魔法少女リリカルなのはBlack The MOVIE 1st 作:黒崎ハルナ
あの強烈な邂逅から数日が過ぎたある日の夜。夕飯の支度をしていると、唐突に自宅の電話が鳴り出した。電話口から聞こえてきたのは、よく知る女の声。
『──やっほー、元気してる?』
その声を聞いた瞬間、俺は反射的に電話を切りそうになった。
「……忍さん?」
予期せぬ電話の相手に俺は身構える。この女の声を聞いているだけで、身体中から嫌な汗が吹き出すような気がした。月村忍は大学生になった今でこそ優しいお姉さんなキャラで通しているが、高校時代は非常にアグレッシブなことを盛大にやらかしていたのを知っている。その過去を知っている、というか共有している恋人は、よく愛想を尽かさないものだといつも不思議に思う。
窓の外はまだ薄明るい。普段なら恋人の実家でバイト中の筈なのに、何をやっているのやら。
「なんの用だよ?」
俺は声を低くする。つい先日も怪しい発明品の実験に付き合わされたのだ。しかもその日の夜に高町なのはと出会い、面倒事に巻き込まれることになった。彼女のことが嫌いなわけではないが、否が応でも警戒してしまう。
そんな俺の本音を知ってか、
『いや、特に用事はないんだけど』
「オツカレッシター」
『ああ、待ちなさい、ちょっと! 場を和ませる為の、小粋なジョークよ。本気にしないの』
無視することにした。
そもそもな話で、この女に対して礼儀とか空気を読むとかは無駄な労力でしかない。忍とはじーさんが生きていた頃からの付き合いで、家族みたいな間柄だからだ。だからといって彼女が色々と世話を焼いてくれたわけでもない。ついでに言うなら、じーさんからも碌な教育を受けた記憶がない。よく考えなくても、我ながらよくこれまで生きてこれたものだと思う。
『おじ様が生きていた頃はもう少し素直だったのに、どこでこんなに捻くれたんだか。幼稚園のときは、忍お姉ちゃん、っていつも後ろを付いて来てたのにね。お姉さんは悲しいわ』
「……ウゼェ」
なにやら電話口の向こう側で好き勝手に捏造した過去話を語る彼女を無視して、俺は夕飯用の新じゃがの煮っころがしの準備を始めた。幼稚園のときとか言っているが、そもそも俺は幼稚園も保育園も通っていないし、忍お姉ちゃんと呼んだ記憶もない。
『もう、ノリが悪いわね』
「はいはい」
新じゃがは皮を剥かずに使えるので、下ごしらえが楽でいい。味付け用に醤油と砂糖、ついでにだしの素を用意し、加熱した鍋に油を引く。すると忍は思い出したかのように、
『──あ、そうそう。明日、授業が終わったらノエルたちを迎えに寄越すから』
「……なんでさ?」
『明日は午前中で授業が終わりでしょ? それで、午後からすずかたちと新しく出来た温水プールに行こうって話になったの。せっかくだから、コクトー君も来なさい』
唐突な忍からの誘いに、俺は危うく持っていた鍋を落としそうになった。
温水プール? そういえば、そんなのが近くに出来たと樋口が言っていたような気もする。
「嫌だよ、面倒くさい」
『チケット代はこっちが出すわよ』
即断で断る俺に、食い下がるように忍が言う。
『すずかが久しぶりにコクトー君と一緒に遊びたいって言ってたのよ。ほら、最近は家にも来てくれないし』
「あー、まぁ、そうだけど……」
そこを突かれると困る。俺は言葉を詰まらせた。月村忍だけならいくらでもぞんざいに扱うことができるのだが、その妹が出てくるとなると扱いが変わってくる。それくらいに、月村すずかという存在は厄介だ。
『すずかのお友達のアリサちゃんや恭也も来るし、なんなら私もいるからさ。行きましょうよ』
「うーん……」
『もしかして、何か予定があった?』
「そういうわけじゃないけど」
正直、気が進まない。
忍とすずか、それにメイドのノエル。更にはすずかの友人のアリサ。
女子率が高いってレベルじゃない。男が俺と恭也さんだけで、他は全員女子。おまけに同い年のやつもいないしで、場違い感がすごい。なんとなくだが、行くのを躊躇ってしまう。
『予定がないならいいじゃない。すずかもコクトー君のことを気にしてるのよ。この前実験に付き合ってくれた時だって、色々と聞かれたんだから』
「え? なんで?」
ぶっちゃけ姉と違って、妹とはそれほど接点があるわけではないのに。
そんな疑念が声にも出ていたのか、電話口の向こうで忍が深々とため息を吐いた。
『普段は察しが良すぎて怖いくらいなのに、どうしてこういうのには鈍いのかしら……。ああ、でも恭也もそういう所があったしなァ』
余計なお世話だ。あと、人外の恋人と一緒にしないで欲しい。
『ま、いいわ。それじゃあ、明日は忘れないでね』
「ちょっと待て、なんで行くことが確定したみたいな流れになってんだ」
『え、行かないの?』
予想外だ、というふうに忍が驚いたような声で聞いてきた。今までの話を聞いていなかったのか。いや、たぶんだが、都合が良いように記憶を改竄している。いつもの事だ。
『仕方ない。それなら、ノエルとファリンに拉致らせるか……』
「さらっと犯罪予告をするな!」
『冗談よ、冗談』
「あんたの場合、冗談に聞こえないんだよ……」
段々とどうでもよくなってきた。早くこの電話を終わらせたくて仕方がない。俺は色々と意地を張るのを諦めた。
「……わかった。明日の午後に温水プールな」
『え? いいの?』
「どうせ暇だしな」
チケット代もそっちが出してくれるみたいだし、プールは別に嫌いじゃない。喧しい姉代わりの相手は恋人に任せれば、それなりに楽しめそうだ。身内だけの集まりだから、余計な気を使う必要がないのも楽で良い。
『なら、授業が終わったら正門前で待っててね』
「はいはい」
それだけ言って、俺は一方的に電話を切った。俺は電話機を握ったまま、疲れたように嘆息する。短い時間だったが、なんだかどっと疲れた。
「うわ」
電話に夢中で、鍋を見ていなかった。火にかけていた鍋が吹きこぼれている。鍋に入っていた煮汁がガスコンロを汚してしまった。最近になって、色々とツイてない気がする。真剣にお祓いに行こうか悩む。
それにしても、温水プールか。
水着……何処にしまったっけ?
というわけで、次回は所謂水着回。
映画ベースだけど、漫画版や原作のTV版みたいに日常回的なのもいくつか取り入れていきたいです。
登場人物紹介
黒道リクト
育ての親が遺した家で一人暮らし。自炊はそれなりにできるが、面倒くさくて基本的にはやらない。育ての親の苗字は引き継いでいない。
月村忍
育ての親こと、じーさんの知り合い。忍がまだ幼い頃から色々と世話になったらしく、その縁でコクトーの保護者代理を務めている。
ノエルとファリン
月村家のメイドたち。ちなみにこのメイドも原作のとらは3だと色々と美味しい設定があったりなかったり。
月村すずか
月村家の末っ子。彼女が未来の白い悪魔と親友なことをコクトーはまだ知らない。