勉強会を始めて1時間、穂乃果や凛の集中力は早くも切れようとしていた。
「うぅ、コレが毎日続くのかにゃ……?」
「勉強会なんだから当たり前でしょ」
愚痴を溢すかのようにボヤく凛に、何を今更と真姫が言う。
ラブライブに出たいという意思はあっても、それとこれとは話が別。必要な事とは言え、やはり勉強はしたくないようだ。
「……あっ、白いご飯にゃ!」
「そんなのに引っ掛かる訳無いでしょう」
「……約1名引っ掛かってるんだが?」
そんな見え見えの嘘にツッコミを入れる真姫にそう言って、紅夜はある人物を指差す。そこには窓の外へ目を向け、必死になってご飯を探している花陽の姿があった。
「花陽、貴女が白米好きなのは分かったけど今時小学生でもこんな嘘には引っ掛からないわよ……」
真姫は、こんな子供騙しにすらならない嘘にあっさり引っ掛かる友人にほとほと呆れるのだった。
その後、紅夜は2年生の方へと移るのだが……
「……ことりちゃん」
「なぁに?後1問だよ、頑張ろっ!」
「おやすみ」
余程数学が嫌いなのか、穂乃果はそう言うと机に突っ伏してしまった。
「ええっ!?ほ、穂乃果ちゃん?しっかりしてよ穂乃果ちゃ~ん!」
「此方も此方で駄目そうだな……園田、もう帰って良いか?ここまで来たら手遅れだろコレ」
「お願いですから見捨てないでください……!」
鞄へと伸びる紅夜の手を必死に押さえ、涙目で懇願する海未。
流石に悪いと思ったのか、彼は『冗談だ』と返して優しく手を除ける。
何気に彼の方から触れてくるのが初めてだったためか、海未は小さく声を漏らして頬を赤らめるが、紅夜は気にしていないようだ。
そもそも、アメリカではアレクサンドラやエメラリアに抱きつかれるのが日常茶飯事だった上、日本に帰れば毎回出迎えに来た綾や深雪に抱き締められたり、瑠璃を始めとした幼馴染み達とよくつるんでいるため、特に抵抗は感じなくなっているのだ。
「…………」
紅夜はチラリと、にこの方へ視線を向ける。彼女も彼女で苦手教科に苦戦しているらしく、何やらふざけた事を言って希のワシワシMAXを喰らいそうになっていた。
「彼奴も彼奴で何やってるんだか……はぁ、先が思いやられるぜ」
三者三様に勉強どころではなくなりつつある状況に、紅夜は深い溜め息をつくのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
あれから時間は流れ、夕方。校門には海未の姿があった。
と言うのも、掛け持ちしている弓道部へ顔を出さなければならず、途中で抜け出してきたのだ。
「じゃあね~!」
「ええ、ごきげんよう」
部活仲間と別れ、自分も家路につこうとする海未。
「♪~」
すると、少女の鼻歌が聞こえてくる。
そちらへ視線を向けると、そこには金髪碧眼の小柄な少女、絢瀬亜里沙が立っていた。
「(この歌って……)」
普通ならそのまま素通りするところだが、今回は出来なかった。何故なら、彼女が歌っているのが『START:DASH』だったからだ。
「…………」
どうやら動画だったようで、海未は気づかれないように彼女のスマホを覗き込む。
画面には、自分達のファーストライブの映像が映し出されていた。
「……サイトに上がってない部分まで」
そう小さく呟くも、聞こえていたのか亜里沙の視線が海未を捉える。
彼女は暫し海未を見つめると、『あっ!』と声を上げた。
「あの、園田海未さんですよね!」
映像を持っているだけあって、一発で言い当てる亜里沙。
「い、いえ!人違いです」
何故か否定する海未。すると、亜里沙はあからさまにシュンとした様子で俯いてしまう。
流石にこのような表情をされて何の罪悪感も持たない程、海未も冷徹ではない。
「……すみません、本人です」
「ですよね!」
本人である事を認めると、亜里沙は嬉しそうに言った。
「ところで、その映像は一体何処で……?」
一先ず亜里沙の機嫌が直ったところで、海未は早速疑問を投げ掛ける。
「あっ、コレはお姉ちゃんに撮ってもらったんです!何か一般の人でも見に行けたらしいんですけど、亜里沙は行けなかったので」
「……あぁ~」
事情を知っているだけに、海未は申し訳無く思った。
何分、彼女自身も紅夜が一般人を連れてくるとは思っていなかったし、そもそもそういう発想が無かったのだ。
つくづく当時の自分達の視野の狭さに呆れていると、校舎の方から足音が聞こえてくる。
「あっ、お姉ちゃん!」
そう言って手を振る亜里沙の視線を追うと、海未にとって予想外の人物がそこに居た。
「貴女………!」
「せ、生徒会長……」
海未は勿論だが、絵里も彼女が居るとは思っていなかったようで、目を見開いていた。
その後、何時までも校門前で屯している訳にもいかず、3人は少し離れた所にある公園へ入った。
絵里とベンチに座っていると、自販機で飲み物を買っていた亜里沙が戻ってくる。
「はい、海未さん!」
「どうも…………ん?」
礼を言って受け取る海未だが、渡されたものに首を傾げた。
亜里沙が渡してきたのは、何故かおでんだったのだ。
普通ならお茶やジュースを渡してくるものだが、おでんを買ってくるという奇行に戸惑っていると、絵里が口を開いた。
「ごめんなさい。向こうでの暮らしが長かったから、未だ日本に慣れていなくて」
「向こう………とは?」
「祖母がロシア人でね、暫くそっちに居たのよ」
そう言うと、絵里が別のものを買い直してくるように伝え、亜里沙を遠ざける。
彼女が離れていくと、絵里は溜め息混じりに言った。
「それにしても誤算だったわ。まさか、貴女に見つかってしまうとはね……まぁ、今回は相手が長門君じゃなかったし、未だマシってところかしら」
「………1つ聞きたいのですが、何故そんなにも紅夜さんを気にかけるのです?あの時も、彼の言葉は割と直ぐ受け入れていたようですが」
日頃から、自分達を相手にしている時とは明らかに違う態度で接する事が疑問だった海未は、この際だからと訊ねる。絵里はその問いに対して、直ぐに答えを出した。
「簡単な事よ。彼は誰よりも冷静に物事を見てる。私や希は勿論、貴女達の誰よりもね。だから、彼ならいずれ分かってもらえると思ったのよ。スクールアイドルが如何に無意味なものなのかを」
「……」
「まぁ、残念ながら今は貴女達の側についてしまっているみたいだけどね」
そう言って、絵里はシニカルに笑った。
海未はそんな絵里の言い分に思うところはあるものの、今は封じた。
「でも、まさかサイトに上げたのが生徒会長だったとは思いませんでした」
その言葉に、絵里が視線を向ける。
「実は、あの映像を上げたのは誰なのかって、前から穂乃果達と話していたんです。一方は紅夜さんのご友人の方が上げてくれたのですが、あくまでもその方のブログのみで、スクールアイドルのサイトには上げていないと言っていましたから」
「…………」
絵里は何も言わないが、海未は構わず続ける。
「私達の知名度が上がったのは、やはり紅夜さんのご友人の力も大きいですが、スクールアイドルのサイトに上がっていたからというのも事実。だから、もし投稿した人に会えたら、ちゃんとお礼を言おうと思ってて…………」
「止めて」
すると、徐に絵里が制した。
「誤解が無いように言っておくけど、あの映像を上げたのも、別に貴女達に協力しようと思ったからじゃないわ。寧ろその逆よ」
「逆……?」
「貴女達のパフォーマンスは、人を惹きつけられるようなものじゃない、このまま活動を続けたところで何の意味も無いって事を知ってもらおうとしたのよ」
絵里はそう言った。つまりは晒し者にしようとしていたという事だ。
しかし、世間が彼女等に対して下した評価は、絵里の予想とは真逆だった。
酷評されるどころか称賛の声が多く見られ、来るラブライブのダークホースになるのではないかと考える者も多数見られている。
「だから正直言って、この結果は想定外。人気は寧ろ上がる一方で、最近じゃ態々貴女達に会いに来る人が居るなんて話も聞くわ」
『でもね』と付け加え、絵里は冷たい眼差しを向けて言い放った。
「私は認めない。貴女達のパフォーマンスは、到底人に見せられるようなものじゃない。ましてや感動なんてさせられる訳が無い。そんな素人集団に、学校の名前を背負って活動なんてしてもらいたくないのよ。それが大会に出るというなら尚更ね」
「…………」
「話はそれだけよ。失礼するわね」
一方的に言い終えた絵里は立ち上がり、公園を出ようとする。
「待ってください!」
すると海未も立ち上がり、その背中に呼び掛けた。
「それじゃあ、もし上手くいったら……人を感動させられるようなパフォーマンスが出来るようになったら、私達の事を認めてくれますか!?」
強い口調で聞く海未。だが絵里は、そんな彼女に尚も冷たい言葉を投げ掛けた。
「無理よ、そんなの出来っこないわ」
「………それは、何故です?何を根拠にそんな事を?」
そう言った海未に、絵里は漸く振り向く。
「私にとって、スクールアイドルなんてものは全部が素人にしか見えないのよ。1番実力があるって言われてるA-RISEもね」
花陽やにこが聞けば怒るどころか平手打ちすらしそうな事を、絵里は平然と言ってのける。
「そ、そんな事──」
「あるのよ」
言い返そうとする海未だが、絵里は遮って更に続けた。
「はっきり言って、貴女達も他のスクールアイドルも、A-RISEも素人よ。そして同じ素人でも、長門君を超えられるとは思えない。どうせラブライブに出すなら、貴女達より彼に出場してもらった方が未だ納得出来るわ」
唐突に紅夜の名前を出してくる絵里に、海未は戸惑いを隠せない。
「……どうして、紅夜さんの名前を出すのです?」
「…………それはね」
そうして、絵里は理由を語った。
~~~~~~~~~~~~~~~~
それは、未だ最新曲である『これからのSomeday』がサイトに上がったばかりの頃だった。
「あら、長門君じゃない。今帰り?」
「?………ああ、絢瀬に東條か」
その日の放課後、珍しく生徒会の仕事が無かったのもあり、絵里と希は共に家路につこうとしていたのだが、そこで紅夜と遭遇したのだ。
「帰り……と言うよりは、それまでの暇潰し中だな。目立つ車だから、なるべく人が少ない時に帰りたい」
「それもうかなり今更やと思うんやけどな……」
そう苦笑混じりに言った希は、せっかくだからと彼の暇潰しに同行する事を提案。絵里は邪魔になるのではないかと懸念していたが紅夜が受け入れたのもあり、一行は暫く校内を歩き回っていた。
それから暫くして、講堂の前を通り掛かったところで希の足が止まる。
「どうしたの?」
「いや、別に大した事じゃないんやけどね」
そう前置きして、講堂のドアと紅夜を交互に見る希。
「「………?」」
その様子に2人が何事かと首を傾げていると、彼女はこんな事を言い出した。
「紅夜君、せっかくやから何か踊ってみてよ」
「……は?」
突然のリクエストに、紅夜は思わず間の抜けた声を漏らす。
「ちょっと、希!?そんないきなり──」
「別にええやん。今日は特に申請出てないし、ウチ等が許可出したって事にすれば解決やろ?」
声を上げる絵里にそう言い返した希は、『それに』と付け加えて話を続ける。
「えりちも気にならん?アメリカでお友達とバンドとかダンスとかやってて、それでμ'sの子達にずっと勧誘され続けてる紅夜君が、何れ程踊れるのかって」
「そ、それは……」
絵里は否定出来なかった。正直なところ、かなり興味がある。
どんな曲を踊るのか?どんなダンスなのか?
そう考えれば考える程、見たいという気持ちが強くなってくる。
「どう?気になるやろ?」
「……まあ、そうね。気にならないと言ったら噓になるわ」
「せやろ?」
そう言った希は、再び紅夜に顔を向ける。
「と言う訳で、どう?ちょっとウチ等に見せてよ。紅夜君のダンス」
「……分かった」
そうして講堂に入った3人は準備を済ませ、絵里と希は観客席の最前列に立った。
「……じゃあ、始めるぞ」
紅夜はそう言って、スマホに繋いだアンプから流れてくる曲に合わせて踊り出す。
「ッ!?」
その瞬間、絵里はハッと息を呑んだ。まるで雷にでも打たれたかのような衝撃が彼女の体を駆け抜けたのだ。
「(な、何なのコレ!?)」
絵里は、紅夜のパフォーマンスに言葉を失っていた。
決して下手だった訳ではない、寧ろその逆だ。μ'sの面々にダンスを指導していた事から、それなりに踊れるだろうとは思っていた。だが、そのクオリティーが彼女の予想を大きく超えていたのだ。
しかも、未だ紅夜は歌っていない。これは未だ、この曲のイントロなのだ。
「……………」
チラリと今回のライブの発案者へ目を向けると、彼女も言葉を失っているようだ。
目を大きく見開き、口をあんぐりと開けている。普段の彼女からは全く想像出来ない姿だ。
だが紅夜のライブは、そんな希を珍しがる暇すら与えなかった。
彼が歌い始めた次の瞬間、絵里の見ていた世界は一変する。
突然地面が激しく揺れ、講堂がガラガラと音を立てながら崩れ始めたのだ。
「ッ!?」
突然の出来事に驚く絵里。ふと希の方へ目を向ければ、同じくパニックに陥っている彼女の姿が目に留まる。
どうやら、見えているものは同じらしい。
「希!!」
反射的に親友の名を叫び、手を伸ばす絵里。そこで希も我に返り、差し出された彼女の手を取って互いに身を寄せ合った。
その間にも講堂は崩壊していき、完全に崩れ去ると、何処までも広がる真夜中の砂漠になる。
しかしそれも束の間、まるで地中から生えてくるかのように次々と巨大なビルが現れ、砂地もアスファルトの道路になり、彼女等の目に映る世界は、真夜中の大通りへと姿を変える。
そして………
「コレは……」
目の前で歌いながら踊る紅夜の後ろに、彼のR34を始めとしたスポーツカーが何台も現れ、まるで舞台の照明のようにヘッドライトを点灯させ、彼を照らしている。
よく見ると、紅夜の服も変わっていた。
「凄い……」
そして再び風景が変わり、今度は人気の無い真っ暗な廃工場。
そこには先程までのような明るさは無く、明かりと言えば屋根に開いた穴から注ぐ月明かりだけ。
それでも紅夜は、相変わらず踊り続けている。
「……………」
月明かりに照らされ、真っ白な髪や赤い瞳が反射する。何処か美しさすら感じさせる光景に、絵里は自分が暗所が苦手である事も忘れて見惚れていた。
「す、凄い……」
「これが……紅夜君の実力……」
絵里もそうだが、希もまた、彼のパフォーマンスに圧倒されていた。
かなり激しく動き回っているのに声が乱れる事は決して無く、疲れている様子も感じられない。寧ろ、曲が進むにつれてパフォーマンスのキレもどんどん良くなっていく。
最早狂気すら感じさせる紅夜の体は、徐々に禍々しいオーラに包まれ始め、まるでバトルアニメで急激なパワーアップを遂げたかのように体のあちこちをスパークが迸る。
「♪――――!」
その時、突然そのオーラの中から猛スピードで飛び出してきた1台のスポーツカーが、2人の直ぐ傍を通り抜けていく。
「きゃっ!?」
あまりにも突然の出来事に、希が可愛らしい悲鳴と共に絵里に抱き着いた。
だが、そうしている間にもスポーツカーはどんどん走ってくる。前から後ろから、はたまた右から左から…………
「♪~~」
そんな彼女等の事など構わず、紅夜は歌い続ける。
何度かスポーツカーとぶつかりそうになるものの、全て舞うように躱していく。向かってくるスポーツカーも、それが分かっているのか速度を緩めるような事はせず、寧ろ紅夜目掛けて突っ込んできていた。
そんなハラハラするような動きを暫く見せていたが、この曲も遂に終わりを迎える。
「♪――――ッ!!!」
曲のサビにしてラスト。目をカッと見開いた紅夜が叫ぶように歌うと、その声が、彼が纏っていた狂気のオーラが衝撃波となり、周囲の壁や天井を粉砕しながら2人に襲い掛かってくる。
彼女等は飛ばされそうになりながらも、決して彼から目を離さなかった。
そして曲が終わり、紅夜が近づいてきた事でふと我に返ると、先程までのがらんとした講堂に戻っているのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「……とまぁ、こんな感じでね。始まってから終始圧倒されっぱなし。感想を聞かれたけど、最早何を言ったのか覚えてもいないわ」
「ほ、本当にそんな事が……?」
そう海未が言いかけると、絵里は苦笑を浮かべて言った。
「信じられないでしょう?でもコレは本当の事よ」
「……………」
「あの後、彼には先に帰ってもらって、私と希は講堂のあちこちを見て回ったわ。何か仕掛けがあるんじゃないかと思ってね」
「……それで、結果は?」
その問いに、絵里は首を横に振った。
「何の仕掛けも見つからなかったわ。プロジェクターだって動いてなかったし、ホログラム映像なんて大層なものも、この学校には無い。まぁ、そもそもあんな短時間でそんなの用意する事なんて出来っこないんだけどね」
「と言う事は、つまり紅夜さんは………?」
「ええ、彼は自らのパフォーマンスだけであの世界を見せたって事よ。あれが本物のライブ会場だったら、さぞかし盛り上がっていたでしょうね」
そう語る絵里は、表情こそ笑っていたが、何処か羨ましがっているようにも見える。まるで、かつて自分が出来なかった事をあっさりやってのけられた事への悔しさを押し殺しているかのように。
「あんなの反則よ…………一体どんなプロに稽古つけてもらったら、あんなパフォーマンスが出来るようになるのかしらね」
「……………」
海未は何も言えなかった。
紅夜がこうした芸事を得意としている事は知っていた。だからこそ、これまで勧誘を続けている。
だが、まさかここまでの実力を持っているとは思っていなかった。
スクールアイドルを酷評していた絵里がここまで絶賛し、更には、あの普段は飄々としている希ですら圧倒されていたとは……
「……まあ、兎に角そういう事よ」
すると、再び絵里が口を開いた。
「彼もまた、貴女達と同じ素人。でも、同じ素人同士でもここまで差があるのよ。しかも彼、あれはただの遊びの一環だと言っていたわ。つまり、貴女達も他のスクールアイドルも、彼の遊びにすら劣っているという事なの。だから、ラブライブとやらに出すなら貴女達より彼の方が何倍も良いと思った。それだけの事」
「………ッ!」
「話はそれだけよ。じゃあ、今度こそ失礼するわ」
そう言って公園を出ようとする絵里。そんな彼女の後ろ姿を見つめながら、海未は怒りに震えていた。
確かに自分達は素人だし、他のスクールアイドルも、プロか素人で分けるとすれば素人の部類に入るだろう。
だが、それが何だと言うのか?
たとえ素人でも、スクールアイドルでも何でもない一般人に劣っているとしても、皆懸命に自分達のパフォーマンスに取り組んでいるのだ。
時に怪我をしたり、意見をぶつけ合いながら。
それに海未自身、始めたばかりの頃はスクールアイドルで学校を人気にするなど馬鹿げていると思っていたが、こうして活動していく内に夢中になっていた。
今では、自分達が始めるきっかけとなったA-RISEや、刺激を与えてくれる他のスクールアイドルに感謝している。
絵里がやっている事は、そんな彼女等への冒涜に他ならなかった。
「(何も知らない癖に…………!)」
そう思うと、海未は口を開かずにはいられなかった。
「待ってください!」
「……?」
すると、絵里は足を止める。振り向く様子は無いが、海未は構わず言った。
「確かに貴女の仰る通り、私達は素人です。他のスクールアイドルもそうなのかもしれません。でも!」
語り続ける海未の目からは、自然と涙が出ていた。
「それでも、私達は一生懸命やってるんです!何も知らない、知ろうともしない貴女なんかに、そんな風に言われたくありません!!」
最後は声が震えていたが、最早そんな事はどうでも良い。海未は普段の落ち着いた振る舞いなどかなぐり捨てて怒りをぶつける。
「……………」
絵里は何も言わず、そのまま立ち去った。
「うっ……ぐす………」
悔しさや怒りで溢れてくる涙を拭っていると、何時の間にか戻っていた亜里沙が控えめな声で話し掛けてくる。
「あ、あの……コレ、使ってください」
そう言って差し出してきたのは、可愛らしい絵柄のハンカチだった。
「……ありがとう、ございます…………」
相変わらず震える声で海未はそう言い、ハンカチで最後の涙を拭い、返す。
「それとコレ、買い直してきたんです。よかったら飲んでください」
そう言って亜里沙が手渡してきたのは、おしるこの缶。やはり日本には慣れていないようだ。
「それと亜里沙、μ's大好きですよ!この映像も、ずっと残しておきます!」
「…………ありがとう」
海未の言葉に満足そうに頷いた亜里沙は、絵里を追うように走り去っていった。
「……………」
その後、何時までも公園に残っている訳にもいかず海未も家路につくのだが、頭の中は絵里から言われた事で一杯だった。
あの時は怒りに任せて言い返したが、彼女の言葉が単なる嫌がらせにはとても思えなかったのだ。
「………あの人なら、何か知っている筈」
そうして海未は予定を変更し、ある所へ向かう。
その先に居るであろう、何時も絵里の傍に居ながら幾度となく自分達に助け舟を出してくれた女子生徒の姿を思い浮かべながら。