不確実性下の改変   作:hrd

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 ──「生死に興味はない。だが喰われるな」

 感情を映さないガラス玉の様な目に実弥は苛ついた。

 

 

 事の発端は先日の柱合会議だった。

 半年に一度、柱の位に就く者が本部に集まり、鬼の勢力など多岐にわたり議論する。

 実弥は畳に座り、瞳を動かした。部屋の中にいる同僚の顔ぶれを見て舌打ちをする。鎹鴉からの便りの通り、前回までいた同僚は姿を消し、新たな顔が座っていた。

 今回の柱合会議では柱の席が4席も空いた。9席中5席消え、1席埋まった形だ。現在、柱の位に就く者は実弥を入れて5人しかいない。

 会議の度に人が変わる。同じ面子が揃うことはない。一人また一人と死に逝く仲間に感情が揺れる。慣れることはない。その度に死なせてしまった兄弟子の匡近(くにちか)の顔が浮かび、自分の不甲斐なさと力不足に腹が立つ。

 絶対に殺してやる。一匹でも多く鬼を殺してやる。優しい奴ら(あいつら)が死んでいいはずがない。鬼さえいなければ今も幸せに生きていた。あいつらの過去だけでなく、幸せな未来も奪った鬼が憎くてたまらない。

 仲間を想い、目が血走り拳を強く握りしめる。

 殺しても止むことのない鬼への怒りが溢れ出る。体の中を薙ぎ倒し、暴れまわるそれを実也は腹の奥底へと叩きつけた。

 

 ──お館様が入られます。

 

 涼しい声により、実弥は一度瞳を閉じて黙想した。

 

 不死川玄弥(護りたい者)の未来を守る。そのために生きて、一匹でも多くの鬼を殺す。

 それが、迷わず一直線に進み続ける不死川実弥の鬼を狩る理由だ。

 

 

 

 

 

 全ての報告を終えると、お館様は静かに微笑んだ。

 

「やはり、人口過密と鬼の能力には相関がみられる。人の多さに比例して鬼の力も強くなっている。それは、基礎体力や血鬼術だけでなく考える力、思考力も挙げられる。これは我々の衣食住、特に食生活の変化が大きく挙げられるのだろう。5年、10年どころか、文明開化により西洋の文化を取り入れてから人は外見も食べるものも変わった。人間の質が変われば人間を食す鬼も変わる。……悪い方向にね」

 

 実弥は、目を伏せた耀哉の心情から思考を巡らせた。

 過度な心配をさせまいとお館様は苦悶を表には出さないが、先程の見解から最悪な予測を立てていることは容易に想像できる。

 つまり、今まで通りの鬼殺では近い将来限界を迎える。もしかすると自分達が気づいていないだけで、現状の拮抗状態はすでに崩れ始めているのかもしれない。

 心臓に水滴を落とされたように実弥はぞっとした。部屋に居る同僚の数を思い出し、己の想像は思い過ごしではないと身を引き締める。

 柱が5席しか埋まらないという現状がその縮図だ。

 実弥は、周りに気づかれないようにゆっくりと息を吐き呼吸を整えた。

 お館様は、柱も含め全隊士の更なる質の向上を考えられている。それを実現するには、まずは(自分達)が隊士を鍛え直し、実力の底上げをする必要がある。それだけでも剣士達の平均武力は上方修正されるだろう。

 だが、それでは柱の質はどうなる。柱には飛躍的な実力の向上方法が確立されていない。暗中模索し地道に刃を研磨し続けるしか方法はないのか。それとも鬼の殺し方を戦略や戦術を重視した方法に舵を切るのか。

 実弥はそこまでの展開を予測し、耀哉の言葉を待った。

 

「だからこそ、皆にはこれより呼吸よりも上位の力──念能力を覚えてもらいたい」

 

 呼吸よりも上位の力──。

 瞳孔が開き戸惑いが顔を出す。

 

 ネン……とは、何ですか。呼吸よりも上位の力とは何ですか。なぜ、そんな(モノ)があるんです。なぜもっと早く教えてくださらなかったのですか。なぜ……今になって……そんなことを仰せられるんですか。

 そんな力があれば、死んだ仲間(あいつら)は今も生きていたかもしれないのに。

 

 爪の背でゆっくりと心臓を撫でられたように、胸がざわめき不快感が込み上がる。

 死んでいった仲間や家族、助けられなかった人達の死体が実弥の周りに横たわり、縋るように腕を伸ばしてじっと見つめている。

 

「──クルイ」

 

 涼しくも強い耀哉の声に、実弥は夢から目を覚ました。

 耀哉が部屋に居ない人物の名前を呼んだ瞬間、実弥の隣から気配が湧く。

 実弥は反射的に距離を取り隣を見た。隣には冷淡な顔をしたいけ好かないクルイが座っていた。

 思わず驚きで目が見開く。

 初めからそこに座っていたように、クルイは髪一つ乱れていなかった。名前を呼ばれてから姿を現したようには、どうにも見えない。

 隣には誰もいなかったと記憶を辿る。

 クルイの気配の消し方がいくら病的に上手くとも、隣に居て察知できない程気配に疎くはない。

 だが、得体の知れないこいつならば、呼ばれた瞬間に姿を現すか、気配を完全に絶つことも可能ではないかと頭の片隅で考える自分もいる。

 

 ──テメェは一体何者なんだ。

 

 煙のように掴めないクルイに、分からないが故の苛立ちが蓄積する。

 また実弥のみならず、他の柱もクルイの存在に驚愕の声を上げ、宇髄についてはその名を叫んでいる。

 そんな異様な空気の中でも、クルイは何も感じていないように、淡々とお館様の言葉を淀みなく引き継いだ。

 

「『念能力』とは、オーラとよばれる生命エネルギーを用いて戦闘などを有利にする独自の特殊能力のことを指す」

「アァ?」

 

 あまりにも簡素な説明にお館様の前でも苛立ちが零れる。説明する気があんのかとクルイを睨みつけるが、想定の範囲内というように能面のような顔が冷笑するだけで、苛立ちを更に煽られる結果に終わった。

「体感した方が早い」言い終わると同時に、クルイから目に見えないどろりとした何かが伝わる。

 不快な何かが波のように押し寄せ、以前にも体感した心臓を握られるような息苦しさを感じだす。

 

「動けば殺す」

 

 ぴしりと、脳に直接命令を下されたかのように全身が固まり動くことができない。クルイの動作に、体が過剰に反応し汗が噴き出る。ただ座っているだけの奴に、今、恐怖している。迂闊に動けば死ぬ。震えそうになる手を握りしめ、叫び出したい気持ちを耐えるが、緊張から喉がひりひりと痛み、声が出せたとしても叫ぶことはできない。

 鼓動が乱れ、命の主導権が握られる。

 俺はまた、力が足りない。

 次第に顔や頭が熱くなる。こいつは敵だと体が反応する。退け、と警告の鐘を全力で鳴らすが体が動かない。

 己の弱さを痛感し、怯むことなく睨みつけるしか選択肢は残されていない。

 

「今、オーラを当てている」

 

 クルイは髪を数本抜き、それを目線の高さまで持ち上げた。クルイが動く度に不快な波の動きが肌を絞めつける。

 クルイが摘まんだ髪は、垂れていた状態から毛先へ向かって針の様に直立した。

 クルイは微笑んだ。ほほ笑む、という言葉に似合わない程冷たい表情でお館様を見据えた。それは睨んでいるとしか思えない鋭い視線だった。

 瞬間、ぞわりと嫌な予感がする。

 絶対にこいつは何かやらかすと実弥の直感が働く。止めろッ!! と音のない声で叫ぶが、それは声となって発せられることはなかった。

 ゆっくりと、奴は腕を動かした。

 予想通り、最悪なことにあいつは、髪の毛()を、お館様に、投げた。

 

 

 

 

 

 ギンッ!! ──と硬い音が部屋に響きわたる。

 

「──クルイ」

 

 清廉な声が背後から聞こえ、実弥の緊張の糸が切れた。

 ハッと気づいた時には、実弥はクルイと対峙していた。右手には馴染み深い感触がある。いつの間にか刀を抜いていた。そこで先程の金属音は、刀が髪を弾いた音なのだと知った。

 無意識だった。

 気づいて、心が荒れる。

 じとりと、全身から大量の汗が噴き出る。ドクドクと、耳元から鼓動が聞こえ肩で息をする。

 

「オーラを纏った髪を投げた。これを概ね念能力という」

 

 何とも思っていないその声に、怒りで瞳孔が開き柄を強く握りしめる。

 

「理解した?」

 

 小馬鹿にしたように薄ら嗤うクルイに、実弥の理性はぶち切れた。

 

「ブッ殺す!!」

 

 地を這う声と共に眼光鋭くクルイを睨みつける。

 こいつをブッ殺す。お館様を危険にさらしやがって。どんな理由があろうと絶対に殺す!! 

 湧き上がる怒りが蒸気となって喉を焼きながらかけ昇る。

 目の前に存在する生物(クルイ)の考えが分からない。分かりたくもない。例え、こいつの頭をかち割って中を覗いたとしても、それを理解することはない。こいつがやった行動(こと)は、こいつを何回殺したとしても許されることではない。

 

「実現できない目標を立てても意味ねえよ。時間の無駄だ」

 

 気だるげな視線をクルイは実弥から耀哉に移す。

「当てる気もねぇし」その一言に、実弥の怒りが限界を超えた。

 

「ア゛ア?」

 

 お館様を傷つけるつもりは無くても危険にさらした事実は変わらない。しでかした事の重大さを理解していないクルイに、実弥は湧き上がる憎悪の渦を巻く。

 自分を中心に台風が発生し、周りに怒りを撒き散らしているのに頭の中はひどく冷静だった。冷静に、目の前の人物をどうやって斬り殺すか算段していた。

 

「テメェ……自分が何言ってんのかわかってんのか」

「オマエも、何言ってんのか分かってるわけ。一時的な個人の感情で全体の利益を潰してどうすんの」

「実弥、クルイ。止めなさい。皆も座りなさい」

「お館様ァッ!!」

「落ち着きなさい」

 

 強く、これまで聞いたことのない有無を言わさない耀哉の声に部屋が静まりかえる。

 クルイから発せられていた不安を煽る波はいつの間にか消え、呼吸がしやすくなっていた。

 視界が開け、実弥はクルイを見据える。実弥以外の柱はクルイを囲み殺気を向けている。

 

「実弥、身を挺してくれたこと感謝する」

「……ありがたきお言葉を頂戴し、恐縮至極に存じます」

 

 クルイへの怒り、お館様からの言葉に感情が乱れ声が震える。

 

「クルイ、憎まれ役を演じる必要は無い。念能力が危険な力であることを皆に理解してもらうために私を選んだことは理解している。念能力を使えば、ただの髪でさえ十分な凶器となることを証明してくれたのだろう。だが、軽率な行動であり言葉足らずであったのは事実だ。猛省しなさい」

「スミマセンデシタ」

 

 口先だけの心のこもらない投げやりな言葉に、実弥の苛立ちが増大する。今すぐ斬りたい衝動を抑え、視線でクルイを刺し殺す。

 耀哉は全員に再度着席を促し、話を念能力に戻した。

 

「皆にはこの『念能力』を身につけてもらう。そして今後、柱になる条件にこの念の習得も追加する」

「失礼ながらお館様、それではクルイも柱になるということでしょうか」

 

 宇髄の言葉に、実弥は血走った眼を宇髄に向けた。

 ふざけたこと言ってんじゃねぇぞこの野郎。

 

「天元、残念ながらクルイには今後も甲位に就いてもらう。それはクルイの希望でもある。そのかわり、クルイの一族に伝わる秘術、念能力の指導をクルイに一任する。今後、柱に就任した者も念に関してはクルイを師範とする」

「それは甲位までは念能力の存在を秘匿するということでしょうか」

「秘術だからな」

「テメェには聞いてねぇよ能面野郎」

「それが、クルイが鬼殺隊(我々)にこの力を伝授する条件なんだ」

 

 憂いに沈んだ耀哉の目に、実弥は耀哉がクルイと交渉した様子を想像し胸が締めつけられた。

 

 

 

 

 

「主人公、竈門炭治郎(かまどたんじろう)は、鬼舞辻無惨に家族を惨殺され、唯一生き残った妹も鬼となる。兄妹は旅をしながら妹を人間に戻す方法を探す、というストーリーなんだ」

「原作の概要じゃなく知ってる内容を話せ」

「胡蝶カナエが上弦ノ弐に殺される。先にも述べた通り、竈門炭治郎は鬼舞辻無惨に家族を殺され、妹は鬼となる。炭治郎は妹が人を喰わないように見張りながら、人間に戻す方法を探すために鬼殺隊に入隊する。入隊後、彼はすぐに鬼舞辻とエンカウントする。場所は確か、浅草だったかな。後は、十二鬼月を最も殺すのは鬼殺隊ではなく鬼舞辻ということ。私が知っているのはこれくらいだよ」

「……」

「私はこの漫画を熱心に読んでいなくてね。原作知識はあまりないんだ」

「それは『無い』って言うんだよ」

「だけど無知ではない」

「ああいえばこう言いやがって」

 

 十分な情報だよ、耀哉の爽やかすぎる笑顔にクルイのテンションは降下した。付き合いが浅くともこれから耀哉が碌でもない計画を言い出す気配を察知する。にこにこと笑顔を振りまきながら主張を押し通す姿を想像し辟易した。

 

「竈門炭治郎は入隊して間もなく鬼舞辻に遭遇する。つまり──」

「竈門炭治郎を尾行して鬼舞辻無惨を殺す」

 

 その通り、口元だけ笑みを浮かべて耀哉は頷いた。

 物語の過程を吹っ飛ばし、鬼舞辻無惨を殺す。主人公の成長を見守りながら物語の順を追い終盤で殺すのではなく、遭遇する時期を知っている序盤に照準を絞る。登場人物の成長など鑑みない物語(レベリング)を奪う計画。

 正確には、原作知識が無いからこそ好き嫌いの感情に左右されない合理的な判断。

 耀哉の計画は『重要なイベントの結末は決して変わらない』の極地なのかもしれないと、クルイは考えた。未来の一場面ごとを改変するのではなく、主人公が踏み出した一歩目から先の道を切り取り、いきなり終盤に繋げる暴挙。

 それが、産屋敷耀哉が導き出した怜悧な戦略。

 真っ黒い目でクルイは耀哉を見据えた。何を考えているのかわからない眼は、前の世界で仕事をする時の顔つきだった。

 

「それが2年後」

「アサクサ作戦と称している。だからこそ、取引をしよう──」

 

 目の前に座るエゴイストに主導権を握られないよう、クルイは思考を働かせた。

 

 

 話しを進めるにつれ、クルイは用意周到すぎる耀哉の執念に呆れと既視感を感じた。

 産屋敷耀哉は、恐らく当主となる前からこの計画を立てており、何年にも渡って笑顔の下で餌を撒いてきた。そうやって時間をかけて周囲の人間の心を掴み味方にしてきた。

 だが、いくら味方を増やし組織を改革しても計画の決め手に欠けていた。期限が迫り焦る中、耀哉はとうとうクルイを見つけた。

 不利な戦況をひっくり返す念能力()を引っ提げた都合のいい存在が、目の前に現れた。

 

「これからよろしく」耀哉が手を差し出し、握手を交わす。条件を出し合い駆け引きをしながらも契約は締結した。

 ふいにクルイは耀哉の手を引っ張り、前に倒れかける耀哉の目を猫の様にじっと覗き込んだ。

 

 ──その涼しい顔がどう変わっていくのか見てみたい。

 

 頭がイカれている産屋敷耀哉にクルイは執着し始めていた。

 

「どうかしたのかい?」

「別に」

 

 視線を外し、部屋を後にする。久しぶりに湧くどろりとした感情に、クルイは口端が上がった。

 

 ──体のいい駒になってやるから上手く使ってみろよ。

 

 使えるものを使ってどんな戦局を生み出すのか、産屋敷耀哉がどうなるのか、クルイは人知れず想像し高揚した。

 

 

 

 

 

 空気を求めて海面から顔を出すように、クルイは記憶の海から浮上した。

 瞳を開けて5人の柱を目に映す。身体や表情から情報を読み取るまでもなく『念を習得する』という個々の強い思いが伝わってくる。

 そんな5人の気概を目にし、クルイはため息を吐いた。

 何でこいつらはそんなに力を求めているんだっけ。

 そう思い始め、一度瞳を閉じる。視界を閉じることでその存在を拒絶し、思考の中にまで入り始めた存在を消す。

 手に入れようとしている奴らは、手に入れてない奴らなんだから無いものを求めて当たり前だろ。

 そう勝手に結論付け、クルイは念について考え始めた。それは芽生え始めた個々人の興味を摘み取っている様だった。

 

 クルイが念能力の修業に携わったのは、ゴンとキルアの(ハツ)の修業が最後である。

 あの時の様に、クルイは原点の世界と前の世界で得た念の知識を全て教えるつもりはない。そもそも念能力自体が脳のように全てを解明されていない。テストの様に知識量を点数化して測ることができない現状をクルイは逆手に取り、誰もが知っている浅い情報のみを口にした。

 念は未開拓の地だ。故に、常に研究し新しい情報を活かす者が優位となる。そんな開拓の知恵と知識を手放しに教える程クルイは優しくない。身内でもない人間に、正しい情報を全て教える気など初めから無い。

 産屋敷耀哉との契約の一つに『念能力を教えること』が交わされている。細かい規約の無いその契約の穴をクルイは鋭利に突く。

 

 念能力において想像力は鍵だ。特に発においてはその力は絶大となる。思考する生物の力は、感情と能力が一体となった時に全開して発揮される。念において感情と能力の元となる思いと想いは底が知れない。

 これまでに対峙した念能力者の能力を思い返し、クルイはため息を吐いた。

 柱達に突飛な能力を生み出されると不都合だ。呼吸とかけ離れた能力を生み出されて他の者に見られた場合、念を秘匿することは不可能となる。

 念に関する情報は全て手中に収め管理する。それ故に虚言を混じえて力を制限し監視する。自分以外、正しい念能力の知識なんて持たなくていい。例え鬼に喰われたとしても、蟻のように鬼が念能力を手に入れたとしても、発の威力を最大限発揮でない程、嘘の情報で力を制限する。

 鬼との勝敗よりも、クルイにとっては念能力の方が価値が高い。

 

 ──常に最悪な状況を予測して動け。

 

 過去のイルミが忠告する。

 

 ──もしかすると、なんて希望を抱くな。

 

 分かってる。期待は捨てた。両手は絶望で埋まっている。産屋敷耀哉にも期待はしない。世界に期待するほど無知ではなくなった。前の世界で血反吐吐くほどそれを学習した。

 念能力ではない限り、人の行動は変えられない。変えられるのは、自分の期待値だけだ。

 これから教えるのは、心源流でもゾルディック流でもなく、エゴで制限した念能力擬きだ。

 クルイは再度5人を見渡した。すっと息を吸い、この世界に来て初めて声を張った。

 

「生死に興味はない、だが喰われるな。喰われた養分は鬼を成長させる。最悪、鬼が念能力を身につける」

「ア゛ァ?」

「よもや!」

「それでも死ぬ時は死ぬ。よって念を習得した後、一人ずつ死体回収の隠を常につける。『お館様』の了承も得た」

「よもや!」

「テメェ!!」

 

 鳥の目の様な目をした奴を皮切りに柱が各々の反応をする。

 クルイはそれらを一瞥しながら紙芝居を取り出した。それは口下手なクルイのために耀哉が作成した手書きのものだった。

 

「念能力の基本は(テン)(ゼツ)(レン)(ハツ)四大行(よんたいぎょう)からなる。纏で体の周りにオーラを留め、絶で自身のオーラを絶つ。練でオーラを練って生み出し、発でオーラを自在に操る」

 

「おい、ちょっと待て」宇髄が口をはさみ、聞きなれない言葉を消化する時間をつくる。

 

「それじゃあクルイ、お前が柱合会議にいても誰にも気づかれなかったのは」

「絶だ」

 

 チッ、と実弥が舌打ちと共に鋭利な眼でクルイを睨みつける。

 呼吸の他に念能力という強大な力持っていながら今まで秘匿にしていたクルイに、実弥は怒りの一歩手前、どうしようもない苛立ちの解放を求めて出口をさ迷っていた。

 苛立ちは怒りの前段階だ。そして怒りは期待の裏切りから生まれる。自分で勝手に期待して、それに応じなかった相手に勝手に怒りはじめる。

 

 実弥は、隊の中ではクルイと多くの時間を共にし、クルイを知っているつもりであった。だからこそ、クルイが呼吸以外の特殊な力を持っていたことに胸を突かれた。

 実力のあるやつだと知っていた。ただ純粋に、あの強さは呼吸だけのものだと勝手に思っていた。自己研鑽し続ければクルイの強さ(あの領域)に到達すると信じていた。それが、根底から間違っていたことに実弥は裏切られたように感じた。

 

 冷めた心境で実弥の殺気を受け流しながらクルイは紙芝居を読み続けた。

 

 ──本当、オレに何を期待してたんだか。

 

 紙芝居をめくると耀哉に似た絵が纏をしている。クルイは柱5人を横一列に並べて手を突き出した。

 

「最終的には呼吸と発を融合させ、各呼吸の型の威力を劇的に向上させる。そのために、まずは纏を習得してもらう。常中と似たようなもんだから」

 

「できんだろッ」邪念をもって全員の精孔(しょうこう)を無理やり抉じ開ける。

 ドンッという風圧と共に5人のオーラが蒸気の様に勢いよく放出され、戸惑いや威圧的な声が上がる。

 いったい何人が生き残るのだろうかと、クルイは機械的に観察しながら紙芝居に書かれている文章を読み上げた。

 

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