不確実性下の改変   作:hrd

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人それぞれに戦い方がある

 

 父は星が好きだった。

 錆兎(さびと)も父親が好きな星が好きだった。

 秋から冬に移り変わる日の夜だった。星を見るには良い季節に、父親が星を見に行こうと錆兎を誘った。母親は幼い妹を寝かしつけるために家に残り、錆兎は父親と二人で見晴らしの良い場所まで山を登った。

 

 夜の山は、山育ちの錆兎でも少し不気味に感じた。

 空気は冷たく澄んでおり、星がより一層輝いていた。長いこと寝そべって星空を眺めていると、星が2つ流れた。それを父に伝えると「流れ星に願いごとをすると願いが叶う」と笑っていた。

 錆兎は願った。漠然と、家族が幸せでありますようにと。

 

 父との会話は楽しかったが、だんだんと眠気が差してくる。

 うつらうつらと舟をこぎ出した錆兎を背負い、父親はゆっくりと山を下りた。

 父の背中は暖かく、先程まで寝ころび下敷きにしていた草の香りもする。肩口に頭をくっつけ、その温もりと香り、声を堪能した。

 錆兎の顔が自然とほころぶ。この瞬間を幸せに感じた。流れ星がもう願い事をかなえてくれたと。

 山を下る揺れが深い眠りを誘う。そんな朦朧とする意識の中で、父は説いた。

 

「錆兎も男だ。男なら母さんと妹を守るんだぞ。生きていると辛いことがたくさんある。だけどな、どんな辛いことがあっても立ち止まってはならない。前に進むんだ。進む以外の道はない」

 

 眠たいながらにも父の口癖に錆兎は頷いた。

 

 

 

 山を下り、家が見えてる。家に近づくにつれ、父親は家の様子に目を疑った。家を出ていく時に閉めたはずの戸が砕け散っていた。

 強盗を疑った。妻と娘の身を案じ血が引いていく。

 半分寝落ちていた錆兎を起こし、家から離れた茂みに隠れるように言いつけた。

 

「いいな、何があっても呼びに来るまで絶対にそこにいろ」

「父さん?  家になにかあったのでしょうか。母さん達は大丈夫でしょうか」

 

 恐怖と不安が錆兎に伝播する。父親は錆兎の頭を撫でようと手を上げるが、自身の手が震えていることに気づいた。隠すように、すかさずもう片方の手で震える手を押さえつけ、錆兎の頭を強く撫でる。

 

「今、錆兎に父さんの勇気を送った。大丈夫だ。父さんが確認してくるから、ちょっと待っててくれ。男だから一人でも待てるよな。……それじゃあ、行ってくる」

 

 父親はそう言って家へ向かった。だが、いくら待っても錆兎を呼びに来ることはなかった。

 

 

 

 戻ってこない父親に不安を抱いた錆兎は、ゆっくりと家の近くまでにじり寄った。こうしている間に父親が戻ってくるかもしれないという期待もあった。

 風が緩やかに吹き、音が流れてくる。耳を澄ますと父の声がかすかに流れてくる。家の中で何かが起きている。

 

 父さんは「母さんと妹を守れ」と言った。それは父さんも含めた家族を守るのが自分の役目だ。

「何があっても待っていろ」という父の言いつけを破って錆兎は必死に玄関へ駆けた。

 

 家の外に立て掛けてあった斧が見当たらない。 父さんが持って行ったのかもしれない。

 錆兎は近くにまとめてあった薪を一本持って玄関へ向かった。

 壁に背を向けながら慎重に進むと、戸が砕けていた。近くまで行くとネチャリと何かを踏んだ。手でソレに触れてみると、温かい液体だった。匂ってみると鉄臭かった。

 あってほしくない。じわじわと嫌な予想が錆兎を侵食する。

 

 雲にかかっていた月が顔を出し、月の光が辺りを照らし始める。見えなかった何かにも光が射しかかる。徐々に姿が見え、自分の呼吸の音が大きくなる。

 赤黒い水、足、血まみれの……母の着物。恐怖に染まった母の顔。

 声がでなかった。息を吸ってるのに呼吸ができない。頭を強く殴られたような衝撃に持っていた薪を落とした。何が起きているのか理解したくなかった。

 

 ──錆兎に父さんの勇気を送った。──辛いことがあっても立ち止まってはならない。進む以外の道はない──

 

 父の声が頭に響く。手が錯乱している錆兎の頬を殴り、呼吸を正常に戻す。

 落ち着け、落ち着けよ俺。

 もう一度母を見た。母は両手を広げて血に塗れていた。母が妹を守ろうと立ち塞がる姿が浮かび、涙が止まらなかった。

 

 ──「にげ……ろ、に……ろ……」クチャクチャクチャクチャクチャクチャ──バリッ。

 

 音が錆兎の気を引いた。家の中からかすれる呼吸とクチャクチャと何かを食べる音がする。変わり果てた母の衝撃から現実に戻り、父と妹の存在を思い出す。

 そっと家の中を覗くと父と目が合った。父はナニカに腹を喰われていた。

 逃げろ、錆兎。

 声はなかった。だが父の口がそう言っていた。

 部屋の奥には妹の首が見える。だが首から下は繋がっていない。再度父を見た。父の目はもう何も見えていないようだった。

 

 再び父の言葉が頭に響いた。

『男なら母さんと妹を守れ。男に生まれたなら、進む以外の道はない』

 家族は既に化け物に襲われて死んでいる。この絶望に耐え、父に守られたこの命だけでも逃げて守り抜くべきなのだろう。父、母、妹の体を化け物に喰わせて──。

 そんなこと、できるわけないだろ。あいつに喰わせるものなんて何もない。俺の家族の体を、返せ! 

 

 悲しみを通り越して怒りで全身が熱くなる。

 錆兎は包丁を持ち出した。両手で強く握りしめ、父を喰っているソレに向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 ──怒りは時として全く減衰しない

 

 クラピカが世界7大美色の緋色の目を持つクルタ族であるということは出会う前から知っていた。幻影旅団の緋の眼の強奪に伴うクルタ族の襲撃を阻止しようと奔走したが、オレごときではうまくはいかなかった。クルタ族はクラピカを残して全滅し、闇市で緋の眼は売買された。

 それから数年経ち、オレは旅団と行動を共にするようにした。それはただ、緋の眼の所在の把握と、首を突っ込んでくるキルアを確実に守るための手段の一つに過ぎなかった。

 だがそれは間違いだった。

 旅団の一人、ウヴォーギンを殺したクラピカと対峙した時、旅団と共にいるオレを見てクラピカは激高した。

 なぜお前がここにいるのか。旅団なのか。旅団とはどういう関係なのか。答えによっては殺す。

 その全ての問いに答えることはしなかった。

 ただ、お互い怒りと譲れないもののために殺し合った。

 その時のことを思い出している理由は、現在、同じように本気の怒りを目の前にしているからだ。

 

 

 

 話をさかのぼること3日前、最終選別の藤襲山(ふじかさねやま)に到着した。

 不思議な山だった。山をぐるりと囲むように、藤の花が一年中狂い咲いており、麓から中腹にかけて藤が生息している。

 話を聞くにこの山には、鬼殺隊に捕獲された鬼が住んでいるらしい。鬼は藤の花を嫌い、花に近づくことができない。故に、鬼はこの山から出ることはできない。絶海の孤島ならぬ樹海の孤島。花の牢獄。

 生かさず、殺さず、搾取する。使えるものは鬼でも使う。

 

 そんなこんなで最終選別の内容は、鬼のいるこの山で7日間生き残ることだった。

 生き残ること。つまり鬼を殺せなくてもいいということ。鬼と対戦するもよし、知略を巡らせて逃げるもよし、戦わずして殺すもよし。つまり、ウザイ奴がよく言っている『生きてるやつが勝ち』ということなんだろう。

 頭の片隅に出てきた宇髄の存在を消し終わると、周りにいた受験者の姿は山の奥へ消えていた。記憶の中の奴に辟易する。

 

 クルイは傍に咲いている藤の花を一房切って山を登った。

 そんな姿を藤色の着物を着た女性、鬼殺隊当主、産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)の妻、あまねがじっと見ていた。

 

 

 

 山は長閑だった。藤の花を片手に歩いているからだろうが、鬼にも人にも出会うことはなかった。真っ暗闇の、ただの山だった。

 藤の花の効力を知りたくなり、鬼の気配を元に近づくが、ある程度の距離になると奴らは逃げていった。

 匂いが嫌いなのかはわからないが、鬼は本当に藤の花が嫌いみたいだ。虫がハーブを嫌うみたいに。

 山の中を歩き続け、小川の近くに拠点を置く。花も枯れないように水を入れた竹筒の中に浸した。

 オレはカルトと違って生け花はできない。

 

 

 

 ウザイ、訂正、ウズイの継子となって様々な鬼を見てきた。柱となる宇髄に討伐される鬼はそれなりに力のある鬼だった。鬼は基本群れない。人間を喰う程身体的に強くなり、異能も発現する。それに比例して皮膚も硬質化する。

 それを聞いて疑問に思った。

 なぜ昼間に鬼を探し出して消さないのか。その答えは簡単だった。分からないからだ。日中鬼がどこに潜んでいるのか、ある程度人を喰った鬼は人間に擬態し人間社会に紛れ込んでいる。一目では鬼と人間の区別がつかないとのことだった。

 

「だが俺達柱は違う! 気配で鬼が分かるのだ!! 俺を讃えろ!! そして崇めろ!! 自分の無力さに跪け!」

 

 派手に自分を称える宇髄を冷めた目で一瞥し鼻で笑う。

 

「オーラでわかるだろ」

 

 

 

 検証をするにはまず、鬼が必要だ。そのために鬼の気配を探る。

 宇髄と行動を共にしてすぐにオーラが見えるようになった。やっと念が使えるようになったのかとテンションが上がったが、そうではなかった。

 念の様で念であらず。その名も全集中の呼吸。

 

 クルイは念で見えていた時とは違う個々人のエネルギーオーラが見えるようになった。それは奇しくも念を使うような感覚だった。

 

 オーラのことを宇髄に伝えると、その前段階、瞬発的な力の増幅が『全集中の呼吸』といい、全集中の呼吸を常時使用している状態が『常中』という。その際、自身の能力が上がると共に周りの気配もより敏感になるとのことだ。そしてオーラの可視化は常中の応用技、全身の能力を目に凝縮しているのではないかという推測だった。

 

 つまり念を使おうとする余り、呼吸を念のように勝手にアレンジしてしまったということなのだろう。目にオーラを集めて(ギョウ)をするように。

 難点は範囲が視界に留まっていることだが、それでも人間と鬼の区別をオーラで見分けられるようになったことにより、今まで以上に宇髄にこき使われるようになったのは言うまでもない。

 

 遠くに鬼のオーラが見える。走るスピードを上げ、鬼に近づき宇髄に手配してもらった日輪刀、双刀を構える。刀を扱えないことはないが、刀よりもナイフの方が扱い慣れている。余談だが父、シルバが収集していたベンズナイフのお気に入りをよく勝手に使っていたのは良い思い出だ。その度に窘められていたけど。

 刀を作る際はベンズナイフに限りなく近いものを作ってもらいたい。

 

 

 

 鬼の手足を切り落とし、再生する前に延髄を叩き気絶させる。気絶した鬼からは、手足が生えてこなかった。

 意識的に促さなければ体は再生しないということか。

 

 鬼を縄で縛り、拠点に連れて帰る。捕縛した鬼をさらに木に縛り付け、かねてより試してみたかったことを検証する。

 ここには宇髄の監視は無い。やりたいことをやるだけだ。

 

 鬼の意識を戻し、日中陽に当てた水を鬼にかける。鬼は喚いたが生きていた。次に宗教団体から買った聖水をかけてみる。これは全く効いていなかった。最後に藤の花を浸していた水をかけると鬼は痺れ、数分動かなくなった。花を刀に塗り、鬼の腕を斬る。鬼は叫び、切り口が化膿した。

 藤の花は鬼にとって毒となる。匂いで追い払い、浸した水で動きを止め、花が毒となる。

 

 藤の花の種子は豆である。豆が魔滅(マメ)となり昔話の様に鬼を追い払うのかはわからないが、手に入り次第検証する価値はある。

 

 水で攻めた次は十字架、胸に木の杭を打ってみたが特別なダメージは得られなかった。やはり鬼は吸血鬼とは違う生物なのだろう。

 思いつく事を試していると朝日が昇り、気がついた時には鬼は灰となって消えていた。

 もったいないことをした。まだ確かめたいことはあったというのに。絶食可能な時間、生存可能な影の濃度、鬼同士の共食いによる強化の影響など確認できていない。それもまた鬼を調達すればいいだけの話だが。

 自分の不手際にため息を吐いた後、睡眠時間を取り戻すように眠りについた。

 

 

 

 目を覚ますと、空が夕焼け色に染まり陽が悪あがきをしていた。

 もうしばらくすると鬼が動き出す。動きに制限がかかっている今の内に見つけ出す方が得策である。

 

 鬼を探しに散策していると人に出会った。その子は魚や薬草を持っていた。人に出会ったのが嬉しかったのだろう、どうでもいいことを話し出した。

 どうやら少年を介抱しているらしい。まだ気を失っており、日が暮れるまでに元の場所に戻りたいのだが、一人で少年を守りながら鬼を迎え撃つのは気が引けるとのことだった。

 だから何だ。つまりは、手を組まないか、ということなのだろう。

 保険を掛けたいのだ。8日目の朝を迎えた時、人助けをしていた為鬼と戦う回数が少なかったと。一人が介抱し、もう一人が鬼を迎え撃つ。生存率が飛躍的に上がる。定石だ。

 

 オレは普段しない人好きのする笑顔で断った。その代わりに持っていた藤の花をソイツに渡した。

 100%良い人間も100%悪い人間もいはしない。人はそれぞれ腹の中に思惑がある。

 そうしている間に日が暮れた。月はまだ寝起きで位置が低いが、鬼は寝起きなのに活発に動き出した。

 

 

 

 少し離れたところに複数の鬼の気配がする。近づくにつれて鬼と人間のオーラが見えてきた。こらえきれない喜びが口端を上げる。

 そこには少年が複数の鬼と戦っていた。少年は狐のお面をかぶり、黄みがかったピンク色の髪をしている。

 

 勝手に戦闘に割り入り、鬼を斬っていく。実験に見込みのありそうな鬼は手足を落として気絶させる。狐の少年の視線を感じたが、気にすることなく不要な鬼の頚を刎ねていった。

 必要な鬼以外を片付け終えると、狐の少年がこっちに向かってきたが、それを無視して持ち運びやすいように鬼をコンパクトに刻み続ける。頚を斬らないように、肩から下を丁寧に。3体もいれば十分だろう。

 狐の少年は、鬼を刻む作業を近くでじっと見つめて口を開いた。

 

「礼を言う、助かった」

「助けたつもりはない。欲しいものを手に入れただけだ」

「鬼をか? なぜそいつらの頚を斬らない」

 

 声音が不快感を示している。

 手を止め、少年を見る。おそらく鬼が憎くて堪らない側の人間なのだろう。身内が殺されて天涯孤独になった者が鬼殺隊に入るのはよくある話だ。そんな種類の人間ほど、鬼を利用すると言うと激高する。話の合わない人間に説明するのは労力の無駄だ。

 少年の言葉を聞かなかったことにして、鬼の髪を掴み立ち上がる。目の前の少年も続いて立ち上がるが、反応しないオレに苛立った雰囲気を醸し出す。

 不愉快なことがあっても少しは感情を抑えろと、心の中で盛大に毒を吐く。

 

 彼には戦闘以外考える頭がないのだろう。探偵が事件関係者に懇切丁寧に犯行、証拠、犯人、動機を教えてあげるのが義務であると思っているように、オレが鬼を使ってこれから何をするのかを説明するのが当然だと思っている。この時代に推理小説があるのかは知らないが。

 質問すればなんでも答えが返ってくると思うなよ。

 

「おい、待て。まだ答えてない」

 

 羽織を掴まれ引き留められる。納得する答えを聞くまで離さないと面の奥の目が語っており、気怠い溜息を吐いた。

 面倒くさい奴に捕まり、覇気のない声で言った。

 

「調べる。オレは鬼について知識が浅い。日光で消滅するが、日中でも陽が当たらなければ活動できるのか。活動できるならば、どの程度の影なら大丈夫なのか。共食いすると強くなるのか、とか。それらをまだ知らない。知識がなくても鬼を殺すことはできる。だが知識があればより多くの鬼を楽に殺せる。効率よく殺すことができるならば多少の手間は惜しまない」

 

「だからこいつらを利用する」淡々と告げると少年の苛立ちに殺気が混ざった。

 

「それらを調べている間に、他の子供達が鬼と闘って死んでいく」

「その意見を尊重はするが重要視はしない」

 

 そんな些細なことは考慮しない。ここに来る前に鬼退治をして経験を積んでおくべきだったという後悔だけだ。

 

 少年は深く息を吸い、刀を強く握った。鋭い殺気が放たれる。

 ──くる。

「水の呼吸──壱ノ型 水面斬(みなもぎ)り」そう呟いた瞬間、少年は手を交差して素早く居合切りをするように刀を振った。

 直ぐ後ろに跳んで躱したが、持っていた鬼達の頚は斬られた。掴んでいた首が急激に軽くなっていく。

 少しだけ、苛ついてきた。精神の中にある怒りの黒い粉が少しだけ舞った。

 内々に無い無いで済ませてやろうか。人一人死んだところで鬼に喰われたと思われる。

 

「なぜ鬼を殺さない。この最終選別でも鬼に喰われた子供がいる。一匹でも多くの鬼を殺して人が喰われないようにするべきだろう。力ある者は弱きものを守るべきだ。俺はもう! 人が目の前で死ぬのを見たくない!!」

 

 少年は刀を構えたまま話し続ける。睨みつけ、息を吸い、吐き出す。漏れ出ていた怒りを内に込めているようだった。

 

「俺は鬼が憎い。父、母、妹、俺以外の家族が鬼に喰われた。母は戸口で両腕を広げて死んでいた。部屋の中にいる妹を守るために母が盾となったのだろう。母と妹が決死で戦っている間、俺と父はのんきに山で星を見ていた。その後父も鬼に喰われた。分かるか! この気持ちがっ!」

 

 知らないな。ただ言えるのは、

「殺したのが鬼でよかったな」

 

 少年は激怒した。誰の内にもある荒々しい殺気を放っていた。

 その殺気をもって、クルイは時として怒りは全く減衰しないことを思い出した。弟の友人、金髪ネコ目の知り合いが頭の奥にちらついた。

 

「ふざけるな!! 殺したのが鬼でよかっただと!? 前触れもなく家族が殺される!! 理不尽に!! それをっ!!」

 

 その怒号に、言葉の選択を誤ったことに気がついた。

 宇髄に教えてもらったことだが、この国の法律では私刑は許されていない。『家族が殺されたから復讐した』は同情を買うが罪も買う。ゾルディック家の家業も場合によっては敵を作る。

 復讐者にとっては気にしないのだろうけど。

 人でなく、正当な理由をもって殺せる相手、鬼でよかったな。そういう意味で言ったつもりだったが伝わってないようだ。ミルキによく言われるが、オレはイルミに似て言葉が足りない。

 まぁ、どうでもいいけど。鬼狩りは害虫駆除とさほど変わらない。

 

 思考がずれている間に少年が突進し、刀を振る。「水の呼吸──」と、技を繰り出してくる様子を避けながら観察する。

 音の呼吸以外の流派を初めて見た。純粋に剣と体の捌きが綺麗だと思った。

 暫く見ていると、少年の体が疲弊していくにつれて技も雑味が混ざりだす。技を習得しても戦い方は習得していないのだろう。技と技の合間に隙が生じる。トリッキーな動きも無駄が多い。二手先の動きが読めても三手先が読めていない。

 刀の刃を返し、一瞬で距離を詰める。

 

 音の呼吸──壱ノ型 (とどろき)

 

 刀を交差して標的に叩きつける。殺さないように、威力を加減し相手の出方を観察する。

 少年は飛んでいき、地面に転がったがすぐに立ち上がり刀を構えた。実力も体力も経験値も差があると分かっているだろうに、少年は立ち上がる。その反骨精神に嫌悪感が募る。

 威圧するように、鋭く容赦のない視線を投げつける。

 

「その刃こぼれした刀、それじゃオレどころか鬼ですら殺せねぇよ」

 

 少年の刀は刃こぼれが酷かった。刀だけでなく、身体も傷を負い悲鳴を上げていた。

 身を削って働くことで快楽を得るのは脳であって、体は疲労の極致に達している。

 挑発するように口端を上げて嘲笑する。目はまだ錆兎を観察し、口は淡々と事実を述べていく。

 

「鬼を殺す技術だけは身につけても、戦い方は身についていない。見たところ、山中の鬼を殺し回ってたんだろう。刀の刃こぼれが過ぎる。後2、3回斬ったら折れる。体力もかなり消耗している。休息はしていないんだろう。そろそろ足に力が入らず、腕も刀を構えるだけで辛いはずだ」

 

 軽蔑を交えて少年を見る。

「状況を見誤るやつはすぐに死ぬ」殺気を放ちながらゆっくり歩き、少年の間合いに入る。

 

「鬼に殺される代わりに殺してやろうか?」

 

「鬼に殺されるのは屈辱だろう」微笑みながら少年の刀を手で掴み、自身の刀で面紐を斬る。

 狐の面が落ちた。少年と目が合った。

 少年の刀と体は極限に達していた。動けていたのは精神力のおかげだ。それでも決めたことを曲げない、力強い意志が目から汲み取れた。

 目は口程にものを言う。

 家に来た時のゴンの顔が浮かんだ。自然と人を引き付けるゴンと目の前の少年が重なる。

 とっさに笑ってしまった。なんだ、アイツと同類の人間か。

 オレの周りは頑固者が多い。自分の理想や正しさを貫いて周りを変えていく。傷つくのも、妥協させられるのも周りの人間だ。……だから嫌いなんだ。コイツから離れなければ自分を変えられる。影響を受けるのはごめんだ。

 

 刀を納めて距離を取る。少年は訳が分からないようだった。

 それもそうだろう。

 闘う気がないことを告げ、さっさと次の鬼を探しに気配を探る。瞬間、どさっと何かが倒れる音がした。振り返ると少年が倒れていた。なんだ、限界だったんじゃないか。

 

 温度を感じない目で少年を見下ろした。

 このまま放って立ち去りたい。だが少年が起きる前に鬼に喰われた場合、化けて一生憑きまとわれる気がした。

 最大限の嫌な溜息を吐いて拠点に連れて帰る。

 頑固も過ぎると毒だ。理想は外に求めるものではなく、内に求めるものだ。

 少年を背負い歩き出す。夕方に出会った介抱している人の居場所を聞いていなかったことを今さらながら後悔した。

 

 

 

 少年の名前は錆兎というらしい。

 朝になって魚を捕って帰ると少年がもがいていた。狩ってきた鬼の髪の毛で手足を拘束していたのがお気に召さなかったらしい。

 目を覚ましても体が休めるようにと手足を縛っていたのだが、大きなお世話だったようだ。普段しない善意が空回る。

 

 捕ってきた魚と山菜を焼き、錆兎に渡す。錆兎は瞠目した後、がっついて食べた。

 最終選別が始まってから、もしくはこの山に入る前からろくな物を食べていなかったのかもしれない。絶食の訓練はしているように見えないが。

 

 身を滅ぼしてまでして山中の鬼を狩り続ける錆兎に理解も共感もできなかった。コイツにとっては最終選別がゴールなのか、入隊した後も鬼を狩り続けることがゴールなのか、もしくは言葉通り目の前で人が死ぬことが耐えられないから、身を犠牲にしてまでして鬼を殺し続けたのかはわからない。それはオレが関心を持つことではない。それでも、目の前の少年が鬼殺隊によって捕われた鬼で身を亡ぼすことは何とも哀れだとは感じた。まあ、どうでもいいけど。

 錆兎は食べて一段落した後、意を固めて言った。戦い方を教えてくれ、と。オレは即座に断った。面倒くさいことは嫌いなんだ、と。

 錆兎は何度も頭を下げてきた。だから徹底的に無視した。経験上、利害関係無しで人と関わると碌なことがないからだ。

 それでも錆兎はしつこく付きまとった。本気で拒絶すれば簡単に躱すことはできたが、それをしなかったのは、彼のまっすぐすぎる意志を誰かと重ねていたからかもしれない。

 オレの邪魔をしないことを条件に、残りの4日間、オレは錆兎と行動を共にした。

 

 

 

 オレと錆兎は日中、殺し合いに励んだ。ゾルディック家の技法、戦術を錆兎に叩きこむ。捕縛した鬼を調べている間は、錆兎は一人で反復して訓練を続けた。恐らくキルアよりもまじめに取り組んでいた。日が暮れて夜になると、鬼を殺しながら学んだことを実践する。一日をこの流れで過ごすことになった。

 

 朝日が昇り、錆兎は帰ってくる度に落ちていた日輪刀を拾ってきた。拾った刀を強く握りしめじっと見つめる。それは間に合わなかった自身を戒めている様だった。

 

「努力は、どれだけしても足りないな……」

「当たり前だ、だがら完全なものは存在しない。それ故に心折れて夢を諦めるんだ」

 

 前の世界の自分の行動(あがき)を思い出し、饒舌になる。結局何一つやり遂げることはできなかった。

 オレは自虐的に言葉を続けた。

 

「夢を見続けるのは難しい。それに比べて夢を諦めることは簡単だ」

「俺は夢にしない。誰も死なせない。鈍い、弱い、未熟、そんな者にはならない」

「それでいいんじゃねぇの。人には人の戦い方がある」

「俺は、前に進み続けるしかない」

 

 堅苦しい生き方だ。だが錆兎の過去を思い出して納得した。後ろには絶望しかなかったのだろう。だから前だけを見続けて歩んだ。父の言葉を胸に掲げて。

 もがいてもがいて何にもがいているのかわからなくなりそうな生き方だ。一種の呪いだ。

 

「暴力の世界は弱肉強食だ。強ければ生き、弱ければ死ぬ。いつも一緒にいたウザい奴が言っていた。『生きてるやつが勝ちだ』そのことに関してはオレも同意見だ。だから」

 

 生きろ。

 

 それは声に出して言うことはできなかった。

 

 

 

 8日目を迎えた朝、錆兎と共に藤の花が咲く地点に向かうと予想よりも多くの人がいた。

 そこには錆兎の同門がいたらしく、錆兎はそっちへ行った。

 後に知ったことだが、この年の入隊者数は近年稀にみる数だったらしい。どうせすぐに減るんだろうけど。

 鬼殺隊。別名鬼狩り。その数およそ数百名。人を守り鬼と1000年闘い続ける政府非公認組織。

 そしてこの度正式に入隊することとなった。

 ──鬼は1000年たっても人間を滅ぼせなかったんだな。

 そう思いながら目の前にある玉鋼を選ぶと女の人と目が合った。

 

「刀の要望って聞いてもらえるのか」

 

 

 

 

 

「へえ、これがお前の刀。小せぇし短けぇし地味だな。短刀ぐれぇじゃねぇか。地味地味だ」

「使いやすさ重視だ」

 

 宇髄の元へ帰り、暫くして刀が届いた。太陽に一番近い山、陽光山(ようこうざん)の砂鉄と鉱石を原料にして作られているらしい。

 玉鋼を選んだ後、刀の要望を紙に書いて女の人に渡しておいた。刀は向こうの世界でよく使っていた2本のベンズナイフに似せて作らせた。事細かに要望を書いておいてよかった。

 

 ナイフを持つ。手にも馴染む。やはり刀よりもベンズナイフ(擬き)の方が良い。刃の色が変化し宇髄の嫁3人はきゃぴきゃぴとはしゃぐ。

 予想以上のナイフの出来に柄にもなく浮かれていると、3人の嫁の内の一人、須磨(すま)と目が合った。

 

「なんだか、天元様の刀が小さくなった感じですね」

 

 えへへへーと、良かれと思って純粋な気持ちで言ったのだろうが、悪意の塊のように聞こえた。

 急激にテンションが下がると共にうるさい視線を肌で感じる。

 死んだ目を腐らせて宇髄を見た。宇髄はにやけた顔でオレを見た。「俺に憧れて双刀にしたのか」と言いたげな表情に、オレは天を仰いで膝から崩れ落ちた。

 

「そんなんじゃねぇから……」

 

 時間よ、戻れ! 

 

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