山の頂にあるものは   作:息抜き用ID

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第10話

 最近、生きるのが楽しい。

 

 中学時代からの同胞であるあおいちゃんと仲良くなれただけでなく、怨敵(陽キャ)のひなたと友だちになれた。しかも二人は登山好きだから話も合う。若干ひなたからのいじりに遠慮がなくなってきてるのには参るけど、二人のおかげで学校が楽しい。

 

 学校外も充実してる。あおいちゃん、ひなたに加えてここなちゃんとかえでさんもいっしょにお出かけしたり、お泊り会したり。怨み、妬むしかなかったリア充生活の渦中に私はいるんだ。

 

 今週末にはみんなで富士山に登る。登山経験者としてあおいちゃんにかっこいいところ見せるのがとても楽しみだ。

 

 人生がこんなにも楽しくなるなんて、考えもしなかった。

 

 嗚呼、リア充人生。

 

 

 

---

 

 

 

「誰か私を殺して……殺して……」

 

 人生とか要らない。私はなんで生まれてきたの? こんなに苦しいくらいなら生まれたくなかった……は、言い過ぎた。生んでくれてありがとう、お母さん!

 

「……はあ」

 

 ため息を一つ。ネガティブをこじらせてても状況は好転しない。一旦落ち着こう。

 

 私は今、パジャマに使ってるジャージ姿で象さんオブジェの前に座り込んでる。

 

 通りかかる人たちからの視線が痛い。なんたって今は月曜の朝九時、よい子は学校に行ってる時間だ。サボリを疑われるのは仕方ない。

 

 いや、疑いどころかまごうことなきサボリなんだけど。どうしようもない事情がある。

 

 簡単に言うと、私の家が侵略者に占拠された。

 

 占拠されたことに気づいたのは今日の朝のこと。起きて、顔洗って歯磨いて、後は制服に着替えご飯食べて出るだけというときだった。

 

 どこからともなく現れた暗黒の侵略者。その姿を見た瞬間、私は敗北を悟って着の身着のまま逃げ出し、今に至る。

 

「どうしよう」

 

 状況を確認しても意味はなかった。

 

 高校生になってからは親戚に用意してもらったアパートに一人暮らしだから、一人であの侵略者と戦わなければならない。

 

 無理だ。戦うどころか制服や財布を取りに行くのも怖くてできなかった。だからサボってる。携帯もないから友だちに助けも求められないし、そもそも今はみんな学校だ。

 

 となると残された手段はただ一つ。

 

「まあいいお天気、絶好の散歩日和ね!」

 

 山本流禁術、現実逃避。

 

 自分のキャパを越えた問題にはこれが一番だ。ああ空が青いなあ!

 

 

 

---

 

 

 

 飯能市でおよそ名所と呼ばれる場所の内、財布なしでも楽しめるところをぐるっと回ってきた。飯能河原、吾妻峡、阿須運動公園、あけぼのこどもの森公園。中でも最後のこどもの森公園、通称ムーミン谷はまるでおとぎ話の世界に入り込んだようで、ここなちゃんから以前聞いた以上に素敵な場所だった。距離的にも十分歩いていける距離だし、今度から暇なときはこのコースで散歩しよう。

 ただし、水と食料と帽子をきちんと用意して、だ。

 

「暑い……」

 

 象さんオブジェの公園にて、オブジェの前に腰掛けた私はぐでーっとだらける。

 

 朝すずしいと思ったけどやはり七月、正午にもなるとすごく暑い。オブジェの影にいるのに汗が止まらない。どこが絶好の散歩日和だ、熱射病になるわ。

 

 朝も昼も食べてないからハンガーノック寸前。体感でいうとここからアパートまで歩いたところでガス欠になりそうだ。散歩中に道行く人たちからの視線も痛かったし、これ以上歩き回るのはやめよう。

 

「こんにちはっ!」

「……あ、はい。こんにちは」

 

 突如目の前に現れた美人さんの顔。うつむいていた私をのぞきこんであいさつしてる、と気づくのに数秒かかった。

 

 私の知識じゃ表現すらできない、いかにもオシャレな私服。見てるこっちも明るくなれるようなニコニコ笑顔を浮かべて私の正面に立っている。

 

「私知ってる、こういうの声掛け事案っていうんだ」

「えっ? いや違う違う! もう、花の女子大生に向かって事案だなんて失礼しちゃう」

 

 女子大生は冗談めかして怒りながら、「隣いい?」と聞いてきた。どうぞどうぞ。

 

「私、小野塚ひかり。大学二年。ひかりって呼んでね!」

「山本マヤです……ええと、何の御用でしょう?」

 

 山小屋じゃあるまいし、下界で知らない人に話しかけられることは少ない。何か、宗教の勧誘とかかもしれない。怖い。

 

 するとひかりさん、眉を八の字にして気まずそうに笑う。

 

「びっくりさせてごめんね。でもあなた、駅前からここまでふらふらして歩いてきたでしょ。倒れるんじゃないかって心配だったの」

「はあ……」

 

 たしかにいつからかは忘れたけど、頭がぼーっとして足元がおぼつかない。ははあ、周囲の視線が見てたのは非行少女じゃなくて体調不良少女だったんだ。駅前からここまでついてきたひかりさんは、声をかけるかどうか迷っていたんだろう。

 

 優しい人だ。でも私は一人前の乙女、知らない他人からの情けは受けない。ここはかっこよく「ご心配ありがとう、けれど私は平気です」とつっぱねてみせて――

 

「お水飲む?」

「飲む!」

「クッキー食べる?」

「食べる! うまっ!」

 

 やっぱやめた。もらえるものはもらっちゃおう。ペットボトルの水をがぶ飲みしてクッキーを貪る。これだけ補給すれば山一つは登れそうだ。

 

「ごちそうさまでした! クッキーめちゃうまなんですが、どこのやつですか?」

「商店街のすすきって洋菓子屋さんのだよー。私そこでバイトしてるから、ときどき余ったのをもらえるの」

「すすき。今度絶対行こう」

「うん、きてきて。ところで、マヤちゃん?」

 

 ここで初めてひかりさんの笑顔が曇った。心配げに眉を寄せて首をかしげる。

 

「学校は楽しい?」

「……? 死ぬほど楽しいですけど」

 

 小学校中学校は授業時間も休み時間も拷問と大差なかったけど、高校に入ってからは本当に充実してる。あおいちゃんとひなたはいい友だちだし、ここなちゃんやかえでさんとも仲が深まった。ほのかは、直接会う機会は減ったけどスマホでポチポチおしゃべりを楽しんでる。文句なしのリア充生活だ。

 

 そう答えると、ひかりさんはなぜかきょとんとして、目をぱちぱちさせている。

 

「そうなんだー。えっと、じゃあなんでサボってるの?」

「暗黒の侵略者が我が家に出現しまして、朝から家を追い出されたのです」

「?? ああー、そういうこと。そういうの私は詳しくないけど、程々にしたほうがいいよ? 後で思い出して悶えることになるから」

「中二病じゃないやい!」

「うんうん、分かってるからね」

 

 微笑みながらよしよしと頭をなででくれるひかりさん。あおいちゃんといい、最近よくナデナデされる気がする。

 分かってるというひかりさんだけど、絶対伝わってない。といっても侵略者の名前をそのまま発声したらおぞましいイメージが蘇って私が発狂してしまうので、ここは中二病ってことで流しちゃおうか。

 

「でもさ、マヤちゃんの年で学校サボるのはもったいないよ?」

「サボりたくてサボってるわけじゃ……」

「そうだよね、侵略者さんがいるんだもんね。けど小学校の時間はすっごく貴重だよ? 給食、林間学校、失敗しても留年しないテストとか――」

「誰が小学生だ!」

「え、違った?」

「私十六! 高一!」

 

 ひかりさんが目を丸くしている。私だって驚きだ。背は低いけどせめて中学生くらいには見えるだろう。

 

「ごめーん、てっきりもっと下かと思ってた! あははー」

「あははてあんた……もう」

 

 お気楽に笑うひかりさん。

 体調の悪そうな子供を心配して水と食料を恵んでくれたうえ、サボりを優しく諭してくれたんだ。文句よりもありがたい気持ちのほうが先に来る。

 

 ひかりさんにつられて私も苦笑い。しばらく笑い合っていると、ひかりさんの携帯が鳴った。

 

「ちょっとごめんね。はいもしもし、店長? お疲れ様です、どうしたんで……あ゛」

 

 まるで「あ」に濁点がついたような声が出た。冷や汗をたらしながら携帯を耳から話し、画面を確認するひかりさん。視線は画面右上に小さく表示された時間に向いている。

 

「ごめんなさい、今すぐ向かいます! マヤちゃん、悪いけど私行くね!」

「あ、はい。遅刻?」

「の、五分前!」

 

 時間は一時の五分前だから、始業が一時なんだろう。商店街に走って五分で着けるか。ひかりさんの根性が試される。

 

 私を心配してわざわざここまで来てくれたのに、なんだか申し訳ないや。謝ろうとして口を開く直前、ふわりと柔らかい感触が頭に載った。

 

 手にとって見るとかわいいデザインのタオルだった。

 

「それ貸したげる! 頭の上に乗っけて帽子にしてね!」

「え、ちょっと」

「またねー!」

 

 ひかりさんは全力疾走で走り去った。

 

 ありがたいものを借りてしまった。これがあれば日差しを防げる。それに、もう一度ひかりさんと会う口実にもなる。今度お金のあるとき「すすき」に行って、お礼を言おう。

 

 さて、ここで休憩したら家に帰るつもりだったけど、帰っても侵略者が待っているだけだ。お腹もいっぱいになったことだし、妙案がひらめくまでもう少し町をぶらつこう。日暮れまで粘ればきっと私のひらめき力が開花していいアイデアが浮かぶはず。たぶん。

 

 

---

 

 

 

『顔も名前も知らん他人の子供を世話しろだと!? ふざけるな!』

『それはこっちのセリフだ! 一番あの子と血縁が近いのはあんたのところだ。ダダをこねるな!』

『施設に入れればいいだろう』

『そもそも母親はどこにいったんだ!?』

 

 ああ、やだやだ。侵略者のせいでネガティブ思考になっているのか、嫌な夢を見ている。

 

 お父さんとお母さんがいなくなった後、私の身寄りについて親戚が大喧嘩しているころの夢だ。あれだけ揉めるなら施設でもよかったのに、そうならなかったのは大人の事情があったのかしら。

 

 親戚の怒声は少しずつ小さくなって、意識が浮上していく。暑い、まぶしい。

 

 そうだ、あの後ぶらついた後天覧山に登って、山をキメた頭で侵略者への対策を考えてたけどいい案が浮かばなくて。結局、象さんオブジェの公園に戻ってきたら眠くなってきた。で、オブジェを囲ってる木の社みたいなのにもたれかかって、寝入っちゃったんだ。

 

 まぶしいってことはまだ夜じゃない。

 

 どうせまだいいアイデアはないし、もう一眠り――

 

「マヤちゃん! マヤちゃん!?」

 

 一眠り――

 

「ま……むう」

「かえで、これ寝てるだけじゃない?」

 

 うるさいなあ――いたたた!?

 

「いひゃい!? なに!?」

「おはよう。ねぼすけさん」

 

 誰だ人のほっぺたつねるのは!?

 

 突然の刺激にびっくりして飛び起きると、目の前に二人立っているのが目に入る。

 一人はかえでさん。むすっと不機嫌そうに私をにらんでる。

 もう一人は初めて見る女の人。かえでさんと同じ制服を着てるから、先輩さんだ。

 

「ふあぁ……おはようございます。今何時ですか?」

「四時半。ねえ、何か言うことあるわよね?」

「え? ええと……はじめまして、山本マヤです」

「あっ、どうも、ゆうかよ。よろしく」

 

 かえでさんの友だちっぽい人にあいさつ。言うことがあるとすればこれだ。今は山の気分だからつつがなく自己紹介できた。どやぁ。

 

「そうじゃなくて! 学校サボって連絡もつかない、家にもいない、どこにもいない。かと思えば公園で寝てるなんて、一体何してたの!?」

「あ……もしかして心配、かけました?」

 

 私の質問に、かえでさんはむすっとした怒り顔、ゆうかさんは苦笑いで答えた。

 

「ご、ごめんなさい。実は朝から家を締め出されて、制服も携帯も部屋に置きっぱなしでですね……」

「締め出された? 家族の人とケンカでもしたの?」

「いえ、家族じゃなくて暗黒の侵略者が――」

 

 顔を見合わせるかえでさんとゆうかさん。

 

 かえでさんは頭が痛そうに、額を手で抑える。

 

「つまりその侵略者? が怖くて学校をサボり、一日中ここで寝てたってこと?」

「一日中散歩してました」

「……」

「か、かえで、落ち着いて」

 

 まずい、かえでさんからにじみ出る怒気がすごいことになってる。がんばって抑えてください、ゆうかさん。

 私には音信不通になった前科があるから、その分心配だったのかも。うーん、いけないことなんだけど、誰かに心配されるのって嬉しいな。

 

 しばらくするとかえでさんは大きくため息をついて、「ゆうかの気持ちがよくわかったわ」と困ったように笑った。

 

「まあ無事だったならもういいわ。でも侵略者ってなんのこと?」

「名前を言ってはいけないあの虫です……口にすることも恐ろしいアイツが、押し入れの中から……!」

「もしかしてゴキ――」

「言わないで!」

 

 耳をふさいだ。

 二人はしばしきょとんとした後、心底呆れたようにがっくり肩を落とす。

 

「アレ怖さに家にも帰れないって……山歩いてたら虫くらい平気になるでしょ?」

「や、もう無理。毛虫もクモも余裕だけどアレだけはマジ無理。見ただけで発狂」

 

 夏登山してると木の上から毛虫が落ちてくるとか、ザックに変な虫がくっついてるとか普通にあるけど、アレだけは別だ。もう、ほんと、無理。

 

 かえでさんと違って、ゆうかさんは分かってくれたみたい。苦笑いしながら「分かる」と言ってくれた。

 

「私も自分じゃ触れなくてお母さんに処理してもらってるよ。かえではどうしてるの?」

「普通に自分で退治してるわよ。マヤちゃんもお母さんに頼めばいいじゃない」

「うち、お母さんもお父さんもいないので……はっ!?」

 

 しまった。

 

 暗黒の侵略者が怖すぎて空気読めない悪癖が再発しちゃった。どう考えてもぽろっと言っていいことじゃなかったのに。

 

 二人も私の家庭の事情を知って態度を変えるかもしれない。小学校と中学校の先生はそれを知ったとたんよそよそしくなったし、参観日の日なんか最悪だった。雪村さん以外のみんなが悲しそうな目でチラチラ見てくるんだもの。

 

 そして何より嫌なのが、家庭の事情と私の性格を関連付けされることだ。ワケアリな身の上だからあんな暗い性格に、とかなんとか。余計なお世話だい、こちとらお父さんが健在なころからずっとこうだ。生粋の陰キャをなめないでいただきたい。

 

 知らないクラスメイトにどう思われても平気だけど、かえでさんにそんな目で見られるのは嫌だな――そう思い、おそるおそるかえでさんを見上げると。

 

「……ああ、そうなんだ。じゃあ私が退治しに行こうか?」

「マジですか!」

「うん」

 

 あっけらかんとしていた。ちょっと返答に間があったけど、普段通りの口調で、とてもありがたいことを言ってくれる。

 

「あ、でもアレって一匹見かけたら三十匹はいるって言うわよね」

「さーて野宿に最適なスポットはと……」

「「こらこら」」

 

 野宿スポットにあるき出そうとすると、二人にがっちり肩をつかまれた。ええい離せ! アレが三十匹もいるようなところに戻れるか!

 

 じたばたしてると、ゆうかさんが「こうしましょう」と指をたてて提案する。

 なんでも煙をたいてアレを一網打尽にする殺虫剤があるので、それを私のアパートでたいて、アレが全滅するまで私はかえでさんのうちに泊まればいいじゃない、と。

 

「あなたたちが神様ですか」

「うむ、苦しゅうない」

「あはは……」

 

 ありがたすぎる提案に私は「ははー」、と平伏するしかない。かえでさんに迷惑をかけたくない気持ちはあるけど、アレと付き合うくらいなら死んだ方がマシ。

 

 そうだ、それともう一つ言っておかなきゃ。

 

「あのう、お二人とも」

「ん?」

「今回の件、みんなにはないしょでお願いします。特にひなたには」

「分かった、いいわよ」

 

 アレが怖くて家に帰れず学校もサボったなんて知られたら、ひなたにいじられるのは目に見えてる。あおいちゃんやここなちゃんにも笑われるかもしれない。できれば避けたい。

 

 二人ともうなずいてくれたので、これで安心――

 

「もう手遅れだけどね」

「えっ?」

「マーヤー?」

 

 後ろからするっと、首に腕を回される。顔から血の気がひくのを感じた。

 聞き覚えのある声、柔らかい体の感触、匂い――後ろにいるのが誰か、振り返らなくても分かる。

 

「ひ、ひなた?」

「学校サボって何してるかと思えば、ゴキブリから逃げ回ってたなんてねぇ。ぷーくすくす」

「あーっ!? そそそその名を口にするなぁ!」

 

 この女、私が心中でさえ一回も言わなかった名をやすやすと口にしやがった! しかも腹立つ煽りのおまけつき。こんちくしょう。

 

 アクションスターよろしく組み付いたひなたを背負投げしようと暴れていると、あおいちゃんとここなちゃんまでいっしょにいるのが目に入った。なんとも言えない気まずげな笑みを浮かべている。

 

 登山経験のある頼もしいお姉さんとしてのイメージが、ゴキから逃げ回るよわよわマンのイメージになってしまった。

 

 だが私は諦めない。

 

 すべては今週末の富士山登山にかかっている。経験者としてかっこよく先輩風を吹かせ、変なイメージを払拭するんだ。

 

 目指せ強い私。

 

 

 

---

 

 

 

 あおいちゃんズ、いつから話聞いてたんだろ。

 まさか私の家庭の事情まで聞いてないよね? さすがに聞いてたらもっと気まずくなるはずだし。

 うん、きっと聞かれてないさ。

 

 

 

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