あれから一行は、絵里と話すために生徒会室を訪れていた。紅夜からすれば本日2度目の来訪である。
「………」
ドアをノックしようとする穂乃果だが、その表情は緊張一色に染まっていた。
さもありなん、何せ彼女等からすれば、絵里は何かと自分達に突っ掛かり、活動を阻む敵のような存在。そんな彼女が居るであろう生徒会室は、正に敵地である。
しかし、それでも避けては通れぬ道だ。
何故ならば、ラブライブに出場するには学校からの許可が必要。つまり理事長である雛へ申請し、出場の許可を得なければならないのだが、そのためには原則として生徒会を通すという決まりがあるからだ。
だが………
「どう考えても、答えは見えてるわよ」
「学校の許可ぁ?認められないわぁ」
ノックしようとした穂乃果を制止するかのように真姫が言うと、凛が絵里の物真似をしてみせる。
「そうだよね………」
穂乃果も何と無く答えは予想していたらしく、肩を落とした。
結成当初から自分達の活動に否定的だった絵里の事だ、彼女と話す段階で否決されるのは目に見えている。
「でも、今度こそは沢山の人達にこの学校を知ってもらえるチャンスだと思うんだけどな………」
「そんなの、あの生徒会長には関係無いわよ。私等の事目の敵にしてるんだから」
にこがそう言った。
「確かに。未だにこ先輩と揉めていた時も、紅夜さんや希先輩が居なければ追い返されていたでしょうし」
「でも、どうして生徒会長は私達だけ活動を認めてくれないのでしょうか………?」
花陽がそんな疑問を抱くのは当然の事だった。
穂乃果達がファーストライブで講堂の使用許可を貰いに来た時もそうだが、絵里は何かと理由をつけては彼女等が活動出来ないようにしている。
だが、当の本人達からすれば、活動を禁止されるような問題を起こしたり、成績が著しく下がったりしていた訳ではない以上、それは理不尽な妨害でしかない。
特に悪い事をした訳でもない自分達が、何故このような扱いを受けなければならないのか、不思議に思うのは無理もない。
「それは………ハッ!?もしや校内での人気を私に奪われるのを恐れてるんじゃ」
「「それは無い」」
「ツッコミ早っ!?」
冗談なのか本気なのか、何れにせよ的外れな事を言い出したにこに、紅夜と真姫は同時にツッコミを入れる。
「もう、いっそのこと許可なんて取らず勝手にエントリーしちゃったら良いんじゃないの?どうせあの生徒会長は此方の話聞く気なんて全く無いでしょうし、聞くだけ無駄でしょ?」
「そ、それは駄目だよ!ちゃんと学校から許可を貰う事が出場条件なんだから、ルールは守らないと!」
「小泉の言う通りだ、西木野。それに勝手にエントリーなんてしようものなら、間違いなくそこを突いてくるぞ」
真姫の提案を即座に否定する花陽に、紅夜も追随した。
確かに、絵里は此方の話をまともに聞いてはくれないだろう。『そんなものは認めない』だの何だの言って追い返されるのは目に見えている。
だが、だからと言って、それが勝手にエントリーして良い理由にはならない。それは結局、絵里に自分達を攻撃する理由を与えているだけでしかないのだ。
仮に、本当に許可を取らず出場しようものなら、絵里は『学校の許可無く勝手に大会に出た』という大義名分を掲げて自分達を潰そうとするだろう。良くて活動停止、下手をすれば解散させられる可能性だってあるのだ。
加えて、絵里が手を出さなかったとしてもラブライブ出場に関しての規則に違反している事は変わらないため、エントリーを取り消されるような事態になりかねない。
絵里がどんな対応をしてこようが、あくまでも自分達は正規のやり方で挑む必要があるのだ。
「だったら、理事長に直談判するのはどう?」
すると、真姫は即座に第2の案を出してきた。
「直談判か………そんなの出来るのかな?一応生徒会を通す決まりなんだよね?」
「確かにそうですが、それはあくまでも原則。理事長に直接言いに行く事が禁止されている訳ではありません」
「でしょ?何とかなるわよ。此方には親族が居る上に試験生が居るんだし」
そう言って紅夜に視線を向ける真姫。
理事長の娘であることりもそうだが、試験生として通っている紅夜の存在も、理事長に対しては勿論、絵里に対しても有効なカードだ。
更に言えば、絵里は紅夜に対していまいち強気に出れない。上手くいけばエントリー出来る可能性は十分ある上に、後から文句を言われても紅夜なら黙らせられるだろう。
「………まあ、俺は構わんよ。ちょうど理事長に用があったからな」
当人からも許可が出た事もあり、彼女等は早速理事長室へと場所を移した。
「な、何か更に入りにくい気が………」
だが、着いたら着いたで穂乃果が入室を躊躇う。
「そんな事言ってる場合じゃないだろうに、ったく………代わりに行くから退け」
そうして穂乃果に代わり、ドアをノックしようとする紅夜。だが、それより先にドアが開き、希が顔を出した。
「あれ?紅夜君やん。それに皆も、お揃いでどうしたん?」
「東條じゃないか。お前が居るって事は………」
すると、希の後ろから絵里が現れる。
「タイミング悪っ……」
にこが思わず呟いたが、絵里は無視して言った。
「長門君?どうして此所に?」
「ああ、ちょっと理事長に用があってな。コイツを見てもらおうと思って」
そう言って、元々見せる予定だったレポート用紙を取り出す紅夜。
「コレ、試験生のレポートよね?提出日は未だ先よ?」
「そうなんだが、こんな感じで良いのか直接聞いておきたくてな。一応、その前にお前にも見てもらおうと思って生徒会室まで行ったんだが、居なかったから取り敢えず理事長に見せておこうと思ったんだよ」
「そうだったのね………ごめんなさい。実は私も理事長に用があって、さっきまで話してたのよ」
すまなそうに言う絵里に紅夜は手をひらひらと振った。
「いや、気にしないでくれ。俺が勝手にやった事だし、お前にもお前の用事があるだろうからな。それで文句言ったりはしないよ」
「そう言ってもらえると助かるわ………それで」
絵里は、先程とは打って変わって冷たい目で穂乃果達を見つめた。
「貴女達は何の用?見たところ、長門君を案内してきたって訳ではなさそうだけど」
その高圧的な口調にたじろぐ穂乃果を押し退け、真姫が前に出た。
「理事長にお話があって来ました」
「………各部活動が理事長に申請する時は、生徒会を通す決まりよ」
「申請じゃないわ、ただ話があるだけよ!」
「真姫ちゃん、上級生だよ」
語気を荒らげる真姫を諫める穂乃果だが、絵里よりも更に年上である紅夜にため口で話しているため、今更と言えば今更だった。
そのまま両者睨み合っていると、開いていたドアが軽く叩かれる。そこには理事長である雛の姿があった。
「どうしたの?何か揉めてるみたいだけど」
「り、理事長!コレはですね……」
弁明しようとしている絵里を下がらせ、紅夜が前に出た。
「ご無沙汰しております、理事長。ちょっと用がありまして」
そう言って、絵里に見せたレポート用紙を見せる紅夜。
「あら、もう書けたの?」
「いえ、取り敢えずこんな感じで良いのか見てもらいたくて」
そんな彼の返事に『そう』と短く返した雛は、中へ入るよう促す。
「それなら、ついでと言っては何ですが、彼女等も入れて良いですか?俺と同じく理事長に用があるみたいで」
「ちょっ、長門君!?幾ら貴方でもそれは」
絵里が声を上げるが、紅夜はすかさず返した。
「別に良いだろ?お前等生徒会を通そうが通すまいが、今のコイツ等の大本命は理事長だ。俺も用があるんだし、一纏めに片付けた方が理事長としても楽な筈だ」
「そ、それはそうかもしれないけど………」
「それでも納得出来ないなら、お前も立ち会えば良い。構いませんよね、理事長?」
紅夜が訊ねると、雛は頷いた。
「……分かったわ、貴方がそこまで言うなら」
漸く絵里が折れたのもあり、1年生を外で待たせ、残りの面子は部屋へ入った。
先ず行われたのは、紅夜のレポートの確認だ。
見るだけなら大して時間は掛からないだろうと雛が判断したためである。
「……うん、結構色々書いてくれたのね」
レポート用紙に一通り目を通した絵里が、そう言って雛に手渡す。彼女も同じように目を通して頷いた。
「そうね、書き方はこれで良いわ。何なら、もうこのまま提出してくれても良いわよ?」
雛はそう言うが、紅夜は首を横に振る。授業の課題ではないのだから、もう少しレポートに書くネタを探したかったのだ。
「フフッ。先輩から聞いた通り、貴方って真面目なのね………分かった。じゃあ次に見せてもらうのを楽しみにしているわ」
そう言って笑い、雛はレポート用紙を返した。
そしてやって来た穂乃果達の番。
彼女等は緊張しながらも、事情を説明する。
「成る程、ラブライブねぇ……」
神妙な面持ちの彼女に、穂乃果達は言葉を重ねる。
「はい。調べたところ、ネットで全国的に中継される事になっています」
「もし出場出来れば、それを見た人達にこの学校の事を知ってもらえると思うの」
「スクールアイドルは全国的にも流行っていますから、またとないチャンスだと思うんです!」
あれこれと利点を挙げていく穂乃果達。だが、そこで絵里が口を挟む。
「私は反対です」
その言葉に穂乃果達の話が止まる。
「理事長。貴女は先程、『学校のために学校生活を犠牲にするような事はすべきではない』と仰いました。であれば──」
「そうね、確かにそう言ったわ」
絵里の言い分に頷く雛。
「っ!じゃあ──」
「でも、別にエントリーするくらいなら良いんじゃないかしら」
「本当ですか!?」
その言葉に顔色が明るくなる穂乃果達。絵里より立場が上である理事長がそう言ったのなら、最早許可を貰えたも同然だ。
「ま、待ってください理事長!何故彼女達の肩を持つのですか!?」
だが、やはり絵里は納得出来ないと雛に食って掛かる。
「別に肩を持ったつもりは無いのだけど………ねえ、高坂さん。1つ聞いて良いかしら」
「は、はい!?」
まさか自分に質問してくるとは思わなかったようで、思わず声が上ずる穂乃果。そんな彼女に苦笑を浮かべながら、雛はとある質問を投げ掛けた。
「貴女はどうして、ラブライブ出場を……ううん、スクールアイドルをやろうと思ったの?」
「それは……」
穂乃果は少し考えた後、答えを出す。
「今はスクールアイドルが流行ってるから、それを取り入れれば学校を盛り上げられると思ったのと、自分が『やりたい』って思ったからです。ラブライブのエントリーを決めたのも、学校の事はそうですが、せっかくスクールアイドルをやってるんだから目指したいなって。それに、何か楽しそうだし!」
穂乃果はそう答えた。
「そう………他の皆も、大体そんな感じの理由かしら?」
その問いに海未やことり、そしてにこが頷く。
「成る程。そういう事なら、私は反対しないわ」
「それなら、我々生徒会も学校のために活動させてください!」
「それは駄目」
「(うわマジかよ、即答で却下しやがったよこの人……まあ、理由はコイツ等の話聞いてたら何と無く分かったけどさ、もう少し考える素振りとか見せてやれよ理事長さんよぉ)」
何の躊躇いも無く絵里の申し出を斬り捨てる容赦の無さに、紅夜はドン引きしていた。
「……意味が分かりません」
「そうかしら?簡単な事だと思うけど………ねえ、紅夜君?」
「………俺に振らないでくださいよ」
巻き込まれて堪るかとばかりにそう言って、紅夜は顔を背ける。
「フフッ、ごめんなさい。でも『分からない』とは言わないのね」
巻き込んだ事を詫びつつも、否定しなかった事を指摘する雛。
「………ッ!失礼します」
すると、絵里はそう言って部屋を出て行ってしまった。
「フンッ、ざまあみろってのよ」
「お前は黙ってろ。さもないとそのウィッグ引っこ抜くぞ」
「ぬゎんでよ!?てかコレ地毛だから!ウィッグじゃないわよ!」
2人がコントのようなやり取りを繰り広げていると、雛が言葉を付け加える。
「ああ、そうそう。言い忘れていたけど、1つ条件があるの」
「条件?それって………?」
「学生の本分は、あくまでも勉学。ラブライブに出るからと言って、勉強が疎かになってはいけません………それは分かりますね?」
その問いに全員が頷く。
「ですので、もし今度の期末試験で1人でも赤点を取るような事があったら、ラブライブへのエントリーは認めません」
「(まあ、そりゃそうだわな)」
紅夜も彼女の意見には同意した。
「さ、流石に赤点とかは無いだろうから大丈夫かと………」
そう言って他のメンバーに目を向けることりだが、そこには余命3日を宣告された重病患者のように絶望の表情を浮かべて項垂れる穂乃果と凛、そしてにこの姿があった。
「あ、あれぇ~?」
「……こりゃ前途多難だな」
気まずそうな表情のことりの傍らで、紅夜はそう言って顔を覆った。
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「大変申し訳ございません!」
「ません!」
部室に戻ると開口一番、穂乃果と凛が机に手をついて深々と頭を下げる。
「小学生の頃から知ってはいましたが………」
そんな様子を、海未は呆れたように見ていた。
「す、数学だけだよ!ホラ、私算数苦手だったし!」
「……そうなのか、園田?」
「ええ、まぁ……」
海未が気まずそうに答えると不意に花陽が口を開く。
「7×4?」
彼女が口にしたのは、簡単な九九の問題。普通なら間違える筈は無いのだが………
「……26?」
穂乃果は間違えていた。しかも単なる言い間違いではなく、割と本気で考えての間違いだった。
「何やってるんだお前は……28だ」
「あっ、そうだった!」
そう言ってあざとく舌を出す穂乃果。だが、紅夜は容赦しない。
「と言うか、お前そんな計算も出来ないのによく今まで金使う仕事やってこれたな」
「グハッ!」
冷たい目線からの容赦無いツッコミが炸裂し、穂乃果は一撃でダウンした。
「……で、星空は何が苦手なんだ?」
「英語!凛は英語だけはどうしても肌に合わなくて……」
「た、確かに難しいよね。文法とか私もよく間違えそうになるし…」
花陽がそう言うと、凛は我が意を得たりと言わんばかりに捲し立てる。
「そうだよ!そもそも凛達日本人なのに、なんで外国の言葉なんか勉強しないといけないの!?」
「お前仮にも7年間アメリカで暮らしてた俺の前でよくそんな事言えたな、ある意味尊敬するよ……」
そう言って紅夜が呆れていると、真姫がいい加減にしろと言わんばかりに机を叩いて立ち上がり、凛に迫った。
「屁理屈言ってんじゃないわよ!今の状況分かってるの!?このテストの結果にラブライブ出場が懸かってるのよ!」
「ま、真姫ちゃん怖いにゃ~……」
鬼気迫る様子で捲し立てる真姫に、凛もたじろぐ。
「せっかく生徒会長を突破出来たっていうのに、『テストで赤点取ったからエントリー出来ませんでした』なんて良いお笑い種よ!」
「そ、そうだよね……」
そう言って肩を落とす凛。
「全く、一難去ってまた一難とはこの事ね……」
「ほ、ホントそうよねぇ~!」
すると、にこの明らかに動揺した声が聞こえてくる。
「あ、アンタ達!赤点なんて絶対取っちゃ駄目よ?せっかく生徒会長を突破したんだし、ちゃ、チャンスは無駄にしないようにしなきゃね~!」
「おい矢澤、教科書逆さまだぞ」
「……にこ先輩、念のため聞きますが、先輩の成績は……?」
かなり怪しみながら訊ねる海未。
「に、にに、にこの成績ぃ?そそそ、そんなのもうバッチリに決まってるじゃない!この、にっこにっこにーが赤点なんて、そんなの無い無いナイアガラよ!」
「ネタ古いし動揺してるのバレバレだぞ」
「うぐっ……」
紅夜に指摘され、にこも撃沈した。
「ていうか、紅夜君こそどうなのさ!?赤点回避出来るの!?」
「そ、そうだよ!紅夜先輩も、何だかんだ言って勉強苦手なんじゃないの!?」
すると、逆ギレしたのか穂乃果と凛がそんな事を言い出す。
他の面子も、『言われてみれば……』と紅夜の方を向いた。
現役の高校生である彼女等とは違い、紅夜は既に高校を卒業している。その後大学へ進んだり浪人していた訳ではないため、当然ながらその間は一切勉強していない。
更に言えば、アメリカと日本では科目は同じでも内容はかなり違うと言われている。
今でこそ穂乃果達と共に授業を受けているが、それでついてこれているのか、試験で赤点を回避出来そうかは正直不安でもあった。
「まぁ、そうだな。教員共が答案を弄らない限りは、少なくとも赤点は取らないだろ」
だが、紅夜はあっけらかんとした様子でそう答えた。
「そうなのですか?」
「ああ、毎日家で予習復習はやってるし、そもそも
そう。お忘れの方も居るかもしれないが、紅夜は試験生として編入するよう言われた日から編入日まで、毎日欠かさず勉強していたのだ。
ちょうど里帰りしている最中だった上に当時はどの学年に編入されるのか知らされていなかったのもあり、幼馴染み連中を片っ端から当たって高校時代の教材やノートを譲ってもらい、アメリカに帰ってからは仕事や仲間達と過ごしていた時間の大半を勉強に充てていたのだ。
当時は車にも殆んど乗らなくなり、稀に気晴らし兼オイル等の劣化防止のために乗る程度にまで落ち込んでいた。
更には日本への飛行機でも勉強に集中するあまり、機内食を持ってきた乗務員の呼び掛けにも気づかず、隣の客に肩を叩かれて漸く気づく有様だった。
そのお陰か、数学等幾つかの教科では高校課程を終わらせてしまったものもあり、復習を疎かにしたり教員が嫌がらせで難関大学レベルの問題を出したりしない限りは、赤点を取る心配は無かった。
「……とまぁ、そんな訳だから、俺に関しては心配要らないよ。そもそもこの学校の行く末が決まるか、遅くても来年の春にはアメリカに帰る訳だから、正直言って成績は悪くても問題無いんだがな」
彼の話が終わった頃には、穂乃果達は信じられないものを見るような目で紅夜を見ていた。
彼女等も受験の際にはかなり勉強していたと自負しているが、それでも彼程の勉強は出来そうにない。
「アンタ、相当イカれてるわよ……」
そんなドン引きしたにこの発言に、穂乃果や凛、更には真姫までもが相槌を打った。
「で、でも。量はさておき、それだけ勉強されていたとは凄いですね」
「そうだね。何か分からない事があったら教えてあげられるかなって思ってたけど、こんな話聞かされたら寧ろことり達が教えてもらう立場かもって思っちゃうね」
海未やことりも、最早やり過ぎとも言える彼の勉強量に驚きつつ、自分達の心配が杞憂に終わりそうな事に安堵する。
「でも、そんなに勉強してたなんて偉いにゃ~」
「だよね~。これならもっと頭良い高校でも余裕で入れそう」
凛と穂乃果がそう言うと、すかさず海未がツッコミを入れる。
「関心してる場合ですか!2人もにこ先輩も、紅夜さんと同じとまではいかなくても勉強しないといけない立場だって事を自覚してください!そもそも勉強しなくても困らない紅夜さんがこんなに勉強してるのに、現役の高校生である3人が全く勉強しないとは何事ですか!」
「「「うっ……!」」」
海未の核心を突いた一言が、穂乃果達の心に突き刺さる。
「……まあ、何時までもああだこうだ言ったところで何も始まりません。一先ず、真姫と花陽は凛。私とことりで穂乃果の勉強を見て、彼女等の苦手科目の底上げをしていきます」
早速計画を立てる海未だが、そこで問題が起きた。
「ところで、にこ先輩は……?」
「そうですね……」
そう。にこは唯一の3年生、流石の海未も3年の勉強まではやっていない。
「仕方ありませんね……」
そう呟く海未の視線の先には紅夜が居た。
巻き込む形にはなるが、高校課程を終えている彼の力を借りようと思ったのだ。
だが………
「ああ、にこっちの事ならウチに任せて?」
何時の間にか開いていたドアに凭れていた希が話に入ってきた。どうやら、あれからずっと盗み聞きしていたようだ。
普通なら追い出すなりしているところだが、今回ばかりは彼女の登場は救いと言っても過言ではなかった。
「東條……良いのか?」
「かまへんよ。ウチも3年やし、同級生の方が色々と都合もええしな」
希がそう言って胸を叩くが、にこは余程勉強したくないのか尚も抵抗する
「だから言ってるでしょ!このにこが赤点なんて絶対に」
「おい東條、やれ」
「は~いっと!」
正に阿吽の呼吸と言うべきか、『やれ』の一言で理解した希は目にも留まらぬ速さでにこの後ろに回り込んだ。
「あんま嘘つくならワシワシするで~?」
「わ、分かりました。教えてください……」
「うん、よろしい」
漸くにこが折れ、希は彼女を解放する。
「よぉ~し、これで準備出来たね!じゃあ、明日から勉強頑張ろう!」
「おぉー!」
「今日からです!」
「もういい加減諦めろよお前等……」
ぐったりする穂乃果と凛に、紅夜はただただ呆れていた。
その後、穂乃果達が勉強の準備を始めるのを見届けた紅夜は、ずっと机に置きっぱなしだったレポート用紙を鞄にしまう。
「さて、じゃあ俺はそろそろ行くよ。勉強頑張ってな」
「「「「「「「「え?」」」」」」」」
『何言ってるの?』と言わんばかりの表情で聞き返す穂乃果達を無視してドアを開ける紅夜。
元々雛や絵里にレポート用紙を見せようとしていたところで巻き込まれただけであるため、用事が済んだ以上、もう此所に留まる理由は無かったのだ。
そして廊下へ1歩踏み出した途端……
「は~い、ちょっと待とうか紅夜君?」
肩をガシッと掴んだ希に止められる。
「何の用だ東條?」
「いやいや、『何の用だ』じゃないやろ……」
この状況にもかかわらず、まるで何故引き留められたか分からないとばかりの表情で此方を見る紅夜に、希は呆れていた。
「一応聞くんやけど、何処に行くつもりなん?」
「何処も何も、家に帰るに決まってるだろ」
紅夜はそう返した。
「そもそも、今日こうして残ってたのはあのレポートを理事長と絢瀬に見てもらうためだったし、コイツ等と居たのも単に巻き込まれただけだからな。互いの目的が果たされた今、もうこれ以上残る必要はあるまい」
「……まあ、それはそうかもしれんけどやな」
確かに、互いの当時の目的は果たされたかもしれない。だが紅夜は良いとしても、μ'sは赤点を回避しなければならないという新たな問題にぶち当たっているのだ。
「せやけど、さっきの話でこの子達には新しい問題が出来ちゃったんやで?今度の試験で誰か1人でも赤点取ったら、ラブライブ出場の話も全部パァや」
「それはそうだが、それはあくまでもコイツ等の問題だろ」
食い下がる希だが、紅夜は『自分には関係無い』と言いたげな表情で言い返す。
実際、彼に関係あるのかと聞かれれば、答えはNOだ。
世間ではマネージャーだ何だと言われているが、そもそも彼にその気は無い。中学生と写真を撮ったのも、ぶっちゃけ仕方無くだ。
百歩譲ってマネージャーである事を受け入れるとしても、学校の成績に関しては管轄外だ。『成績くらいは自分で何とかしろ』というのが、彼の考えだった。
「(う~ん、紅夜君も中々手強いなぁ……流石に前の時みたいに、すんなり受け入れてはくれへんか)」
全く折れる様子を見せない紅夜に、希の中に僅かな焦りが見え始めた。
彼女としては、自身の、そして穂乃果達の望みを叶えるためにも、この問題は何としても乗り越えなければならない。そして、そのためには1人でも多くの力が必要だ。
とは言え、ただ勉強が出来るなら誰でも良い訳ではない。家庭教師を雇ったり学校で開かれる勉強会に参加する訳ではなく、あくまでも友人同士での勉強会なのだから、自分や穂乃果達がそれなりの信頼を寄せる人物でなければならないのだ。
だが、その目的の人物は中々手強く、首を縦に振ってくれない。
彼としてはそこまで断固として断る理由は無い筈だが、同時に穂乃果達の勉強を見てやらなければならない理由も無いのだ。
「(……流石に今回は、これ以上説得は無理かな)」
もう彼にぶつける言葉も無くなり、諦めるしかないのかと考え始める希だが、そこで海未が口を開いた。
「紅夜さん、お願い出来ませんか?」
「……園田?」
意外な伏兵の登場に少し驚いた様子を見せる紅夜に、彼女は続ける。
「確かに、紅夜さんには関係の無い話かもしれません。でも、この試験を乗り越えられなければもうチャンスが無いんです。篝火さんや不知火さんのお陰で少しずつ有名になってきてはいますが………正直、未だ全然足りないんです。もっと注目を集めないと、いずれ埋もれてしまうでしょう」
「…………」
必死に窮状を訴える海未の言葉を、紅夜は静かに聞いている。
「ですから、お願いします。ラブライブ出場のため、もう1度力をお貸しください」
そう言って深々と頭を下げる海未。
「…………」
ここで、『そんなの知らん』と見捨てるのは簡単だ。過去の彼なら、何の躊躇も無く見捨てて帰っていただろう。
いや、そもそも希が引き留めようとした時点で振り払って帰っていた筈だ。
しかし、今の彼には出来なかった。こう必死に頼まれると、どうも無視出来ない。
「(チッ………つくづく中途半端な人間になっちまったモンだ)」
非情にもなれず、かと言って幼い頃のように素直に優しくしてやる事も出来ない。そんな自分に嫌気が差しながら、紅夜はガシガシと頭を掻く。
そして暫くの沈黙の末、中に戻って来た。
「……仕方無い、試験が終わるまでだからな」
彼がそう言うと、海未は再び頭を下げる。
こうして、穂乃果、凛、にこのための勉強会が始まった。