魔法少女リリカルなのはBlack The MOVIE 1st 作:黒崎ハルナ
「おっはよう! マイフレンド!」
翌日の登校日。
教室に入った俺を出迎えたのは、無駄に爽やかで非常にウザい笑みを浮かべる樋口だった。寝不足で頭が回っていないのに、朝からこんなに腹が立つ友人の相手をする必要があるのかと考えると──嬉しさのあまり、裏拳の一つでも叩き込んで、樋口の鼻をへし折りたくなってくる。ここが学校の教室で、相手が友人の樋口で良かった。どうでもいい赤の他人なら間違いなくやっている。それくらいに、今の樋口はウザかった。
「……はぁ」
胸の奥から湧き上がるイライラをグッと呑み込み、俺は樋口を華麗にスルーする。触らぬ馬鹿になんとやら。こういう時はシカトが正解。
だが、それを当人が許すかは別問題だ。
「おいおい。いくらなんでも無視は酷くね?」
と、俺の肩を掴んで樋口は笑った。ただし、その瞳の奥は微塵も笑っちゃいない。
「いやー、昨日の放課後はやることが無くてさァ。珍しく宿題もなかったから、親友と遊ぶつもりだったんだよ。それなのに、親友は男の友情を捨てて女とデートに行きやがってよ──どう思うよ、
素直に面倒くさいと思った。わざわざ親友の部分を強調するあたりが特に。思ったのだが、こいつがこうなった原因が俺にあるのもわかってはいる。たかだかプールに行く面子にハブられただけ、と馬鹿にはできない。誰だって、仲間外れは寂しいものだ。
「あー……わかった、わかった。今度はおまえもちゃんと誘うよ、
「絶対だからな! 次もハブりやがったら、マジで泣くからな!」
「はいはい。次があったらな」
「なんか引っかかるけど、まぁいいか。それでさ」
席に座って次の授業の準備をしながら、樋口はそんな風に話を切り出してきた。
「どうだったんだ? プールデートの感想は?」
「別に」
プールで突如発生したジュエルシードの暴走。その顛末はあっさりとしたものだ。
すずかとバニングスの二人が目覚めたのは、あれから直ぐのことだった。二人に目立った外傷はなく、暴走体によって脱がされた水着もちゃんと着せられていた。
結界内で起きた事柄は、結界を解除すれば大半が元に戻る。そう説明したユーノが言った通り、高町の砲撃魔法によって粉砕された建物の一部や、砲撃の余波で蒸発したプールの水などはすっかり元通りとなっていた。この場所で核兵器クラスの爆発があったことなど、誰が信じるだろうか。つくづく、異世界の魔法は便利だと思った。
「適当に遊んで、適当な時間になったら帰って、帰り道に近所の飯屋で飯食っただけだよ」
「めちゃくちゃ充実してんじゃねぇか!」
「何処がだよ」
とりあえず二人には遊び疲れて眠っていた、という説明をしておいた。イマイチ腑に落ちない表情を浮かべてはいたが、年長組がそれなら時間も良いしそろそろ帰ろう、と帰り支度を始めた事で有耶無耶になったから問題はないだろう。
「六年は俺だけで、しかも周りは女ばっかりだから居心地が悪いったらない。こんな事なら家で昼寝でもしとけばよかった」
元々は休日に知り合いたちとプールに行くだけだった。それが蓋を開けてみたら、一度もプールに入ることなく、何故か異世界から来た化け物のハンティングの手伝いをやらされることに。予想外な事態のせいで、俺だけが得をしていない。完全に貧乏くじだ。
高町かユーノ辺りに報酬金でも請求しようかとも考えたが、それは不可能だろう。彼女の兄貴が俺の知り合いである以上、何かの拍子に俺が魔導師であることが他の人達にバレたら堪らない。もしもバレたら忍のオモシロ実験室に直行コースだ。
抜け切らない精神的な疲労でひどく落胆する俺の肩を、樋口が叩いた。
「まあ、あれだな。今度は俺もちゃんと一緒に行ってやるからさ。男の友情ってやつを見せつけてやろうぜ。手始めに月村の当主様とかに」
「そんなもんがある事に驚きだよ」
俺は樋口の妄言を遮った。こいつは俺に月村の人間を紹介してほしいだけだ。なぜなら、月村家の秘密を暴きたいから。死んでもこいつの思い通りにはさせたくない。
「けどよ、最近のコクトーは随分と女にモテるよな」
「はあ?」
「いやいや、無自覚かよ」
呆れた様子の樋口にイラッとした。こいつに馬鹿にされるとか、屈辱以外のなにものでもない。
「月村の当主様の妹にバニングス家の御令嬢。それにほら、この前教室にきた女の子。選り取り見取りじゃねぇか」
「アホか」
俺は吐き捨てた。誰がモテるだ。今すぐに目と頭を入れ替えてこい。
「下級生のガキ相手にモテるもクソもないだろ。あんなちんちくりん集団、こっちから願い下げだ」
「贅沢だなぁ。ハーレムは男の夢だろうに」
「興味ねェな」
すずかはただの幼馴染み。バニングスはすずかの
「じゃあ、なんだ。コクトー」
樋口は教室の入り口を指差した。なんだか非常に嫌な予感がした。
「この前来た下級生の女の子とは友達じゃないのか?」
「最初からそう言ってるつもりなんだけどな。樋口はホントに人の話を聞かないよな」
「ふーん。友達じゃないのか……── だったら、ありゃ何だ。お前が呼んだんじゃないのかよ」
俺は直ぐに樋口が指差す方へ振り向いた。既視感、デジャブを感じる。
そして、教室の入り口に立っている下級生の女の子を発見した。そいつは、なんとなく居心地が悪そうな表情を浮かべている。
「……ちょっと行って来る」
「いってらー」
ひらひらと手を振って見送る樋口の表情は腹が立つくらいにニヤけていた。絶対に後で色々と聞かれることを覚悟しないといけない。
「何しに来た。六年生の教室に入るには、後三年の下積みが必要だぞ」
俺は言外に、さっさと帰れ、と意味を込めて下級生の女の子──高町なのはに話しかけた。
「あ……あの、お礼を言いたくて」
「お礼?」
「昨日のプールでのこと」
「ああ、アレか」
なんのことだ、と疑問は一瞬。それが昨日のジュエルシードの一件の事だと理解するのに時間は必要なかった。
高町は背筋をピンと伸ばして、それから丁寧に頭を下げた。お手本のような御辞儀だ。
「すずかちゃんとアリサちゃんを助けてくれて、ありがとうございました!」
「……どういたしまして」
少しの間の後に絞り出せたのは、そんな言葉だった。
本当は悪態の一つでも吐きたかった。けれど、高町があまりにも真面目くさった眼差しでこちらを見て来るものだから、つい言葉を詰まらせてしまう。
これはいけない。調子が狂う。
「……何個だ?」
「え……?」
「
オブラートに包んだ言葉の意味を理解した高町が、『ああ』と頷く。
「えっと……昨日のを加えて、残りは十六個……かな?」
「多いな」
「にゃはは……まだまだいっぱいたくさん捜さないと」
高町は胸の前で小さく掌を握って、そんな事を言ってきた。それは聞き逃せない台詞だった──呆然とさせられる。こいつは本気で全てのジュエルシードを一人で集めるつもりだと、俺にはすぐわかった。
助けて、と言えばいいのに。辛い、と泣けばいいのに。高町はその弱さを見せなかった。自分よりも三つも下の女の子なのに。
面倒くさいなァ、と思う。自分でもらしくない考えなのはわかってはいる。それでも、気になってしまう。
だから、今からこいつにかける言葉は、きっと世迷言の類いだと自分に言い聞かせた。
「そうか、無理はするなよ」
「……へ?」
高町が信じられないものを見る目で俺を見てきた。失礼なやつだ。
手伝いを断った人間から『無理をするなよ』なんて言われたら、普通は嫌味にしか聞こえない。それでも、なんとなくそう言うべきだと思った。
「なんだよ」
「あ、いや……」
どう返事をしたらいいかわからない、といった感じの高町。しかし、高町が何か続けようとする前に、俺は廊下を指差した。
「話は終わりだ」
都合よくホームルーム前のチャイムが鳴る。物理的なタイムリミットを前に、高町は会話を止めて首を立てに振った。
「ほら、早くしないと遅れるぞ」
それだけ言って、俺は教室内へと戻った。
背後で高町が再び頭を下げたような気もしたが、興味がなかったから見ていない。数秒後に、タッタッタ、と廊下を走る音が聞こえた。
「友達じゃない……ねえ?」
「うるさい」
「はいはい」
教室に戻ると、樋口が揶揄うように笑っていた。俺はそんな樋口を無視する為に、頬杖をついて窓の外を眺めた。担任教師が教室に入って来たのは、それから直ぐの事だ。
「……大丈夫か、あいつ」
高町なのはがジュエルシード絡みの事件で大怪我をしたのは、それから数日後だった。
お久しぶりです。黒崎ハルナです。
更新が止まっている間に新しい評価と初の感想を頂けました。本当にありがとうございます。
今回は前回の蛇足と次回の布石回。そろそろもう一人の原作主人公を登場させたい。
登場人物紹介
高町なのは
家族や友達が襲われても誰かに頼らずに一人で余計に頑張ろうとする。色々な意味で背負い込むタイプ。
樋口
口の悪い友人にも優しく接する凄いやつ。ある意味で聖人。
黒道リクト
口が悪い。愛想は無い。無駄に現実的で悲観的。自分が一番優先な自他共に認めるクズ候補。それなのに、他人の心の闇的な部分を暴くことに長けているからタチが悪い。