「それじゃあ、今日はこれまで!お前等気を付けて帰れよ~」
担任である龍治の一言で、教室内には放課後ムードが広がる。
部活動やアルバイトに向かう者、友人と家路につく者、はたまたじゃれ合う者等、放課後の過ごし方は、人によって様々だ。
因みに穂乃果達は、挨拶を終えて直ぐに教室を飛び出してからは全く戻ってきていない。
何処に行ったのかは不明だが、机に彼女等の鞄が置き去りにされている事から、少なくとも帰っていないという事だけは確かだ。
「ん~………1日目、終了~」
そんな彼女等を他所に大きく体を伸ばした紅夜は、試験生生活1日目を無事に乗りきった事の余韻に浸っていた。
この場に居る者全員が赤の他人という、ある意味四面楚歌とも言える環境に放り込まれた紅夜。
だが、クラスメイトに取り囲まれて質問攻めを喰らったり、昼休みに穂乃果に連れ出されたりした事を除けば特にこれといった問題は起こらなかったため、内心では拍子抜けしていた。
「(この調子だと、1年間過ごすのは案外簡単かもしれねぇな………)」
暢気にそう考えながら、教材を鞄に詰めていく紅夜。
試験生という特殊な立場での編入で、尚且つこの学校で唯一の男子生徒であるために暫くは注目を浴びるだろうが、それも何時かは収まる。
そうすれば、後は彼が望んだように無難な学校生活を送れば良いのだ。
勿論、この1年間の試験生生活の中には、体育祭や文化祭といった学校行事も含まれているが、それらについては、裏方に回るなりして目立たないようにすれば済む話だ。
2年生には、この2つに加えて修学旅行も行われるのだが、これについては教員達の方で何とかしてくれるだろう。
修学旅行の積立金に関する話は特に聞かされていないが、別に彼だけ留守番という事になっても、一向に構わなかった。
何せ修学旅行では、旅行先の宿に泊まるのだ。自分の娘が何処の馬の骨とも知れない男と泊まり掛けの旅行をするとなれば、保護者は当然異議を唱えてくるだろうし、それで自分に矛先を向けられても迷惑なだけだ。
要らぬ被害を受けるくらいなら、いっそ最初から行かない方が良いというのが紅夜の考えだった。
「(まあ何れも数ヵ月後の話だからな、未だ慌てるような時間じゃない)」
そう考えている内に教材を詰め終えた紅夜は、席を立ってドアへと向かう。
クラスメイトへの挨拶もそこそこに教室を出ると、さっさと靴箱へ歩みを進める。
他の生徒からの好奇の視線に晒されながら靴箱へ辿り着くと、上履きからローファーに履き替えて愛車が待つ駐車場へ向かう。
「ん~、やっぱ履き心地良くねぇな、この靴。アメリカは登下校も運動靴で良かったから楽だし、何かの行事以外じゃ基本的に私服で良かったのに………コレが、日本の学校とアメリカの学校との違いってヤツか。良くも悪くも厳しいんだよな、この国は」
そう愚痴を溢しながら歩いていると、駐車場に着く。
そして、その端には彼の愛車であるR34の姿があった。
「ようR、待たせて悪いな」
ドアのロックを解除して乗り込むと、紅夜はクラスメイトと話す時とは違ってフランクな口調で愛車に語り掛ける。
校内に居る時は物静かな人間として通っている彼だが、本来の性格はかなり陽気だ。
それこそ、アレクサンドラや他のベンチュラ・ベイの走り屋仲間、そして日本の幼馴染み達と馬鹿騒ぎをするくらいには。
「さてさて。約6時間ぶりのお前の音、聞かせてもらおうかなっ!」
先程までの物静かな姿勢からは想像出来ないようなハイテンションで、紅夜はキーを差し込んでエンジンに火を入れる。
1026馬力を誇るRB26DETTエンジンが唸りを上げ、マフラーから独特のエキゾーストノートを響かせる。
「~~ッ!やっぱコレですよ!この官能的なエキゾーストノート、何度聞いても飽きねぇな!」
そう言いながら、軽くアクセルを煽る紅夜。
あの四面楚歌とも言える環境に置かれてずっと気が張っていたためか、そこから解き放たれた時の反動がかなり強く出ているようだ。
もし此所がベンチュラ・ベイなら、そのままテンションに任せてドーナツターンやドリフト走行をしていただろうが、残念ながら此所は学校であるために何とか踏み留まる。
「ふぅ………いかんいかん、つい向こうに居た時と同じようにするところだった」
軽く深呼吸して心を落ち着かせると、ギアを入れて車を発進させる。
放課後になってから少し時間が経っているためか、下校する生徒の姿は見られない。
紅夜にとっては、正にグッドタイミングだった。
彼は、この音ノ木坂学院で唯一の男子生徒であり、唯一車で通学する生徒だ。それも親に送ってもらうのではなく、自分で運転してくるのだ。
理事長である雛が直々に許可が出したとは言え、歩いて登下校する生徒の集団の中にこの車で入っていくのは流石に避けたい。
そのため、なるべく目立たないように登下校するには、生徒が少ないタイミングを見計らう必要があるのだ。
「この学校に通う間は、早めに登校して遅めに帰る生活になりそうだな」
そう呟いていると、彼を乗せたR34は校門までの一本道に差し掛かる。
この道を進んで門を出れば、後は我が家へ向けて突っ走るだけだ。
「………ん?」
周囲を見回して安全確認をしていると、ドアのポケットに入れたスマホが着信を知らせてくる。
「タイミング悪いな………」
ストリートレースをする時は周りなど気にせず暴れ回る紅夜だが、それ以外では基本的に安全運転をしている。勿論、運転しながらスマホを弄るなんて馬鹿な真似はしない。そのため、一旦脇に車を止め、漸く通話のアイコンをタップした。
「もしもし?」
『よぉ、紅夜!俺だよ俺!』
彼の耳に、テンションが高い青年の声が飛び込んでくる。
「………オレオレ詐欺なら間に合ってるんで」
『いや何言ってんだよ!詐欺じゃねぇよ!?お前の幼馴染みの、
詐欺師呼ばわりされるや否や、達哉と名乗った青年は盛大にツッコミを入れる。
紅夜は彼の反応を予知していたのか、スマホを耳から離して大声対策を済ませていた。
「ククッ………ああ、知ってるよ。ちょっとからかっただけさ」
『だからって幼馴染みを詐欺師呼ばわりするなよな………』
「知らん。あんな挨拶するお前が悪い」
幼馴染みの文句を一蹴した紅夜は、これ以上何か言われる前に話題を変えた。
「それより、そろそろ本題に入ってもらえるか?此方は未だ学校の敷地内に居るんだ」
『おっと、そうだったな』
そう言って、達哉は咳払いの後に本題に入った。
『ホラ、今日ってお前の試験生生活1日目だろ?唯一の男だし、何より体の事もあるから、上手くやれてるかって思ったんだ』
どうやら達哉は、女子校に放り込まれた紅夜が何かトラブルを抱えたりしていないか心配して電話を掛けてきたようだ。
普段はお調子者な彼だが、人間不信になった紅夜にどれだけ拒絶されても最後まで見捨てなかっただけあって、非常に仲間思いな人間なのだ。
「………ああ、1日目は特に問題無く終わったよ。女子校だからどんな反応されるかと警戒してたが、思いの外受け入れられてるみたいだ」
『そっか、それなら良かったよ』
電話の向こうから、達哉の安心したような声が聞こえてくる。
それから彼が続けて言うには、他の幼馴染み達も、紅夜が上手くやれているか心配しているらしい。
「成る程………ありがとな、心配してくれて」
『礼には及ばねぇよ。幼馴染みとして当然の事をしてるだけだからな』
礼を言う紅夜に、達哉は軽く笑いながらそう返す。
『あっ、そうだ。お前この後暇か?今日は皆オフみたいだからさ、集まって走ろうって話になってるんだよ』
「おお、そりゃ良いな!」
その誘いに、紅夜は乗り気な反応を見せた。
3度の飯より車を走らせる事が好きな紅夜にとって、この話は正に願ったり叶ったり。しかも今回は、ベンチュラ・ベイの走り屋仲間ではなく日本の幼馴染み達と走れるのだから、断る理由が無かった。
『他の連中は、もう峠に向かってる。俺も向かってるから、お前と合流するわ』
「
『了解。んじゃ、後で会おう』
そうして通話を終えた紅夜は、スマホをしまい、校門前に移動させようとハンドルを握り直す。
そしてギアを入れようとした時、前方から3人の女子生徒が歩いてくるのが見えた。
放課後になるや否や教室から飛び出していった、穂乃果達だった。
「彼奴等、鞄も持たず出ていくから何処へ行ったのかと思ったら……校内探検でもしてたのか?」
そう暢気に呟いていると、穂乃果も紅夜に気づいたらしい。海未とことりに何か話し掛けると、2人を引き連れてパタパタと此方へ駆け寄ってくる。
「(………って、ヤバい。のんびり構えてる場合じゃなかった)」
だが、気づいたところで時既に遅し。こうなってしまえば、紅夜は逃げる事が出来ない。ここで無理に車を発進させようものなら、彼女を撥ね飛ばしてしまう可能性があるからだ。
未だに人間不信が完全には治っていない紅夜だが、だからと言って人を撥ねるような趣味など持ち合わせていない。
「(もうすぐ達哉も来るし………仕方無い、上手くやり過ごすか)」
そう考えている内に、穂乃果達がやって来る。
紅夜は溜め息をつき、窓を開けた。
「凄いね長門君、車で学校に来てるんだ!」
近づいてくると開口一番、穂乃果が声を掛けてきた。
「ああ。理事長から、試験生の話を受ける条件として車通学が許可されたんだ」
「成る程、野上先生が『無料タクシー扱いするな』と言っていましたが、こういう事だったのですね………」
その隣では、海未が謎は解けたと言わんばかりにウンウン頷いている。
ことりは物珍しそうに、紅夜のR34を見渡していた。
「それで、お前等は何をしているんだ?見たところ、部活って訳でもなさそうだが」
「うん。今私達で、この学校の良いところを探してるんだ!」
何時もの明るい笑顔で、穂乃果は答えた。
「朝の集会では、生徒数の増加が見込めないと判断されたら廃校になるって言ってたんだよね?」
「ああ。だが今年はどうにもならないから、見るとすれば来年の入学希望者数だろうな。それを少なくとも定員以上に増やせば、廃校は撤回されると思うが」
「そうそう。だからこの学校の良いところをアピールして希望者を増やせば、廃校の件も無くなるって訳だよ!」
紅夜の言葉に、我が意を得たりとばかりに目を輝かせる穂乃果。
海未とことりも、彼女の言葉に相槌を打っている。どうやら2人も、廃校を防ぐために動いているようだ。
そんな彼女等に、紅夜もこの時ばかりは素直に感心していた。
自分達が通っている学校が無くなってしまうかもしれないとなれば、誰もがそうなってほしくないと思うだろうが、大抵の人間は、ただそう思うだけで後は成り行きに任せるだけだ。
しかしこの3人は、廃校を防ぐために行動を起こそうとしている。
それが良い結果に結び付くかはさておき、このような事を実行出来る彼女等の行動力には、紅夜も驚かされていた。
「そ、そうか………まあ何だ、頑張れ」
彼にとっては、この学校の行く末などどうでも良いのだが、廃校を防ぐために頑張ろうとしている彼女等の前でそれを言うのは流石に憚られたため、一先ず応援の言葉だけは掛けておく。
「ありがと、長門君………あっ、そうだ!」
それに礼を言う穂乃果だったが、不意に名案が浮かんだとばかりに両手を合わせた。
「ねぇ、長門君も手伝ってよ!男の人の意見も聞いてみたいし!」
「無理だ」
「即答!?て言うかどうして!?」
まさか断られるとは思っていなかったのか、穂乃果は詰め寄る。
「今日は予定があるんだよ。ついさっき
「そんなぁ………」
あからさまに落ち込む穂乃果だが、紅夜としても先に入った予定を放り出す事は出来ない。それが幼馴染みとの約束なら、尚更だ。
「悪いがそういう事だ、諦めてくれ」
そう言われた穂乃果は、海未やことりに宥められて渋々引き下がった。
昼休みでは、半ば強引に紅夜を誘った彼女だが、流石に先に入った予定に割り込むような真似はしないようだ。
「じゃあな、健闘を祈ってるよ」
そう言うと、紅夜は今度こそギアを入れて車を発進させる。
そして校門の手前で停車し、達哉の到着を待つのだった。