魔法少女リリカルなのはBlack The MOVIE 1st 作:黒崎ハルナ
目的地の温水プールは、三十分ほど車を走らせたところにあった。
つい最近に完成したとあって、施設内は清潔感があり、中々に広い。平日の昼間だというのに客で溢れかえっていることから、それなりに繁盛していることがわかる。
飛び込み台や流れるプールなどの設備も充実していて、遊ぶには困らないのも好印象だ。本命の夏になれば、この倍以上の集客が見込めるだろう。
「儲かってやがる」
ひとしきりプールサイドを見渡した俺は、思わず毒づいた。言うまでもなく、嫌味である。
ここに来るまでの道中で不愉快になる出来事があった所為で、言葉に少しだけ苛立ちが混じっていた。
「それ、来て早々に言う感想じゃないわよ」
隣にいる忍が苦笑いを浮かべた。本人曰く、忍と恋人の恭也さんは期間限定でここの監視員をしているらしい。うっかり人体実験用の子供を誘拐しないか心配だ。
彼女をはじめ、女性陣は全員水着に着替えている。ビキニだったり、ワンピースだったりと、多種多様でカラフルな水着姿の女の子たちに囲まれているという状況は、健全な男子として非常に喜ばしいシュチュエーションだ。と言っても、その内の半分くらいは自分よりも年下の女の子なので、喜びも半減しているわけだが。
「仕事中だろ。こんなとこで油売ってていいのかよ」
「少しくらいは大丈夫」
そんないい加減でいいのか。
まあ、それが原因でクビになっても俺には関係がない話だ。むしろ、プールサイドの平和の為にもクビにするべきだと思う。
「それよりも、何か言うことあるんじゃない?」
ほらほら、と催促するように忍が言う。彼女が着ていたのは大胆に背中を露出したワンピースタイプの水着だった。忍のスタイルが良いのもあって、お世辞抜きで似合ってはいる。なんなら、そのままグラビア雑誌の表紙を飾れそうだった。ぶっちゃけ、非常に目と下半身に毒だ。有り体に言うならエロい。
「……そういうのは恭也さんとやれ」
だからといって、この女を相手にそれを素直に認めるのは嫌だった。というか、女子大生が小学生の男子に水着の感想を求めないでほしい。
「なに? 恥ずかしいの?」
「うぜェから近づくな。暑苦しい」
何を勘違いしたのか、忍は無駄にスタイルの良い身体を押し付けてくる。その行為に他意がないことはわかっていた。小さい頃からずっと一緒に居た所為で、お互いの距離感がやたら近いだけだ。今となっては忘却したい過去だが、一緒に風呂に入ったことだってある。そんな相手に今更性的興奮なんて感じるわけがない。
むにむにと形を変える二つの塊を背中で感じながら、俺はこの変人をどうしようか真剣に悩んでいた。と、そこに、
「忍、小学生相手にあまり揶揄うな」
救世主が現れた。
俺は思わず安堵の息を吐く。
忍は男子がどきりとするような挑発的な笑みを浮かべて、救世主に近寄る。
「ヤキモチでも妬いてるの?」
「当たり前だ。恋人を取られていい気はしない」
「ふふ、珍しく素直ね」
そう言って、忍は残念そうに俺から離れた。
大人だ。とてもこの女と同い年とは思えない。
俺は改めて目の前の男性を見た。色染めしていない綺麗な黒髪と、同性でも見惚れる端整な顔立ち。更には服越しからでもわかる鍛え抜かれた肉体。しかもそれは魅せる為に作られた
研ぎ澄まされた刀のような肉体と、反比例するような穏やかな表情。
ある意味、男が求める男の完成形がそこにはいた。
「助かりました、恭也さん」
「いや、こちらこそすまない。忍が迷惑をかけた」
救世主──高町恭也は小さく肩を竦めて、苦笑いを浮かべた。
恭也さんは俺と同じトランクスタイプの水着を着て、長袖のジャージを羽織っている。首に笛をぶら下げて、いかにもプールの監視員という出で立ちだ。
「そう思うなら、首輪でも付けといてくださいよ」
「……重ね重ねすまない」
冗談を言いながら苦笑いを浮かべる俺を見て、恭也さんは深々と頭を下げた。どうやら、見た目以上にこの人も苦労しているらしい。
「元気そうで安心したよ」
「……ん?」
「余計なお世話だとはわかってはいても、色々と心配してたんだ。あの家に一人暮らしするって忍から聞いていたから、余計に」
恭也さんは言葉を選ぶように話しかけてきた。慎重に、慎重に、俺の深い部分を傷つけないように気遣っているのがよくわかる。きっと、この辺りが女の子を落とせるイケメンポイントなのだろう。
「大丈夫ですよ。一人暮らしって言っても、月村家の人たちが色々と世話を焼いてくれてますし」
なにより、一人で色々とすることには慣れている。じーさんが生きていた時もじーさんが家事を何一つできなかったので、俺が全て担当していたくらいだ。ノエルに家事のイロハを叩き込まれたおかげで、じーさんが死んだ後も生活には困っていない。
……ただ、無性に寂しく感じる時があるだけだ。
「まったく」
恭也さんは困ったようにため息を吐いた。
「最近の小学生はしっかりしているんだな」
「そんなことはないですよ。できることと、できないことをわかっているだけですって」
「……本当に小学生だよな?」
「残念、来年には中学生です」
というか、それを言ったら恭也さんも大概な気がする。
柔らかい物腰と、落ち着き払った態度に騙されるが、実はまだこの人は成人していない。
しかもその経歴は非常にドラマチックで、最近では海外の特殊部隊と実戦訓練をしていたらしい。現代に生きる武士。生まれる時代を間違えた人。まあ、要するに俺とは別ベクトルの化け物だ。
そんな化け物だと知っているからこそ、俺は素朴な疑問があった。
「ところで、なんで恭也さんがプールの監視員なんかを?」
普段の恭也さんは実家の喫茶店を手伝ったり、外国で特殊訓練や要人の警護の仕事をこなしていると聞いたことがある。当然、普通の大学生が持つには多すぎる金額を持っている筈だ。しかも高町恭也という人間は、金銭に対して驚くほどに無欲だった。
正直、恭弥さんが短期のバイトをする理由が思い浮かばない。
「それがだな」
沈黙が降りた。
五秒──十秒。
なんとも言いづらそうな表情を浮かべる恭也さんが話を切り出すまで、俺はプールサイドで遊んでいるすずかたちを見ていた。見れば、恭也さんの妹の高町美由希とすずかが競泳をしている。高校生が小学生相手にガチでやっていいのか。
しかし長すぎる。しびれを切らして、再び訪ねようとしたところで、恭也さんがようやく口を開いた。
「実はここのプール、近頃女子更衣室が荒らされたり水着や下着が盗まれる事件があってな……」
「は? それってつまり、下着泥棒ってことですか?」
恭也さんは困ったように頷いた。
「幸い直ぐに更衣室事件の犯人は捕まえたんだが、プール側も再犯防止の為に警備強化をすることにしたんだ」
「ああ、それで恭也さんがプールの監視員を」
御神真刀流の師範代を警備に使う時点で、かなり過剰戦力な気もしないでもないが、どうして恭也さんがプールの監視員をしているのかは納得した。
聞けばここのプール自体が月村の会社の傘下らしく、月村家現当主の忍が警備強化にうってつけの人物がいると推薦したらしい。
オープンして間もない時期に起きた不祥事。名誉回復の為に、忍も妥協しなかったということだろう。
「なんつーか……同じ男として、情け無い話ですね」
「まったくだ」
俺と恭也さんは合わせたように同時に溜息をついた。
他人の趣味趣向に意見はしないが、人様の下着や水着を収集するのはどうかと思う。とはいえ、そういった特殊な性癖は一定数いるのも事実。せめて、知り合いが狙われないことを願うばかりだ。
「でもせっかく遊びに来たんだ。楽しんでいってくれ」
「ウッス」
それから恭也さんは見回りに戻ると一言告げてから踵を返すと、爽快な足取りでスタッフルームに向かっていく。
「ああ、そういえば」
その途中、何かを思い出した様に足を止めて振り返る。
「コクトー」
「はい?」
何故だか無性に嫌な予感がした。具体的には忍から夜の一族に関することを、より正確に言うなら知りたくもない事実を無理矢理に聞かされた時のような予感が。
「おまえ、いつの間にウチの妹と知り合いになったんだ?」
「へ? 知り合うも何も、美由希さんとは前から……」
「いや、そっちじゃなくてな」
恭也さんが微妙に困ったように声を潜めた。
この人にしては珍しいことだと、俺は少し奇妙に思ったが、その次の台詞で疑念が全て吹き飛んだ。
「もう一人妹がいるんだ。名前は高町なのは。さっき一緒に話しているところを見たから聞いたんだが……もしかして、知らなかったのか?」
「……へ?」
愕然とした。
「お──おう。わかったぞ。そういうオチかよ!」
ひどい茶番を見せられているような気がした。
そして新たな発見もあった。世間というやつは、自分が思っている以上に狭いらしい。
久しぶりに更新。
ついでに今更ですけどリリカルなのは15周年おめでとう!
現在YouTubeでTVシリーズが無料配信中だからみんなで観よう(ステマ
登場人物紹介
月村忍
ナイスバディな女子大学生。ちなみに水着デザインはドラマCDを参照。
高町恭也
原作ゲームの「とらいあんぐるハート3」の主人公。ある意味、初代主人公とも言えなくもない。イケメンでクール、超強い古流剣術を使いこなす、CVがグリーンリバーな人などなど、色々と美味しすぎる設定が山盛りだが、リリカルなのはの世界線ではあまり役に立っていない。