ガタンゴトンと規則正しく揺れる汽車の中で、コレまでのことを思い返していた。
一言で簡単に言ってしまえば、過酷な運命に翻弄された。となるのだろうが、そんな物で片付けられる物では無かった。
重い病を患い、その治療法を求めて藁にもすがる思いで遠く異郷の地へと赴くのは、今思ってもよく生きていられたものだ。
日に日に重くなる体を引きずり、言葉も通じぬ土地へと長旅をするのは正に死と隣り合わせだった。
ほうほうの体で“ヤーナム”へとたどり着き、そこで“血の医療”を受けた……のだろう。
前後の記憶は朧気で、治療を受けたであろう日の記憶に至ってはまるで思い出すことが出来ない。
だがしかし、治療を受けたという確信は確かにあり、実際に長年に渡って体を蝕んで居た病も完治しているようだ。
治療を受けたであろう翌日の、あの目覚めは決して夢なんかでは無いのだから。
(“血の医療”により病は治りはしたが、やはりあの土地の人々は排他的だった)
異邦人である自分にひどく冷たく当たり、敵意を隠そうともしないあの態度はとても堪えた。
だから治療が終わった後すぐに帰路についたのだ。
(それだけではない。“ヤーナム”に長居するのを恐れたのもある)
住人の態度にでは無い。あの土地に、ひいてはそこにある何か異質なモノに、である。
朧気な記憶の中“狩り”“青き血”といった単語が頭にこびり付き離れない。
それが意味するモノは思い出すことが出来ないが、“血の医療”に強く関係のあるものであったはずだ。
これらの単語から記憶を辿ろうとしても、上手くいかない。まるで悪夢を思い出そうとするが如く、ぼやけて霧散してしまう。
さておき、行きよりも遥かに軽くなった体でただ帰るだけ、というのも勿体無い気がする。
あの長い旅路は、目的地にたどり着くだけで精一杯で、楽しむ余裕は欠片もなかった。
だから、アチラコチラに足を伸ばし、旅を楽しむことにした。
こんな極東の地で汽車に揺られているのも、それが理由である。
この国の言葉はかなり特殊であった。しかし、思いの外すんなり覚える事ができたため、会話に苦労することもない。
自分はこんなにもに頭が良かったのか、とも思うが、何か、誰かに正しい知識へと導かれているような。そんな奇妙な感じもする。
(さて、降りたら何を見て回ろうか)
思考を切り替えて、これからの予定を考える。
そうすると、奇妙な一団が目に入る。
猪の頭皮を頭から被った子供が大声を上げている。どうやら、汽車に乗るのが初めてのようだ。
獣の頭皮を頭から被る。ということが何故か頭に引っかかる。
興味を惹かれ、観察しているとどうやら他にも二人、彼の仲間が居るらしい。
その二人が誰かを探して居る素振りを見せた次の瞬間。
「うまい!」
とたかやかな声が響く。
どうやら、駅弁の味に興奮しているらしい。
その後も、「うまい! うまい!!」と何度も声上げながら食事を続けている。
なんとも騒がしい人が居たものだと思っていれば、先の三人がその人の下へと向かう。
どうやら、探し人は彼だったらしい。
猪の少年達は声の大きい青年の席の側へと座ると、何やら話をし始める。
青年の声が大きいため、内容の一部が耳へと入ってくるが、流石に意味までは分からない。
しかしながら、なんとも愉快な一団である。見ていて飽きない。
──彼らのあとを追いかけてみるのも面白いか。
と行動方針が決まったところに車掌が来る。
切符を渡して、切ってもらう。何の変哲も無い一幕。
そのはずなのだが、やけに切符を切る音が響いたと思うと次の瞬間。
ノイズ混じりの記憶が、ぶつ切りになった声が、吹き出すように頭の中を駆け巡る。
『君は、ただ、獣を狩ればよい』
『どこもかしこも、獣ばかりだ……』『はじめまして。狩人様』
『だが君は正しく、そして幸運だ』『見たまえ! 青ざめた血の空だ!』
『……我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う』
『知らぬ者よ かねて血を恐れたまえ』
『死体漁りとは、感心しないな』
『おお、素晴らしい! 夢の中でも狩人とは!』
『呪いと海に底はなく、故に全てを受け入れる』
『我らの脳に瞳を与え、獣の愚かを克させたまえ』
『ああ、これが目覚め、すべて忘れてしまうのか……』
『……さらばだ、優秀な狩人』
『あなたの目覚めが、有意なものでありますように』
時系列さえ曖昧な、凄まじい量の情報が頭の中に溢れかえる。
“獣狩”“医療教会”“悪夢”“上位者”“瞳”
などという治療の日の夜。いや“獣狩の夜”の事をどうして忘れていたのだろうか。
あの長い長い夜の中で“狩り”を全うしたことを、なぜ今の今まで思い出すことができなかったのか。
あふれかえる記憶と忘れていたことへの驚きに呆然としていると、聞き慣れた、たった今思い出した声が耳を叩く。
「お久しぶりです、狩人様。 ですが、貴方はお目覚めになられたはず。なぜ、ここに居られるのですか?」
間違いない。あの悪夢の中で自分のことを助けてくれた人形の声だ。
それならばと、気を取り直して周囲を見渡してみれば。
予想通り、あの夢の中だ。墓石と花と、燃え落ちた工房。
あの日以来一切思い出すことができなかった、その光景が目の前にある。
「……狩人様? どうされましたか?」
人形が首をかしげる。あまりに反応を返さないため、少し困ってしまったようだ。
だがしかしなんと言えば良いのか。自分でさえ状況は理解できていないのだ。
直前の記憶があるために、輸血を受けたあと目覚めた時よりも訳がわからない。
──いや、あのときの訳のわからなさも相当なものだった。
閑話休題。
汽車の切符を切ってもらった次の瞬間ここに居るという状況は変わらない。
であるならば、そこに何かあるというのが流れである。
そう思い切符を取り出そうと体を探れば、今の姿が先程までの姿と変わっていることにようやく気づく。
狩人として獣を狩り続けた、悪夢に囚われていた時に最も好んで身につけていた、官憲隊の隊服。
そして背には愛用していた仕掛け武器の一つ、回転ノコギリ。
もしやと思い試してみれば、あのときのように何処からか武器を持ち替えることもできる。
それはともかくとして、切符を取り出してみる。
奇妙な何かを感じるが、だからといってそれが何かまではわからない。
高まった啓蒙によって、見えないものを見てしまう事があるが、何か見えることもない。
もはや何も答えることも出来ず、再び呆然とすることしか出来ない。
「君、なぜここに居る? 君は確かに死に、目覚め、悪夢から解放されたはずだろう?」
異変を感じ取り、ゲールマン老もやってきたようだ。
狩人の助言者である彼ならば、何か知っているかも知れない。
もとより、彼以外に助言を求める事ができないと言い換えても良い。
「極東での旅の途中。汽車の中で切符を切ってもらった次の瞬間ここに居た。これがその切符だ」
と事実を簡潔に伝え、切符を渡す。
流石のゲールマン老もこれだけの情報ではなんとも言えないのか、少し考え込む。
「……済まない。これだけではほとんど何も分からない。だが、言えることもある」
「君は何らかの事態に巻き込まれ、“夢”を見させられた。 その時に、ここへと繋がってしまったのだろうよ」
「だから君は今、夢を見ているだけに過ぎず。 体は無防備だろう。そして今は獣狩りの夜でもない。目覚めをやり直すこともできないだろう」
「だから君、早く目覚めたまえよ」
道理だ。しかしどのように目覚めたものか。
あの時のように介錯をしてもらうのが良いのだろうか。
いや、それこそすべて忘れてしまうだろう。あの時のように。
それでは意味が無いだろう。 今この夢を見て、異変に気づけたのだから。
「でしたら、墓石より目覚めれば良いのでは無いのでしょうか?」
人形が何事でもなように言う。しかし、墓石には使者が居ない。
水盆には使者が居るため、あれらが何処かへ消えてしまったというわけでは無いのだろう。
獣狩りの夜であれば、使者が目覚めへと導いてくれていた。
やはり獣狩りの夜でなければ、使者は目覚めへと導いてくれないのだろうか。
「そちらではありません。こちらです、狩人様」
どうやら今までの墓石ではなく、新たな墓石に使者が居るらしい。
人形に導かれ墓石の前までたどり着くと、使者の見慣れた姿が目に入る。
どうやら目覚めの場所は、汽車の中。眠りに落ちた場所らしい。
「気をつけたまえよ、君。 何か異常なことが起こっているのは確実なのだから」
ゲールマン老の忠告を背に、夢から目覚める。
目覚めてすぐに目に入るのは、眠りに落ちた乗客たち。
どうやらこの眠りは、無差別にばら撒かれたらしい。
より状況を把握しようと、周囲に意識を回した次の瞬間。
「起きろ! 起きるんだ!!」
先の愉快な一団の一人である痣の少年の声が聞こえる。
相当な大きさの声であるに関わらず、他の人が起きる気配は無い。
いや、違う。彼らの側に居た数人が、目覚めたようだ。
「だめだ二人共起きない!! 煉獄さ……」
起きない少年二人を諦め、青年を起こそうとした彼に対して、一人の女が襲いかかる。
「邪魔しないでよ! アンタたちが来たせいで、夢を見させてもらえないじゃない!!」
(なるほど、であるならば話は早いか)
どうやらこの事を起こした存在と繋がりがあるらしい。
そして、明確な敵意を持って少年と相対している。
人を襲うのならば、己が目的の為に他者を害するのならば。
ついでに、狩人に襲いかかってくるモノは。
“狩る”それだけだ。
「何してんのよアンタも! 起きたら加勢し……」
その言葉を言い切る前に、強く金属がぶつかり合う音が響く。
少年の抜いた刀により鎚鉾が止められたのだ。
「……ふむ。この女達が、この眠りの犯人では無いのか?」
鎚鉾を引き、少年に問う。マトモな理由なく襲いかかったとなれば、血に酔った狩人として狩られてしまうだろう。
本当は犯人であっても犯人でなくても、“狩って”しまえば話が早いのだが。
しかし少年は、有無言わずに襲撃者を殺す気はサラサラ無いようだ。というよりも、こちらの方を警戒しているようにも見える。
「違う! この人達は人間です!」
「というか何なんですかいきなり! そんな変な桶みたいなモノ被って!」
どうやら身に着けた鉄兜の外見を不審に思って、余計な用心をさせてしまっているらしい。
(よもや、外見に突っ込まれるとは)
確かに“長の鉄兜”は逆さにしたバケツのような外見をしている上、片目だけしかのぞき穴が無いという、
機能性をかなぐり捨てたような外見をしているが、そこまで警戒されるとは。
“狩人”は皆様々な格好をしていたため、外見を気にする者などヤーナムでは皆無だったため、そのおかしさを忘れてしまっていたらしい。
少年と話を続けようかとも思うが、その前に呆気にとられていた女たちが正気を取り戻す。
「アンタがトロトロしていたせいで人が増えたじゃない!! 結核だかなんだか知らないけどちゃんと働きなさいよ!」
涙を流し立ち尽くす男に対し、女が叱咤する。
しかし男は動く気配もなく、只々涙を流し続けるだけだ。
(結核……そういう事か)
その言葉に少年は何か気づいたのか。憐憫、そして怒りの表情を浮かべる。
次の瞬間、涙する男以外を常人の目には止まらぬ速さで気絶させると。
「この人達は、鬼に唆されていただけでなんです。たぶん、幸せな夢の中を見させてあげるって、心につけ込んだんです」
「だから、そんなので殴る必要なんてありません。気絶させるだけで十分です」
少年は自分に対する害意が全く無く、襲撃者達に対しても必要以上に攻撃する意志が無いと判断したのか。
最低限の警戒をしつつ、向き直る。
(この人から、とても強い血の匂いと死臭がする。 それと生臭いような、よく分からない匂い)
(嗅ぎ続けたら鼻がどうにかなりそうだ。 だけど鬼の匂いはぜんぜんしない)
何か嫌な臭いでも嗅いだかのように、顔をしかめる少年。
(何者なんだこの人? 血鬼術の眠りを自力で破ったみたいだけど、鬼殺隊じゃないし。なんであんな棍棒持ってるんだ?)
少年の頭の中でグルグルと思考が回り始める。
しかしどれだけ考えようとも、結論が出ることはなく。
結局の所はこの鉄兜は一体何者なのか、それが分からなければ何も始まらないと気づいたのか。
意を決した表情でこちらに話しかけてくる。
「俺は竈門炭治郎です。 あなたは何者なんですか?」
ここまでお読みいただき有難う御座いました。
当方、このような小説を書くのが始めてのため、読みにくい点等多々あったと思います。
文章的にここはこうしたほうが良い。
このキャラクターの口調が間違っている。
その他改善点などがありましたらどうかご指摘いただきたいです。