翌日、遂に試験生として音ノ木坂学院に通う日がやって来た。
寝間着として使っているジャージから制服へと着替え、長い白髪を整えて何時ものポニーテールに纏めた紅夜は、既に必要なものを入れた鞄を持って1階に下り、朝食を摂っていた。
豪希と綾は既に家を出ており、今は紅夜と深雪の2人だけだ。
「フフッ、まさか自宅でこうちゃんの制服姿を見れる日が来るなんてね………」
その最中、向かいの席に座った母、深雪はテーブルに両肘をつき、嬉しそうに笑みを浮かべて紅夜を見ていた。
知っての通り、紅夜は中学・高校時代をアメリカで過ごしており、深雪を始めとした長門家の人間は彼の制服姿を1度も見た事が無く、精々写真で見る程度だ。
そのため、こうして生で彼の制服姿を見られる事が嬉しかったのだ。
「嬉しいのは分かったから、取り敢えずジロジロ見るの止めてくれよお袋」
だが、見られる紅夜としては気恥ずかしかったらしく、終始落ち着かない様子で朝食を口に運んでいた。
そして、彼女の視線から逃げるようにテレビへと目を向けると、ちょうどニュースから別の話題へと切り替わったところだった。
「(スクールアイドルか………そういや最近の日本じゃ、そんなのが流行ってるって、彼奴も言ってたな)」
どうでも良さそうな様子で内心そう呟いた紅夜は、ベンチュラ・ベイの走り屋と軽食屋のダイナーで集まっていた際、仲間の1人である日本人の少年、
スクールアイドルとは、名前の通り一般の学生によって結成されたアイドルの事で、芸能人というより、ご当地アイドルの学生版といったところである。
プロのアイドルとは違って何処かの事務所に所属している訳ではないため、活動は基本的に自由。言わば部活動の一環のようなものだ。
だがグループによっては、実績が何処かのアイドル事務所に認められ、そのまま契約してプロのアイドルとして本格的に活動しているものもある。
そして今や全国各地に存在しているスクールアイドルは、若者を中心に人気を集めており、スクールアイドル専門店が出たり、ラブライブというスクールアイドルの大会が開かれるなど、絶賛大ブレイク中なのだという。
「あら、こうちゃんスクールアイドルに興味あるの?」
テレビに映るスクールアイドルの少女達を眺めていると、それに気づいた深雪が話し掛けてきた。
「いや別に。最近の日本じゃこんなのが流行ってるんだったなって思ってただけさ」
淡々とした口調でそう返すと、紅夜は朝食の残りを口にかき込んだ。
「ご馳走さま。それじゃあ行ってくるよ、お袋」
そう言って立ち上がった紅夜は、鞄を持って玄関へ向かう。
「ええ、行ってらっしゃい………楽しんできてね」
何時もの穏やかな笑みを浮かべて言う深雪に見送られて家を出た紅夜は、家の前の駐車スペースに置かれているR34に乗り込む。
「『楽しんできてね』、か………まあ、そうだな。楽しめたら良いな」
シニカルな笑みを浮かべながらそう言ってエンジンを掛けた紅夜は、ギアを入れて車を発進させる。
高速に乗り、朝の景色を眺めながら走らせること約30分。紅夜は音ノ木坂学院の敷地内に入っていた。
「この前来た時にも思ったが、随分と立派な校舎だよな。廃校の危機に晒されているとか言われてる割りには」
そう呟きながら桜の木のトンネルを潜り、校舎の前に車を止めると、2人の女性が出迎えた。1人は言うまでもなく、音ノ木坂学院理事長、南雛。そして残りの1人は、生徒会長の絢瀬絵里だ。
「おはよう、紅夜君。時間ピッタリね」
車から降りるや否や声を掛けてきた雛に、紅夜も軽く頭を下げて会釈する。そして隣に居た絵里とも挨拶を交わした。
因みに、今の時刻は8時50分。普通の学校ならば間違いなく遅刻として扱われるこの時間だが、雛は時間ピッタリだと言った。
と言うのも、試験生の話は未だ公にはされておらず、これから行う臨時の全校集会で発表するため、紅夜には生徒が登校し終えた後に来てほしいと、先日の打ち合わせで言われていたのだ。
「……それにしても、相変わらずつけているのね、その眼帯」
「ええ、まあ……」
紅夜は曖昧な返事を返した。
小学校時代とは違うため、オッドアイである事が知られても、必ずしも以前のようにいじめを受けるとは限らない。
だが、頭では理解していても、やはり心は拒絶するのだ。『親しい人間以外には見られたくない』と。
「……何時かは、その眼帯を取った本来の貴方を見れる日が来る事を祈っているわ」
そう言った雛は絵里に後を引き継ぎ、先にその場を立ち去った。
「それじゃあ、取り敢えず車置いてくる。此所にずっと放置しておく訳にもいかないからな」
「ええ」
そうして車に戻った紅夜は、教員用の駐車場に止め、鞄を持って戻ってきた。
「それじゃあ行きましょうか。この後の予定も説明しないといけないし」
そうして先に歩き出した絵里に、紅夜も続いた。
それから校舎の中へ入ると、絵里がこの後の予定を説明し始めた。
彼等が向かっているのは体育館で、全校集会はそこで行われており、理事長からの話が終わった後で、彼のお披露目が行われるそうだ。
「ところで昨日はどう?よく眠れた?」
説明が終わると、絵里が世間話を持ち掛けてくる。
恐らく、女子校に入るために緊張し、眠れなかったと思っているのだろう。
だが紅夜から返されたのは、彼女の予想とは正反対のものだった。
「ああ、しっかり寝て万全な状態にしているよ。でないと車の運転もロクに出来ないからな」
長い間車を乗り回している紅夜は、体調管理が如何に大切かを知っている。
寝不足だと居眠り運転の原因にもなるし、具合が悪かったり、精神が不安定な状態で運転すると、それが事故にも繋がる。
特にストリートレースに参加する時なら、尚更体調や精神の状態には気を付けなければならない。何せ町乗りする時とは違い、時速200キロ以上という速さで町や高速を駆け抜けるのだから。
そして紅夜は、今では大部回復したとは言え、過去の事もあって精神は普通の人間と比べて不安定になりやすい。
先日、昔の事を思い出して車を止めたのがその例だ。
そのため、彼は車を運転する際、何時も心身共に万全な状態で乗るよう心掛けているのだ。
昨日のドライブでは、神田明神で出会った巫女とのやり取りで心に乱れが起きていたが直ぐに持ち直し、夜も趣味の1つである音楽を聞いてリラックスした上で寝ているため、現在のステータスは心身共に良好だ。
「そ、そう………まあ、よく眠れたなら良かったわ」
このような答えを返されるとは思っていなかったのか、絵里は苦笑混じりに言った。
そうしている内に、2人は体育館に到着した。
「では、此所で待ってて。後で理事長が呼ぶだろうから、そうしたら中に入って壇上に上がってね」
「分かった」
そうして絵里が中に入っていくのを見送り、紅夜は中の生徒が振り向いても見えない位置に移動して、壁に背を預けるのだった。
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その頃、体育館の中では音ノ木坂学院の全校生徒が集まっていた。
午前中の授業の予定を急遽変更しての全校集会という事で、生徒達は一体何事かとざわついていた。
「それにしても、態々今日の授業を変更してまで集会が開かれるなんて………一体、何があったのでしょう?」
2年生の列では、青髪をロングストレートに下ろした少女、
「どうだろ………ねえ、ことりちゃんは聞いてないの?」
「ううん、お母さんからは何も」
『ことりちゃん』と呼ばれた、グレーの髪を独特のサイドテールにした少女は首を横に振った。
この口ぶりから察しの通り、彼女は雛の娘だ。だが、そんな彼女でも、今回の集会については何も聞かされていないらしい。
そうしている内に、雛が壇上に上がる。そして先程までのざわめきが消えると、漸く口を開いた。
《おはようございます、皆さん。今日は重要なお知らせがあり、急遽こうして全校集会を開かせていただきました》
雛の声が、体育館に響き渡る。
《近年、我が国立音ノ木坂学院の生徒数が減少の一途を辿っているという事は、皆さんもご存知だと思います。特に今年度に至っては今までで最も新入生が少なく、1クラス分しか居ないという結果となってしまいました》
その言葉に、体育館に居る全員が表情を曇らせた。
3年生はクラスが3つあるから未だ良いとしても、2年生は2クラス、そして1年生が、雛が先程言ったように1クラスだけと、学年が1つ下がるたびにクラスが1つずつ減っていくような状態になっている。
この調子では、来年の生徒数は………という最悪な未来を想像し、体育館の空気が重くなる。
《この事は理事会でも度々指摘されており、我々教師一同や生徒会も改善に励んできましたが、結局実を結ぶ事はありませんでした。その結果、理事会は1つの結論を出しました》
そこで一旦言葉を区切った雛は、体育館内を一通り見渡す。そして深呼吸した後に、その結論の内容を告げた。
《今後、生徒数の増加が見込めないと判断された場合…………この音ノ木坂学院を廃校とします》
その言葉を受け、体育館内に再びどよめきが広がった。
自分達が通っていた学校が廃校となるのだから、こうなるのは無理もないだろう。
「えっ……」
「そんな、廃校だなんて………」
海未とことりも、この宣言に動揺を隠せない。
そして最後の1人に目を向けると、その少女は身体中の力が抜けたかのように倒れた。
「ほ、
「穂乃果ちゃん!」
慌てて支え、呼び掛ける海未とことり。周囲の生徒も、何事かと目を向ける。
だが穂乃果と呼ばれた少女は、あうあうと意味をなさない声を発するだけだ。
このままでは埒が明かないと判断した2人は保健室へ連れていく事に決め、穂乃果を担いで出口へと向かう。
「そ、そんな……私の……私の輝かしい高校生活がああぁぁぁぁ………」
その悲鳴に近い声と共に穂乃果が運び出されていくのを見届けると、生徒達は再び壇上に居る雛へと視線を向けた。
《んんっ!では、話を続けます》
どうやら、こうなるとは雛も予想していなかったらしく唖然とした表情を浮かべていたが、生徒からの視線が集中し始めた事で現実に戻り、咳払いの後に話を続けた。
《先程はあのように言いましたが、だからと言って、このまま放置しておく訳ではありません。我々は最終手段として、本校の共学化を本格的に考える事にしました》
その言葉に、本日何度目かのどよめきが広がった。
先程の廃校宣言の次に共学化という、正にビッグニュースのオンパレードだ。生徒達も今日1日でこんなに驚かされるのは初めてだろう。
《皆さん、お静かに。未だ話は終わっていません!》
だが雛も、このまま騒がせておく訳にはいかない。
強めの一声を発して、生徒達を黙らせる。
《さて、共学化とは言いましたが、何も明日からいきなり行うという訳ではありません。そのトライアル段階として、先ずは試験生を1人招く事にしました。既に、体育館の外で待機してもらっています》
そう言って出口へ視線を向けると、雛は本日の主役を呼ぶのだった。
《長門紅夜君、入ってきてください》
因みに「」、『』、《》の使い分けですが、
「」:普通の会話
「()」:心の内での台詞
『』: 電話先の相手の台詞orLINEでのやり取り
《》:アナウンス
といった感じになっています。