魔法少女リリカルなのはBlack The MOVIE 1st 作:黒崎ハルナ
それなりに退屈で、平穏な日々が続いた。
最近はやたらと人外側の面倒事に巻き込まれてばかりだったからか、こういう普通の毎日というやつに懐かしさすら感じてしまう。それは間違いなく俺が望んでいた日常だ。
大学生活が忙しいからなのか、忍からの呼び出しはなくなった。素晴らしい事だ。できることなら、永遠に忍からの呼び出しがこない事を切に願う。樋口のやつは相変わらず日替わりで何処で仕入れたのかすら謎なオカルト話を俺に持ってくる。その大半がガセで、胡散臭さ爆発な内容ばかりなのも何時ものことだ。
学校に行き、友達とくだらない話で盛り上がり、家に帰って趣味の映画を観る日々。そんな、変わらない毎日が続いていた。俺にとっての全てであり、あらゆるものを犠牲にしてでも護りたいもの。
その筈……だった。
高町なのはとは、あの日以来会っていない。
以前の様に本人が直接会いに来ることも、フェレットのユーノが連絡を寄越すこともなかった。何処で何をしているのか、その一切合切がわからない。それが良い事だと楽観視できるほど、今の俺は脳天気ではいられなかった。
高町がこれから何をしようとしているのか。それは容易に想像がつく。魔道士としての技術を上げる為に一人で鍛錬でもしているのだろう。
そこまでして高町が魔導師として強くなりたい理由はたった一つ。フェイト・テスタロッサの存在だ。
今まではジュエルシードを見つけるだけで良かったのに、そこに競争相手が加わった。言葉にすればそれだけのことなのだか、その所為で高町たちが今まで通りにジュエルシードを回収することが困難になるのは目に見えている。たった一度だけの戦闘だったが、そう断言できるほどに今の高町とフェイトととには魔導師としての明確な実力差があった。それでも、高町はきっと引かない。あの馬鹿はそういうやつだ。
なによりも俺を憂鬱にさせる要因は、これから先は知り合い同士があのふざけた石ころをめぐって殺し合いをする可能性が濃厚なことだった。あの二人にはそれぞれがジュエルシードに対して譲れない理由と覚悟があり、お互いに妥協点など存在しないこともわかっている。
そうやって生まれる争いは、経験上碌な結末を迎えない。
それを考えると益々気が重くなってしまう。
知り合い同士が一つの目的の為に殺し合いをする。日本に来る前までは比較的当たり前な話だったが、何度経験しても気分が良くなる話ではない。
高町のやつが現在進行形でどんな心境でいるのか、フェイトが何故ジュエルシードなんてものを集めているのか。その答えは本人のみしかわからない。
そもそも話で、フェイトのやつはジュエルシードを集めて何をしようとしているのか。
考えること、気になることはいくらでもあった。
だが、それらをわかったところで俺にどうこうできる問題でもないことは、他ならぬ俺自身が一番理解している。だからこそ、俺は無関心を貫いた。
掃き溜めにいた頃、教会のシスターが言っていたありがたい言葉を思い出す。
隣の便器は覗かない。
人外の世界で生きる残る為にも、この言葉はガキの頃から常に胸に刻んでいる。自分の周りが上手くいっているのなら、赤の他人の事なんか気にしない。すべて世は事も無し。
それなのに、自問自答をする時間が終わらない。
これでいいのか。俺ならもっと上手く立ち回れる筈だ。そんな巫山戯た戯言が、頭の奥底から訊こえてくる様な気がした。
寝ぼけるな。おまえに何ができる。と、内側の自分自身をどれだけ罵倒しても、声が途切れる事がない。
その所為なのか、最近はやたらとイライラする頻度が多くなっている。あの樋口にですら、
「最近やけにイラついているな。大丈夫か?」
と真顔で心配されたほどだ。
きっと今の俺には、気晴らしが必要なのだろう。そう思ってしまうくらいに、思考が悪い方向に向かっている自覚があった。
「……人、多いなァ」
人混みを眺めた俺は、誰に言うわけでもなく小さな声でそう呟いた。当たり前だが、その声に返事を返すやつはいない。
その日の俺は久しぶりに一人で映画を観る為、海鳴市の都心側に来ていた。普段は滅多な事でもないと行くことのない場所にわざわざ来たのには、勿論理由がある。
自分が生まれるよりも遥か昔に流行った洋画が、期間限定で全国の映画館でリバイバル上映されるとインターネットで知ったからだ。
俺自身はあらすじ程度しか内容を知らないが、その映画は生前にじーさんが観たいと言っていた映画だった。じーさん曰くBlu-rayやDVD、はてはビデオデッキまで遡っても手に入らなかったらしく、非常に残念そうにして笑っていたのをよく覚えている。
だが、その古さから上演される映画館は全国でもごく一部のみに限られていて、この海鳴市でも上演される映画館は僅かに一館のみ。その為、俺は普段はあまり行かない都心側へとこうして足を運んでいた。
「あと少しか」
時刻は夜の七時を過ぎ、溢れんばかりの人が街並みを埋め尽くす。人の波に流されながらも俺は歩く速度を上げた。上演時間まであまり時間はないが、さりとて急ぐほど余裕がないわけでもない。それでも、何時もよりも歩く歩幅は大きく、そのスピードは早くなっている様な気がした。自覚していないだけで、相当楽しみにしているみたいだ。ポップコーンとコーラを買う時間を確保する為にも、早めに到着するのは悪いことではないだろう。
ただ一つ問題があるとすれば、こんな時間に小学生が一人で映画を観る事を映画館側が許可してくれるかだ。
歩きながら頭の中で上手い言い訳を考える。最悪の場合はフォーミュラを使って、チケットを不正アクセスで購入することも想定するべきだろう。そうまでしてでも、大画面のスクリーンで観たい映画なのだ。
映画を観て、帰りにパンフレットを買って余韻を楽しむ。そんな予定を立てていた時だ。
──そいつらは、丁度そんな時に現れた。
「……あれ、フェイトか」
「──えッ……!」
お互いの存在に気が付いたのはほぼ同時。目の前で金色の髪が横切る瞬間に、俺は反射的に名前を呼んでいた。人混みの中で偶然の再会とか、どんな確率だと心底驚く。
フェイト・テスタロッサ。
現在進行形で俺の頭を悩ませている人物の一人が目の前にいる。こんな夜遅くに歩き回っていることから、彼女も高町と同じでジュエルシードを探索している最中なのだろう。よく見れば、整った顔立ちには僅かだが疲労の色が見えた。
「あんたッ!」
そんな風に俺がフェイトの事を観察していると、彼女の隣にいた成人女性がいきなり胸倉を掴んできた。
オレンジ色の髪を腰まで伸ばした女性は、俺に対して明らかな敵意を剥き出している。殺気と置き換えてもいいくらいだ。しかし、目の前の人物にここまで敵意を向けられる理由が、俺は全くと言っていい程に心当たりがなかった。
それでも女性の姿には見覚えがある。記憶に間違いがなければ、最初にフェイトと出会った公園でフェイトを迎えに来ていた女性の筈だ。たしか名前は──
「アルフ! 待って!」
「でもフェイト! こいつは……」
たまらずフェイトが咎める様に成人女性──アルフの名を叫んだ。連れの突然の行動に、フェイトも動揺している様だった。
「お願いだから……」
「フェイト」
首元を服ごと引っ張られる圧迫感に息苦しさを感じながらも、俺は自分でも驚くほど冷静に二人のやり取りを傍観していた。
アルフとかいう女性がここまで激昂し、敵意を向ける理由。おそらくだが、俺がフェイトに魔導師であることを隠していたことだろう。
詳細はわからないが、俺が魔導師であることを隠していたこと、その数日後に偶然再開し、その流れで戦闘になったこと。それらはフェイトにとって、酷く傷ついた結果だったのだ。有り体に言えば、親切にしてくれた恩人に騙された。そう思っているのかもしれない。
そう結論づければ、目の前にいるアルフの怒り具合も納得がいった。こいつは敵だ、と瞳の奥から言葉以上に訴えてくる。
事実、俺はフェイトに自分が魔導師である事を隠していた。
「あー……ミス・アルフ? とりあえず、少し落ち着かないか」
「あ!?」
睨みつけてくるアルフを宥めながら、俺はできるだけ敵意の無い表情で語りかけてみる。
街中でいきなり成人女性が小学生男子に掴みかかるという光景に、周囲の人たちからも注目の視線が集まっていることに気がついたからだ。これ以上騒ぎになるのは、あまりよろしくない。だが、そんな俺の心境など知ったことかと言わんばかりにアルフの表情は険しくなっていく一方だ。
この時の俺には二つの選択肢があった。
一つはこの場を早々に一人で離脱して、本来の目的である映画館に行く事。正直な話、こちらの方が今の俺には優先度が高い。掴まれた腕をへし折り、人混みに紛れてしまえば、逃げ出す事は容易だ。
もう一つの選択肢は二人を連れて、何処か落ち着ける場所に行く事だった。二人もこのまま周囲の注目を浴び続けるのは望まない筈だ。幸いにも、俺はこの辺りの地理には詳しい。適当な喫茶店にでも連れて行き、そこで改めて話でもすれば問題はないだろう。
しかし、俺がそこまで彼女たちの事を気にかける必要はあるのだろうか。
そもそもな話で、フェイトにしろ高町にしろ俺が親切に手を貸す理由が全くと言っていいくらいにない。何時もの俺なら、考える必要すらなく無関心を決め込んでいる。高町の場合もそうだった。
だが、どうにも気になってしまう。理屈抜きで、強いて言えば本能的に俺はフェイトの事が気になっていた。
それは決して好意的なものや、同情めいた心理でもない。自分でもよくわからない感情だった。
そんな感じで胸ぐらを掴まれながら思考の渦に入りかけていた時だ。
ぐー、とやけに大きな、それこそコメディ映画とかでよく聞く様な腹の虫が鳴り響いた。
胸倉を掴んでいたアルフの動きが止まり、彼女の頬が羞恥で赤く染まっていく。
その低い唸りの正体に気づいた俺とフェイトは、なんとなく気まずい表情を浮かべた。音の発生主はアルフの腹からだ。みるみる彼女の顔が恥ずかしさから真っ赤に染まっていく。
「アルフ、もしかしてお腹空いてるの?」
硬直したままのアルフに、フェイトが訊いた。
問われたアルフは無言。それが答えだ。
「ちッ、違うんだよ! あたしは腹が減ったとか、そんな事なくて……!」
尚もなり続ける自らの腹を黙らせようと、アルフは必死に腹を押さえながら言った。その声は上擦っている。
その姿には、先ほどの殺気混じりな感情は微塵も感じられなかった。一回り小さい少女にあたふたする成人女性の姿は、はっきり言って情け無い。
俺は小さくため息をついた。真面目に考えていた自分が馬鹿らしくなったからだ。いつだって物事は単純な方がいい。例えば、
「なあ、腹減ってるなら安くてそれなりに美味い飯屋を教えてやろうか? なんなら金もあるし奢ってやるよ」
どんな時代においても美味い食事が大抵の問題を解決してくる、とか。アルフのお腹がもう一度、今までよりも大きく鳴った。つまりはそういう事だ。
仕方ないことだが、観たかった映画は諦めた。
登場人物紹介
コクトー
基本的に引きこもり体質。本人曰く映画は自宅で観るタイプだが、偶に大画面のスクリーンでも観たくなるらしい。洋画は吹き替えなしでそのまま観る派。
フェイト
色々と悩めるお年頃な少女。最近知り合った男の子に感情を振り回されている。コクトーの事は正直苦手なタイプ。
アルフ
腹ペコ。好きなものはフェイトと肉。