魔法少女リリカルなのはBlack The MOVIE 1st 作:黒崎ハルナ
変化は即座に訪れる。
服装は黒一色に染まり、魔導師のローブめいたロングコートが夜風を舞う。
次に変わったのは、掌に握り込んでいたヴァリアントコアだ。
掌に納まるサイズだったヴァリアントコアは、一瞬で、片手で握れるリボルバーへとその姿を変化させていた。銀をメインカラーに、所々黒い線が走る六発式のリボルバー。ヴァリアントアームズと呼んでいるそれを片手に握り、銃口をまっすぐと正面にいる怪物へと向ける。
「さあ」
ほんの一瞬の目眩の後、俺は挑発的な笑みを浮かべた。
「ショータイムだ」
腰を屈めて身を隠すなどという無粋はせずに、堂々と直立したままで。焦らず、余裕を持って、ゆったりとした歩調で俺は怪物に近づいた。
危険を感じ取ったのか、怪物は咆哮を上げて飛び交ってくる。間抜けな話だ。そんな暇があるのなら、さっさと襲えばよかったのに。とはいえ仮にそうなったとしても、俺は対処することができただろう。
そう断言できるくらい、この状態の俺は素早い。
「──
進む足を止めて、引き金を引く。そのまま意識だけが加速する。間近にいる怪物の動きも、放たれた弾丸の軌道も、俺にはすべて見えていた。
エルトリア式エネルギー干渉術。
通称《フォーミュラ》。分類としては《魔法》というよりは、《超科学》に近い。
この力がもたらす影響は劇的だ。変化はほとんど瞬時に現れる。体内に循環させた専用のナノマシンによって、エネルギーの運用や《ヴァリアントシステム》の動力供給などが可能になる。
俺の服装やヴァリアントコアが変化したのも、《フォーミュラ》がもたらす副産物の一つだ。
このフォーミュラがあってはじめて、俺は人外なスペックを手に入れることができる。
人体の強度は飛躍的に向上し、反射神経・運動神経も常人とは比較にならないほど強化される。ビルの屋上から落下しても致命傷を負わないようなタフネス、銃弾が発射されるのを見てから回避できる瞬発力。そういう類のものだ。
しかし、それ以上に重要なのは、《フォーミュラ》によって様々な現象を発生させる力──《魔法》が使えるようになるということだ。
その一つとして、俺が
これは『知覚の高速処理化』と呼ばれる能力で、知覚した出来事を何倍にも引き伸ばして認識することができるというものだ。カテゴリ分けするなら、この手の知覚力は《体感時間の延長》とか、《時間経過速度の操作》とか呼ばれている。五感で仕入れた情報を、普通の人の何十倍もの高速で処理して、思考して、判断をくだすことができる。
これはたとえば、敵の攻撃を視認し、たっぷり考えてから動くことができる。
その攻撃の軌道は当たるのか、当たらないのか? どう動けば回避できるか? たくさんの選択肢や可能性を、十分に検討した上で行動できる。戦闘というジャンルにおいて、これは極めて強力なアドバンテージだ。
だが、何事もうまい話ばかりではない。
接近戦において間違いなく最強の能力なのは間違いないが、高速処理という性質上、使用者である俺の脳にかなりの負荷がかかるという欠点がある。長時間の使用が最悪死に直結する可能性もゼロじゃない。そうでなくても、能力を行使した後は気持ち悪さから吐きそうになる。
加えて、あくまで思考が加速しているだけなので、肉体が思考に追いつかなければ意味がない。《フォーミュラ》による身体能力の強化がなければ、まともに使えない欠陥能力もいいとこだ。
それでも俺が《魔法》を使うには、
一つの現象を引き起こすのにも理論と計算式を要求し、その上で湿度、温度、風向き、次元の影響力、それらの要素を加味してリアルタイムで魔法の細かい部分を調整していく必要がある。控えめに言って、知覚を高速化でもしないとやっていられない。その辺をサポートしてくれる人工知能でもあれば、話は別なんだが。
ともあれ。
──そうして加速した思考の中で放たれた弾丸は、見た目の適当さとは裏腹に、正確な軌道を描いて怪物の瞳を抉った。
怪物が激痛で悲鳴をあげるよりもはやく、連続で引き金を引き、何発も怪物の瞳に追加の鉛玉を叩き込む。右目と左目に合計四発。これくらいのことなら十秒も必要ない。怪物は動物の本能に従うように、典型的な反射行動を示した。体を丸めて、這い蹲りながら逃げようとする。
もちろんそれを許す俺ではない。
逃走を防ぐ為に両目の視界を奪ったし、その直後に顎を力任せに蹴り上げている。『戦い』といえるような行動のやり取りは、これでほとんど終わった。
あとは、脳なり心臓なりを撃ち抜くだけでいい。なんなら、複数発の弾丸を叩きつけてもよかった。如何なる怪物でも、生き物である以上はこの二つが弱点で、そのどちらかを壊せば大抵は死ぬ。
だが、注意しなければならないのは、こんなときだ。
形勢不利になった相手が逃げるのか、それとも反撃してくるのか。そこを見極めなければ、不用意に追撃をかけて痛い目を見ることになる。もちろん俺は、そんなヘマはしたくない。
しかも相手は、両の目に鉛玉を食らっても死なない怪物だ。動きこそ封じたかもしれないが、時間が経てば負傷した箇所が再生する可能性も捨てきれない。
故に、俺が取るべき選択は一つだ。
「術式展開」
体内のナノマシンが活性化する。
身体の中を無理矢理弄られる感覚に気持ち悪さを感じながら、頭の中に複数の数式が走っていく。
──リンカーコアに接続開始。
──射撃魔法を選択。
──直射型の術式を展開。
流れる言葉の意味はさっぱりわからない。だが、それがどういう理屈なのかは不思議と理解できる。
魔法なんてそんなものだ。使えるなら、それでいい。
魔力とフォーミュラの同時使用に髪が淡く光を纏い、足元には三角形の魔法陣が描かれ、銃口に魔力が収束していく。
やがて、一つの公式が組み上がる。反動制御に出力の調整。その他複数の微細な変化による術式の再構築。
それら全てが完了したと認識した瞬間。
すっと。
羽を撫でるよりも軽く、静かに。
「死ね」
引き金を落とした。
慈悲や情けをかける理由はない。俺はアスファルトに倒れていた怪物の頭めがけて、鈍い銀色の光を纏った弾丸を放った。
撃ち出された魔力弾が、白い光の尾を引いて怪物に直撃する。
そして轟音。
眩い閃光がアスファルトの地面を砕き、怪物の断末魔をかき消した。目論見通り頭部は吹き飛び、怪物はそれきり動かなくなる。しかし、よく目を凝らして見れば、微妙に四肢が痙攣していた。どうやらまだ生きているらしい。大した生命力だ、と感心する。目を抉られ、頭を消し飛ばしても死なないあたり、やはり普通の生き物ではない。
念には念を入れておくべきだ。俺はさらにもう一歩近づいた。
「待ってッ!」
背後で、鋭く尖った声がした。倒れていた少女だ。俺は一瞬だけ動きを止めた。何か追撃をためらわせるような仕掛けが、この怪物にあるのかと思ったからだ。
だが、少女は驚くべき言葉を口にした。
「もう、いいですから」
「はぁッ?」
俺は思わず振り返った。少女は震える手を地面に突き、立ち上がろうとしている。だが、うまくいかない。もどかしげに呻く。
「もう勝負はついてます。あとはわたしがなんとかしますから」
とんでもない
「だから、これ以上は」
それはもしかしたら懇願だったのかもしれない。
俺は僅かばかりの善意を込めて言ってやった。
「だから、これ以上は? ああ、なるほど──つまり、こう言いたいんだろ。いまがチャンスだって」
「まっ──ッ!」
俺は少女の制止を無視して、即座に瀕死の怪物の方に向き直る。先程よりも強い殺意と魔力を込めて、ヴァリアントアームズの引き金を引く。手応えはあった。
再び耳をつんざくような轟音が、夜の海鳴市に響き渡る。
少し遅れて、硝煙が風に流れていく。そこにはクレーターがあるだけで、怪物の死骸は跡形もなく消え去っていた。
「ふぅ──」
俺は浅く息を吐き出して、自らに一区切りをつけた。そうしないと攻撃衝動が高まりすぎて、自らを抑えきれそうになかったからだ。魔法に限らず、こうした他者を殺める力というのは、麻薬にも似た中毒性がある。
戦うためには必要な高揚感だと割り切ってはいるが、あまり自由にやりすぎると、たちまち中毒者の仲間入りだ。
今だって感覚が鋭くなり過ぎて、目眩がする。
良くも悪くも、異能の力はお手軽過ぎていけない。自分が絶対強者になったような錯覚と、その錯覚を現実にできる力。この二つが揃ってしまうと、人は簡単に『クズ以下』の存在に成り下がってしまう。
「──あの」
不意に、俺の足元で声がした。さっき落ちてきた少女だ。まだ体が自由に動かないらしい。恐ろしいほど真面目くさった顔で、どうやら俺を睨んでいるようだった。
「危ないところを助けてくれて、ありがとうございます。だけど、なにもここまでしなくても……」
少女の視線は俺の背後、クレーターのある場所へと向けられている。
命があった場所。それを容赦なく奪った相手。どんな命でも奪われる権利はないと言いたげな表情。
非常に不愉快だった。そんなこと、言われなくてもわかっている。
「だから?」
小馬鹿にするような仕草で、俺は少女をあざ笑った。
ああ、違う。そんなことを言うつもりじゃないのに、俺は何を言っているんだ。
だが、フォーミュラの使用による吐き気と苛立ちが、俺の意思を無視して口を開かせる。
「あの怪物は俺を殺そうとした。なら、殺されたって文句ないだろ。それともあれか? 今の戦いは正々堂々、スポーツマンシップに則った勝負だって言いたいのか?」
俺は少女に対してまくし立てた。
わかっている。これはただの八つ当たりだ。とても気分が悪かった。
「それにお前、忘れてるだろ。俺が助けてやんなかったら、
おそらくはまだ人外側に入ってきて日が浅いのだろう。三人に一人くらいは最初に考える
正論でねじ伏せられた少女は、特に返答もなしに、ただ目を細めたり開いたりした。その仕草が俺を余計にイライラさせた。さらに何か説教じみたことを言うことで、こいつを不快な気分にさせてやろうかと思った。
だが、その前に、背後から近づいてくる足音を聞いた。
「──なのは!」
その声はやけに低い位置から聞こえた。振り返れば、一匹のフェレットが近づいて来ているのがわかる。まさか、と困惑する俺を尻目に、フェレットは迷いなく少女の元へと駆け寄った。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「う、うん。あの人が助けてくれたから……」
目眩がした。どうやら聞き間違いではなかったようだ。
このフェレット、マジで喋る。反射的にヴァリアントアームズの銃口を向けなかった自分を褒めてほしい。知り合いに喋る狐がいなかったら、迷いなく撃ち殺していたと思う。
「貴方が……?」
フェレットが訪ねてくる。
喋るフェレットをお供に、夜な夜な怪し気な怪物と戦う女子小学生という絵面は、どう見てもファンシー系な世界の住人だ。こっちは魔法とは名ばかりの、血生臭い、血と硝煙の世界の住人だというのに。これが世界観が違う、というやつか。
フェレットは明らかに俺を疑っているらしく、さっき俺がこさえたクレーターと、倒れたまま動かない少女、そして俺を順番に眺めた。
「もしかして、
「知るか」
知らない単語だ。時空管理局。名前から察するに、何かの組織みたいだが、聞き覚えがない。
「俺は偶々巻き込まれた不幸な一般市民だ。ロビンフッドを探してるんなら、悪いけど他を当たれ」
俺は吐き捨てるように言った。フォーミュラのせいで、攻撃的な気分になっている。これ以上文句をつけられたら、暴力を伴う行為に出てしまうかもしれなかった。いち早く家に帰りたい。
「そいつを病院に運んでやれよ。俺はこれから用事がある」
「あの──待って」
足元の少女は起き上がろうと片手をつき、また失敗した。
「まだ、お礼もしてないし」
「いらねェよ」
それ以上、もう俺は何も答えるつもりはなかった。
すごくイライラしていたからだ。今夜の俺の楽しいスケジュールは、まだ始まってもいない。ただでさえ時間に遅れている。
この点に関して、俺はまったく譲るつもりがなかった。たとえ現金を百万だか二百万だか積まれたところで、同じことだ。
「じゃあな。できれば二度と会わないことを祈るよ」
狼狽える少女とフェレットを無視して、俺はヴァリアントアームズをコアの状態に戻した。それをズボンのポケットに戻し、一瞥もしないでその場を去る。
まったく今日は最低の一日だ。
寝坊はするし、担任には怒られるし、挙げ句の果てには厄介ごとに巻き込まれるしで、とことんツイてない。
俺は足元に転がっていた
──特別な力なんて、在るだけ無駄で、ロクなものじゃない、と。
どうしてこうなった(真顔)
リリカルなのはな世界観に相応しい、ファンシーでスタイリッシュな戦闘シーンを書いていたのに、気がついたら血生臭くて、やたら主人公がど外道な戦闘シーンが書き上がっていた件。
魔法やフォーミュラの詳細は次回以降に。
登場人物紹介
謎の白い少女
このあと主人公が蹴り飛ばした石ころを必死こいて探す羽目になる。
喋るフェレット
美少女の私室で寝泊まりし、着替えから風呂まで覗き放題という、かなり美味しい立場。おまけに原作だと美少女の友人たちとプールに行ったり、一緒に温泉に入ったりしている。そこ代われ。
ちなみに原作のキャラの中でもトップレベルで強いやつだったりする(作者基準)