千冬は一夏の見ている世界が理解できない。
いつの間にか、一夏は話すことを止めた。
篠ノ之家の道場で箒と一夏は仲が良く、一緒に剣道をしていたのだ。
忙しかったと言い訳して、姉として接する機会を捨ててしまったと後悔しても、もう戻らないのだ。
一夏が小学生の時の話である。
千冬は一夏と一緒に過ごす時間が少ないから、自分から心を閉ざしたと理解した気になった。
千冬は一夏の考えていることが理解できなくなった。
言葉を発しない一夏を見て何か心に傷を追ってしまったのだと思い込む。
故に、千冬はもっと一夏と過ごす時間を増やそうと試行錯誤する。
例えば、二人でテレビを見ていたとき。
ふと、隣の一夏を見るとじっとテレビを見ているのだ。
一瞬たりとも隣の千冬に視線を向ける事がない。
それほどまでに、この番組が、ひいては映っている芸人が面白くて瞬きをする暇がないからだと、千冬は勘違いをする。
普段から感情を表に出すことをしない一夏が、これほどまでに見ているのは、きっと気に入ったからだと、考え始める。
だから、千冬は勘違いをし続ける。
今までこういった姉弟の時間が取れなかったから駄目だったのだと。
更に、千冬は一夏と二人で出掛けたとき、一夏の足取りは普通で、前を見てちゃんと歩いている。
これを見た千冬は、一夏は病気でも何でもない、只、気難しいだけなんだと思った。
コミュニケーションの時間が取れないが故に起こった、すれ違いでしかなく、姉である千冬はちゃんと弟の一夏のことを理解してあげられるなだと、
そんな的外れなことを千冬が考えていると、一夏がファーストフード店を見つめていた。
強い興味を示していて、折角だからと一夏にハンバーガーを買ってあげた。
一夏はじっと見たあと、ゆっくりと食べ始める。
決して美味しそうにはしないが、内心では喜んでいると思い込んでいる千冬は満足した。
漸く、姉弟の時間が取れたと。
何も理解していない千冬は一夏を見て微笑む。
ソースの付いた頬をナプキンで拭い、ハンバーガーと一緒に買ったジュース飲ませるなど甲斐甲斐しく世話を焼く。
もっとこういった姉弟の時間をつくろうと決意を新にするが、千冬は一夏を理解していない。
どれだけ世話を焼こうとも、どれだけ姉弟の時間をつくろうとも、どれだけ一夏と過ごそうとも、千冬は一夏を理解していない。
日が暮れて、食材を買い、家に帰って晩御飯の準備を一夏がする。
以前は、千冬のことを甲斐甲斐しく世話をしていた一夏だが、今は感情の見えない顔で、しかし手元は料理の行程を着実に終わらせていく。
出来上がった品を見ても、いつも通りの一夏である。
一口食べてみると千冬は違和感を覚える。
味付けが以前と違う気がすると。
この違和感を覚えることは初めてのことではなかった。
今のように無口になる前と後では味付けが違うのだが、千冬は特に気に止めなかった。
一夏が作った料理はどれも美味しいもので、味付けが以前と違うのも、そういった気分なのだろうと、先ほどの違和感を忘れて料理に集中していく。
どんな気持ちで、料理を作っていたのかを千冬は一夏のことを欠片も理解できていなかった。