いてくるのかと思いつつ、凛と花陽は頷く。
「じゃ、じゃあさ。新しいスタートって事で、名前で呼んでよ。私も貴女達の事、名前で呼ぶから……花陽、凛」
あまり慣れていないのか、恥ずかしそうに2人の名を呼ぶ真姫。
すると、名前で呼ばれた2人は思わず真姫に抱きついていた。
「真姫ちゃん、真姫ちゃーん!」
特に凛のテンションが高く、普段の口調もあってまるで猫のように彼女に頬擦りしていた。
それから少しして3人が落ち着きを取り戻すと、紅夜は改めて愛車に乗り込み、エンジンに火を入れた。
「じゃあ俺は行くから、朝練頑張れよ」
「え?先輩は参加しないの?」
「何か用事でもあるの?」
紅夜も参加するものだと思っていたのか、凛と真姫は首を傾げる。
「いや、用事も何も、そもそもマネージャーじゃないからな。今の俺って。言ってみれば部外者、参加云々以前の問題なんだよ」
「そんな……」
寂しそうな表情を浮かべる凛。花陽も、彼とμ'sの契約の事を知っていても、やはり自分達にμ'sに入る決心をさせてくれた紅夜が居ないのは寂しいのか同じような表情を浮かべ、真姫も不満そうにしている。
「ま、まあ。そういう訳だから、じゃあな!」
これ以上居ると面倒な事に巻き込まれると悟ったのか、紅夜は逃げるようにR34を発進させ、駐車場を飛び出していった。
「あっ、待ってくださ……!」
慌てて引き留めようとする花陽だったが追いつく事など出来る訳も無く、遠ざかっていくR34の後ろ姿を見送る事しか出来なかった。
その後、穂乃果達2年生と合流し、改めて加入後初の朝練を始めるのだった。
これで、アニメ1期の第4話終了です。
次はにこにー襲来……の前に別のお話を入れようかと考え中です。