黒の手帳は何冊目?   作:久聖

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児童文学っぽいキャスト替えです。
たぶん苦甘。


茨の公主と黒マント<その花の名は>(前編)

 むかし、とある国の丘の上に、薔薇園に囲まれた美しいお屋敷がありました。そこには豊かな黒髪に黒曜石の瞳を持つ四〇代くらいの女性が住んでいて、丘の下に広がる町のひとたちは、お屋敷のたたずまいから“美城のご当主”と呼んでいました。お屋敷で働くひとたちは“ミレディ”、要するにご主人さまと呼んで、内と外とを区別しています。

 

 彼女には細い銀髪にルビーの瞳をしたお人形のような一人娘がおりました。こちらを町では“茨の公主”、お屋敷では“お嬢さま”と呼んでいます。本人は母親の真似をしてカタカナの呼びかたを模索した時期もあったのですが、どうもしっくり来なかったようです。

 

 なぜだれも本名を呼ばないのかというと、それはまじないよけのためでした。本当の名前を知れば、相手に呪いをかけることも、意のままに操ることもできてしまうと信じられておりまして、えらいひとたちは本名を隠して生活しているのです。

 

 それからこの親子の似ていない理由ですが、町のひともお屋敷のひとも、口々に噂をしています。それはだいたい、ウールのような茶髪が愛らしいと評判の、お屋敷の花園を管理する三姉妹の意見に代表されまして……。

 

「お嬢はミレディが造った人造人間なんだじぇ!」

 

 暴論を唱えるのは長女・ユリユリ。もちろんそんな事実確認はしていませんし、知られたら首が飛びそうです。

 

「ミレディにだって若いころはいろいろあったんスよー。旅の美青年と一夜の契りを……とか。お嬢さまはきっとその彼の面影を強く残してるんス」

 

 結婚する気配もない女主人の態度から推理するのは、次女のヒナヒナ。こちらも事実確認などしておらず、単なる推測です。お二人のお歳を考えると、若いころといっても二〇代後半のできごとになることには気づいてないようですね。

 

「あのミレディのことだし、男なんて知らないだろ。お嬢は養子なんだよ。だって輪郭からしてベツモンじゃん?」

 

 自分たちのことを棚に上げていちばん首を刎ねられそうなことをいうのが、三女のナオナオ。

 

「男が女と交わるわけないじゃんッ!!」

「姉さんはうちらの親をなんだと思ってるんスか!」

「ユリユリたちも人造人間!」

「姉貴ッッ!」

 

 姉妹だというのにまるで意見が揃いませんが、いずれも流言飛語であることと、敬意のないことは共通していました。この三姉妹の長女と次女も、姉妹というのに生年月日が二〇日しか違わないのですが、それはおいておきましょう。

 

 

 

 さて、女性ばかりのこのお屋敷には、数人の男性の姿も確認されています。

 

 有名なのは全身を赤いリボンでぐるぐるに巻いたミイラ男。だれも素顔を見たことはないようですが、体格が男っぽいので男なのでしょう。ふだんなにをしてるかというと、お屋敷の見回りです。ものが見えてるのかどうかはわかりませんが。

 

 それから一時間に一度はお屋敷の外まで出てタバコをふかしている侍従長。ミレディよりも歳上の彼は、人当たりがいいのでよく頼りにされています。

 

 最後に、黒衣の大男。お嬢さまづきの無口な執事です。名前もはっきりしませんが、出で立ちから町でもお屋敷でも“黒マント”と呼ばれています。

 

 黒マントの仕事はたくさんあります。お屋敷の見回りや高いところの掃除、力仕事もよく頼まれます。なかでも大切なのは、怖いのが苦手なお嬢さまがミイラ男と鉢合わせそうになったときに、ミイラ男を適当にどけてお嬢さまをお通しすることです。

 

 ほかにも朝にはお嬢さまを起こしたり、お出かけのときは馬車を走らせたり、日傘を差したり、荷物を持ったり。観たお芝居のお気にいりのシーンを一緒に演じることもありました。給仕はちゃんと係がいますが、お嬢さまは彼に運んできてもらうのが好きでした。そしてお嬢さまが眠る前には、ハーブティーを淹れて差し上げます。

 

 黒マントは毎日きめられたとおりに働きますから、お嬢さまも毎日、彼の声で目を覚まして、彼に布団をかけてもらって眠ります。彼はお嬢さまの可憐な笑顔がなによりも好きでしたし、そうしたときに目を細めて口の端を引いた彼の顔を見ると、お嬢さまの笑顔はなおのこと輝くのでした。

 

 

 

 聖誕祭を間近にひかえたある日のことです。シルクのような黒髪が美しいと評判の、花屋三姉妹が苗木を運んで参りました。馬一頭に荷車をがらがらと牽かせ、お屋敷の庭の脇へ停まります。馭者をしていた花屋黒髪三姉妹の次女・リンリンが、庭師茶髪三姉妹の三女・ナオナオに声をかけました。

 

「注文されてたの、持ってきたよ」

 

 二人は気心の知れた仲ですが、検品は手を抜きません。

 

「ポインセチアの赤が五〇株……これ赤みが足りなくないか?」

「ごめん、今年はちょっと色々あってさ。全部におなじように色づけしきれなかったんだ」

「あと数日、短日処理をしたらきれいに色づくはずです。もちろん、そのぶんのお代は引かせていただきますから」

 

 花屋の長女、フミフミが申し訳なさそうにいいます。

 

「どのみちこっちでも調節はするんスから、そんな恐縮しなくていいッスよ」

 

 庭師次女の言葉で、フミフミはすこしおちついた顔にもどりました。ナオナオは検品をつづけます。

 

「ピンクも五〇。よしよし。あと、姉貴が頼んでた種は?」

「それは荷車じゃなくて……アリス」

 

 黒髪三女・アリスは、フミフミのうしろからひょこっと顔を覗かせました。

 

「あんたに持たせてたよね、薔薇の種」

「……はい」

 

 アリスは、抱えていた布袋から、いくつかの巾着を取り出します。中身を確認して、三袋をヒナヒナに渡しました。

 

「中身は、これが……」

 

 いいさしたアリスを、ヒナヒナが止めます。

 

「開ける楽しみがなくなるッスよ」

「受け取る前に確認しろよ!?」

「いやあ、こういうのは中身当てるのも楽しみのひとつッスよ」

 

 ツッコんだナオナオでしたが、たしかにプレゼントの中身にワクワクする気持ちは身に覚えがありましたから、口をすぼめて黙ってしまいました。

 

「プレゼントとかじゃなくて、注文されてた商品なんだけど……」

 

 おなじく身に覚えのあるリンリンも、語尾が消えていきます。

 

「そう! 買うものなら中身を把握しておくのは大事だじぇ! 表紙に惚れて買ったのに、ページをめくれば右と左が大☆逆☆転……。おおお……おそろしい……」

 

 ユリユリは勝手に忌まわしい記憶のフタが開いたようで、変なポーズで膝をガクガクさせています。けれど、いつものことなのでだれも気には留めません。

 

「えーっと、赤と、白と、これが黄色。ありがとうっス、アリスちゃん」

 

 お礼をいわれたのに幼い三女は口をとがらせました。こちらもいつものことなので、だれも気には留めません。

 

「また種から育てるの? 挿し木でいいじゃん、いい花が選べるじぇ?」

「わかってないっスねー、自分で育てるからいいんスよ」

「ユリユリはお手入れで手いっぱ~い」

「種からだと肝心の花がどうなるかわからないから、観賞用だと悩むところだよね」

 

 リンリンが難しい顔でいいます。つづけざまにナオナオに種派か挿し木派か訊ねると、彼女は考えこんでしまいました。

 

「それにユリユリ的にはね、種……種って響きはステキだと思う、でもね! 地面に自分の……この女の指で穴を開けなければならないことが苦しいの! 種が自分で地面にグリグリ穴掘ってモゾモゾ潜り込んでいってくれればダンゼン種を支持しますわかる!?」

「わかんねーよ」

「姉さんいまアリスちゃんもいるんス」

 

 アリスの耳はさっさとフミフミが塞いでいました。

 

「その点挿し木はシンプルイズベストといわんばかりでね、大好きです」

「聞けよ」

「花植えながらそんなこと考えてたんスか……」

 

 妹の呆れる声もどこ吹く風です。

 

「でもさ、母なる大地っていうんだし、女じゃない? 地面」

 

 リンリンの言葉にユリユリは色を失って、アシカのような鳴き声を最後に静かになりました。

 

「まあ、姉さんのヨタ話はともかく、アタシはちょっとくらい変でも、自分だけの一輪を作ろうみたいなのっスから……」

「ふふっ、姉さんもおなじようなこといってたね」

「込めた愛情が大事、ですよね」

「うーん、そういわれるとあたしもやってみたくなるような……」

「おっ、ナオナオも創作の道に?」

 

 ユリユリは立ち直りのはやい女でした。

 

「そういうことなら線の引きかたベタの塗りかた、あれやこれや伝授してあげるッスよ~。お嬢さまも最近まで……っと、なんでもないッス」

 

 ん?と三女の顔が引きつり、いちばんウェービーな髪がざわざわしはじめます。

 

「見てみたいな、ナオナオのえがいた物語」

「はあ!?」

 

 長い髪がぶわりと上がって顔が赤くなってくると、

 

「そんなことより、代金の確認を」

 

 最年少アリスがバッサリとやりました。女の子の話がどんどん転げてだらだら長引くのはごくごく自然なことですが、この黒のテグスと茶色の毛糸はまわりを巻き込んでとくにこんがらがりやすいので出鼻をくじかないとお家に帰れなくなってしまうのです。

 

 蒸し返したそうな庭師姉妹を振りきって花屋姉妹が荷馬車を動かそうとしたところへ、一つの黒い影が通りかかりました。

 

 六人がいっせいに振り返ります。

 

「黒マント!」

 

 

 

 丘の下に広がる町へとつづく一本道をたどる馬車を、はるか高みから見送る目がありました。

 

 黒い日傘を差した白い肌の少女。着ている黒いドレスはフリルとレースといくつもの大きいリボンにタイトなひもで飾られていて、疲れ目にはちょっとくらくらする装いです。赤い唇をキュッと結んで、赤い瞳と短い眉をひそめて、馬車がゴマ粒のようになってすっかり見えなくなるまでテラスに立っていました。

 

「こんなところにいたのか」

 

 部屋の暗がりから呼んだのは、エメラルドのピアスをつけたスーツの女性でした。

 

「お母さま」

 

 複雑なドレスの少女はどこか不満気に振り返ります。そうして、アップにした長くウェービーな黒髪を風に揺らすお母さまの許へ、つかつかと厚手のかかとを鳴らして詰め寄りました。

 

「我が下僕を下界に遣わせしか」

 

 お母さまが思わず首を傾げると、胸許をかざる金細工がシャラシャラと澄んだ音を立てました。

 

「いいや。かれの引く轍はかれの意志だ」

「その心は高潔か」

「この母がおまえの眼を恐れると思うな」

 

 二人ともヤンゴトナキご身分ですので、話す言葉がシモジモの者とはすこしだけちがいます。お嬢さまは表情を悔しそうにゆがめて、うつむいたままお母さまの横を通り過ぎて行きました。

 

「太陽の下に黒い外套が隠れられるはずもなかろうに、愚かな……」

 

 お母さまが溜息をつくと、そこへ紙束を持ったナオナオがやってきます。

 

「ミレディ、クリスマスの晩餐会用の鉢植えが揃いました。それで、当日の置きかたとかご確認いただきたいんですけど」

 

 

 

 荷車の上では、黒マントが大きい体を窮屈そうに曲げて隅っこに座っていました。ちょうど花屋に行くところだった彼は、帰る三姉妹と同道させてもらうことになったのです。

 

 馭者は彼の仕事ですが花屋姉妹はお嬢さんではありませんでしたし、姉妹もお客さんである黒マントを働かせるなんてとんでもないことでしたから、馬車を操るのは来たときと同じくリンリンです。

 

 四人はとくに口もきかず、木の車輪が乾いた土に轍をきざむ音だけが響きます。黙っているのが気まずかったのか、アリスが口を開きました。

 

「黒マントさんはこのところよくうちにいらしてるみたいですけど、いったいなにをしてるんですか?」

 

 黒マントは何回か口をちいさく開けたり閉じたりしたあと、

 

「お店の一角をお借りしている以上のことは、すみませんが申し上げられません」

 

 そう告げて、またかたく口を閉ざしてしまいました。じじつ、彼がしていることを知っているのは黒マント本人と、店のバックヤードを使わせている花屋のご主人、つまり三姉妹のお父さんだけなのです。

 

「ひとにはだれだって秘密があるんだよ、アリス」

 

 馬を走らせながら、リンリンがいいます。

 

「そうですね、人間はみんないえないこともいいたいことも胸に抱えて生きています。そこから産み出されるのがこの、本という小さい宇宙のかけら。ナオナオだけに作らせず、リンリンも作ってみたらどうでしょう?」

 

 なんでそうなるのと、リンリンは慌てて振り返りました。

 

「私は絵なんて描けないからっ!」

「表現は文字だけでもできるんですよ」

「なんでそんな書かせたいの!? だいたい小説なんて、表現が……言葉が追いつかないよ!」

「そうでしょうか……」

「ひょ、表現といえば、美城のご当主も茨の公主もすごいですよね。あのよくわからない言葉、なんであんなにスラスラ……」

 

 すっかり混乱している下の姉に助け舟を出そうとしたアリスでしたが、まずいことをしてしまいました。

 

「アリスさん」

 

 黒マントが、いっそう低い声を出したのです。

 

「ひとそれぞれに思うことがちがうのはわかっています。ですが、私の前でお嬢さまをそのようにおっしゃるのはお控え願えませんでしょうか……」

 

 黒マントは震えるこぶしを、長いすそに隠しました。泣き出しそうなアリスを、こんどはフミフミがかばいます。

 

「すみません、黒マントさん。アリスはそんなつもりでいったんじゃないと思います。アリスはあのお二人のこと、好きですものね?」

 

 三女はこくんと頷きます。

 

「ご当主も公主も、私のこと、可愛い名前で呼んでくれるから……」

 

 先程もでしたが、アリスは“アリス”と呼ばれるたび、いつも眉根が寄ったり口が尖ったりするのです。

 

「いやなんです、自分だけちがう名前が」

 

 姉たちがフミフミ、リンリンときて自分だけアリスですし、友達の庭師三姉妹は同じ四文字の名前を持っているわけで、自分だけ仲間はずれのような心持ちがするのでした。

 

「私の本当の名は、授けてくださったお嬢さましか知りません。黒マントというのは、あだ名です」

 

 黒マントは身動ぎせずにいいました。

 

「名前らしい名前があるだけマシだと思えっていうことですか」

 

 アリスに噛みつかれて、黒マントは困ったように首へ手をやりました。

 

「そういうことでは……。私はこのあだ名のおかげで、年中どこでもこの外套を羽織っていなければならなくなりました。夏は暑いし、無礼だといわれることもあります。ですが、いやだとは思いません。ひとから呼んでいただけますから」

 

 そういって、黒マントは丘を見上げると目を細めます。

 

「親しみをこめて呼んでいただけるというのは、とてもうれしいことです。みなさんがあなたや互いを呼ぶ声に、ちがいがありましたか」

 

 アリスは難しい顔をして、考えこんでしまいます。

 

「どうしてもっていうなら、あだ名かな」

 

 リンリンがまた振り返りました。

 

「やっぱり、“アリアリ”?」

「“リスリス”のほうがかわいらしいですよ」

 

 二人の姉にはさまれて、アリスは胸がとてもムズムズするのでした。

 

 

(続)

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