魔法少女リリカルなのはBlack The MOVIE 1st 作:黒崎ハルナ
プールが水の化け物で溢れ返っていた。
暴走体を構成する主な物質が水なせいで、吸収した本体を中心に際限なく分裂と増殖を繰り返しているのだろう。放っておくと建物内全域がジュエルシードの支配下になりかねない勢いだ。
「うわ……たくさんいる」
プールサイドの端っこに隠れながら、高町がぽそりと呟いた。
道中にユーノから聞いてわかったことだが、ジュエルシードは暴走体を完全に沈黙させることで初めて封印可能状態になるらしい。つまり、件のジュエルシードを封印したい俺たちは、今からこの大量の数の敵を相手する必要があった。
「よかったな。これだけいたら、トリガーハッピー的には楽園もんだろ」
「いや、わたしトリガーハッピーじゃないですし」
「違うのか?」
「違います!」
「そうか……そうかぁ……」
「なんで露骨に残念そうにしてるんですか!」
騒ぎ出した高町を彼女の肩に乗ったユーノが「まあ、まあ」と宥める。わざわざ隠れて様子を伺っているのに、馬鹿みたいに騒いだら隠れている意味がないだろう。まったく、これだから素人は困る。
「さて、そろそろ真面目な話でもするか」
「最初からしてください!」
「場を和ませるのも時には必要なんだよ──それで、どうする?」
どうやってジュエルシードを封印するか。それが問題だ。
高町がバ火力な砲撃を単発で打ちかましても効果がないのは既に立証済み。いくら破壊力があっても、撃ち漏らしが一つでもあれば封印は失敗。直ぐに新しい個体が増殖される。中々に面倒な状況だ。
「とりあえず俺は……高町がこの辺り一面を更地にして封印するってプランを提案してみるが」
「やらないからね!」
「なるほど……できない、じゃなくてやらないか。流石は恭也さんの妹。思考が脳筋だな」
「どういうリアクションを取れば良かったんですかわたし!?」
「とりあえずは、そういう方向性が求められている」
「助けてユーノ君! わたしの中の常識が通用しないの!」
逐一反応が面白い。段々と楽しくなってくる。
小さなツインテールを振り回して、全身を使って目一杯にリアクションを取る高町を見た俺は内心でそう思っていた。
「だが、あながち間違いでもないだろ?」
そう言って肩に乗っているユーノに視線を向けると、ユーノは真面目な表情で頷いた。このことにショックを受けたのは高町だ。
「そんな……ユーノ君までわたしのことをそんな風に思っていたなんて……」
「違うよ、なのは。彼が言っているのは、ジュエルシードの封印方法についてだ」
「はえ?」
「こういった複数の封印対象を同時に相手する場合、大型の魔力放射砲でまとめて強制的に停止させるか、複数用のロックオン系魔法を使って一箇所に固めてしまうのが一番効果的なんだ」
一応、もう一つだけ裏技的な方法もなくはないが、それは今この場で話す必要はないので黙っておく。そんなことをしたら、間違いなく俺が疲れる。
「おまえに複数同時の捕縛なんて器用なことができるわけないだろ? それなら更地にした方が早いって話さ」
というか、現状の手札ではそれしかできない、が正解だ。忍に対してほんの数ミリ単位くらいの罪悪感はあるが、背に腹は変えられない。
「というわけで、やれ」
「やりません!」
高町は声を荒げて拒否の姿勢を取った。どうやら、彼女的には俺の天才的な作戦はお気に召さなかったらしい。
「要するに、動きを止めてひとつにまとめたらいいんですよね。ちょうど今朝ユーノ君に教わった魔法の応用でやれると思います」
「えー、更地にした方が早いだろ。どうせできないだろうし」
「できますよ!」
鼻息を荒くして叫ぶと、そのまま高町はズンズンとジュエルシードの暴走体が集まっている場所へ向かって行った。逞しいことこの上ない。
「……ワザと煽りましたね?」
「さあ? なんのことやら」
いつの間にか高町の肩から飛び降りていたユーノがジト目でこちらを見てきたので、俺は肩を竦めてそう返事をした。
煽るとは人聞きの悪い。俺はあくまで善意で提案してあげただけだと言うのに。
「レイジングハート……いける?」
『If that's what you desire. (貴女がそれを望むなら)』
高町の意思に答える様に彼女の持つ魔導の杖──レイジングハートが機械音声を発すると、足元に桜色の魔法陣が描かれる。
高町はスッと、小さく息を吸い込み、
「イメージを魔力に乗せて……」
高町の魔力が一気に収束していくのがわかる。可視化できるレベルまでに膨れ上がった魔力に反応した暴走体が高町に気づき、彼女の元へと集まっていく。
「……へえ」
その光景を見ていた俺は感心するように呟いた。
高町の並外れた魔力量にではない。彼女の豪胆過ぎるクソ度胸っぷりにだ。
敵に囲まれているというのに、高町には焦りの表情がない。それどころか、収束していく魔力の密度が更に上がっている。この女、かなり肝が据わっているらしい。こんな状況下でも正確に魔導の術式を構築しているし、焦りや恐怖の感情も見えないのは、素直に凄いと思う。
「捕獲の……魔法……そして、固定の魔法……!」
『Restrict lock』
それは一瞬の出来事だった。
桜色の光がプールを包み、高町の魔力によって生み出された光の輪が大量に発生した暴走体を力づくで縛り上げる。収束系の上位に位置する高度な魔法だと、右手に持っているヴァリアントが教えてくれた。これは、俺の中での高町の評価を改める必要があるかもしれない。
高町なのはには、本人も知らない才能が眠っている。おそらくはこの魔法もその片鱗、ほんの一部分だろう。
「そのまま固まってて! いくよ、レイジングハート!」
『OK!』
制御装置の羽が勢いよく広がり、杖の先端に高密度の魔力が収束される。今か今かとお預けをされている魔力の塊。それをどうするつもりなのかなど、考えるまでもなかった。
「シュート!!」
叫び声とともに逃れられぬほどに膨れ上がった強大な魔力の奔流が、ジュエルシードの暴走体を一瞬で飲み込んだ。桜色の砲撃はそこで止まる事を許さず、そのままプール中心部に着弾。そのアクションに遅れるように半瞬後、物理法則が追いついてプール内の水は着弾点を中心に勢いよく吹き飛んでいきながら辺り一面を崩壊させてゆく。その姿を言葉として表すのであれば、”暴力”の一言がふさわしい。圧倒的暴力。何もかも飲み込み、そして消し去るだけの暴力。改めて、自分たち魔導師が人外のバケモノなのだと悟る。こんなふざけた力を小学生のガキが当たり前に使えるのだ。冗談抜きで一国程度簡単に滅ぼせる。
「いたた……」
砲撃の反動を完全に殺せなかったからか、その場で尻餅をつく高町を見て、俺は小さく息を呑んだ。幸いだったのは、その様子を高町にもユーノにも見られなかったことだろう。
あれだけの破壊行為。もはや兵器の類いと何ら代わりない異能の力。
しかも、その力を行使した対価が尻餅の一つだけ。
「ああ」
俺は天井を見上げる。
これは予想外だ。俺の見通しが甘かった。高町なのはは凡人ではない。むしろその逆。
天才が目覚めた。今の今まで知ることのなかった天賦の才の使い道を、高町なのはは不運にも知ってしまったのだ。
「Welcome to the outside world……ってか」
Welcome to the outside world──人外の世界へようこそ。
高町なのはは今日この日を境に、俺とは違うベクトルの化け物になろうとしている。
「ん? 何か言った?」
「言ってねえよ。それよりもほら」
高町の声にそう返し、俺はプールに浮かぶソレを指差した。
指差した先にあるのはジュエルシードだ。既に封印状態になっているのか、再度の暴走の気配はない。
「さっさと封印しろ」
「う、うん」
スッと高町がレイジングハートでジュエルシードに触れると、ジュエルシードがレイジングハートの宝石部分へと吸い込まれていった。どうやらレイジングハートはジュエルシードを収納する役割も担っているらしい。
『Receipt No.17』
「よし、今度はバッチリ!」
『Good job』
無事に戦いを終えることができて喜ぶ高町たち。その様子からは危険な匂いや気配は感じられない。
当然だ。高町なのはの本質は善なのだから。それは俺にとって、唯一の救いだった。もしも何かのきっかけで彼女が道を間違えて『最低のクズ以下』に成り下がったら、文字通りの厄災になるだろう。
──ともあれ、
最高にヤル気が削がれる最低な戦闘がようやく終わったな、と俺は盛大にため息を吐いたのだった。
本日は原作主人公こと、高町なのはの誕生日。
まあ、誕生日とまったく関係がない話ですけど。
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登場人物紹介
高町なのは
所謂天才。後の白い悪魔。非殺傷で結界内なら大丈夫の理論で核ミサイルばりの破壊を振り撒くデストロイヤー。
黒道リクト
クソ雑魚認定していたなのはの評価を改めて、未来の化け物候補に。仮に戦った場合、今はまだ勝てるが、将来的にはわからないとは本人談。
ユーノ
高町なのはのデストロイぶりを表沙汰にしない為に今日もせっせと結界を張るフェレット。頑張れユーノ、君の肩には高町なのは悪魔化計画阻止の希望がのし掛かってるぞ。