サンキューカッス先生、本当にありがとうございます。
外伝 このエリス教徒に神託を!(byサンキューカッス)
「……あ」
その時、盗賊の少女は間抜けな声を出した。
「あー、しまった」
「どうしたんだ、ノア」
ポリポリと無表情に、自らの頬を掻くノア。彼女の短い白髪が、ほのかに揺れた。
だが彼女のそんな表情と裏腹に、その声色からは多少の申し訳なさが感じられる。
「ふふ、忘れ物でもしたのかい?」
「俺達が受けた依頼はダンジョンの調査だ、少しの油断が命取りになる。待っててやるから、忘れ物が有るならしっかり用意してきてくれ」
「いやその、ごめん。実は、忘れ物じゃなくてさ」
ノアそんな仲間たちの応対に対し、バツが悪そうに両手の人差し指を合わせながら。
「忘れてた。ごめん今日は、その、外せない用事が……」
「……」
まさかの、依頼ドタキャンをかましたのだった。
「ごめんなさい。てか、本当にごめん」
「ノア、君の用事ってのはボクたちの依頼より重要なのかい?」
「うん、こっちが無理言ってお願いしてた約束なんだ。……あー、本当にごめん」
ノアは、そう言って真っすぐ頭を下げた。
冒険者にとって、信用は大事だ。こんな風にドタキャンを繰り返すような人間は、すぐ信用されなくなる。
パーティ同士で命を預け合う冒険者にとって、それは致命的なデメリットだ。
「成程。でもそれは困りましたね。流石に盗賊なしでダンジョンは潜れませんし」
「うっ……、だよね」
「依頼期間を考えると、今日出発しないと厳しいよね?」
「……俺、社会人として約束にルーズなのはどうかと思う」
「うっさい、駆け出しは黙ってろ!」
そんな常識を曲げてまで、ノアには優先したい約束が有るらしい。それが、彼女にいかなる害をもたらそうとも。
「……分かった。じゃ、今回は依頼をキャンセルしよう」
「……ごめん」
「盗賊なしは無理ですしね。ノアにも事情が有りますし」
「ええ、いつか埋め合わせするわ」
「やれやれ、これだからノアは」
「黙れ不埒なアクシズ教徒」
それを分かっているから、パーティメンバーはノアを許した。そしてノアも、心から仲間に謝意を示した。
それでうまく行ってしまうのもまた、自由の象徴たる冒険者の特権だろう。
「ノアからの埋め合わせ、期待しとくよ」
「でしね。それで、今日はどうしましょうか」
「悪いわねみんな……、ん?」
そう、上手く話がまとまりかけたその時。ノアは、目線を外して何かを注視した。
それは丁度、たまたま路傍でエリス銅貨を見つけた時の様な表情だった。
「ねぇ。何でさっき俺だけ罵倒されたの? おかしくね?」
「あ、ちょっとだけ待ってて。ダメ元で、今日空いてないか知人の盗賊を当ってみる」
ノアはそういうと、視線を変えずに冒険者ギルドの人込みに向かって歩き出した。
その先には……少し小柄で、優し気な青色の少女が掲示板を見つめて立っている。
「もしかしたら私の代わりに引き受けてくれるかも」
「……ほー」
そして。
ノアは、その少女へと笑いかけた。
「は、初めまして。私は、エイリースって言います」
ノアに連れられて俺の目の前に現れたのは、ノアより一回り小さいへそ出しルックの女の子だった。
布面積の少ないセクシーな衣装だが、彼女はセクシーと言うより幼いという表現がすっきり来る容姿だ。どちらかと言えば、犯罪臭のする出で立ちだった。
「私の代わり、引き受けてくれたよ。ごめんねエイリース、いきなり無茶言って」
「いえいえ。困ってる人を助けよ、というのはエリス様の大事な教えですから」
「おお、エリス教の人か。なら、信頼に足るな」
……。エリス教徒ってだけで信頼されるのね、すごいねエリス教。
「……でも。あの、あそこのプリーストさんはアクシズ教の方では? 私が加入してよろしいのでしょうか」
「何言ってんのエイリース。ダメだったらお願いしてないっての」
「それにあの男はアクアを信仰しておらず、ただ詐欺でアクシズ教に入信させられた哀れな子羊さ」
「……まぁ、お可哀想に」
それに比べ、アクシズ教って本当にロクでもないな。
「心からアクシズ教を信仰していないのであれば、私も余計な気を回さずに済みます。良かった……」
「と言うか、出来るならこのアクセサリーとってください。俺をエリス様の教えの元で冒険者させてください」
「まぁ! まぁ、まぁ。貴方もエリス様を信仰していたんですね。でしたら、私達も仲良くなれると思います。よ、よろしければエリス様のお話をお聞かせしましょうか?」
「ああ、頼む」
そんな危ない衣装の幼女盗賊は目を輝かせ、満面の笑みで俺に向かって笑いかけて来た。
ただ、ちょっと興奮気味なのが怖いけど。
「じゃ、私は行くわ。エイリース、後は頼んだよ」
「お任せください、ノア。貴方にエリス様の御加護が有らんことを」
「あ。そういえばエイリース、君の年はどれくらいなんだい? 随分若いみたいだけど」
そしてとうとう、さっきから気になっていたことをらいらいが聞いた。
うん、盗賊職とは言えエイリースはちょっと幼すぎる気がする。能力的に、ダンジョン攻略は厳しいかもしれない。
ノアが代わりとして連れて来たとは言え、実際にどうなのかは─────
「私ですか? 今年で27歳になります」
「まさかの年上!?」
「まさかの最年長!?」
え、え!? 待って、それはジョークだろ?
「コレでも一応、ノアの姉弟子なんですよー? むふー」
そう言って得意げに鼻息を吐くエイリースの隣で。
ノアは、静かにうなずいていた。
「それでですね、エリス様はこうおっしゃった訳です。悪しき者に右の頬をぶたれようと、左の頬を差し出しなさい。アンデットに右の頬をぶたれたら、即座に殴り返して聖属性呪文で苦しみを与えなさいと」
「アンデットに厳しい」
「その教えを聞いたプリーストは、ターンアンデットを使って自分の母の魂を救済したのです」
「ああ、呪われちゃった自分の母親を攻撃しちゃうんだ」
「そして、自らの母をも犠牲に多くの民を救ったそのプリーストは英雄として末代まで語られることになりました」
「なんだかなぁ。今の話、なんだかなぁ」
エイリースはダンジョンに向かう道中、俺にエリス教に伝わる神話の様なものをひたすら語り続けた。
他の世界の神話というのは、面白いというより意味が分からない。だが、それもきっと文化の違いなんだろう。
きっと彼女に、日本神話を語っても俺みたいな反応になるはずだ。
「私もね、救われたんですよ。幼い頃、商人をしていた一家丸ごと盗賊に襲われてしまった時に」
「……ほう」
「父も母も息絶えて、私は奴隷として縛り上げられかけたその時です。白い雷が、盗賊の首魁を黒焦げにしたのは」
「……」
「エリス教の冒険者の方でした。盗賊に囲まれ全滅の憂き目にあった私達を、たった一人で助けようと割って入ってくださったのです。そして盗賊を全滅させた後、名前も名乗らず『エリス教の者だ』とだけ言い残して去っていきました」
「良い人も居るもんだな」
「それ以来。私はエリス教の信徒となって、教会に保護して貰いました。そして独り立ちできる年齢になると、盗賊の冒険者として教会を出たのです」
なるほどな。そりゃ、エリス教に入信したくもなるわ。
随分目を輝かせてエリス教の話をしてたけど、きっと彼女は熱心な信徒なのだろう。
「いつか、その呪いのアクセサリーが外れたら。貴方も、一緒にエリス様を信仰しませんか?」
「ああ、考えておくよ」
「約束ですからね?」
ニコニコと、エイリースは俺の返事を聞いて笑った。そんなに嬉しかったのだろうか、信徒が増えるのは。
ま、彼女の様に宗教にどっぷりつかるつもりはないけど……。でも、普通に信仰する分にはエリス教のが全然いいというのは分かる。
とっとと、あの糞女神の呪いを解除しないとな。出来れば金輪際、アクシズ教には関わりたくないもんだ─────
「はーい! ここから先のダンジョンは危険なので交通整備中でーす」
アクシズ教には、関わりたくなかったのに。
「おや? ふむふむ、プリースト君。君はおそらく熟練中の熟練冒険者。君ならこの先のダンジョンでも上手くやるだろう。通っていいよ」
「駆け出しです。俺はこのパーティで一番の駆け出しです」
「だがしかし! 君たちパーティは全体的に貧弱、ここを通すわけにはいかない。特に─────、そこの汚らわしい匂いのぷんぷんする糞雑魚盗賊は通せないかなぁ!? これは、好意で言ってあげてるんだけど……、君じゃ弱すぎて犬死にするだけさ!」
「……」
ああ。俺と同じ紋様のアクセサリーを身に着けた集団が、いきなり俺達を乗せた馬車を囲んだ。
そうか、これか。これが噂の、アクシズ教徒か。
「でも安心すると良い。僕達は単に弱そうな君たちがダンジョンに行くのが心配なだけさ……、そこで! いろいろとアイテムを差し上げようじゃないか」
「ほうら、ここに書類が有る。この書類にサインして、私達からのプレゼントを受け取ってくれ」
「それだけじゃない。この書類に名前を書いた瞬間、君たちには多大なる女神の加護が与えられるだろう。まさに一石二鳥。ああ、なんて素敵……」
なんだこれは。まさかこいつら、これを勧誘活動と言い張るつもりなのか。
遠くてちゃんと見えないが、その書類絶対アクシズ教に入信する書類だろ。
「悪いがアクシズ教に関わるなと、親からしつけられていてね。我が雷電の餌食となりたくなければ、ソコをどくといい」
「良いのかい? このマナタイトは良質だよ? それに、君たち駆け出しでは手の届かない高価な防具なんかも─────」
うぜぇ。尋常じゃなくうぜぇ。
たしかに良さげな装備を持ってはいる。このアクシズ教徒、そこそこのレベルの冒険者らしい。
そこそこレベルの冒険者が、駆け出しを入信させるためにこんなとこで援助物資持って張り込みしてるのね。成程、駆け出しがアイテムにつられたら信徒が増えるのか。
「確かに素晴らしい装備ですね。では、いただきましょう」
「お、何だ? にっくきエリス教徒かと思いきや、話が分かるな嬢ちゃん。じゃ、ここにサインを────」
その、うざったいアクシズ教徒に肩を掴まれた瞬間。
エイリースの、身体が大きくぶれた。
アクシズ教徒は、全滅しました。
「待って、待てくださいエイリース、これは窃盗では……」
「何言ってるんですかサラ。これは、落としものを拾っただけです」
「てか、瞬殺? この人たち、割と高レベルなんじゃ」
「私は毒使いですから。一発掠れば勝ちなんですよ」
エイリースは、半ば不意打ち気味にアクシズ教徒を切り刻んだ。
いきなり攻撃を受けて戦闘態勢になったアクシズ教の冒険者は─────、ほどなく失神して動かなくなった。ぴくぴくと白目をむいて痙攣している。
毒使い。エイリースは、可愛らしい見た目の割にえぐい戦い方をする様だ。
「いや。その、流石にこれは不味くないかい? 気絶させるまでは正当防衛だと思うけど、流石に身ぐるみを剥ぐのは────」
「アクシズ教徒には何やっても犯罪にならないんですよ」
「あれ!? この人、実は結構過激だぞ!?」
エイリースは、文字通り虫を見る様な目でアクシズ教と二人を見下している。
彼らの用意した装備やマナタイトなどの貴重品を、せっせと馬車に詰め込みながら。
「……ですがこのような行い、エリス神が許すとは思えないのですが」
「何を言ってるんですか。相手はアクシズ教徒ですよ、アクシズ教徒。隙あらばエリス様の陰口を叩き、迷惑行為を連発し、果てに精神崩壊に追い込む悪辣外道。こんな害虫は駆除されてしかるべきなんです」
「いえ、でも。エリス教の人って、こういう事をあんまりしないイメージが……」
「じゃ、聞いてみますよ。これでも私、祈ってればたまにエリス様に通じるので。ああ、エリス様エリス様。私は間違ってませんよね、ご神託をください……」
え。神様の声が聞こえるって……この子、相当やばい子じゃない?
「……本当にエリス様の声が届いているなら、彼女はエリス様の認めた熱心な信徒と言う事になりますが」
「本当かなぁ?」
あ、この世界では有り得る事なのね。神様からの神託。そう信じられてるだけかもしれないけど。
そういや、少なくともアクアは実在するんだもんな。エリス様ってのも、本当にいるのか。
『ザザッ─────、えー、誰か私を呼んだ?』
その時。
俺の持っていたアクシズ教のお守りが、かすかに揺れ動いた。
「おお、繋がりました。我が愛しの女神様、薄汚い他宗派から迷惑行為を受けたのですが……、そんな彼らをぶっ殺した後、身ぐるみを剥ぐのは果たして罪なのでしょうか?」
『ふーむ。よし、汝の罪は私が許します。相手が話の通じぬ異教徒であれば、きっとあなたは尋常ではない苦痛を受けたのでしょう。その慰謝料として、身ぐるみを剥ぐのは当然の権利です! その代わり、今度私の教会に美味しいお酒を持ってきて奉納しなさい。それでチャラにしてあげるわ!!』
「おお! なんと慈悲深い……、貴方様こそまさに女神です」
『気にしなくていいわよ! じゃ、今後も信仰に励んでね! それじゃ!!』
うわっ聞こえた。今、本当に空から声が聞こえた。
……というか、あれ? 今のが、エリス様の声?
「ほら見た事でしょうか。エリス様もお認めになりましたし、ありがたく身ぐるみを剥いでしまいましょう」
「……? 私には何も聞こえませんでしたが。貴方の妄想ではないのですかエイリース、本当にエリス様がお認めに?」
「……やれやれ。エリス様を信仰していれば、今の声が聞こえた筈なんです。あ、そうだ……貴方は聞こえませんでしたか?」
エイリースは期待した顔で、俺を覗き込んだ。……嘘は、つかないでおこう。
「うん。聞こえた、お酒を持ってきたら許すとか言ってた」
「まぁ!! 貴女には聞こえたんですね、成程! 貴女はアクシズの装飾品を身に纏っていようと、心は間違いなくエリス教徒!」
「……え、本当に聞こえたの? じゃ、じゃあ女神エリスは本当に?」
いや、でも待て。
今の声、めっちゃ聴いたことあるんだが。あの面倒くさそうな喋り方は、どっちかって言うと……
「あの、エイリースさん。今の声、女神アクアの声っぽいような……」
「は?」
「いや、何でもありません言い淀みました」
「……まあよろしいでしょう。貴方にもエリス様の声は聞こえたみたいですし……、きっとあなたはエリス様を心から信仰しているのでしょう」
……違うよ。絶対、今の声は俺をこの世界に送り込んだあの糞女神の声だったよ。
え、何? どういうこと? このエリス狂信者、本当はアクシズ教徒なの?
「大義は我にあり。エリス様の教えの元、このクソ共から何もかもを巻き上げてダンジョンに臨みましょう」
「……エリス教って結構過激なんだね。少し、見る目が変わったな」
「アクア神とエリス神は先輩後輩の関係と聞きますし、似ている部分もあるのかもしれませんね」
眼の光を消して、エリスを崇拝する盗賊を見て。
俺は、口が悪くてもいいからまともな盗賊の味方に戻ってきてくれと心から叫んだ。
「……はっ!? ぐ、無事かみんな」
「ああ……、くそ! あのエリス教徒め!!」
やがて、毒が消え去ったころ。全裸のアクシズ教徒たちは、路傍でゆっくりと目覚め始めた。
「げ! 俺達の荷物、なくなってるぞ」
「そこまでするか!? くそ、エリス教ってのは最悪の連中だ!」
「人の心がねぇのか、許せねぇ!!」
激高し、即座に後を追おうとするアクシズ教徒たち。だが、最後に起き上った中年の男だけは様子が異なっていた。
「いや、エリス教徒相手に油断した俺達が悪いんだ。あの悪辣な敵相手に油断して、命があっただけでもましだろ」
「でもよぉ!」
「次から、油断しなきゃ良い。そうだろ?」
彼は幼女風の女性に昏倒させられて、非常に良い気持ちになっていた。だからこそ、彼だけは冷静だったのだ。
「俺は以前、盗賊に襲われた商人を見たことがある。その商人は────、俺の見ている前でなぶり殺しにされた。それが、普通なんだよ」
「何っ!? お前程の魔導師が、間に合わなかったのか!?」
「紅魔族らしく格好いい名乗りを考えていたら、介入が遅れてな……。娘さんを助けるので手一杯だった。で、流石に罰が悪かったので『エリス教の者だ』と名乗って逃げ事なきを得たんだ」
「あんた最低だよ」
「────流石に反省してる」
そのアクシズ教徒同士の会話は。残念ながらエリス狂信者の幼女には、届かなかった。