不確実性下の改変   作:hrd

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踏ん張れ、踏ん張ったその先に可能性はある

 

 

 走り去った紫緒の名残を見ながらクルイはしのぶに言った。

 

「追わないのか?」

「追うなら貴方が責任をもって追うべきです」

「なら捨て置く」

 

 オレが行く必要は無い。何の責任があるのか理解できないが、情報源の子守りは後を追った鎹鴉に任せる方が得策だ。少年が身の丈に合わない危険に足を踏み入れた時は、鴉が面倒を見るだろう。監視するようにいつも目を光らせている。

 

 しのぶは、涼し気に紫緒のことを気にしないクルイに怒りを覚えた。笑顔の仮面を剥がし睨みつける。

 

「あなたねえっ」

「しのぶ、やめなさい」

 

 苛立ちを濃縮した声は、カナエによって言葉を繋げることはできなかったが、しのぶを咎めたカナエの目は、しのぶと同様に強くクルイを批難していた。

 

「他にもまだ、何か用があるんですよね」

 

 言葉の裏から「用が無いならさっさと帰れ」という声が聞こえてくる。

 クルイはゆっくりと小さく顎を引いた。

 

「今夜、鬼を殺しに行く。これから本部に連絡し、救助の人員を確保する。胡蝶姉は(かくし)の護衛をしろ。オレが鬼と闘っている間にアンタは隠を引率し、生きている人の救助に向かってくれ」

 

 鬼との戦闘は一人で十分だが、救出と事後処理は人手が必要である。一人でするよりも人数を集めた方が効率的だ。一人の労力を最小限に済ませ、最大の効果を図る。たがらこそ人数の確保が必要となる。

 

「わかりました」

 

 しのぶは遠慮がちにカナエの袖を掴んだ。

 

「ねえ、姉さん。隠ってなに」

「……隠は、非戦闘員の事です。剣技で鬼殺隊に貢献するのではなく、剣士の補助、後処理、医療や隊服の開発など前線部隊の補助から裏方まで手助けしてくださる方々のことよ」

 

 そうですよね、とカナエはしのぶからクルイに顔を向ける。

 しのぶに見せないその表情は、口角だけが上がった歪な笑みだった。今まで隠の存在をしのぶに隠していたような、そんなぎこちなさをクルイは感じた。

 

「医療……」

 

 呟きながら考えているしのぶに、カナエはじわりと汗が吹き出る。しのぶが次に言い出す言葉が既に分かる。

 

「姉さん、私も行く。行って怪我人の手当てをする」

「それは駄目。しのぶはここで待ちなさい」

「でもっ」

 

 クルイは胡蝶姉妹を見て察した。

 互いが互いを大事にして縛りあっている。立ち位置の違う二人が、互いの見えない命綱を持ち、縋りついているように見えた。片方の命綱が切れた場合、もう片方は己を変えざるを得ない危うさがある。

 どの世界も、いつの時代も、家族、特に兄弟は特別だ。だからこそ、執着する。

 イルミとキルア、クルイとミルキ、キルアとアルカ、カルトとアルカ。胡蝶姉妹と自分達の関係を比較し、思わずため息が出た。我が家の兄弟間の執着は、昼ドラに負けず劣らずどろどろとしている。

 

 姉は妹を危険な場所へ行かせたくないのだろう。そもそも、鬼殺隊を目指すことすら何かしら思うところがあるのかもしれない。たった一人の残された肉親。危険度の低い場所で、寿命尽きるまで幸せに生きてほしいと願うのだろう。

 まあ、オレには関係ないことだが。

 

 クルイは軽く目を閉じて計算した。

 喰われる者(人質)を取り除くためには、人手が必要である。たとえ新人であっても、一人でも多くの手足が生存者の数につながる。

 クルイはカナエを連れていく代わりに、カナエの意志を汲むことにした。これから起こることを何通りもシミュレーションしてカナエに仕掛ける。

 

「妹は、鬼殺隊の一員なのか?」

 

 その答えはわかりきっている。

 

「いいえ、まだです」

「呼吸は使えるのか」

 

 それも知っている。

 

「使えます」

 

 しのぶがカナエよりも先に答える。だがカナエはその答えに注釈を付け加えた。

 

「妹は、私と同じ花の呼吸の使いです。ですが、しのぶは小柄で腕の力が弱いので、鬼の頚を落とすことはできません。今は、花の呼吸から派生させた(むし)の呼吸、突き技に特化し、かつ毒をもって鬼を殺すように研究と訓練を積んでいる最中です」

 

 カナエが話している最中から、しのぶはカナエをきつく凝視した。

 

 ──余計なことを言わないで。

 

 口に出さずとも、その声が聞こえてくる。

 クルイはため息をついた。カナエの言いたいことがひしひしと伝わってくる。

 

 ──しのぶを連れて行かないで。

 

 カナエから視線をずらし、しのぶの身体を見た。

 細く小さな肢体だ。骨格からして、これから成長期に差し掛かっても予測範囲内であれば、頚を切り落とす程の筋力はぎりぎりつくかつかないかのところだ。たとえついたとしても、一体斬り落とすのが精一杯となるだろう。

 王道で戦い続けるには向かない体格だった。故に、力を使わない相手の致死量に頼る毒殺。

 クルイはしのぶの地雷を察知した。爆発しないように、爆弾を覆っている土をきれいに掃いて存在を顕にする。

 

「他力本願の毒殺か」

 

 しのぶの眉がぴくりと動いた。

 突きで毒を注入し、毒をもって鬼を殺す。

 

 恐らく、毒は藤の花を濃縮して濃度を変えて創っているのだろう。

 クルイは最終選別の期間、自身が検証していたことを思い返した。

 

 しのぶは、人よりも劣る能力に見切りをつけ違う能力をもって補うという選択をした。蝶のように舞い、蜂のように刺し、毒を以て()を制す。時間を掛けて足りないものを伸ばし、人並み以下になるよりも、足りないものを捨て、伸びる能力に可能性を賭けた。

 クルイは、しのぶの苦渋の決断に気づきながらも地雷の周辺を撃ちぬいた。

 

「毒を使うなら2の手3の手を用意しないと使えないな」

 

 猫が毛を逆立て威嚇するように、しのぶは殺気を飛ばしてクルイを睨みつけた。自分ではどうしようもない悩みに焦りもがき苦しむ少女がそこにいた。

 

「あなたに……何が分かるんですか。身体が小さく、筋肉量が圧倒的に乏しい人間が、努力してもどうしても手に入らないものを、悔しそうに、物欲しそうに見ていろと言うんですかっ。私は、好きでこんな小さな体なんじゃない! せめて姉さんと同じように、自力で鬼の頚を斬れるくらいの体格が欲しかった!!」

 

 しのぶの目に涙の膜が張る。悔しさから感情が高まり、涙が溢れて止まない。

 

「仕方ないでしょ! これから先の成長なんて知れてるんだから!」

 

 クルイは地雷に照準を当て、撃ちぬいた。

 

「かわいそうに、同情するよ」

 

 何の感情も無く、薄っぺらい言葉だった。

 しのぶは、目の前の人物が同情という言葉を使っているが、その口調からそんな気持ちが微塵もないことを心底感じとった。

 

「きさまあ!!」

 

 毒を塗った小太刀を構え握りしめる。畳を踏みしめ、力を爆発的に発散させた。瞬間、しのぶの姿が消える。しのぶがいた畳は穴が開いた。

 

 速さに自信を持つしのぶよりもクルイは速く動いていた。しのぶの速度、移動場所を予測し、背後から小太刀を奪い取る。

 

 クルイのその行動が、しのぶの怒りをさらに爆発させた。力の無いしのぶは誰よりも速くあることを目指してきた。速さだけであれば、隊士である姉のカナエよりも速いと自負している。その速さを目の前の男は顔色一つ変えずに凌駕した。しのぶの自尊心が、次々と傷つけられていった。

 

 クルイは、小太刀の刀身を日に当てた。油のような粘土の高い液体が刀身に付着している。クルイはしのぶを見て鼻で笑った。

 

「オレに毒は効かない」

 

 毒を塗っている刀身を指で拭き取り、舐める。

 しのぶとカナエは愕然とした目をクルイに向けた。

 

「すぐに吐き出してください!! 水を取ってきます!!」

 

 カナエはすぐさま部屋を飛び出し、水を取りに行った。

 

「別に死なねえよ」

 

 その呟きは、カナエにも近くにいるしのぶにも届くことはなかった。

 クルイはため息を吐き、しのぶの目を射抜く。ゆっくりと暗示をかけるように、しのぶの心を揺さぶった。

 

「オマエ、死ぬよ。オレみたいに毒が効かない鬼がいたらどうする。戦いながら調合したとして、新たに毒を解毒され続けたらどうする。どちらが先に尽きるか耐久戦に入ったとしたら、確実に体力のないオマエが死ぬ」

 

 しのぶの足元に小太刀を投げ刺す。

 

「そうなることを前提に戦略と戦術を立てろ。薬で自分の肉体を強化し頚を斬るか、もしくは自分の体を毒の塊に変えるのか。喰われて運よく相手を殺すか、弱体化したところで仲間に頼って殺してもらうのか」

 

 胡蝶しのぶという名前の人形を見るように、何の感情もなく評価を述べた。

 

「毒を使うなら戦術を増やせ。じゃなきゃ使えねえ」

 

 しのぶの頭に「使えない」という言葉が鳴り響く。全身の血液が一瞬にして奪い取られ、体温が消え、立っていられなくなる。

 

死に方(最後)を選択するのは己だ」

 

 呆然と座るしのぶに、クルイは小瓶を握らせて部屋を出た。

 

 

 

 

 

 人は平気で嘘をつく。先生との関係は嘘の塊だった

 

 思わず頬が引き攣った。

 これから先生を殺し、研究資料を盗む。

 窓に触れるまで、数秒の時間が必要だった。早まる心臓を抑えつけるために、深く息を吸う。

 

 小刀を握り、覚悟を決める。閉じていた窓を開けて部屋の中に入ると、突如すさまじい破裂音に襲われた。糠床をかき混ぜるように脳内をかき混ぜられて思考がぐにゃりと歪み、吐き気を催す。暫くの間聴覚が消え、同様に他の感覚も消える。

 

 右手に激痛が走り、声にならない叫びと共に床に蹲る。右手は血で赤く染まり、普通ではありえない角度まで手首が曲がり垂れている。視認して思わず叫ぶ。

 視覚と混乱から脳が必要以上の痛覚を訴え、精神を錯乱させる。

 

 頭に何かがつきつけられた。目線の先には、銃を構えた先生がいた。

 白黒する目を落ち着け呼吸を整える。全身から大量の脂汗が噴き出し、痛みと悔しさから顔が歪む。

 

 ──全部、掌の上かよ。

 

 舌打ちをすると、男はにこやかにほほ笑んだ。その表情から、自分の行動が全て読まれていたのだと再度理解する。

 別れた後すぐに追ったことも、窓から入ることも、武器を持っていたことも全て読まれていた。

 

「よく来たな。体調不良か」

 

 いつも通りの男の声音に恐怖からか尋常じゃない速さと大きさの鼓動が聞こえてくる。息も早くなり目の奥がチカチカと点灯しては消える。まともな精神状態ではない。それでも強がらなければならない。弱っているところを見せてはならない。仕掛けたのならば、勝たなければ意味がない。

 

「華やかなおもてなしのおかげで、たった今」

 

 血の花火なんて初めて見ました。あまりの激痛にそんな軽口は続けられなかった。痙攣するように、片頬だけが引き攣る。

 

 活路を見出すために、呼吸を整えながら目だけで周囲を見渡す。持っていた小刀は手を伸ばせば届く距離に落ちているが、男はそれを許すはずがない。その僅かな距離が、ひどく遠く感じた。

 気づかれないように軽く部屋を見渡す。視認できる範囲には、罠はない。もっとも、綿密な罠を仕掛けているか、この思考すらも罠で追い打ちをかけようとしているのであへば見抜きようもないが。

 

 耳元でカチャリという音がした。

 男には表情がなかった。長年連れ添った助手を殺そうとしているのに、実験動物に薬品を注入するような作業的な目をしていた。そこには何の感情もない。手間をかけさせるな──そんな心の声が聞こえてくる。

 

 ──このままだと確実に死ぬ。

 

 時間を稼ぎ、銃の軌道を逸らすことができなければ即死だ。

 1分間、自身の話術に未来の時間を賭ける。喋り続けていれば、銃を扱い慣れていない先生は、腕の疲労から照準がずれるのではないかと考える。それは願望でもあった。

 医者が苛立つように、助手はシニカルに笑う。

 

「先生、変若水は……本当に烏が持って行ったと思ってるんですか?」

 

 上目に医者を見て、心の片隅にある疑心を煽る。

 医者は何も答えなかった。質問に反応することで、自身の思考と心理情報を読み取られると危惧しているのだろう。だが、この質問に関して沈黙という選択は過ちである。静寂が、医者の心の声を雄弁に語っている。

 

「先生もおかしいと思ってるんじゃないですか? じゃなきゃ急いで今夜この町を出るなんて言いだしませんよね。烏が持って行ったのなら、部屋から持ち出した瞬間、太陽の光で使い物にならないはずじゃないですか。研究は秘匿されたままです。なのに、何で、町を出ていくんですか?」

 

 激痛と血が流れすぎて考えがまとまらなくなってきた。何が効果的な言葉なのか、導き出すことすら億劫になる。

 それでも、虚勢を張ってにやついた笑みを浮かべ続けた。

 

「先生、本当は思い出したんじゃないんですか。部屋にいた烏は、足に、口に、何か咥えてました? 予想では──」

 

 嫌らしく嗤い、声を潜めて言った。

 

「烏を囮に、誰かが盗んだ──」

 

 「なんてね」という言葉と同時に俺達は動いた。先生の腕に向かって突進し、銃口を逸らすと同時に腕を床に叩きつける。奴は引き金を引いたが、銃弾は関係のない方向へとそれた。

 

 先に立ち上がったのは奴だった。奴は窓を背にし、再び俺に照準を合わせた。

 こちらは立ち上がる気力も体力もない。先程の耳元の発砲で聴力もない。体当たりは予想以上に体力を奪い、極わずかな延命を得ることになった。それでも、再び窮地だ。

 

 諦めからか、涙が零れ落ちてくる。死にたくないと死にそうな今、死ぬほど願っている。

 自力でこの状況をひっくり返す方法が思いつかない。ここまでか、と生きることを──諦める。

 

 先生に撃たれる覚悟を決めた時、窓が割れた。

 窓を背にして立っていた先生の横を拳大の石が割って入ってきた。

 

 先生は思わず外を見た。

 俺はその好機を逃しはしなかった。床に落ちていた小刀を掴み胸を刺す。先生と一瞬目が合う。初めて見る、笑えるほど驚いた顔だった。それなのに、なぜだか涙が出てくる。湧き上がる感情にそんなはずないと、心を消す。

 

 先生を殺った。すぐに止血して、研究資料を集めて出ていかなければならないのに、体が動かない。達成感を凌駕する疲労と出血で、全身が重りになったように重たい。

 少し休んだら、また動けるようになるだろうか。そう思いながらも意識が遠のいていく。

 まだ、死にたくないな──。

 

 

 

 

 

 ──傷ついたら負けだ

 

 あてもなく、腹の底から湧き上がる衝動を発散するように、紫緒は全力で走っていた。

 どこまで走るのか、いつまで走り続けるのかわからない。体は背中から疲労がのしかかり、頭は全てを拒絶して何も考えることができないでいる。だが漠然と、立ち止まれば泥濘に足を取られ立ち上がることができなくなる気がした。

 

 走りすぎて喉が苦しい。心を刺されすぎて心苦しい。

 

 大きく息を吸い込み、咽て呼吸のリズムを崩す。唾液が気管に入り込み咳が止まらず涙が滲む。

 足を止め、痛む喉と肺を鎮めるために壁によりかかった。口を開けて空気を吸い込み吐き出すが、唾液と涙が落ちるだけで呼吸と気分は落ち着くことはない。その焦燥がまた更に、無力な自分への苛立ちに拍車をかけた。

 

 走ったって意味がないことぐらい本当はわかっている。あの人が言ったように、無価値で無力な自分に何ができるのかわからない。分からないから、走ってどうにもならない思いを発散するしかない。

 家族を奪った診療所の奴ら、家族を殺した鬼を殺したい。ただ殺すんじゃなく、体の内側から腐るようにもだえ苦しみ地面に這いつくばるような苦痛を与えて殺したい。自分が受けた以上の苦痛を思い知らさないと気が済まない。

 

 紫緒は壁伝いに座り込んだ。石を握りしめ、鬱々と呪いを吐き続ける。石に呪いが籠るように、ひたすら強く石を握りしめた。

 石を蹴って歩く人を淀んだ目で見る。人が蹴った石は小さく飛び、次々と人に蹴られていった。

 握りしめる石を見た。蹴られて飛んでいった石の映像が何度も頭の中で再生する。蹴飛ばされた石と一緒に、このドロリとした暗い呪いも飛んでいけばいいのに。

 呪いを纏った石を奴らに投げることで、消化できない憎悪を奴らに浴びせる。人の想いは、重い。

 

 地面を睨んだ濁った目は、周囲にいた人達をひるませた。

 見てんじゃねえぞ。

 怯える人の視線すらも、神経を逆なでた。自分を守るように、目を瞑り、耳を塞ぎ、情報を遮り──膝を抱えて俯く。

 

 

 ──近くで、バサバサと羽根の音がし、鋭利な細長い何かが頭を小突く。何度も何度も何かが頭を小突く。顔を上げて、ゆっくりと見上げると烏がいた。

 鴉は頭上を旋回し、何度も紫緒の頭を蹴り続けた。

 

「痛っ! 痛いって!!」

 

 紫緒は立ち上がり鴉から逃げだすが、鴉はしつこく紫緒の後を追いかける。

 

「なんで追ってくるんだよ!」

「命令ダ! アホーアホー」

「しゃべってる!? あの人の烏かよ!?」

 

 紫緒はカナエの屋敷で見た、人の言葉を話す鴉を思い出す。逃げるのを止め、飛んでくる鴉に向き合う。鴉は近くの建物の屋根に着地し紫緒を見下ろした。

 目に殺意を宿して、紫緒は鴉を睨み上げた。

 

「あの人の烏なら、診療所の奴らがいるところに連れてってくれ。知ってるんだろ」

 

 誰にも頼らない。自分であいつらを殺してやる。

 

「バァーカバァーカァア。オマエが殺すのは人間じゃナイィイ。鬼ダァア」

「うるさい!! おれは両方殺す!! でも、姉ちゃんをそんな目に合わせたやつらをまず殺す。殺せる相手から殺す!」

 

 バァーカァァアア。烏は癇に障る鳴き声を上げながら再び頭上を旋回し始めた。目で追うと次第に暗示をかけられていくような気になる。

 

「生きてルゥウ 姉サン稀血ィイ マダ生きてルゥウ」

「姉ちゃんが、生きてる……?」

 

 その情報だけで紫緒の瞳に光が戻る。目を覆っていた淀みがポロリととれ、目頭が熱くなる。

 心のどこかで、姉はもう喰われたと思っていた。

 

「姉ちゃんのいるところへ案内してくれ。でもその前に……」

 

 紫緒は石を強く握りしめた。

 

恨み()を投げ入れたい」握りしめた石を鴉に見せる。鴉は頷くように数回跳ね、飛び立った。

 

 紫緒は鴉を追って再び町を駆けた。

 


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