「すまない、待たせた……………って、これはこれは」
2人が部室にやって来ると、制服に着替え、ハチマキを巻き付けた穂乃果達3人が勉強に勤しんでいた。
各々の目の前には、分厚い問題集が何冊も積み上げられている。
「ん?ああ、お帰り2人共。やっと来たんやね」
すると、彼等に気づいた希が声を掛けてきた。
「ああ、東條。ただいま…………とでも言えば良いのか?遅くなってすまないな」
「ホンマやで。ウチ等が勉強見てる間にデートとは、まぁ~良い御身分やね?」
「「デート!?」」
穂乃果とことりが勢い良く顔を上げる。
「で、デートだなんて!私達はただ……」
「落ち着け園田、慌てたらこのメス狸に弄られるだけだぞ」
「誰が狸や、誰が!」
「お前だよ似非関西人。説明するから黙ってろ」
冷静にツッコミを入れた紅夜は、2人に向き直った。
「「……………」」
「(え?何か睨まれてんだけど)」
紅夜は
「あぁ~、一応誤解が無いように言っておくが、遅くなったのは園田の相談に乗ってたからなんだ。最近悩んでるみたいだったから心配になってな。話を聞かせてもらってただけなんだよ」
「そ、そうなんです!」
海未もうんうんと頷く。
「……確かに、海未ちゃん最近ボーっとする事多かったよね」
「そう言えば、今日の授業でも先生の話聞き逃してたような………あれはそういう事だったんだね」
どうやら分かってくれたようで、2人は安堵の溜め息をつく。だが、ことりは束の間の休息すら与えない。
「でもね2人共。解決したなら、もう手を繋ぐ必要は無いんじゃないかな?」
「「手?」」
同時に聞き返す紅夜と海未だったが、そこで手を繋ぎっぱなしだった事に気づく。
「おっと、悪いな園田。すっかり忘れてたよ」
そう言ってあっさり手を放す紅夜。
「あっ………」
海未は残念そうに声を漏らすが、やがて穂乃果の勉強を見始めた。
「それにしても……」
紅夜は、山積みにされた問題集に視線を落とす。
「本当に、よくこれだけの量持ってきたな…………まぁ試験の日も迫ってきてるし、毎回用意し直すのも面倒だしな」
「……?」
その呟きに何の事かと首を傾げる希だったが、彼の視線の先にある問題集の山を見ると、クスっと笑みを浮かべた。
「違うで紅夜君。そこの問題集の山は今日のノルマや」
「何だ、今日のノルマだったのか…………ゑ?」
一瞬スルーしかける紅夜だったが、直ぐに我に返って問題集の山に視線を戻す。
「今日のノルマ?今日1日でコレ全部?」
「せやで。この昼休みと放課後。残りは宿題やね。さっきサボろうとした罰や」
「ゑゑゑ!?」
何処かの野菜をもじったようなネーミングのアニメキャラのような声で驚く紅夜。
3人に視線を向けると、絶望に満ちた表情で頷いた。どうやら本当のようだ。
「こ、こんなの昼休みと放課後だけで片付くのか?コイツ等のペースじゃ、学校休んで朝から晩まで机に向かうくらいじゃないと、到底片付くとは思えないんだが………残りの期間で仕上げる方が未だ納得出来るぞ」
ドン引きした様子で紅夜が呟くと、3人の目が輝く。まるで、救世主が来たと言わんばかりだ。
「だよねだよね!紅夜君もそう思うよね!」
「さっすが紅夜先輩にゃ~!」
「紅夜!アンタ中々分かってるじゃないの!」
もろ手を挙げて賛同する穂乃果達。
自分達では、勉強をサボろうとした手前このようなノルマを課した希に対して強くは言えないが、紅夜が言うなら考えを変えるのではないかと言う希望を見出したのだろう。
「アカンで、紅夜君」
しかし、今回ばかりは希も容赦しない。
「こういうのは余裕を持たせるからだらけるんや。特にこの3人はな、こうして普通なら無理って思える量で追い詰めた方が効果はあるんよ」
「……そ、そういうものか?」
「そうや。それにこの量はな、さっきも言ったように約束破ってサボろうとした罰でもあるんや。そりゃ運動が必要って意見は否定出来んけど、今の3人はそんな事言ってられる余裕は無いんや。ホンマに、ちょっと体を動かすだけで済ませるつもりだったのかも怪しいからな」
「………まあ、言われてみれば確かに」
勉強会を始めた時のグダグダ感で考えれば、確かに希の弁は正論だ。
「分かった、ならその辺に関してはお前に任せ、俺は教える任務に徹するとしよう」
「うんうん、物分かり良い子はお姉さん大好きやで」
「いや、俺この中じゃ最年長なんだが………まあ良いか」
紅夜は半ば諦めたようにそう言った。
見捨てられた3人からすれば全然良くないのだが、これに関しては彼女等の自業自得という事で片付けるしかないだろう。
その後、何だかんだで昼休みが終わったのもあり、一行は放課後も集まって勉強に勤しむ。しかし、如何せん量が量であるために、穂乃果達のモチベーションもいまいち上がらないようだ。
「うわ~ん、やってもやっても終わらないよぉ~!」
遂に穂乃果は、シャーペンを放り出してダラリと椅子に凭れ掛かってしまった。
「凛もこれ以上は限界にゃ~……」
「私も……もう無理。こんなのわんこ蕎麦よりタチ悪いわ」
それにつられるかのように、凜やにこもその場に崩れ落ちる。
「何を言っているのですか、この試験を乗りきらないとラブライブ出場はおろかエントリーすら出来ないのですよ?ホラ、だらけてないでさっさと再開しますよ……!」
海未は穂乃果の姿勢を直そうとするが、まるで背中から根を生やしたかのように動かない。
他の2人も同じようなものだ。
「う~ん、困ったなぁ……」
希もこれには渋い顔を浮かべた。
今の彼女等には、『赤点を取ったらラブライブにエントリー出来ない』とか、『勉強しないとお仕置きする』等と言って脅したところで殆んど効果は期待出来ないだろう。であれば、彼女等のやる気を掻き立てる別の手段を考えなければならない。
「(だとしたら、やっぱご褒美やんな。でも……)」
何を褒美とすれば良いのか、希は悩んだ。
彼女等の好きなもので釣るのは簡単だ。穂乃果はパン、凜はラーメンが好きだと聞いている。そしてにこは、言うまでもなくアイドル関連のグッズだ。
しかし、だからと言って、『赤点を回避したら何でも好きなものを買ってやる』等と簡単に言う事は出来ない。
希とて未だ子供だ。神社の手伝いで多少のバイト代は貰っているものの、資金にも限界がある。
「(どないしようか……)」
だが、こうして何時までもグズグズしている訳にはいかないというのも、また事実。こうしている間に、時間は刻一刻と過ぎていく。
兎に角彼女等には、再びこの問題集に立ち向かってもらわなければならないのだ。
そして赤点を回避し、ラブライブへのエントリー権を獲得してもらわなければならない。
「(何か、この3人をやる気にさせられるものは……ん?)」
そこで希は、紅夜に目をつける。
「(ッ!そうや、この手があった!)」
閃いた希は、早速行動を開始した。
「紅夜君、ちょっと一緒に来て!」
「え?ちょ、東條!?」
彼を廊下に連れ出し、会話が聞こえなくなるように少し離れた場所に連れていく。そして、いつになく真剣な眼差して見つめた。
「紅夜君。今さっきの見て分かったと思うけど、あの3人は完全にやる気を無くしてる。このままやったら勉強どころじゃなくなって、試験で酷い結果を残す事になってまう」
「……まぁ、確かにな」
「そこでや、紅夜君の力を貸してもらいたいんよ」
希はそう言った。
「いきなりだな……てか力を貸せって、俺も普通に勉強教えてるだろうが」
「勿論、それについては感謝してるよ。でも、今の3人はそもそも勉強する気を無くしてる状態なんや。なら、あの3人をやる気にさせるような何かを与えなアカン」
「じゃあお前がまた脅せば良いんじゃないのか?この前言ってたワシワシ何とかってヤツで。矢澤の奴、それに随分怯えてたみたいだしな。それなりに効果ありそうだが」
紅夜はそう言うが、希は首を横に振る。
「いや、それはアカン。今の3人には、そうやって脅したところで何の効果も無い。そもそも『罰ゲーム受けたくないから勉強する』なんて、勉強に対するイメージが悪くなってしまうとは思わん?」
「それは、確かにな………じゃあ何か?ご褒美で釣るのか?」
「そういう事。流石は紅夜君、話が早くて助かるわ~。ご褒美にギュッとしてあげよっか?」
「要らん」
紅夜は即答した。
「つれへんなぁ~。これでもウチ、結構抱き心地良いと思うんよ?ホラ、男の子って大きいおっぱい好きやろ?ウチの、結構大きいんよ?」
「……そうかもしれんが断る。そもそも、あまり他人に体触られたくないんだよ」
「えぇ~?紅夜君、ウチの事他人や思ってるん?うわァ、傷つくわ~。これまで一緒にあの娘達を支えてきたやん、パフォーマンスも見せてもらった仲やないか~」
「ええい、纏わり付くな鬱陶しい!てか、ふざけるなら帰るぞ!」
「もう、冗談やって。そんな怒らんといてぇな」
希は笑いながら離れると、改めて話をした。
「まぁ話は戻るけど、あの娘達へのご褒美って事で、紅夜君の力を貸してほしいんよ」
「……?どういう意味だ?彼奴等の欲しいものでも買えってか?」
「それはそれで良いと思うけど、紅夜君もアメリカから此方に来たんやし、何かと物要りやろ?おまけに車持ってるから、ガソリン代とか、整備するならそのお金も要るやろうし。金銭面で負担掛けさせる訳にはいかんよ」
「じゃあどうするって言うんだ?褒美で釣るなら、コレしか思い浮かばないんだが……」
「フッフッフ……ウチに任せとき!紅夜君はただ、ウチの言う通りにしてくれたらエエんや。大丈夫、悪いようにはせぇへんから!」
「その言葉が一番信用出来ないんだが……まぁ、一先ずお前の考えとやらを見せてもらうよ」
一先ず紅夜が了承したところで、希は再び部室に戻る。
相変わらず、穂乃果達はだらけていた。最早だらけすぎて溶けているようにも見える。
「ホラ、3人共!早く勉強に戻るで!」
「「「えぇ~?」」」
完全にやる気を失っている穂乃果達。だが、そんな彼女等に、希はある事を言った。
「実はな。さっき紅夜君と話したんやけど、赤点回避出来たら紅夜君がご褒美くれるって!」
「「「ええっ!?」」」
「うわ、スッゲー反応した」
一気に立ち上がる3人。彼女等に勉強を教えていた3人も、視線を向けてくる。
「ほ、本当なの紅夜君!?」
「え?え~っと……」
希の方に視線を向けると、彼女は大きく頷く。
「あ、ああ。一応そういう事になってるんだが……」
そこまで言うと、紅夜は希の肩をつつく。
「それで東條、お前の言うご褒美ってのは結局何なんだ?しかも金を使わないやり方なんて到底考え付かないんだが……?」
「まぁまぁ、何も心配要らんって。紅夜君は、ただ頷いてくれれば良いんよ」
そう言うと、希は1つ咳払いして言った。
「もし、3人とも赤点取らなくて、見事ラブライブのエントリー権をゲット出来たら……」
「「「「「「「出来たら……?」」」」」」」
興味津々な3人。海未やことりや花陽、真姫も同じく興味があるようだ。
「紅夜君が1人1つずつ、お願いを何でも聞いてくれるんやって!」
「は?」
「「「「「「「えぇ~~!!?」」」」」」」
その瞬間、彼女等の声で部室が震えた。
「ちょ、ちょっと2人共!それ本当なのよね!?」
「こんな事言っておいて、『やっぱり冗談で~す』は無しだからね!」
「い、いや。俺は……むごっ!?」
「勿論本当やで~。マネージャーやるのは無理やとしても、せめてラブライブにエントリー出来るようにはしてあげたいって言ってたんよ。ねぇ~、紅夜君?」
後ろから抱きついて紅夜の口を塞いだ希は、そう言って同意を求める。
背中に彼女の柔らかい胸が押し当てられ、むにゅりと押し潰されているが、今の紅夜にはそんな事を考えている暇など無かった。
「(クソっ、何勝手に俺を景品にしてやがんだこの女!?少しでもコイツに任せようと思った俺が馬鹿だったよ畜生!)」
「そ、う、や、ん、な?紅夜君?」
だが、最早こんな状況を作られて『違います』など言える訳が無い。紅夜は観念したように頷き、漸く解放された。
「うぉっしゃぁぁあ!何かやる気漲ってきたわ!こんな問題集さっさと始末して、残りの勉強会も全部乗りきってやるわよ!」
「テンションもやる気もMAXにゃー!」
「穂乃果も今のでやる気満タンだよ!ことりちゃん、海未ちゃん!勉強教えてね!」
完全にやる気を取り戻した穂乃果達は、ハチマキを締め直して勉強に戻った。
「うんうん。さながらエンジン全開ってところやね、紅夜君?」
「東條、貴様ちょっと面貸せ!」
そして、今度は紅夜が、希を廊下に連れ出す。
「何だあのふざけた提案は!?勝手に人を景品にしやがって!」
「まぁまぁ、お陰であの娘達もやる気出してくれたんやし。一応『何でも』とは言ったけど、余程無理ならお願いの内容変えさせればええんやから」
「そういう事を言ってるんじゃない!そもそも、そういう考えだったらお前が言う事聞いてやれば良いだろうが!何も俺にやらせる必要無かったろ!」
「いや、この案に適任なのはウチやない、紅夜君や。君にしか任せられないからこうしたんよ」
「……何だと?」
どういう事だと首を傾げる紅夜に、希は説明した。
「先ず紅夜君、君は普段あの娘達と何れくらい接してる?」
「はあ?何だ急に……」
「良いから、何れくらい接してるの?」
「…………そうだな、基本的には学校に居る間だな。特に2年の連中は同じクラスだから、よく喋り掛けてくるし」
「じゃあ他は?」
「殆んど話さないな。強いて言えば、校内で偶然会うか、彼奴等の騒動に巻き込まれた時くらいか」
「放課後とか、朝練の時は?後は休日とか」
「全然話さんな。高坂達2年も含めて」
「やろ?つまりはそういう事や」
「……………?」
希はそう言うが、紅夜はいまいち理解出来ていない様子だ。
「つまり、あの娘達にもっと紅夜君と関わる時間をあげるのが、今回のご褒美の本質って事や」
希の考えはこうだ。
そもそも今の紅夜は、他人と関わりを持つのに消極的だ。
穂乃果達とも、基本的には用事が無い限り彼自ら話し掛ける事は無い。そして放課後になれば、紅夜は直ぐ様暇潰しを求めて教室を出ていくために話す時間がかなり限られている。
おまけに、凜達1年生やにこのようにそもそも学年が違う場合、更に接触する機会が減ってしまい、彼女等もそれに対して不満に思っている。
現に、紅夜と海未が戻ってくるまでの間に然り気無く聞いてみたところ、やはり『接する時間が少ない』、『プライベートでの関わりを持ってくれない』等の不満が上がっていたのだ。
そのため、彼女等のモチベーションを上げるために便宜上『お願いを聞いてやる』という形を取ったが、実際はこうする事によって、もっと紅夜と接する時間を増やすというのが褒美なのだ。
「それにあの娘達だって、別に『何でも言う事聞いてくれるんだから無茶なお願いしちゃお!』なんて思ってはない筈やで」
「当たり前だ、そうでないと困る」
紅夜は溜め息混じりにそう言った。
「(『眼帯外せ』なんて言われちゃ堪ったモンじゃねぇからな)」
お忘れの方も居るかもしれないが、紅夜はオッドアイを隠すために左目を黒の眼帯で隠している。
一応、眼帯について聞かれた際には『来日前に巻き込まれた事故の怪我の痕を隠すため』と説明してあるが、何時バレるか分からない。いや、誰も言わないだけで本当は既にバレているのかもしれない。
以前、希に聞かれた際は少し怒る程度で済んだが、紅夜にとってこの目はコンプレックスの1つ。本来なら指摘される事すら嫌なのだ。だからこそ、彼は身内や幼馴染み、そしてアレクサンドラ達のように自分の事情を知っている者達の前でないと眼帯は外さないのだ。
それを外せ等と言われたり、実際に何らかの原因で見られて気持ち悪がられた日には、最早自分が何を仕出かすか想像がつかない。
「(取り敢えず、俺の事に触れられるのは阻止しなきゃな)」
「紅夜君?」
すると、希から声が掛かる。
「どうしたん?ボーっとして……」
「…………」
暫く黙っていた紅夜だったが、やがて『何でもない』と返して部室へと戻り、再び穂乃果達の勉強会に付き合うのだった。