魔法少女リリカルなのはBlack The MOVIE 1st 作:黒崎ハルナ
探すのを手伝うとフェイトに言った手前で非常に言いづらいのだが、俺には真面目に探し物を見つけるつもりなど欠片も無かった。
考えなくてもそれは当然だ。
俺たちがいる海鳴臨海公園はとにかく広い。敷地内に限定したところで、子供の足で探すにはかなりの体力と時間が要求される。ましてや、探し物が財布なんていう小さいものなら尚更だ。
なら、どうするのか。
簡単だ。
普通じゃない方法を──裏技を使えばいい。
俺には魔導という、普段はクソの役にも立たない力がある。こいつを使えば、探し物を見つけるくらいわけも無い。
「ありがとう」
ベンチに座ったフェイトが小さく頭を下げた。彼女の手には、先程まで探していた黒の長財布がある。年頃の女の子が持つには些か洒落気のないソレを、フェイトは大切そうに抱き抱えていた。
「本当にありがとう。君が見つけてくれなかったら、どうしようかと……」
「大袈裟だな」
「そんなことない」
フェイトはふるふると頭を横に振った。その度に、両サイドに纏められた彼女の金色の髪が左右に揺れる。
「本当に……本当に助かったから」
落ちてた財布を見つけただけなんだけど、と口にしようとして、それを俺は呑み込む。美人に感謝されているのだから、この礼は素直に受けるべきだ。偏屈は良くない。
「無事に見つかってよかったよ」
探し始めて一時間足らずで、フェイトの探し物は見つかった。
その方法は単純で簡単だ。落とし物を探しているフリをして、フォーミュラを使って臨海公園内に設置された監視カメラに不正アクセスをした。ただ、それだけである。
後は録画されていた監視カメラの映像をヴァリアントを通して複数台同時に再生し、公園に入ってから俺に出会うまでのフェイトの動向を追いかければ、彼女が財布を落としたであろう場所に当たりを付ける事は容易い。思考の高速処理は俺の得意分野だ。
「でも、本当によかったの?」
「何が?」
「その、お礼が
言って、フェイトは俺が持っている一缶を指差した。財布を見つけてくれたお礼に何でもする、とフェイトが言ってきたので、俺は迷う事無くコイツを報酬に選んだ。美少女とお近付きになれて、手元には愛飲しているコイツがある。俺には十分過ぎる報酬だった。
赤い缶に白のラインで描かれた洒落た文字。プルタブを開ければシュワ、と爽快な音が聞こえてくる。
我が生涯の相棒こと──コーラを一口飲んだ俺は、フェイトに言ってやった。
「十分さ。労働の一杯ってやつは格別だからな」
「でも、もっと高いのでも良かったのに」
「小学生にとって、ジュース一缶は中々に高級品なんだぜ?」
イマイチ納得のいかない表情を見せるフェイトを尻目に、俺はコーラを喉に流し込む。むせ返るような強めの炭酸と甘さが、喉を通して体全体に染み渡る。
「一つ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
「それって……美味しいの?」
「はぁ!?」
「ひぅ!」
フェイトの問いに、俺は思わず声を張り上げた。今、こいつは何と言った? コーラを指差して、美味しいのか、だと。
「……もしかして、フェイトはコーラを知らないのか?」
「う、うん」
こくり、と頷くフェイトの事を、俺は信じられないものを見る目で見ていた。まさか、コーラを知らない外人と出会う日が来るとは。
俺は興奮気味に話した。
「そいつは勿体ない! 人生の半分くらいは損してるぜ!」
「そうなの?」
「おうさ! 俺のじーさん……あ、いや、俺の父親……みたいな人が言ってたんだ。世の中のクソみたいな悩みの大半は、ビールとコーラと熱々のピザが有れば解決できるってな」
「面白い人だね」
「だろ」
俺の熱弁を聞いたフェイトは口元に手を添えて、クスクスと笑う。その仕草は、不思議と俺を不快な気分にはさせなかった。むしろ逆。じーさんの事を褒められた気がして、俺はとても気分が良くなる。
フェイトは俺の持っているコーラの缶をジーっと見つめてから、
「……わたしも飲んでみようかな?」
「そいつはいい。俺もこいつの美味さを共感してくれる相手が欲しかったんだ」
樋口の野郎はコーラよりもサイダー派らしく、恭也さんに至っては炭酸飲料よりも紅茶やコーヒーの方が好きだという始末だ。妹の方がどうかは知らないが、趣味が合わないのは中々に寂しい。
だからこそ俺は、この機会にフェイトにもコーラの素晴らしさを教えたかった。俺は気分良く、手に持っていた缶をフェイトに突き出す。
「とりあえず、一口飲んでみな」
「ええ!? いや、でも……」
「遠慮するなって。まあ、元はおまえが買ってくれたやつだけど」
「そ、そうじゃなくて……」
何とも歯切れが悪いフェイトを無視して、俺は強引に彼女の手に突き出していたコーラの缶を握らせる。フェイトは暫しの間、その缶を見つめ続けていた。おそらくは、初めて飲む飲料だから緊張しているのだろう。あー、とか、うー、とかよくわからない言語を呟きながらコーラの缶を見つめている姿は、中々に面白い。
やがて、意を決して缶に口を付けたフェイトは、その中身を一気に喉へと流し込んだ。
「あ、そんな一気に飲んだら──」
「……ンッ! ゲホッ! ゲホッ!」
「あー、いわんこっちゃない。炭酸強いから咽せ易いんだよな」
気管に入ったのか、胸に手を当てて咳き込むフェイト。幸いにも、中身を盛大にぶち撒けることはなかった。美少女が口からコーラを吹き出す様子とか、放送事故ってレベルじゃない。
「の、喉が……」
涙目で此方に助けを求めるフェイトに俺は苦笑する。その様子がなんというか、普通に可愛らしい。俺の周りにはマッドサイエンティストや、脳筋砲撃女みたいなやつしかいなかったからか、こういう普通に可愛い女の子というのは新鮮だった。
「こ、これ、なんか凄いね」
「嫌なことを吹っ飛ばしてくれる味だろ?」
「う、うーん……」
歯切れが悪そうに返事をするフェイトを見て、俺は少しだけ悲しくなる。どうやら、彼女にコーラは早過ぎたらしい。
「ところで」
出会って間も無いが、俺はフェイトの事が気に入った。なので、俺はもう少し彼女の事が知りたくなった。
「フェイトは日本に来て長いのか?」
それを聞いた瞬間に、何故かフェイトは肩を小さく震わせた。暫しの間があった後に、フェイトはふるふると首を横に振る。
「三日くらい前に来たばかり、かな」
「へー。観光か?」
「ううん。……探し物を見つけに」
初めてフェイトの視線が俺から外れた。やたらと歯切れの悪い言い方に、俺は無自覚に彼女の地雷を踏んだことを理解する。
その時、なんとなく俺はフェイトから面倒事の匂いを感じた。感じた上で、彼女の探し物とやらを手伝ってあげたくなった。これほどまでに俺をイラつかせない人物と出会ったのは初めてだったからだ。だが、俺は便利屋じゃないし、フェイトの抱える個人的な問題に首を突っ込むつもりもない。そんな奴が好奇心で関わっていい内容で無いことは、流石の俺も察している。
代わりに、話を変えてみることにした。
「じゃあ、探し物を見つけたら帰っちゃうのか?」
「そうなるかな」
「残念だ。おまえ可愛いし、デートにでも誘いたかったんだがな」
「かわッ!」
陰りの刺していた顔から一転、フェイトはその白い肌を茹で蛸みたいに真っ赤にする。その反応もいちいち可愛らしいと思った。
「そんなこと」
「あるさ」
俺ははっきりと断言した。
「嘘を言わない主義だ」
少なくとも俺の中でフェイトは、あの月村忍や高町なのはよりも遥かに上だ。あいつらは見た目こそ一級品だが、中身が色々と残念な連中だ。
その点、フェイトは大人っぽい雰囲気の割に感情表現も豊かで、喋っていて不快になるようなことも言ってこない。今日限りの、一日だけの出会いなのが本気で惜しいとすら思えるほどだ。
「自信持てよ」
「う、うん……ありがとう?」
「そうそう。何事も素直さが大切だぜ。美人の場合は特にな」
「……もしかしなくても、揶揄ってるよね」
「ああ。今、すごい適当なこと言ってる」
ほんの数秒、見つめ合う。それでも俺がへらへら笑って眺めていると、やがてフェイトもくしゃっと笑った。
「君は」
フェイトは言葉を選んでいるようだった。何度か眉をしかめたり、額を抑えたりしながら、口を開く。
「不思議な人だね」
「ああ、よく言われる」
「ほら、そういうところだ」
何を思っているのか知らないが、フェイトは複雑そうな顔をした。
「今まで、初めて会った人とこんなに話すことなんてなかったんだ。君は優しいし、面白いし、わたしが知らないことをたくさん知っている。だから、その、わからなくて」
何度もつっかえながら、フェイトは言葉を紡いでいた。きっと、俺を不快にさせないように気を使っているのだろう。気にしなくてもいいのに、と俺は思った。
「どうして、助けてくれたの?」
偶々俺の機嫌が良かっただけ。そう答えるのは簡単だった。だけど、そう答えるのを少し躊躇ってしまう。
何故なら、俺にはフェイトの問いが、誰かに救いを求めている様にも見えからだ。勘違いならそれで良かった。だが、この質問には真剣に答えるべきだと思ったのも事実だ。
「声が聞こえたからな」
「声?」
俺は頷いた。
「助けて、って声が聞こえたんだ。だから助けた」
「それだけ?」
「それだけじゃあ、理由にならないか?」
フェイトは首を横に振る。
その反応で、俺は満足だった。
結局のところ、人助けってやつは自己満足でしかない。一々助ける理由なんてものを深く考えるだけ無駄なのだ。
人助けは趣味程度にしておけ。でないと、後で後悔する。
昔、じーさんにそんなことを言われたのを思い出す。その時だ。
「フェイトー!」
不意に、俺たちが座っていたベンチから少し離れた場所で、聴き慣れない女性の声が響いた。
「アルフ」
フェイトが女性の方を見て、そう呟いた。ジーパンに黒シャツの女性は、此方に向けて手を大きく振っている。俺はフェイトに聞いた。
「知り合いか?」
「うん。わたしの大切な家族」
こくり、と頷いて、フェイトも手を小さく振る。明らかに自分よりも年上の女性は、俺の存在に気付いて眉を内側に寄せた。不審者を見る様な視線が俺に突き刺さる。
「ああ……アルフったら」
視線に気づいたフェイトが、オロオロしだした。更に女性の睨みがキツくなった気がする。困った。こういうのは苦手だ。
「行けよ」
「え、でも……」
「いいから」
躊躇っているフェイトに、俺は気にするな、と笑う。異国の地で離れた家族を心配して探していたのだろう。普通に考えて、あの女性の対応は正しい。
「ほら、呼んでるぞ」
指差した先で、再び女性がフェイトの名前を叫んでいる。痺れを切らして、こちらに向かって来たら面倒くさい。
俺はベンチから立ち上がった。釣られて、フェイトも立ち上がる。
お別れの時間だ、と俺が言うと、フェイトは小さく頭を下げた。
「その、今日は本当にありがとう」
「どういたしまして。もう落とすなよ」
皮肉のつもりで言った言葉に、フェイトは笑いながら頷いた。邪気が無さ過ぎて、皮肉を言ったこっちが恥ずかしくなってくる。
「また、会えるかな?」
魅力的な提案だった。だから俺は迷うことなく答えた。
「運が良かったらな」
「素直じゃないね、君は」
フェイトと俺は顔を見合わて、それから示し合せた様に笑みを浮かべる。それがなんだか嬉しくて、可笑しくて、不思議と笑った。
「それじゃ、またな」
「……うん。またね」
俺は次第に小さくなっていくフェイトの背中を、なんとなく眺めていた。
フェイトは途中何度も振り返っては、小さく頭を下げていた。そして最後に、アルフと呼んでいた女性と一緒に会釈をしてから臨海公園を出て行った。
また、会えるといいな。
柄にもなく、そんなことを思った。
この出会いから数日後に、俺とフェイトは再会することになる。
戦場という、最低最悪な場所で。
ようやくメインキャストたちが出せました(まだ後半組が控えていることに目を逸らしながら
何時もながら、UAや評価、お気に入り登録、感想とありがとうございます。
登場人物紹介
フェイト・テスタロッサ
可愛い。優しい。空気が読める。の完璧美少女。ただし、ほんのり漂う地雷臭。ちなみにお母さんLOVE。最近、コーラを飲み始めたらしい。
アルフ
台詞無しな不遇なお姉さん。フェイトの家族で、思考は常にフェイト最優先。フェイトが見知らぬ男と仲良く笑っていたことに、少しだけ嫉妬中。