魔法少女リリカルなのはBlack The MOVIE 1st   作:黒崎ハルナ

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Act.3 Melancholy morning/憂鬱な朝

 俺の通う私立聖祥大学付属小学校は、金持ちが通う学校で有名だ。

 通わせるにはそれなりの学費と学力が要求される為、保護者の多くは事業や投資を始めとした、様々な分野で成功を収めた人生の勝ち組が多い。当たり前だが、聖祥に通う生徒はそういった成功者を親に持つ者が大半を占めている。

 とはいえ、何事にも例外はある。

 生徒の全員が必ずしも金持ち、というわけではない。中には教育熱心な親が無理をしてまで入学させたり、俺のように庶民でありながらも済し崩し的に入学した者もいる。

 クラスメイトの樋口もその一人だ。

 本人曰く、両親は普通のサラリーマンと専業主婦で、聖祥には祖母の熱心な進めで入学したらしい。そのせいなのか、樋口は他のクラスメイトたちと比べて、年相応な幼さが目立つやつだった。

 勉強よりもゲームやアニメが好きで、放課後は習い事や塾に通ったりもしない。ある意味では、クラスの中で一番普通な生徒とも言える。

 

「コクトー!」

 

 と、教室に入るなり、樋口は俺の顔を見て上機嫌に声をかけてきた。『コクトー』は俺のあだ名だ。本名が黒道(こくとう)リクトだから、それをもじったものらしい。誰が言い出したのかは知らないが、いつの間にやら定着していた。

 

「昨日は災難だったな。今日はちゃんと宿題を忘れずにやってきたか?」

「うるせェ」

 

 一言だけ返事を返して、俺は自分の席に力尽きたように座り込んだ。

 

「なんだ? 随分と機嫌が悪いな。なんかあったか?」

「……色々あったんだよ」

 

 気怠く呟き、机に突っ伏す。

 機嫌が悪い理由はわかっている。間違いなく昨日の事だ。

 結局、あれから家に帰っても気分が晴れることはなかった。楽しみにしていた映画も、とびきり冷えたコーラも、何故かイライラを膨張させるだけで、ちっとも面白くない。本音を言うなら、こうして登校するのも億劫で、適当な理由をつけてサボりたかったのだが、そんなことをしたら一日と待たずに保護者代理の月村忍の耳に届いてしまう。そしてなによりも、わざわざこうして学校に通わせてくれているじーさんの顔を汚したくはない。

 それに何だかんだ言っても昨日の夜に比べれば、気分も幾分かはマシになったのだ。

 元凶たる人語を喋るフェレットを引き連れた正義の味方(イかれた馬鹿)に出会うことはもうない。あの時、あの場所だけの邂逅。その事実だけが、最低だった気分をマシにしてくれている。あとはさっさと忘れて仕舞えばいい。

 そんなことを考えながら、瞼を閉じようとすると、

 

「──なぁ、聞いてるのか!?」

 

 早口気味に樋口が怒鳴ってきた。非常に煩くてウザかったが、ここでキレても疲れるだけだ。心底面倒だったが、仕方なしに姿勢を正した。

 

「ああ、悪い。なんだって?」

「だから、昨日の夜に起きた事故のことだよ」

 

 話を聞いていなかったことに腹を立てたのか、樋口は唇を尖らせる。

 

「事故?」

「おう。昨日の夜、この辺で大規模なガス爆発があったんだと。朝通ってみたら、警察とかマスコミとかがうじゃうじゃいたぜ」

「ふうん……」

「ふうんって、食いつき悪いなァ」

 

 素っ気ない態度で聞き流す俺に、樋口は不満そうだった。やはり昨日の事は夢ではなかったらしい。そう考えるだけで、また気分が重くなる。

 

「でさ、コクトー。昨日の事故について、何か知らないか?」

「はァ? 知るわけないだろ」

 

 樋口からの唐突な質問に、俺はシラを切ることにした。

 表情を誤魔化し、俺は無関係だと言い張る。しかし樋口はどこか納得してなさそうな表情で、

 

「いやいや、コクトーってばあの月村忍と知り合いじゃん」

「……だから?」

「だからさ、他の人が知らないような情報とか持ってるんだろ?」

 

 期待に満ちた瞳で見つめる樋口に、俺は呆れ顔で言ってやった。

 

「んなもんあるか、馬鹿」

「本当か? ゲロるなら今だぞ」

「くだらないこと言ってる暇があるなら、一時間目の準備でもしてろ」

 

 俺は詰め寄る樋口を一蹴した。どうせ明日には、新しいネタが手に入った、とか言ってくるのだ。相手にするだけ無駄だろう。

 普通人代表みたいな樋口の数少ない欠点は、重度のカルトマニアに加えて、ゴシップが大好きなところだ。

 今でこそ済し崩し的に友人として振舞っているが、そもそも樋口が最初に俺に近づいてきたのは、俺が月村忍と関わりがあるという噂を聞きつけてのことだった。

 裏社会にそれなりの影響を与える夜の一族。その代表みたいな存在の月村忍は、当然のようにそれっぽい噂が跡を絶たない。そんな彼女と俺はそれなりに深い関係を築いている。そのことを何処で嗅ぎつけたのか、樋口は事あるごとに月村忍について聞きたがる。加えて、樋口は時折、俺が普通の人間ではないことに気づいているような素振りを見せてくるからタチが悪い。

 だからといって樋口は俺や月村忍の秘密を世間にバラしたいわけではないようで、特に騒ぎ立てるつもりもないらしい。単に面白がって俺のことを観察している、という程度の印象だ。なにより、この海鳴市では普通じゃない人間などありふれた存在で、たいして珍しくもない。

 とはいえ、その事を樋口が知るチャンスは、たぶん永遠に来ないのだろうが。

 

「なんだよ、少しはノレよな。つまんねー」

「つまんねーなら、話しかけんな」

 

 俺は投げやりな態度で息を吐いた。寝不足と昨日の疲労感から、動きが鈍っている。そんな状態で、朝からこのマシンガントークに付き合わされるのは、正直キツい。こんなにも担任教師が来るのを待ち望んだのは初めてだろう。

 

「──あれ? なんだ、あの騒ぎ?」

 

 そのとき、何かに気づいた樋口がぼそりと呟いた。教室の入り口に集まったクラスメイトが数人、誰かを囲んで盛り上がっている。

 根拠も理由もなかったが、何故だか不吉な予感がしたので、俺はすぐに入り口へと視線を向けた。

 そこには、一人分の少女の影があった。大人しそうな雰囲気の小柄な少女。見慣れた女子の白い学生服。残念ながら見覚えがある。冗談だろう、と俺は思った。俺の平穏無事な日々が、音を立てて急速に崩れていくのを感じた。

 

「コクトー」

 

 クラスメイトの一人が、俺の名前を呼んだ。それだけで、予感が的中したのだと察した。

 

「おまえにお客さんだぞ」

 

 無視をしたかった。反射的に顔を伏せて、寝たふりを試みるも、樋口が強く肩を揺すってくる。

 

「三年生の高町って子が、おまえに用事があるって」

 

 聞こえてくるクラスメイトからの声に、俺は観念して顔を上げた。これは、逃げられそうにない。

 茶髪の少女──高町と目が合う。服装こそ違うが、やはり昨日の少女だ。

 高町は俺を見ると遠慮気味に言った。

 

「こ、こんにちは」

 

 いや、遠くて聞こえねェから近くに来いよ。と、俺は一人溜息を吐いた。




登場人物紹介
樋口
今作のオリキャラ二人目。所謂モブ。どうでもいい設定として、別の学校に白斗このはという女子の幼馴染がいる。
高町
謎の白い少女の正体、というか名前。ちなみに原作主人公。
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