似てるけど違う。だから似通ってるんだけど。
「遅っせえ!! なんであいつ帰って来ねえんだよっ! もう5日だぞ。1日で終わる任務が5日も帰ってこないってどういうことよ! どこほっつき歩いてんだよあいつは!!」
「天元様、落ち着いてください」
「そ、そうですよっ。クルイ君なら大丈夫ですよ」
「須磨、大丈夫かどうかじゃねえんだよ。任務が終わったら遊んでねえでさっさと帰って来いっていう話なんだよ!! 何度も何度も同じこと言わせやがってあいつは。一端出てったら帰ってこねえのどうにかなんねぇかね」
「落ち着いてください。確かに出てったきり帰ってこない時が多いですけど、でもほら、今回はちゃんと鴉経由で言伝があるじゃないですか」
宇髄の3人の嫁の内の一人であるまきをは、苦く笑いながらクルイからの手紙を見せた。手紙には『遅くなる』と書かれている。
「だからってどんだけ遅いんだよ! 寄り道してんじゃねえぞ! 帰ってきたら説教だ!!」
一人で喚いている宇髄を後目に
クルイの実力は申し分ないどころか、柱に匹敵するほど群を抜いているのだが、性格に少々問題がある。本人はそのつもりはないのかもしれないが、他人の心の奥底にしまい込んでいる大事な思いを踏みにじる。
世間知らずも乗じて、より問題を起こす。宇髄がクルイに教えていることは、鬼を倒すことよりも一般常識の方が多い。
「心配なんだろうね、弟みたいで」
「……似てますけど、違いますよ。天元様も、クルイ君はあの方じゃないのに……」
須磨は、目を伏せて宇髄の背中を見た。記憶の中の宇髄の弟、忍び時代の首領が顔を出す。機械的で無機質な目。目的達成のためには人を人と思わない非情な策。
「そうだね。ま、どっちにしろあの子が帰ってきたらまずは説教だね」
まきをは明るい声をだして須磨の背中をパンッと叩いた。
「まきをさん、痛いですぅ!」まきをの意図を組みながらも須磨は反論し、雛鶴は二人を見て微笑んだ。
小言を言いながらも宇髄、須磨、まきを、雛鶴はクルイの事を信用している。それが元暗殺者と元忍者という殺伐とした世界に身を置いていた共通からではなく、クルイの本質がまだ無機質ではない、泣きたくなるほど優しい人間だと気づいているからだ。
だからこそ、目の届く範囲に置いておきたい。刃の上を歩くように、優しさと無常さに揺れて心が血を流しているのならば、足の裏が痛くなり倒れる前に抱きかかえて違う道があることを教えるつもりだ。
「本当、どこうろついてんだよあの餓鬼は!!」
一卵性の双子というものは外見が似ているもので、第三者から見ればどちらがどちらか見分けがつきにくいものであるが、本人同士にしてみれば、似ているけど違う存在なのである。
ミルキは部屋にこもり情報を操作し、オレは外に出て未来を操作した。その反動か、ミルキは脳を酷使することにより糖分を食べ続けないと病的にやせ細る体質になってしまった。もともと遺伝に恵まれている我がゾルディック家は皆代謝がとてもいい。それに加え糖分を最も消費する脳を酷使するミルキは、我が家で随一エネルギーを消費するようになった。故にオレは自分の分のお菓子をミルキに渡すようになったのだけれど、そのおかげでミルキは今豚のように肥えている。
非常時に備えて体にエネルギーを貯蓄しているのだろう。
それに伴いオレはミルキの分まで外の仕事をこなすようになった。ミルキとは反対に、食べ続けなくとも動き続けることができる省エネの体質に変化したのだが、それによってイルミのような体格には恵まれず、華奢な体つきへと変化し、代わりによく眠るようになった。目の下にはくまが濃く刻まれている
睡眠不足、ということはないだろう。睡眠をこよなく愛し暇さえあれば眠り続けているのだから。
常に食べ続けるミルキと常に眠り続けるクルイ。
それを見て、キルアはブタとクマの動物コンビだと笑っていたが、くまを熊に変えたキラリと光るネーミングセンスに満足したキルアの好きなお菓子、チョコロボクンをミルキと一緒に腹いせに全部食べたのは、言うまでもない。
つまるところ、似ているけど違う。だから似通っているんだけど。
スピードに乗った石が飛んでくる。身体を傾けて石を交わし、目を開けた。
木の下では少年が未だ鬼と戦っていた。猪の頭をかぶった少年が、操り人形のように体中に縄を張り巡らされた鬼と対峙している。縄は木の上に続き、クルイが縄先を持ち人形師のように鬼を操っていた。
「寝てんじゃねェぞくま野郎!!」
クルイは眠りながらも少年の気配を察知し、それを鬼に反映させて動かしていた。
「なんだ、まだだったのか山の王」
「うるっせー! うぉぉぉおおおおお! ちょとつもうしん! ちょとつもうしん!!」少年は叫びながら枝を鬼の目に突き刺そうと走り出している。
鬼は迫る突きを止め、爪で少年の体を切り裂こうとしたが、クルイが鬼の腕につながる縄を引いたことにより爪の軌道が変わる。少年は切り裂かれることはなく、地面に這いつくばり爪を避けた。
「てっめぇ邪魔してんじゃねぇぞ。餓鬼を仕留めそこなったじゃねぇかっ」
「飢えた鬼がガキに餓鬼とかセンスが高くてついていけないな」
「この能面野郎が! 餓鬼喰ったら次はてめぇを喰ってやるっ」
「高みの見物としておくよ」
「俺を無視して話してんじゃねえェェェェェ!! 鬼ィ!! 俺はお前に勝ァつ!!」
「『鬼さんっこっちら」らしいぞ」
「本気でおめぇを喰ってやる」
クルイは口端だけを上げてほほ笑んだが、目は冷たく鬼を見ていた。鬼が少年に勝つとは思っていない。
そもそもクルイが鬼と少年を闘わせている理由は、少年への当てつけだった。
任務帰りに立ち寄った山でタケノコ狩りならぬ鬼狩りをしようと思いついたことが原因である。土の中にいる隠れたタケノコを足の裏の感覚で探すように、日光に当たらないように隠れている鬼をオーラで見つける訓練をするために足を踏み入れた。
だが入山早々、猪が突進してきたことで邪魔をされた。正確には、猪の頭をかぶった上半身裸の幼い子供が突進してきた。
「お前が最近この山を荒らしているやつか!! ここは俺の山だ!! 俺の山を荒らすやつは許さん!!」
少年は両腕を上げ、指を爪に見立てて熊の様に威嚇している。
宇髄同様、コイツも相当変わっている。
クルイは気の抜けた声で少年に言った。
「この山にいる鬼を狩りに来ただけだ」
「俺はこの山の王だ! そして総ての山の王となる男だ! 王の許可なく山を荒らすことは許さんっ!」
会話が成り立たない少年の返事に、クルイは思わずため息を吐いた。まだ宇髄の方がまともに会話できていたと思い返す。
クルイは再度、威嚇し続ける少年を見て気分が降下した。少年に関わると面倒なことが起きる気がしたのだ。クルイは先手を打つために数秒先をシミュレーションし、少年に背を向けて歩き始めた。
少年は自分に背を向けたクルイを敵前逃亡とみなし、猪のようにまっすぐ突進する。
「ウリィィィィィィィィ! お前は俺より弱いぃぃい!」
「単純で楽だな」
獣ならそうすると思っていた。
背を向けたまま、クルイは間合いに入った少年の首を掴み勢いよく投げつけた。少年は木に強く叩きつけられ、動きを止めた。近づくと少年は気を失っていた。
「静かになった。責める気はないが守る気はさらさらない」
少年が気を失っている間に植物の蔓で縄を作り、少年を木に吊るす。意識が戻ったとしても、追ってくることは困難だろう。この少年が弟達みたいに規格外でなければの話となるが。
先程の少年然り、宇髄然り、自身を王とか神とか名乗っている奴は総じて妄想が激しい。
カァーと
クルイは、鴉に拷問用の縛り方じゃないことをアピールして少年と鴉を置き去った。
シンとした森の中、意識を集中させて気配を探る。目を閉じて、視覚、聴覚を切り離す。暗闇の中の水をイメージし、入水するように自身を溶け込ませ、感覚を研ぎ澄ます。
鬼の気を思い出す。他の生物とは違う鬼特有のオーラを真っ暗な水の中、肌で感じとる。
暗い水の中で光が見えた。
──見つけた。
クルイは走り出した。水の中で見つけた光の方角へ走り続けた。
暫く走った後、辿り着いた先は何もなかった。洞窟、小屋、倒木も何も見当たらなかったが地面からは鬼のオーラが見えている。爪を伸ばし、オーラの中心地に手を突っ込む。中は空洞だった。
山一つ分の範囲ならば、鬼の位置が予想できるようになってきた。
鬼は恐らく垂直方向にある程度掘った後、水平方向に数メートル程掘っているのだろう。日中、間違っても日が当たらないようにするために。
クルイが火薬を投げ入れる準備をしていると、遠くの方から鎹鴉の鳴き声が聞こえてきた。鴉に大体の居場所を特定されていることにクルイは嘆く。
クルイは鎹鴉の監視に嫌悪感を抱き、鴉をよく撒いていた。日に日に鴉の探索能力が上がり、今ではかくれんぼが激化している。
クルイが欝々と鴉との関係について考えていると、鴉とは別の鳴き声が聞こえだす。猪の少年だ。
縛り付けていた蔓をどうにかほどいて探していたのだろう。その途中、オレと一緒にいた鴉を見つけて追いかけまわし、鴉はバトンタッチのつもりで連れてきたのだろう。オレを差し出せば自分は助かる。鴉の打算的な考えにため息が漏れた。誰に似たんだか。
こんな煩い奴がいるなら気まぐれでこの山に入るんじゃなかったと今更ながら後悔する。
「やっと見つけたぞ荒らし屋ァ! 次は負けねェ、勝負だ!!」
「ウリャアアアアアアァァァァァァァァ!」叫びながら少年は突進してくる。さっきと同じ戦法かと思ったが腕を振りかぶった瞬間、肩と肘の関節を外し少しでも間合いを詰める。
「チッ、上手くいかねェな」
外した関節を難なくはめながら再度突っ込んできた。先ほどよりも速い。
クルイがナイフを構えようとした時、鎹烏が大きく鳴いた。
一般人にナイフを向けるなってか。
少年はその間も型にはまらない動きを繰り出してくる。
本当に面倒くさい。
クルイは攻撃をいなし躱すにつれ、少年のリズムを理解し始めた。少年にとっては無意識な癖。無意識に心地よいと感じる攻守のリズムがそこにあった。宇髄が口うるさく譜面譜面と言っている理由が分かってきた。
──相手の無意識下のリズムが分かれば、合いの手を入れるように攻撃すればいい。
いつの日か、宇髄が言っていた言葉だ。感覚で、譜面の概要を理解した。
クルイは気だるく少年に言った。
「いい加減、飽きたんだけど」
少年は焦っていた。こんなにも蹴りと拳を打ち込んでも当たらないのは初めてだった。山の中の動物相手では経験しえないことだった。
クルイは少年の腹を蹴り上げ延髄を叩く。少年は再び意識を落としたが、地面に倒れることはなかった。倒れる前に意識を回復し踏みとどまっていた。
ズシ並みのタフさだな。
少年はもう一度突進しようと走り出したが、クルイの間合いに入る前に、地中からの殺気に気づき後ろに飛ぶ。
瞬間、地面から土が飛散した。土の中から鬼が起き上がっていた。
「俺が寝てる地面の上で騒ぎやがっててめぇら楽に死ねると思うなよ」
「だってよ、少年」
「俺は死なねェ! お前らを倒す!!」
少年は鬼がいるにもかかわらず、クルイに突進してくる。それを見て、鬼も爪をむき出しにしてクルイに襲い掛かる。
鬼は少年と共にクルイを殺した後、少年を喰うのだろう。
予定は未定だ。太陽が昇っている間に、鬼のオーラを見つけ出す訓練を完了させる予定だった。山に潜む鬼をタケノコの様に掘り起こしていれば、さっさと次の場所へ移動していたのだが、それは予定に終わってしまった。ならば、予定が狂った代償として、少年には憂さ晴らしに付き合ってもらってもいいのではないだろうか。
クルイは、少年がクルイをめがけて蹴り上げた脚を、鬼が振りかぶった腕を、各々の攻撃がお互いにダメージを与えるように軌道を逸らした。
少年は猪の被り物が裂け、鬼は鳩尾に蹴りを食らった。
クルイはすぐさま鬼の四肢に、縄を結び付けたクナイを埋め込み、縄をもって木に登った。
即席の操り人形の出来上がりである。
「少年、この鬼を倒したら勝負してやる。鬼、少年は餌だ」
「俺は少年じゃねえ! 嘴平伊之助様だ!! 山の王になる男だ!!」
「てめぇ、こいつを喰った後はお前の四肢を引きちぎって痛みにもがき苦しみながら殺してやる」
「売られた喧嘩は他人に転売する主義なんだ。誰かにやってくれ」
「ここにはお前しかいねぇだろうが」
「アンタが生きてたらそうなるな」
「俺を無視してんじゃねェ!! このくま野郎! こいつに勝ったら俺と勝負しろ!」
操られていても鬼は自由に動き、伊之助の体力を奪う。鬼が意図的に距離を取った場合、もしくは伊之助が致命傷を食らいそうになった場合、木の上にいるクルイが縄を引っ張り、鬼の体を動かす。
鬼は弱かった。恐らく鬼になったばかりなのだろう。人を1人喰った程度にみえる。最近この山に来て獣を喰い漁っていたのはコイツのはずだ。
鬼は伊之助を食べようとするが、伊之助の脚力は幼いながらも強かった。
始めは鬼が速さ、体力、力から伊之助を圧していたが、時間が経つにつれて、伊之助の予測しづらい動きが鬼の急所に入るようになってきた。
クルイは、伊之助に日輪刀を渡せば鬼を倒すと確信する。
夜空が白み、日が空を侵食してきた。
この光景ももう見飽きた。
「理不尽に生まれて意味不明に死んでいけ」
クルイは縄を持ったまま枝に引っ掛けるようにして木から飛び降りた。それにより、鬼は滑車運動から高く持ち上げられる。鬼は太陽に灼かれ、断末魔を残して塵となった。
伊之助には何が起こったのかわからなかった。一瞬のことだった。鬼が視界から消えた途端、聞いたことのない耳障りな叫び声が響き渡り、途切れた。
日の光が目に入り頭が冴える。理解できたのは、目の前のくま野郎が鬼を倒したということだ。
鬼の叫びを訊いても感情の揺れが一切ない男に、伊之助は底知れぬ危機感を覚えた。
遠くから兄弟の足音が聞こえる。さっきの叫び声を聞いて駆けつけたのかもしれない。だめだ。来るな。兄弟の足音が大きくなるにつれ、自分の心臓の音が耳元で聞こえてくる。
くま野郎がゆるりと動いた。手には刀を持っていた。
起きたことは一瞬なのに、頭に焼き付いて何度もゆっくりと再生される。
叫び声が聞こえた。誰が叫んでいるのかわからなかった。喉の痛さから叫んでいたのは俺だと知った。
鬼を焼いた後、大型の猪が姿を現した。身も多く、食べ応えのありそうな立派な猪だった。
宇髄の元に帰る時に、手土産の一つでもあれば、嫁3人は味方についてくれるだろう。そんな打算的な思いが生まれた。
クルイは真上に飛び上がり、ナイフを投げ落として猪の首に突き刺した。すかさずもう一本のナイフで体重をかけて猪の頭を落とした。
一瞬の事だった。
猪は鳴き声をあげる前に絶命した。
クルイは新鮮な猪の死体に満足した。
良い肉が手に入った。これで説教の時間は減るだろう。
双刀についた血を払うと、少年が雄叫びを上げた。鬼の叫び声とは違う、怒りの声だった。
「兄弟にっ!! 何をするっ!!」
少年は木の棒を構え、目をめがけて刺突する。鬼と対峙していた時よりも桁違いに動きが速い。怒りで瞬間的に力が発揮されていた。
だが戦いで冷静さを失った奴は最初の攻撃に固執する。
クルイは身体を逸らし、伊之助の足を払い体勢を崩した。伊之助の腕を掴み遠くへ投げ飛ばす。投げ飛ばされた伊之助は空中で体勢を整え幹に着地し、着地の反動を利用して再び突きを放つ。
だがクルイを目掛けて飛んでいたはずなのに、いつの間にかクルイの姿は消えていた。
「本当、単純で助かるよ」
クルイは伊之助の鳩尾を殴りつけ地面に拘束した。腕と足の関節を全てはずし、隊服のベルトで縛り上げる。着ていた羽織を裂いて簡易的な縄を作り、伊之助を木に吊るし上げた。
「まさか、猪が兄弟とは思わなかった」
我が家同様、複雑な家庭事情もあるもんだ。
その後、クルイは淡々と猪の血を抜き、皮を剥ぎ、枝肉にしたところで、肉を棒に結び肩に担いだ。
伊之助はその後ろ姿をじっと見ていた。背中に文字が書かれた黒い服、2本のガタガタした短い刃の刀。黒髪黒目の濃いくまのある顔。全ての特徴を脳に刻み込む。
憎悪で濃縮された声を絞り出した。
「次会った時は、俺がお前を倒す」
「オマエに殺される気はないよ。悪気はない。善意はもっとないけど」
無感情な声を伊之助に向け、「それじゃあ」とクルイは山を下りた。
空はすがすがしく青かった。昨日と変わらず、同じような一日が始まっていた。
クルイは無心になって猪の皮を剥いでいる時に宇髄の言葉を思い出した。
──お前の音の呼吸は音がねえな。地味なお前にはちょうどいい。
音の無い、音の呼吸。鬼の喚き声も、宇髄の轟音も、煩わしい。うるさいのは嫌いなんだ。宇髄の音の呼吸とオレの音の呼吸。似てるけど違う、だから似通ってんだけど。
宇髄はクルイに音の呼吸を極めてほしいのだろう。だが、クルイの目的は音の呼吸を極めることではなく、手段の一つとして音の呼吸を使うだけであった。
クルイは瞳を閉じてため息を吐いた。肩に担いでいる猪肉を持ち帰るために歩みを進めた。
宇髄の元に帰ると宇髄が癇癪玉を放ってきた。訂正、癇癪を起していた。
何を心配しているのか、オレと誰を重ねているのか詳しく知りたいとは思わないが、とりあえず、嫁3人に猪肉を渡して宇髄を落ち着かせてもらう。
「ただいま」