魔法少女リリカルなのはBlack The MOVIE 1st 作:黒崎ハルナ
年齢を問わずに学生は学校での勉学よりも、放課後の時間に何をするかの方を重要視するべきだと俺は思っている。
時間は有限。いくらあっても足りやしない。だからこそ、学生の放課後は貴重なのだ。
それを肯定するかの様に、最近は小学生ですら放課後は多忙なやつが多い。
友達と遊びに行くやつは少数派で、将来の為に塾へ行くやつが大半だ。珍しいとこなら、ピアノやバレエみたいな習い事をするやつもいる。
俺が通う私立聖祥大学付属小学校は教育熱心な親が多いからか、余計にその傾向が強い。身近なやつなら、すずかが放課後に塾の他にもバイオリンの稽古を受けているそうだ。
そんなご時世だからこそ、俺みたいな普通なやつはかえって珍しい。
極稀に月村忍に呼び出される場合を除けば、基本的に樋口と遊ぶか、寄り道せずに真っ直ぐ家に帰るかの二択。逆に今時珍しい、習い事も塾にも行かない小学生だ。
そして、今日の予定は後者の日だった。
「あ……」
「げっ……」
授業が終わって家に帰る道中、高町と偶然出会った。おかしい。確か、高町の家は反対側にあった筈だ。
「なんでいんだよ」
「なんでって言われても……」
俺が心底嫌そうに言うと、高町は困った様に眉を内側に寄せた。
「ジュエルシードの探索中か?」
俺がそう訊くと、高町は小さく首を縦に振る。
高町の服装は小学校の制服のままだった。今いる場所が彼女の家から離れていることや、学校指定鞄を背負っていることから、高町は家に帰らずにジュエルシードを探しているらしい。
おそらくは魔導に目覚めてからずっと、こうやって遅くまで近所を探索していたのだろう。仕事熱心というか馬鹿正直というか、如何にも高町らしい生真面目さだ。
俺はやれやれと首を横に振って、
「手伝ってやろうか?」
「……え?」
途端、高町は胡散臭いものを見る目で俺のことを見てきた。失礼なやつだ。先日会った金髪美少女の爪の垢でも煎じて飲ましてやりたい。
「今日は暇だしな。晩飯の時間までなら付き合ってやる」
「で、でも……」
「不満か?」
「そんなことは、ないですけど……」
「なら、さっさと行くぞ」
俺はそう言ってから、足を自宅とは真逆の方角へと向けた。その後ろを高町がオドオドしながら着いてくる。
その様子を黙って見ていた俺は、もしかしなくても高町は俺の事が嫌いなのではなかろうか、とふと思った。出会いは最悪で、その後も決して友好的ではなかったのだから、当たり前と言われたら当たり前ではあるのだが、それでも当の高町本人が露骨にその事を顔に出さないのが気に入らない。言いたいことがあるのなら、はっきりと口に出して言えばいいのに、高町は顔色を伺う様な仕草ばかりする。
「ありがとうございます」
そんな俺の悩みなど知らずに、高町が律儀にお礼を言ってくる。俺は振り返らずに答えた。
「気にするな。どうせただの暇潰しだ」
「暇潰し、ですか」
「それ以外に理由があるか?」
途端に高町が不機嫌になったのを背中越しに感じた。不謹慎だと思ったのだろう。俺はそれを無視して、歩く速度を少しだけ上げた。
「それで、何処を探すんだ?」
「ふぎゃ!」
「……」
「ご、ごめんなさい」
目的地を訊く為に足を止めて振り返ると、高町が俺の背中に鼻をぶつけていた。鈍臭い。手間のかかる小動物を見ている気分だった。高町は鼻を押さえながら、
「今日は山の方に行こうかなって」
「山の方って言うと、あそこか?」
「うん。人気のない場所の方がジュエルシードを見つけやすいと思ったから」
月村の家が管理している山の一つを指差すと、期待と不安が入り混ざったような声で高町が言った。中々に冴えた考えでしょ、と誰かに褒めて欲しそうな表情だ。実際、人気のない場所にこそジュエルシードが落ちている可能性は高いと話す高町の考えは悪くないと思う。
俺がそう答えると、高町は安堵した様に息を小さく吐き出した。一々リアクションが大袈裟なやつだ。
山までは距離がある。それまで無言でいるのも疲れるので、俺は軽い気持ちで世間話をしてみることにした。
「魔法、少しは上達したのか」
「え?」
「前に言ってたろ。ユーノに魔法を教えてもらってるってさ」
「うーん。ユーノくんは褒めてくれるけど……」
「いまいち実感がない、か?」
こくん、と高町が首を縦に振る。それもそうか、と俺は当たり障りのない返事を返す。
「そういえば、コクトー……さんはいつから魔法を?」
「さあな」
はぐらかされた、と思ったのだろう。高町は眉を内側に寄せていた。
「覚えてないんたよ」
「覚えてない?」
「気がついたら使えてた。誰に教わったとか、いつから使えるようになったとか、一度も考えたことがない」
これは本当だ。使えたから使っている。俺の魔術に対する感情なんて、そんな程度だ。
「孤児なんだよ、俺」
「……孤児?」
「親無しって意味だ」
「親無しって……それじゃあ、お母さんもお父さんも」
「ああ。いない」
高町が驚いた表情で俺のことを見つめてくる。
「産まれてから直ぐに、東南アジアの端っこにある港町に捨てられたらしい。だから、親の顔すら覚えてないんだ」
「捨てられたって……なんで」
「なんでもなにも、こんな力を持ってるやつの親とか普通に考えて嫌だろ」
「そんな……」
その返答に、高町は言葉を失っている様だった。いや、実際に言葉が出ないのだろう。俺の身の上話を訊いたやつは、大抵がこうなる。その事がわかっているから、俺はあまり他人に自分の昔話はしない様にしていた。
「じゃあ、コクトーさんはどうして日本に?」
「拾われたんだよ。お人好しな日本人に」
じーさんについて、俺は幾つかのことを思い出す。
正直、どれもあまり良い思い出ではない。俺にとってじーさんは恩人であると同時に、クズな悪党の代表みたいな人だったからだ。
じーさん曰く、昔はクズ以下な悪党たちから『ネクタイを締めた海賊』と呼ばれていたらしい。それが本当かどうかを確認する術はないが、じーさんはその言葉通りにあのクソ暑い港町では不釣り合いな程に似合わない白シャツを着て、ネクタイを締めていた。
「日本で隠居するからついて来いって、半ば無理矢理にな」
出会いはそれほど劇的だったわけではなかった。生きる為に《フォーミュラ》を使って鉄砲玉の真似事をしていた時期だ。小学生にも満たないガキ一人に警戒心を抱くやつは中々いない。親無しだから依頼主の良心も痛まないし、何より当時から俺はそこら辺のマフィアやギャングの一つくらいなら容易く壊滅できるくらいには強かった。
故に、それなりに結果を出していけば、依頼はそこそこ入ってくる。なにせ俺がいた街は、複数のマフィアやギャングが我が物顔で闊歩する様な掃き溜めだ。人の形をした生ゴミが路地裏に捨ててあっても大した問題にはならない。おかげで喧嘩を売る相手さえ間違えなければ、食い扶持に困ることはなかった。
そんな時に気まぐれ気味に現れて、ついでに当時の依頼主とターゲットの両方を同士討ちにさせたのがじーさんである。しかも自分自身の手は全く汚すことなく、口の上手さと知り合いのマフィア連中の力を利用して。
「ふざけるな」と同時の俺はじーさんに対して本気でキレた。
依頼主が死んでしまっては、明日食べる為のパンが買えない。ならばと転がっている死体から金品を奪おうにも、じーさんが連れて来たマフィアたちが居るせいでそれすらもできなかった。
仕方がないので、俺は直接じーさんに文句を言いに行った。じーさんは悪党特有の空気を微塵も感じることもなく、鉄火場が日常的なこの街で銃の一つも持たない命知らずで、それでいて度胸だけは信じられないくらいにある。そんな男だった。
思い返せば、それはあの掃き溜めの街で長年生き延びてきたじーさんなりの自衛手段だったのかもしれない。
「ほんと、迷惑な話だ」
後ろを付いて来る高町に、そう断言した。
後で知った話だが、じーさんはその仕事を最後に裏稼業を引退するつもりだったらしく、俺が来ることもある程度は予想していたそうだ。予想した上で、俺を日本に連れて行くつもりだったらしい。
頭がイカれている。でなければ、初対面の
「嫌だったの?」
「何が?」
「その、日本に来ることが」
「……そう見えたか?」
「なんとなく、ですけど」
「そうか……」
高町からの質問を訊いた時、俺はどう答えるべきか悩んだ。
あの掃き溜めに未練なんかあるわけがない。たぶん、あのままの生活をしていたら、そう遠くない未来に何処かの誰かに殺されていただろう。
それでも、考えてしまう時がある。
何故、俺だけが此処にいるのだろうか──と。
くだらない話だ。
じーさんは疑いようのないくらいに、素晴らしく善行的な人間だったのかもしれない。しかし、だからこそじーさんは周到で、慎重で、冷酷な男だった。自分の目的の為なら、誰の命でも平気で賭けれる怖さがあった。
そして、口癖の様に「君には幸せな世界の中で生きてほしい」と、いつも言っていたのを覚えている。
悪党の最期は必ずロクな死に方じゃない。早いうちに足を洗って、学校に通い、友達を作って、陽だまりの中で幸せに暮らすべきだ。生きる選択肢がない子供なら、尚更そうするべきなんだ。だから、こんなクズみたいな世界からは、早く抜け出した方がいい──と。
そう言っていたじーさんも、俺を遺してあっさりと事故で死んでしまった。いや、もしかしたら事故死ではなく、誰かに殺されたのかもしれない。それくらいのことをじーさんはしてきた。
やったらやり返される。因果応報。その真理が、いつだって俺たち化け物に残酷な現実を突きつける。それでも、時折り当たり前の日常が窮屈に感じてしまう。自分が化け物なのだと実感する。
俺自身、特別な力や立場にはうんざりしていた。
じーさんが死んでから、もう、ずっと。
「コクトーさん?」
高町の声が思考の世界から俺を現実に引き戻す。目的の場所がもう直ぐ近くまで来ていたが、ジュエルシードの魔力反応はまだ感じない。
馬鹿馬鹿しい、と俺は小さく笑った。
「いや、日本に来たことは俺にとって幸運だった。学校に通える様になったし、友達もできたからな」
嘘で塗り固めた言葉を口にしながら、隣にいる高町を見る。
高町は真面目な性格だ。きっと、馬鹿正直に無関係な俺の身の上話を訊いていたのだろう。こんなくだらない話、適当に聞き流せばいいのに、馬鹿なやつだ。
「まあ、まさか日本でトレジャーハンターの真似事をする事になるとは思わなかったがな──っと、そろそろ到着か」
そんな話をしているうちに、目的地の山に近づいていた。
月村の家が管理しているこの山には、野良猫を始めとした野生動物が数多く生息していて、人通りはあまり多くはない。それでも小学生が許可なく入ることができる程度には整備されている。
入り口から続いている長い階段に、少々うんざりしそうになりながら、俺は一歩目を踏み出そうとした。
その直後だ。
ズン、と鈍い振動が辺りを大きく揺るがした。一瞬遅れて、爆発音が鳴り響く。
「これって──!?」
異様な気配に反応して高町は爆発音がした場所──これから向かう予定だった山の方角を見つめた。
爆発音は、なおも絶え間なく響きつけている。単なる事故や自然現象で説明がつかない出来事が起きているのは明白だった。それと同時に、ここ最近ではすっかり感じ慣れてしまった魔力反応もビリビリと伝わってくる。
「あ、待て、高町──」
俺の静止を無視して、高町が勢いよく駆け出した。断続的に響き続ける巨大な爆発音が、俺の声をかき消してしまう。仕方がないので、俺は高町の跡を追いかける様に走り出す。
疾走しながら、俺は表情を歪める。前方を走っている所為で確認はできないが、おそらく高町も似たような表情をしている筈だろう。この異常事態の原因がわかったからだ。
それは圧倒的に巨大で、無差別に荒れ狂う魔力の塊。誰でも、どんな物でも容易く化け物に変えてしまう
そして今の俺たち二人にとって、限りなく身近な存在であるもの──
ジュエルシードだ。
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登場人物紹介
じーさん
仲間たちと犯罪紛いの運び屋をしていたかもしれない人物。既に故人の為、真実を知る術はない。コクトーを拾った理由は、過去に助けたくても助けられなかったとある双子の子供が原因……かもしれない。