不確実性下の改変   作:hrd

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 心を拷問し、焼いた喉で酒を浴びろ

 

 

 ──遠くから琵琶の音が聞こえる。

 

 上下左右が狂った不思議な木造建築の中に、眉目秀麗な青年が立っていた。彼は持っていた試験管を砕き、適当な雑魚鬼を呼びよせた。

 青年は激怒していた。たった今、彼のお気に入りの鬼が鬼殺隊に殺されたのだ。

 業火に油を注がれ、より一層大火となった炎が(はらわた)を煮る。

 青年は、呼び寄せた鬼達に苛立ちをぶちまけ蹂躙した。彼等の叫び声など届いていないように、冷徹に、気が済むまで殺戮の限りを続けた。

 

 あれは役に立っていた。日光を克服する薬を共に研究し、後数十年もすれば試作段階に辿り着くところまで来ていた。

 それがまた──産屋敷(鬼殺隊)によって悲願が断たれた。

 

 青年は鬼の頭を掴み、潰す。横目で琵琶を構える女の鬼、鳴女(なきめ)を睨み付け合図を送る。鬼はビィインと琵琶を奏で一体の鬼をこの無限城に招き入れた。

 

「おっ!」

 

 鶴の様に、頭頂部のみ血をかぶったような胡散臭い笑みをした男が現れる。

 男は数秒前まで自分の部屋に居た。だが、どこからか琵琶の音が聞こえたと思った時にはここに居た。

 

胆礬(たんばん)が死んだ」

 

 突如、青年の声が突然降ってきたが男は動じなかった。

 

「それはそれは、誠にございますか! 我ら上弦は胆礬(下弦の肆)から能力()を取り込んだ縁がございます故、お力になれず申し訳なく思います!」

 

 にっこり。という言葉が当てはまる笑顔を浮かべているが、その感情はどこか作り物めいている。感情を持たない生物が、遠くから人間を観察し、擬態して溶け込んでいる様子に近い。

 にこにこと笑みを浮かべたまま、童磨(どうま)は始まりの鬼である青年、鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)に平伏した。

 

「して、俺はその鬼殺隊を殺せばよろしいのでしょうか」

「貴様はそれしか思い浮かばんのかっ!」

 

 はて? と、首をかしげた途端、頭が飛んだ。自分の体がどんどん遠ざかっていく様が目に映る。

 視界がどんどん変わる中、一瞬だけ見えた無惨は、米神に血管が浮き上がっていた。

 

「やつの研究は常に私と共有している。研究が損なわれることはない。だが奴は死んだ。私が欲しているのは、完成した秘薬(青い彼岸花)だ」

 

 童磨は頭を悩ませ、無惨が納得する提案を探す。首が体と繋がっていれば、指で脳をかき混ぜて無惨が気に入りそうなことを汲み上げるのだが、あいにく首は体に繋がっていない。無惨が見ている前で、歩いて首を取りに行くことは許されない。

 童磨は無い知恵を絞り、ひらめいた言葉を口に出す。

 

「んー、では彼に近しい人間を鬼に変えるのはどうでしょう。同じような思考回路、体質の人間を鬼にしましたら彼の代役に成るのではないでしょうか」

 

 童磨は無惨に申し出ながら、人間が多く集まる自分の宗教を思い出した。

 

 ああ、なるほど。だから無惨様は俺を呼んだのか。俺のところ(信者)からそういう人間を選べばいいのか。

 

 無惨は目を細めて童磨を見下ろした。

 

「ついでの始末とその人選に向かえ。ただし、お前の信者以外からだ」

 

 無惨は、襖に足を踏み入れ姿を消した。

 童磨は立ち上がり首を回収する。首を体にくっつけ、困った笑みを浮かべながらも面白いことになったなと心の中で嗤う。

 少しでもこの気持ちを共有したく「ねえ」と鳴女に声をかけるが、童磨は琵琶の音と共に下界に返された。

 

 大きなクッションに体を預け、天井を見上げる。別に天とあの空間が繋がっているとは思っていない。だが童磨は上を見ながら呟いた。

 

「今日は虫の居所が悪かったなあ。さてと、ちょっと鬼殺隊と遊んでくるか。女の子がいたらいいなあ」

 

 屈託なく無邪気に笑う笑顔を浮かべながら童磨は拠点を後にした。

 

 

 

 

 ──「オマエは居るだけで場を狂わせる。オマエの味方は家族だけだ」イルミに何度も言われた言葉が頭から離れない。

 

 烏づてにクルイの鎹鴉に呼ばれた宇髄は、クルイの元へ向かった。現地に近づくにつれ、風に乗る焼けた匂いに嫌な予感がする。宇髄は足の回転を速め、より一層速く駆けた。

 

 現地に辿り着くと、建物が火を纏っていた。建物から離れたところに、蝶の髪飾りをした剣士と5人の隠、数名の一般人が横たわっている。

 

「おい! 何があった!!」

「祭りの柱だ……」「派手柱だ……」「音柱が二人そろった」「……て、ことはもしかしてやばい鬼だったのか」

「……音柱が乗り込んだ後、鬼と遭遇し戦闘した模様。この火災は血鬼術によるものと思われます。現在音柱と鬼は場所を変えて戦闘中です」

 

 蝶の髪飾りをした隊士は、簡潔に述べたが全ての状況を把握していないと理解した。

 

「お前、名は」

「胡蝶カナエ (みずのと)です」

 

 胡蝶のそばで倒れている一般人の体には、人体の構造を熟知した無駄の無い軌跡が見られる。この剣筋を俺は知っている。

 

 ──クルイッ! 

 

 表情にも体にも感情を出さずに宇髄は腹の中で怒りを燃やした。

 

「建物が!! 見て!! 火が消えていく!!」

 

 隠の一人が建物に指を指す。建物の炎が消滅したことに、宇髄はクルイが鬼を滅したことを確信した。他の隊士が安心するように、宇髄は後始末の指示を出しながら目の前の死んでいる人達を眺め、思いをはせる。

 

 どういう状況でクルイがこの手段をとったのか分からねえ。こいつらが良い人間か悪い人間かも分からねえ。だが、他にもやり方があったことだけはわかる。

 

 鬼殺隊は鬼を滅することが目的ではあるが、それだけではないことをまだ教えられていなかった。

 宇髄は拳を握り締め、クルイを探しに向かった。

 

 

 鬼の残り香を頼りに駆け続けた宇髄は、半壊している建物を見つけた。その最も損傷の激しい場所で、クルイは少年に刀を向けていた。

 

 居た!! っておいおいおいおいおい、あいつはなにをやってんだ! 

 

 へたり込んでいる少年は鬼ではない。状況からも断定して鬼は消滅した後だ。それなのにクルイは、少年に刀身を突きつけている。

 距離が離れているためクルイの声が聞こえない。唇の動きと動作から推察するしかない。

 

 少年の腕の中には少女が眠っている。クルイは少年に刀を握らせ、刀身を少女に向けた。少年は俯き、涙を流した。クルイは黙ってそれを見ている。

 

 宇髄は焦った。自分の弟子が、過去の姿に戻りつつあるのではないかと。

 

 あいつにこれ以上人を殺させてたまるかっ! 

 

 宇髄は踏み込む足に力を入れ、離れている距離を一瞬で詰める。

「クルイ!!」クナイを投げ、少年からクルイを離れさせる。宇髄の叫び声で振り返ったクルイは感情を欠いた顔をしていた。その表情が、実の弟を彷彿とさせた。

 少年とクルイの間に入り、宇髄はクルイを睨みつけた。

 

「お前、今何をやろうとしたっ。……何やってんだって訊いてんだよ!!」

 

 めんどうくさそうに溜息を吐くクルイに、宇髄の熱量が上がっていく。クルイの真っ黒な瞳は宇髄を向いているのに、今の宇髄にはクルイが何を考えているのか分からなかった。今回の任務で何がクルイをそうさせたのか、鴉と現在の情報だけでは推し量れない。

 

「やるべきことをやった」

「それが人を殺すことか!」

 

 宇髄は近くに倒れている血まみれの死体と肉塊を顎で指す。死体の方は刀傷が見て取れる。後ろにいる少年が何か言おうと意味をなさない言葉を発しているが、宇髄は気に留めずにクルイを問い詰めた。

 

 沼の様に視たものに囚われて沈んでいく。一向に何も答えないクルイに、苛立ちが募っていく。

 

「殺す以外に選択肢はなかったのか」

「死んで役に立った人間だ」

「お前っ!!」

 

 ──「信じろ」

 

 宇髄を追いかけてきた隠達が足音を立てて部屋に入ってきたことでクルイの声がかき消されたが、宇髄はクルイの声をしかと聴いた。

 隠は、半壊した建物、血に塗れた部屋、肉塊、死体とクルイを何度も目で往復する。

 

「狂ってる……」

 

 一人の隠が呟いた。その一言が波紋の様に広がり、響き渡る。

 クルイは肯定するように口角を上げてほほ笑んだか、その瞳はより一層暗く人形じみていた。

 

「狂ってる」その一言が、クルイの弁明という選択肢を消したと知るのは、後になってからだった。

 

 ──「クルイは居るだけで場を狂わせる。ジャポンの諺にもあるように名は体を表す。クルイは狂いだよ。生まれもそう、オレの次に生まれる弟は一人のはずだった。だが実際母さんは双子を生んだ。ミルキと共に、ミルキよりも明らかに小さなオマエは付属品の様に出てきた。事前の検査ではオマエは見られなかったようだけど。本来、3番目の子供に『キルア』という名前を付けるためには、縛りを変更せざるをえなくなった」

「なあ、それってオレのせい? 違うくね?」

「わかりやすい一例。クルイ、オレはオマエを見てきた。オマエは居るだけで間接的にも直接的にも周りを狂わせてきた。キルはなぜハンター試験に興味を持ったのか。アルカはどうしてナニカが憑依しのか。お前はそうなるように狙って動いている。人の無意識行動を操っている」

「……そんなわけないだろ」

「あるね。オマエは狂った存在だ。オマエが居るだけで周りが狂う。予定調和は存在しない」

「……違う」

「違わない。そんなオマエでも、家族だけは味方だ。他はみんなオマエに狂わされてオマエの前から消える。もう一度言う。オマエは居るだけで全てを狂わせる」──

 

 月が雲で隠れ、光が消えた一瞬の隙にクルイは姿を消した。宇髄は後を追ったが既にクルイの姿は無く、気配も消えていた。

 

「戻って来い!! クルイ!! てめぇの居場所はここだ!!」

 

 悔しさから声を張り上げ、クルイに届くことを願う。だが、いくら名前を叫び続けても彼が宇髄の元へ戻ることはなかった。

 

 鬼殺隊は鬼を殺しても人は殺さない。人を巻き込まないように最大限の努力をする。クルイに教えられなかったことを悔やみ、宇髄は痛みとして心に戒めを突き刺した。

 

 それ以降、宇髄はクルイの姿を見ていない。

 

 

 

 

 ──まだ、死にたくない。まだ完成していない。

 どうしたどうした死にかけて。……生きたいかい? そう、命は尊いものだ。お前に血をやるよ──。

 

「青い彼岸花をつくれ、日光を克服しろ」──どこからともなく声が何度も何度も頭に響き渡り、それが使命だと認識する。

 同時に、誰も遂げることのできなかった領域に足を踏み入れたい。そんな欲求が自信を埋め尽くし、身体がその塊へと変わっていく。

 

 そして、──急激な空腹に目が覚めた。

 

 腹が減った。絶望的な空腹と喉の渇きと共に充満している血の香りに頭が狂う。人間の血が近くにある。だがこの空間に匂いが充満しすぎてどこにあるのかわからない。

 

 手をついて、上半身を起き上がらせて濡れた感触がした。手を見ると血がついていた。

 

 助かった。

 

 床に這いつくばって血を舐めとる。視線を上げると幸運なことに、目の前に人間の死体があった。本能的に、喰いものだと認識した。

 喰ってみると好みの味ではなかったが、不味くもなかった。腹はまだ減っているが、先程までの絶望的な喉の渇きと空腹よりはましになる。それでもまだ空腹が襲ってくる。近くにまだ喰い物はないかと探していると声が降ってきた。

 

「落ち着いたかい?」

 

 いつの間にか、垂れ下がった眉をした長髪の男が窓に腰をかけていた。

 男の声は優しげだがどこか嗤っている。差し伸ばすされる手が紛い物に見える。振り払いたい、そう思うが本能がこいつに逆らうなと警告する。

 

「だんなは誰でここはどこなんだ」

「俺は童磨、お前を鬼にした鬼だ。ここは俺も良く知らないからなあ。お前が喰った人間の家じゃないのかな」

 

 そう言われて周りを見ると、初めて見たはずなのに物の配置に覚えがある気がする。だが俺は何も覚えていない。知らないはずの事を知っている様はなんだか気持ち悪い。

 

「おいおい、眉間にしわを寄せて随分刺々しい顔してるじゃないか」

「当たり前だろ。知らないことを知っているのは気持ち悪りいし、分からないことを分からないままにしておくことは自己の発展につながらねえ」

「自己の発展って君、猗窩座(あかざ)みたいなことを言うんだねっ!」

 

 童磨はひとしきり笑い転げた後、俺を見て仮の名前を与えた。

 

「そうだなあ、お前のことは“助手君”と呼ぼう」

 

 初めて呼ばれたはずなのに、なぜだかしっくりときた。胡散臭い笑顔の童磨に正々堂々言い返してやる。

 

「おう、よろしくしてくれや」

 

 

 

 

「君、まだ立っちゃうの? えー……勝ち目無いのに戦うの?」

 童磨は蝶の羽織と髪飾りをした嬢ちゃんとかれこれ1時間以上戯れている。

 

 

「可哀そうに、女の子なのにどうして剣を握っているんだい? 何かつらいことがあったんだね。俺が救ってあげるよ」

 

 花の呼吸──伍ノ型 (あだ)芍薬(しゃくやく)

 

「もー、女の子が刀を振り回すのは危ないんだって。君の可哀そうな話を俺が聞いてあげるから。ほら、話してごらん」

 

 童磨は少女の連撃を二対の扇子で受け止めながら話しかけ続ける。その近くで助手は鬼殺隊隊員をボリボリと貪りながら戦いを観戦していた。

 

 ──なるほど、鬼殺隊というのはああいう技を使ってくる奴がいるのか。俺が知ってる人間よりも進歩してんな。大したもんだ。

 

「俺は教祖だから、なんでも相談にのってあげられるよ。君みたいな可哀そうな子を幸せに導くのが俺の役目なんだ」

 

 ──どの口が言ってんだかなぁ。

 

 共にいる時間は短いが、その短時間だけでも童磨は他人に関心がないと言い切れる。相手の話を聴いている様で聴いていない。最後は自分の欲求を押し通す。名前の通り童に磨きがかかっている。

 

 童磨と助手は下限の肆を滅した鬼殺隊を懺滅するために、彼の縄張りであるこの森の病院へ来た。そこで運良く退散し始めている鬼殺隊を見つけ、襲撃し今に至る。

 

 助手は早々に武装していない隊員を殺し、離れたところで人をつまみながらスポーツ観戦の様に童磨の戦闘を眺めている。

 上弦に出会うこと、そして戦闘を目撃することは鬼にとっても貴重である。助手は童磨を目で追いながら戦い方を学び、自分の糧に記憶していく。

 

 ──蝶の嬢ちゃんは元気にぴょんぴょん動いて悪かないんだが、いかんせん経験値の劣りが見て取れる。もっと経験を積んで速さも上がれば、童磨のお遊び程度の遠隔攻撃は躱すようになるだろう。言い換えると、俺達は能力に依存していれば殺される。身体能力、血鬼術、それら能力は人間を凌駕しているが今の俺の様に使いこなせていない。この秘めた身体能力を十分に引き出す武術を身につけ、能力を追求するのが理想の形だ。当面の俺の目標は、自分の能力の理解と武術による体の使い方だな。能力に頼り切るのは良くねえ。

 

 助手が自身の考えをまとめ終えた頃、童磨の動きが変わった。お花畑で戯れている様な空気が一変し、冷たい殺気が肌を刺す。

 

 ──そろそろ夜明けが近い。喰う為に動きだしたか。

 

 童磨は瞬時に距離を詰め、二対の扇子を振りかざす。

 

 血鬼術──枯園垂(かれそのしづ)

 

 氷を纏う扇子を剣撃の様に連続して放ち、凍撃がカナエを襲う。

 

 ──砕かれること前提の目くらましだ。

 

 花の呼吸──弐ノ型 御影梅(みかげうめ)

 

 カナエは自身を中心に、連撃で梅の花を描くように童磨の凍撃を打ち砕く。視界が晴れた時には、カナエの目前には霧が迫っていた。

 

 血鬼術──粉凍(こなごおり)

 

「その霧を吸うと肺胞が壊死しちゃうよ」

 

 ──次は猫だましか。狙いは恐らくこの次の攻撃。

 

 血鬼術──(ふゆ)ざれ氷柱(つらら)

 

 カナエの上空には、いくつもの巨大な氷柱が形成されていた。

 

 ──これが上弦の力。強大な能力を余裕で間髪入れずに打ち出す存在。

 相殺させることを前提に、近接攻撃で目の前の連撃に集中させ、消滅と共に広範囲の攻撃で注意力の散漫と動揺を誘う。そして最後に死角からの連弾撃。ひよっこのお嬢が気づく時間は無えだろうな。

 

 童磨が扇子を降ろすと共に、氷柱は重力に従いカナエを目掛けて落下する。

 

 傷だらけの体を引きずりながらもカナエは紙一重で躱し続ける。先程までの俊敏さはない。わずかながらも霧を吸い肺が汚染し始めていた。呼吸がうまくできない。すなわち体が動かない。羽が引き裂かれて飛べなくなった蝶のように、羽織と体はぼろぼろになっている。カナエは、目の前で両親が殺された時に感じた死の恐怖を再び感じた。

 

 童磨はにっこりとほほ笑みかけた。

 

「体が動かないだろ? 毒も効いてるみたいで何よりだ。上を見てご覧」

 

 カナエは真上を見た。一本の氷柱の着地点は自分だった。何度避けても氷柱の雨は途切れることなく降り続ける。だからといって足を止めることは許されない。諦めるなんてことは許さない。しのぶを一人残して死ぬなんてことは絶対にしない。

 

「私は! 死ねないっ!!」

 

 心に闘志を、刀に力を、足に未来を込めて自分を鼓舞し叫ぶ。もはや上空の氷柱を粉砕するしか生き残る術はない。

 

 花の呼吸──……技を繰り出そうと体勢を変えてカナエは気がついた。氷柱の後ろにもう一本の氷柱があった。これでは何とか一本目の氷柱を撃破したとしても二本目の氷柱に貫かれてしまう。

 カナエの視界に入る童磨は嘲笑っているように見えた。

 

「もう頑張るのは諦めて、俺と幸せになろう」

 

 音の呼吸──肆ノ型 響斬無間

 

「させるかバカヤロォォ!!」

 

 カナエに迫っていた霧と巨大な氷柱は、爆発と巨大な双刀の斬撃によって蹴散らされ霧散した。爆炎が晴れ、氷が光を反射しきらめく中、男はカナエの前に立った。

 

「俺は今最っ高に機嫌が悪い。この宇髄天元様がてめぇをど派手に倒してやらあ」

 

 相性が悪そうな奴と童磨はどうやって戦うのか、助手は先が読めない展開に思わず口端を吊り上げた。

 

 

 

 

 夜の暗闇の中にようやく太陽が少し顔を出し、暗闇で染まっていた庭を太陽の光が浄化して洗い流していく。産屋敷耀哉は廊下に座り夜明け前の庭を眺めていた。

 

 クルイが下弦の肆を倒し、天元とカナエが上弦の弐と戦闘した。カナエは毒を摂取し肺も負傷したが、天元の迅速な処置により命に別状はない。上弦ともう一体の鬼は朝日を迎える前に逃亡。

 

 こんなことは原作にはなかったはずだ。

 

 無惨はなぜ倒された鬼の元へ上位の鬼を送ったのか。クルイが倒した下弦は無惨にとって重要だったということなのか。鬼はなぜ2体で行動していたのか。カナエからは従属関係のように見えたと情報が上がっている。

 

 一体何が起こっているのか。

 

 耀哉は一緒に魂が出ていく程の重く長いため息を吐いた。それはいつも凛とした美しさを持つ鬼殺隊当主、産屋敷耀哉としてではなく、ただの一人の人間、産屋敷耀哉の弱さを垣間見せていた。

 

 前世で熱心に原作を読んでいなかった自分を呪うしかない。いや、もう既に呪われた一族なんだけれども。はあー……、頑張ろ。

 

 耀哉は再度溜息を吐き、当主としての自分に切り替わる。

 

 私は鬼殺隊当主、産屋敷耀哉。弱音を吐くこと、見せることは絶対にしない。私の代で無惨を打ち取りこの戦争を終わらせる。頑張れ耀哉! 頑張れ当主! 妥当無惨だ! 打ち破れ血の呪い!! 

 

「アンタでもため息を吐くんだな」

 

 おっと脈を狂わせんじゃない。

 

 何処からともなく一人の少年が現れる。死んだ目をした人形のような少年だ。接触した時間はほんのわずかだが、時折垣間見せるやんちゃな一面を耀哉は気に入っている。だがそれを帳消しにする程予測不能な小憎らしい行動もする。

 

 出たな問題児め。

 

 耀哉は苦笑交じりの柔らかい笑顔を浮かべ、クルイを迎え入れる。

 

「おかえり、クルイ」

「……」

「隣においで」

 

 耀哉は隣をポンポンと手でたたき、クルイを座らせた。生まれて初めて妻のあまねよりも年の近しい人と目線を同じにして座り、内心嬉しく思う。耀哉は目を合わせ、ゆっくりとクルイに語りかけて心の棘を溶かしていく。

 

「お疲れ様。下弦の肆を滅したと聴いているよ。これで一つ鬼舞辻の戦力を削ぐことができた。ありがとう」

「指示したのはアンタだろ」

「そうだね。それでもクルイはやり遂げてくれた。ありがとう」

 

 任務を遂行してくれてありがとう。生きて帰ってきてくれてありがとう。様々な感謝の気持ちが溢れ出て止まらない。だからこそ、一つ一つの言葉にその思いを詰め込む。

 

「クルイ、鬼殺隊はね、鬼を滅することが目的ではあるけれども、人を守ることも存在理由の一つなんだよ。よく知ってると思うけれど、人は簡単に死ぬ。死んでいく人の尊厳や繋がれる意志、生きている人の居場所と未来、それらが突然断ち切られてしまう。人はどんな理由でいつ死んでしまうのかわからない。だからこそ、その死の一つが鬼舞辻によって招かれるものではならないと思っている」

 

 耀哉は微笑んだ。クルイが欲している言葉を紡いでいく。

 

「クルイ、君を柱から降格する。日本中を見て鬼を倒しておいで。だけどこれだけは忘れてはいけないよ」

「君の居場所は鬼殺隊(ここ)だよ。帰る場所も鬼殺隊(ここ)なんだ。それだけは覚えておいてね」

 

 クルイはゆっくりと目を閉じて開けた。

 

 こうして柱に任命されてから19時間でその任を解かれるという最短記録が生まれた。

 

 




大正コソコソ噂話
クルイはお館様の元へ向かう前に、医者と助手の家に行って研究資料を全部盗んできたらしい。資料はクルイが読んだ後、全て本部へ渡ったらしい。
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