不確実性下の改変   作:hrd

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姉が人を拾ってきた──。

 

 

 胡蝶しのぶは、鬼殺の剣士、胡蝶カナエを姉にもつ。姉、カナエは2ヶ月前に鬼殺隊の最終選別に受かり、鬼殺の剣士となった。

 

 胡蝶家の家業は、先祖代々医療に従事している。父もまた医者であり、母は看護婦をしていた。カナエとしのぶもまた、幼い頃より両親から怪我の手当て等の簡単な処置を指導されていた。

 

 姉のカナエは、母親に似て聖母の様な笑顔で患者の心と体を労り、両親の手伝いをしていた。妹のしのぶは、父親に似て医学に興味を持ち、父親の本から知識を吸収していった。しのぶはその本の中でも特に、薬学に興味を持った。漢方から薬を創る、薬品同士を調合して新たな薬を創る。それらを摂取することで、体内の悪い所を治療する面白さに気がついた。

 

 好奇心を抑えられなかったしのぶは、家族の目を盗み、父親の見様見真似で適当な薬草と薬品を混ぜ合わせて怪しい液状の薬を創り上げた。

 しのぶは嬉々としてその怪しげな薬を父親に見せた。薬を見せてきたしのぶに、父親は驚きを表したが、しのぶを強く抱きしめた。

 本来は叱らなければならない。勝手に薬品に触れてはいけない、危険だと。言いたいことはたくさんあったが、父親はそれらを呑み込んだ。

 

「しのぶ、よくやった」

 

 その後、しのぶは当然叱られたが今では幸せな話の一つとなっている。

 

 ──その数年後、カナエとしのぶの目の前で両親は鬼に喰い殺された。

 

 カナエはしのぶを連れて救助してくれた鬼殺の剣士に弟子入りし、尋常じゃない努力を経て鬼殺隊の道を切り開いた。しのぶは、そんな(カナエ)を誇りに思っている。

 だが、一つだけ相いれないところもある。両親が目の前で鬼に殺されたにもかかわらず、カナエは鬼に慈悲深い。

 カナエ曰く、鬼は元を辿れば人間である。故に故人の人格を殺され、強引に強力な捕食性と本能を植え付けられた鬼は可哀そうな存在だと。鬼血術は、故人の執着したものの現れなのだと。

 

 何を言っているのだと思った──。

 

 

 ──カナエは誰にも言ったことはないが、感情を読み取ることが得意である。自らの意思で鬼になった者、意に反して鬼になってしまった者、カナエにはその違いがなんとなく分かる。鬼という鎧を剥いだ時、無防備になったその故人の心を感じ取ってしまうのだ。故に、カナエは後者の鬼に対して、両親を殺された憎しみよりも哀れみを感じてしまう。

 

 本当はこんなことしたくはなかったんですね。悲しいですね。もう眠ってください。

 鬼の頚を斬った後、そんな泣きたくなるような思いが溢れてくる。

 こんなことは理解されない。共感されないことはわかっている。──しのぶにもだ。

 

 

 そんな、どんな生物にも慈悲深いカナエ(姉さん)が、人を拾ってきた。

 しのぶはつり上がる眉を鎮めるために深く息を吐き出した。

 連れてこられた少年は、しのぶの怒りを感じ取りカナエの後ろに隠れている。当の本人は、しのぶの怒りを蝶のようにひらりと躱し、にこにことほほ笑んでいる。

 

「しのぶ、ちょうどよかった。この子の手当てをお願い。打ち身もあるからちょっと診てくれる?」

 

 しのぶはまだ燻る怒りを鎮火するために、再度深く息を吸って吐き出した。

 

 

 

 

「紫緒はどうして診療所(あそこ)の前で泣いていたの?」

 

 カナエは拾ってきた少年、紫緒の顔を覗き込み柔らかく聞いた。カナエのほほ笑みは、どんな傷ついた心も癒す。

 しのぶは紫緒を見た。紫緒の瞳はずっと下を向き、悲しみの色に染まっている。自分のことを言えたものではないが、10歳も満たない子供が世の中を悲観するには早すぎる。普通の人では推し量れない、絶望することが起きたのだろう。怪我の手当てをしながらしのぶは会話に耳を傾けた。

 

 紫緒はカナエを見た。泣きたくなるほどのやさしい笑みが、年の離れた姉の笑みと重なる。

 カナエを通して姉を見る。気がつくと、記憶している姉の笑顔が頭に流れて止まらない。

 姉が消えてから自身に絡みついていた緊張の糸がプツリと切れる音がした。喉の奥に熱が集まる。目に涙が溜まり、鼻がツンとする。声を出そうとするが、喉に声が引っかかる。

 

 紫緒はゆっくりと話し出した。

 

「……あそこの医者たちを問い詰めてたんだ。前に、父さんと母さんが調子悪くなって、あそこの医者に診てもらったんだ。そしたら、その後すぐに体が悪くなって、どっかの病院に入院することになったんだ。それからもう、ずっと母さんたちは帰ってこない。手紙を出そうにも、病院の名前すら教えてくれない!」

 

 紫緒の握りしめる拳をしのぶは優しく触れた。

 

「姉ちゃんの時も同じだ。始めはただの咳だってあいつら言っていたのに、この間血を採ったらすぐに入院させようって言いだしたんだ!」

 

 紫緒の目は涙に濡れており、カナエをまっすぐ見る姿は痛々しい。

 

「そんなの、おかしいだろ?!」

 

 しのぶはカナエを見た。眉を下げて紫緒を見つめるカナエに、しのぶはカナエの考えを察した。

 カナエは人の弱みに弱い。どうにかして聞き入れたいと思ってしまう。紫緒の主張を肯定したいところだが、診察後に病状が回復せずに悪化することはある。おかしくは、ない。紫緒を傷つけずに、カナエはそれをどう伝えようか逡巡している。

 

 しのぶは息を吸った。意志の強い目が紫緒を射抜く。

 

「おかしくは、ないですよ。一応言っときますけど、そういうことはよくあることです」

 

 凛とした声が、カナエの思っていたことを代弁する。

 

「正確には、処方薬が患者の体質に合わないということが挙げられます。薬が効きすぎたり、逆に効かなかったり。または、薬の成分が体質によって副作用を起こしてしまうということもあります。そういう事がないように、医師は問診の際に患者の体質をよく訊く必要があるんです」

「しのぶ……」

 

 カナエはしのぶを窘めたが、その声に否定はない。

 紫緒は、しのぶの顔を見ることができなかった。しのぶの言ったことを素直に聞き入れられない自分がいた。心の中にはわだかまりしかない。でも、だって、そんなこと、といった聞き分けのない言葉が頭を埋め、目に涙が溜まる。

 悔しくて、悔しくて、腿の上で握りしめる拳に涙が落ちる。

 しのぶは、涙にぬれる紫緒の拳を優しく包みこんだ。

 

「まだ家に、ご家族に処方された薬があるようでしたら、見せてもらってもいいですか?」

 

 紫緒は耐えきれない涙と嗚咽を零し、大きく頷いた。

 

 

 

 

 

「先生、何があったんです?」

 

 助手は、落ち着きなく苛立っている医者を冷めた目で睨みつけた。

 医者の荒れた心境を表す様に、部屋は物が散乱し、桶の中の水や氷がぶちまけられている。

 

 医者は烏を追い払った後、取られた物がないか確認した。頭に浮かんだのは、赤い液体が入った小瓶である。

 医者は小瓶を保管している遮光を施した桶を見た。数分前にはその中にあった小瓶が、消えていた。

 

 ──変若水(おちみず)が、無い。

 

 長きにわたって鬼の血液を基に創造した薬、変若水が消えた。

 変若水は、医者と助手にとって最も大切なものである。多大なる人間と金と時間をつぎ込んで創り上げた、人のまま鬼の力を得る薬だ。

 外国との先の大戦を見据えて創り出したこの薬は、政府を相手に大金を巻き上げる予定である。

 戦争に勝利した場合は、より強い富国強兵政策によって求められ、負けても強力な力を求めて海外から買い手が殺到する。

 薬が血と金の海を創り出す。

 

 その試作品が忽然と消えたことに、医者は呆然と宙をみつめるしかなかった。その瞳は小刻みに揺れ、現実を受け入れられないでいる。そんなはずはない、そんなことがあってたまるか。数分前には、この中に、あったんだ。

 医者は彷徨う瞳で再び桶を見た。

 今まで感じたことのない不安が背後から襲い掛かってくる。それを追い払うように、必死に部屋の中を探し回り、手当たり次第苛立ちを物にぶちまけた。

 言い様のない絶望と怒りで顔が歪む。

 

 確証のない仮説を並び立て、医者は頭の中で烏を惨殺した。

 部屋に入る直前に襲ってきたあの烏が変若水を持っていったに違いない。

 

「くそっ!! 烏が!! 持っていきやがって!!」

 

 怒りを爆発させて叫ぶ医者に、助手は冷えきった表情を変えることはなかった。

 

「先生、深呼吸をしてください。一端落ち着きましょう」

「落ち着けるか!!」

 

 長い時間と金と危険をつぎ込んだ変若水が消えたのだ。助手のようにすぐに冷静になれるはずがない。

 焦りから頭を掻きむしる医者の姿を見て、助手はため息をついた。

 

「窓を開けていたのは、先生の瑕疵です」

 

 その目は、医者を冷淡に見ていた。相手の汚点を突きつけ、言葉で頭をぶん殴る一種のショック療法であった。

 

「現実を受け入れて、やるべきことを考えましょう」

 

 助手は医者の手を掴み、穏やかにほほ笑む仮面を取り着けた。

 

「幸い、烏に持っていかれたのならば、薬はもう日光に当たっているはずです。鬼の血は消滅しているので、飲まれても発現しませんし、人の手に渡っても見つかりません」

 

 助手の言葉に、冷えていた医者の指先が温度を取り戻す。人と触れることによって、焦りから狭まっていた視野が次第に広がる。

 

「少し、焦りすぎていたようだ」

 

 医者は目を閉じ、これまでの事を思い返す。過去のデータと体験と知識からより理想的な物語を考え、何通りもの道筋を立てる。今なら、最善の策が考えられる。

 医者は瞳を開けて、助手に頷いた。

 

「今夜、逃げるぞ」

 

 力強く、堂々と宣言した。

 

 

 

 医者の発言と行動には心底失望したが、彼は研究に大いに役立った。

 あいつの言う通り、変若水が烏に持っていかれたということが本当であるならば、それは既に使い物にはならない。

 

 変若水は、日の光に当たることによって鬼の血液成分は消滅し、ただの薬品を混ぜ合わせた液体へと成り下がる。

 その性質は利点であり、欠点でもある。薬が不本意な者の手に渡った時は、太陽の光に当たることによって効力が切れる。薬を飲まれていたとしても、その者は太陽の光を浴びた瞬間死ぬ。それは欠点もまた同じである。飲んだ者は、日中外へ出歩くことができなくなる。

 

 

 医者と助手は診療所を出た。これから家に帰り、各々の荷物をまとめるためである。

 医者は助手に言った。

 

「夜、ここに一度集合しよう」

 

 それを合言葉に、医者は自宅のある方向へ歩き出した。

 

「先生、また夜に!」

 

 助手は笑顔で手を振った。その笑顔はいつもの優しいほほ笑みよりも、口角が上がっていた。

 医者が道の角を曲がった途端、助手は自分の家の方向ではなく、医者と同じ方向に歩き出した。

 用心深いあいつは、もうここには戻らない。夜を待たずしてこの町を出ていくはずだ。その前に、薬の情報と残りの鬼の血を奪わなければならない。一人だけ利益を搾取することは許さない。

 

 医者は横目で窓硝子を見た。尾行する助手を確認し、想定通りの行動に口端が上がった。

 

 

 

 

 

 ──鎹鴉が烏ネットワークを掌握していた。

 

 クルイは胡蝶家、通称蝶屋敷を訪ねていた。

 鎹鴉を使って、盗んだ小瓶の情報を産屋敷(本部)に報告した後、耀哉の命により胡蝶しのぶと面会することになった。

 

 鬼殺隊には支援者がいる。正確には、危険を冒さない程度までは、無償で手を貸してくれる人達がいる。鬼殺の隊士によって命を救われた一族が、藤の花の家紋を掲げる家に住み、末代まで恩返しとして手を貸す。

 

 鬼殺隊の支援者には、胡蝶一族以外にも医療に精通する一族はいる。だが、危険域にまで足を踏み入れることができる人物は、胡蝶しのぶだけである。医学に精通し、鬼殺の剣士を姉に持ち、自らも鬼殺の剣士を志す胡蝶しのぶは、鬼殺隊にとって非常に重要な人物である。その胡蝶しのぶに、クルイは赤い液体の解析を依頼しに足を運んだ。

 蝶屋敷は、周囲の家と比べて敷地面積が広かった。先祖代々医療に携わる家系であったため、そこらの診療所よりも、医療器具と薬品が揃えられている。

 開け放たれた窓からは、木に染み付いた消毒液の匂いが微かに漂い、歴史の長さを感じた。

 

 

 クルイはうんざりしていた。

 随分と長い時間、門前で待たされているのである。門にノッカーが見当たらないことから手でノックしてみたが、誰も出てこない。その代わりに、怒りを爆発させた声が、母屋から門前まで長い顔を出した。

 

 ずっと聞こえてくる怒声に辟易したクルイは、勝手に敷地に入り玄関まで悠然と歩き始める。その間も少女の怒鳴り声が途切れることはない。

 ポケットに入れている小瓶を触りながら、怒り狂う少女の声に耳を傾け情報を整理する。

 先程行った診療所は、患者の容態を故意に悪化させていたらしい。恐らくその患者らを鬼に流しているのだろう。この赤い液体と、患者家族から入手した処方薬は、診療所(アイツら)の弱点となる。この二つはまだイコールで繋ぎ合わせることはできないが、鎹鴉が掌握する烏ネットワークから有益な情報を得ることができれば、点在する点を俯瞰してみた時、一枚の絵となり全てを理解することができるのだろう。

 

 特別、興味はないが。

 

 そこまで思考して、クルイは未だ怒り続ける少女にため息を漏らした。

 どうしてそこまで他人のために感情を動かすことができるのだろうか。怒り続けることは、存外、自分も周囲も体力を奪うというのに。

 母、キキョウのヒステリックな叫びを思い出す。キーキーと甲高い声を出して叫ぶ弾丸トークは、そのまま耳の穴を的にして弾を放ち脳にダメージを与える。そういう時の対処方法は、話に共感するしかない。

 

 かわいそうに、同情するよ。

 

 相手を落ち着かせるシミュレーションをしながら同情という言葉も使ってみたが、その口調からそんな気持ちが微塵もないことが自分でもひしひしと伝わってくる。

 これでは相手の精神を安定させるどころか逆撫でするだろう。自分には向いていない。

 クルイは失敗することを前提に勝手に玄関の戸を開けた。

 

 

 

 胡蝶姉妹は信じられないものを見た。

 家の塀から屋根にかけて、大量の烏が留まっているのだ。紫緒は尋常じゃない数の烏の大群に恐れをなして、一目散に部屋の奥へ逃げた。

 

「しのぶ、烏に石でも投げたの?」

 

 カナエは笑顔でしのぶに訊いた。

 

「姉さんは私をなんだと思っているのよ」

 

 しのぶは眉間にしわを寄せてカナエを見た。

 しのぶはつい先程まで激怒していた。紫緒が持ってきた彼の姉の処方薬は、治療薬ではなく明らかに症状を促す薬だった。

 副作用どころではない。故意に病状を悪化させるものだ。悪意をもって患者を苦しめた。亡き両親と同じ職に就く人間が、そんなことをする様に沸き上がる怒りを止めることができなかった。両親を侮辱された気がした。

 苛立ちが抑えられず、カナエの冗談に返す余裕もない。

 

「じゃあ、どうしてこんなにも家に烏が押し寄せているのかしら」

 

 そんなの私も知りたい。

 

「ここに、オレがいるからだ」

 

 背後から、カナエとしのぶが今最も知りたい答えを知らない人間が答えた。

 二人はすかさず庭に飛び出し距離を取る。気配に敏い二人でも、目の前の少年の気配に気づくことができなかった。

 

「紫緒!!」

 

 カナエが叫んだ。目線の先には、紫緒が少年に抱えられており、ぐったりとしている。カナエの声に反応しない様子から意識があるのか定かではない。

 しのぶは腰に手をやったが、空を切っただけだった。つい、刀を持っている気になっていた。家の中だからといって刀を置いていた自分に苛立ちが募る。その油断が、命を分けると師範に教えられていたにも関わらず。この様だ。

 しのぶは袖から小太刀を取り出し──構えた。

 

「しのぶ、やめなさい」

 

 いつのまにか、目の前にはカナエの掌があった。

 カナエは前に出て、小太刀を構えるしのぶを手で制す。

 視界を遮る手とカナエの声で、しのぶの張りつめた緊張が緩んだ。

 

「この人は鬼殺隊の人よ。刀を降ろしなさい」

 

 紫緒に神経を使っていたが、よく見てみると、外套の下には鬼殺隊の隊服である黒い詰襟と刀を携えていた。死神に取りつかれたような死んだ目は、冷淡にこちらを見返し隙が無い。

 そいつは、何事もないように淡々と言った。

 

「鬼殺隊、音柱のクルイだ」

 

 しのぶは小太刀を降ろし、顔に笑顔を張り付けて心の中で罵倒した。

 勝手に上がるな。門前で立ってろ、くそ野郎。

 

 

 

 鎹鴉と胡蝶邸に集まった烏が、大合唱という名の報告会を行っている間に、クルイは案内される形で部屋に入った。

 テーブルを挟んだ向かいには、隊服を着た、頭に蝶の髪飾りを二つつけた胡蝶姉が座り、その後ろに紫緒と呼ばれる少年を寝かせている。姉の隣には、隊服を着ていない、頭に蝶の髪飾りを一つつけた胡蝶妹が、剥がれかけの笑顔の仮面をかぶって座っている。

 

 先ほど発した姉の声からして、さっきまでさんざん声を荒げていたのは妹の方なのだろう。感情を隠すためにかぶっている笑顔の仮面が目元まで落ちている。

 お前が気に入らない──と顔が語っている。

 クルイはさっそく本題に入って逃げることにした。

 

「鬼殺隊当主、産屋敷輝哉の命によりはせ参じた。胡蝶しのぶにこの液体の解析を願いたい」

「お館様からの命ですって……」

 

 クルイは、ポケットから布に包んだ小瓶をテーブルの上に置き、小さく頷いて説明を始めた。

 

「近くの町に住む人達は、病にかかりやすく、死に至るそうだ。その話に鬼が関与しているのか調査していた。結果、町に鬼の痕跡は見当たらなかった。かわりに、その町の診療所からその小瓶を見つけた」

 

 クルイは立ち上がり、障子を閉めて日の光を遮蔽した。布を開き、赤い液体の入った小瓶を二人に見せる。

 

「鬼の血を基に作られた薬だ」

 

 カナエとしのぶは視線をクルイに戻した。その目は見開かれ、信じられないと言っている。

 

「この薬から、その診療所と鬼は繋がっていると言える。だが、鬼がそこの人間を食べずに、自分の血を無償で与えるはずはない」

 

 しのぶの背中に、じっとりとした嫌な汗が流れた。『この近くの町』とは紫緒の住む町だ。薄々と、話の全体像が見えてきた。胸の内側から、不快な感覚が広がっていく。

 目の前の人物は、文章を読み上げるように淡々と言った。

 

「体調を悪くした人は、誰を頼る」

 

 先程まで、自分が怒りをぶちまけていた医者と目の前の人物が言っている診療所がはっきりと重なった。

 

「町の人の病は人為的だった、ということですね」

 

 カナエの厳しい口調に、クルイはゆっくりと頷いた。

 

「正確には、作為的に悪化させている」

 

 しのぶは後ろで気を失っている紫緒を見た。

 

「この子の家族も、その診療所の者が診たことによって、現在行方が不明になっています。つまり、そういうことなんですね」

「その情報を今、鎹鴉がこの地域に住んでいる烏から訊きだしている。恐らく想像通りだと思うが」

 

 鎹鴉に情報収集の方法を叩き込んだことが功を奏した。昼夜問わず飛び回ることができる烏ネットワークは広くて深い。診療所に通っていた人間がどこへ向かったかはすぐに判明するだろう。

 クルイは、『産屋敷耀哉』という名前の影響力を利用した。

 

「だからこそ、薬学に面識のある妹に、この液体の解析を願いたい。見たところまだ完成はしていない。成分を分析し、このようなことが起こらないように今後の役に立てたい、とお館様が言っていた」

「役に立てるって、どんな……」

 

 クルイは指を1本立てた。

 

「近い未来、その薬を飲んだ生物が現れるかもしれない。治療法を見つける必要がある」

 

 続けて2本目の指を立てる。

 

「鬼の生態を研究する。毒と太陽以外にも鬼を殺す方法が見つかる可能性があるかもしれない。鬼の軌跡を細胞から辿る」

 

 3本目の指を立てた後、薬の効力について言おうとしたところでクルイは言葉を止めた。

 胡蝶姉妹の後ろに寝ている少年をじっと見る。先程までの空気の揺れと呼吸音の違いから、紫緒の目が覚めたことに気がついた。

 しのぶはともかく、鬼殺隊に関係のない人間が聴いていいものではない。

 

 クルイは手を降ろし、会話を勝手に終了した。突然話をやめたクルイの行動に胡蝶姉妹はついていけず、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。

 そのまま両者とも黙り続けていると、沈黙を破るように、羽根の音が聞こえてきた。

 鎹鴉が報告会を終えて告げに来たのだ。

 

 ……まずいな。

 

 意識を失っていたはずの紫緒は、話を聞こうと狸寝入りを決め込んでいる。

 クルイは、胡蝶姉妹に気づかれないように、テーブルの下から紫緒の頭を強打してもう一度意識を落とすことを考えた。

 だが刀を握った時には既に遅く、鴉が部屋を旋回し叫んでいた。

 

「合ってたァア!! 合ってたァア!! 診療所の奴ら鬼に人間贈ってたァア!!」

 

 その後も鴉は烏会議の要点を話し続け、鬼の潜む病院まで報告し終えたところでクルイの肩に着地した。

 クルイが無感情に鴉の足を掴んだと同時に、狸入りを決め込んでいた紫緒は勢いよく起き上がり、宙を睨んだ。顔色は血の気が無く、青を通り越して白くなっている。

 紫緒は淀んだ目でクルイを見た。

 

「鬼って、何。……父さんも、母さんも、姉ちゃんも、みんな、あいつらがその変な薬を創るために、鬼のところへ連れて行かれたのかよ」

「紫緒っ」

 

 カナエが口をはさんだが、紫緒はかまわずクルイを見続けた。

 クルイは黙って紫緒を見た。その目は何も答えを映してはいない。

 紫緒は勢いよく立ち上がり、クルイに駆け寄りすがりつく。抑えきれない衝動が体を突き動かし憎悪を吐き出す。

 

「……一生のお願いだ。あいつらを殺してくれ。父さん、母さん、姉ちゃんを奪った、あいつらを殺してくれ!! 頼む!! 頼むよ!!」

 

 クルイは嘆息した。基本的に低いテンションが更に降下していくのを止めることができなかった。

 こいつに暗殺者だったと言った覚えはないのに、こいつは人殺しにオレを選んだ。

 自分の中で、乾いた笑い声がこだまする。

 いくら手を汚しても洗うのは足だ。汚れたれ手で足を洗っても汚れたままだ。家業という色素が己に刻み込まれて染みついている。

 まあ、別に嫌なわけじゃないけど。

 

 残虐な王が不出来な臣下を問い詰めるように、クルイは紫緒の眼を見ながら心に見えない刃を突き刺した。

 

「殺してくれ? オマエは何を差し出せるんだ? その年じゃ金はない。生涯待ったとしても予測範囲内の稼ぎじゃ価格の足元にも及ばない。才能という才も開花していない、利用してもオマエのような考える力も、体力もないやつは使い物になる前に死ぬ。身代わりにしてもその貧弱な体じゃ盾にもならない。存在の価値も無い。そんな利用価値の無いオマエと、何を取引に契約するんだ。自分の価値を考えろ」

 

 紫緒は絶望した。勢いよく、心から血が流れていき、自分の中が空っぽになる。言葉を否定して、壊れたように頭を左右に振ることしかできない。

 

「紫緒……」

 

 肩を触るしのぶの温かさに、涙が溢れ、どうしようもない思いが溢れてくる。

 

 ──今の自分は、無価値だ。

 

 その事実に耐え切れず、紫緒は部屋を飛び出した。

 クルイは掴んでいた鴉の足を離し、鴉は飛び立った。

 

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