山の頂にあるものは 作:息抜き用ID
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『ここに登ってみたいって? 無理無理、もう少し大きくならないとな』
『ああ。いつかいっしょに登ろうな。お父さんとの約束だ』
あの日交わした約束が、いつまでも心にこだましている。
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春、放課後の教室。今学期はじめての授業実施日を終え、クラスメイトたちはみんな新しい友達と楽しくおしゃべりしている。
(私は机、私は机……)
そんな中、私、山本マヤは気配を殺して帰り支度を初めていた。小中学校時代を通して鍛えられた隠密術のおかげか、クラスメイトたちは私に見向きもしない。
普通の感性を持つ人なら、新しい友達を作る絶好のタイミングにどうしてコソコソするのかと疑問を抱くだろう。その答えは簡単、私がいわゆる陰の者だからだ。
人類は二つの人種でできている。一つは陽の者。めっちゃ明るくて社交的。
もう一つは陰の者。めっちゃ暗くて内向的。私はこっちだ。
大抵の場合は同じ人種ごとにグループを作って関わり合うことはないのだけれど、何かの間違いで陽キャが陰キャに話しかけることもある。
すると、陰の者は強い陽のエネルギーによって消滅してしまう。だから絶対話しかけられないように、私は息を潜めているわけだ。
「あの子とかどう?」
「あの子は……無理じゃないかな。中学一緒だったけど、付き合い悪いし」
「でも一応、ね。雪村さん?」
さて、荷物をまとめて後は同胞に声をかけて帰るだけというとき、同胞の名前が呼ばれた。
見ると、陽の者たちが同胞――雪村あおいさんに声をかけている。
「丸玉三ミリ二十個、丸小ビーズ一一二個、テグス一号、二十センチ四号――」
「ゆ、雪村さん?」
「はっ、はい!?」
しかし雪村さんは趣味の手芸に夢中だった。再び呼ばれたのに慌てて応えている。ほんの隙間時間でもあれだけ熱中するあたり、本当に好きなんだろう。
どうやら女子グループでお茶に出かけるようで、雪村さんを誘ったようだ。法事とか買い出しとか犬の散歩とかで時間がないから、と断る雪村さん。とっさによくあれだけの訳をでっちあげできるな。
やっぱりダメだったでしょ、と女子グループが退散。それを見計らって声をかける。
「ゆ、雪村さん」
「ひゃっ!? って、山本さんか」
普通に正面から声をかけたのに驚かれた。
「もー、相変わらず影薄いんだから。びっくりしちゃったじゃない」
「わ、悪かったね。それより早く帰ろうよ。陽キャパワーで消滅しそう……」
「ぷっ、何それ? まあちょっとは分かるけど」
明るくおしゃべりを楽しむ女子グループの方を、雪村さんはちら見する。そしてまた声をかけられたらたまらないとでも言うように、そそくさ帰り支度を初めた。
雪村さんとは中一からの付き合いだ。初めておしゃべりしたのは忘れもしない体育の時間――
『はいみんなー、二人一組になってー』
我々陰に生きる者にとって死刑宣告に等しい、破滅の呪文が唱えられたときだった。その日クラスの人数が奇数だったこともあって私は絶望していた。
すると、私と同じように顔を青くした雪村さんと目があい、同族のシンパシーを感じ取り。それ以来お互いを同胞として認め合う仲になった。
遠方の趣味仲間には「いっしょにしたらその雪村って子がかわいそう」と言われ、「ほのかだって人のこと言えないじゃん!」と言い返した。口をきいてくれなくなった。泣いて謝った。
そんな関係だったので、クラス発表の貼り紙に雪村さんの名前を見つけたときはとても嬉しかったんだ。
けれど――
「あおいー! 久しぶり! 小学校以来だね!」
どうやら私の同胞とはここでお別れらしい。
唐突に明るい声音を響かせ、雪村さんの机に手をついたのは倉上ひなたさん。もう見るからに陽のエネルギーにあふれた、陰の者とは対極にある元気っ子少女だ。クラスの自己紹介の時点でもう危険な子だと確信した。
「またいっしょの学校なんて運命かも! 思い出すよね、昔二人で見た朝日!」
「ひなた、ちゃん?」
倉上さんの態度と、雪村さんの何かを思い出すような口ぶりからして、久しぶりに再会した幼馴染のような雰囲気。なんだかとっても仲睦まじく見える。
「ねえ山本さん! この後、あおい借りてっていいかな?」
「どっ、どうぞどうぞ」
「ええ!? ちょ、そんな勝手に――」
「ありがとー! さ、行くよあおい! 約束の山に登ろー!」
「や、約束って何のことよ!? 山本さーん!」
涙目で助けを求める雪村さんの視線に対し、私は小さく手を振って応えた。雪村さん、中学時代はありがとうさようなら。
友達が自分の知らない子と仲良くしていたら、妬ましく思えてしまうのはどうしてだろう。器が小さいのか、独占欲が強いのか。
たぶんどっちもだ。
自己嫌悪と喪失感で満身創痍になった私は、フラフラと教室を出ていった。
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私の唯一の趣味は登山だ。でも去年目標を達成したのを機にすっぱり辞めた。
理由の一つはなんたってお金がかかるから。靴やザック、雨具などの装備は良品を買えば数年はもつけれど、登山口までの交通費や宿泊代、消耗品の費用が重い。山岳保険だって子供の身には安くはない。
そんなわけで、高校生になったら山から離れてバイトを頑張ろうと決めていた。高校卒業後の生活費をちょっとでも稼いでおこうと。
「いい景色……はっ!?」
じゃあなぜ私は今天覧山の展望台でいい気分になっているのか。これが分からない。
……。
天覧山は標高一九七メートル、山道は整備されててスニーカーと普段着でも気軽に登れる。登山というよりハイキングとして見る人もいる。
つまりこれは登山ではなく散歩だ。けっして私の意志が弱いとか、雪村さんのことがショックで癒やしを求めてつい登っちゃったなんてわけじゃない。
なにはともあれせっかく登ったんだから、飯能市の眺望ときれいな空気を楽しんで帰ることにしよう。
「こんにちはー!」
「こんにちは。って、ええ!?」
後ろからあいさつが聞こえたので反射的に返答しつつ振り返ると、意外な二人組が目に入った。
雪村さんと倉上さんだ。どうやら今登頂したらしい。
倉上さんはともかく、インドア趣味な雪村さんがこんなところにいるのは珍しい。
私が目を丸くしていると、二人はなぜか不思議そうに首をかしげる。
「どうかした?」
「あっ、すみません。私、倉上ひなたっていうんですけど……どこかで会ったことあります?」
「えっ」
「わ、私は雪村あおいです……」
私は言葉を失った。こいつら、私のこと分かってない。
たしかに普段と山行では装いを変えている。人と目が合わないよう両目を隠している前髪はゴムでくくってちょんまげにしているし、学校の外だと気が大きくなってハキハキした喋り方になる。
だからってつい昨日会ったばっかりなのに……雪村さんとかもう三年の付き合いになるのに……
「私は山本。んー、悪いけど記憶にないなー。似た人と勘違いしてるんじゃない?」
あえてとぼけてみる。ほら、二人のクラスに山本っていたじゃん。背格好とかドンピシャで似てる人いたじゃん。さすがに気づく――
「そうですね! お邪魔しました。行こ、あおい」
「う、うん」
「じゃあね」
気づかなかった。
私は笑顔で手を振る裏で、寂しさのあまり膝を折りそうだった。雪村さんは最初から同胞ではなかったのかもしれない。
雪村さんは倉上さんと仲良く展望台のベンチに座り、ストーブでお湯を沸かしてティータイムを楽しんでいる。基本単独行しかしない私には眩しすぎる。
ささくれだった心に導かれるまま、私は天覧山に連なるもう一つの山、多峯主山の登山口へ足を向けるのだった。
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私と同年代でソロ登山を楽しむ人は結構少ない。だから山で見かけると、仲間意識から話しかけて仲良くなることがある。
そういった人たちの中でももっとも気安い趣味仲間に、私は某トークアプリで愚痴を垂れ流していた。
『と、いうことがあったわけ。ショック。なぐさめて』
《かわいそう》
『テキトーすぎ!』
《普段からハキハキしゃべればいいじゃない》
《私だって分からないよ、そんなの》
『そんな! ほのっちなら滑落したぐちゃぐちゃの私を見ても余裕で分かるくらいの仲だと思ってたのに!』
《そうやって縁起でもない冗談言うから友達できないんじゃない?》
『正論ヤメテ!』
《じゃあ少しは反省して》
《というか結局登山やめてないんだ》
『いや天覧山はめっちゃ整備されてるし登山のくくりにはギリ入らな』
《そういうの、意志薄弱っていうんだよ》
『うるせー隠れブラコン!』
《それは今かんけ》
《かんけいないでそょ!!!》
照明を落とした狭い自室、布団にくるまった私はニヤニヤしながら、真新しいスマホをタップするのだった。