山の頂にあるものは   作:息抜き用ID

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ひなた視点

 私、倉上ひなたにとって、山本マヤはいけ好かないヤツだった。

 

 だって同じクラスにあおいの姿を見つけて、八年か九年ぶりにお話できると思ったら、横から割り込んで仲良さそうにしてるんだもん。あおいは私と山に登るんだから、って気合を入れ直してあおいに声かけたんだ。

 

 その後は大変だった。私とあおいが話してるとこっそり忍び足でどこかに行こうとするんだ。たしかに用があるのはあおいなんだけど、邪魔ってわけじゃないんだから。呼び止めて無理やり話の中に引きずり込んだら、声が小さくて話しにくいときはあったけど、ちょっとずつ打ち解けてきた。こっちが前髪モードの話。

 

 そう、マヤの何がめんどくさいって学校と校外で性格が変わるところ。もう二重人格ってレベルで変わる。実際三年の付き合いがあるあおいも外のマヤと学校のマヤが同一人物だって気づかなかった。

 

 学校のマヤは声が小さくて遠慮がちすぎる子だけど、学外のマヤはひょうきんでサバサバした明るい子に変わる。ちなみに私は明るいマヤの方が好き。話しやすいからね。

 

 別人のように変わるとはいっても共通してる部分はあって、たとえばすごく一生懸命なところ。私とあおいのケンカを仲裁しようと懸命にがんばってくれたときは、空回りでも嬉しかった。

 

 最近は学校でも私たちと話すときだけ学外のノリになるから、人見知りの激しいおもしろ人間みたいに認識されてる。プールで死体になってたり、体力テストのシャトルランや期末テストでダントツの成績をとったり、そのくせ自信なさげに陰に潜もうとしたり、たしかにおもしろ人間だと思う。次に何をやらかすのか想像できない感じ。

 

「山本ー、おーい聞こえないぞ。もっと声張れ。山本ー、影の薄い山本」

「せんせー、山本さんは今日おやすみでーす」

 

 で、今日は何をやらかしたんだろう。

 

 朝の教室、出欠確認で先生がマヤをいじるけど、教室にマヤの姿はない。いつも行きはいっしょになるけど今日はならなかった。寝坊でもしたかな?

 

「休みか。連絡はなし、と。雪村、倉上、何か聞いてないか?」

「聞いてないでーす」

 

 先生は「ずる休みする子じゃなさそうだが」って釈然としない様子だった。私とあおいも多分同じ気持ち。基本的に真面目なマヤがサボるのはイメージしにくい。となると風邪か何かで弱って連絡もできないとか……いや、お母さんに連絡してもらえばいいじゃん。家族みんなダウンしたわけでもないだろうし。

 

 なんだか心配になってきたので、机の下にこっそり携帯を出して『大丈夫? 生きてる?』とメールを送っておく。ちらっと見てみると、あおいも同じことをしてるみたい。

 

 たとえ寝坊や病気でも昼休みまでには返信があるかも。もしかすると「寝坊しました!」ってすぐにでも教室に入ってくるかも。そんな風に思った。

 

 だけど結局マヤは放課後になっても姿を見せず、返信もなかった。

 

 

 

---

 

 

 

「まったくあいつは心配かけて。今度会ったらおしおきだね」

「ふふ、程々にしといてあげてよ」

 

 学校が終わった帰り道をあおいといっしょに歩く。向かう先は私たちの家じゃなくて、マヤの家だ。かえでさんやここなちゃんにも連絡をとってないみたいで、普段のポンコツぶりもあって心配になったのと、ついでにプリントを届けに行く。

 

 プリントの配送料は体で払ってもらうよ。マヤはスキンシップに弱くてちょっと近づいただけでも面白い反応してくれるんだ。嫌がってるふりして実は満更でもなさそうなの知ってるんだから。

 

「あれ、ここなちゃん?」

 

 いつも私とあおいが解散する別れ道のところに、ここなちゃんが立ってる。制服姿だから学校帰りかな。不安げな顔で駆け寄ってきたよ。

 

「あの、マヤさんとは連絡つきましたか?」

「全然。今からプリント届けるついでに直接会いに行くよ」

「ここなちゃんも来る?」

 

 ぱあっと顔を明るくして「はい!」と言うここなちゃん。ちょっとずる休みしたくらいでこんなに心配されて、マヤは幸せものだよ。

 

 そこから三人並んで進んでいく。先生に教えられた住所を携帯に打ち込んでデジタルの地図を見ながら進んでたんだけど、地図を覗き込んだここなちゃんが「あれ?」って首をかしげてた。すぐになんでもないですとは言ったけど、何か変なものでも映ってたかな。

 

 そうしてたどり着いたマヤの家は、住宅地の中にひっそりと佇む一軒家だった。

 

 なーんだ、私んちのこと「どこの三ツ星ホテルですかここは!?」なんて言ってたくせに、マヤんちだって結構大きいじゃない。

 

 表札にも山本ってあるし、ここで間違いないね。

 

「ひなたさん、ちょっと待って――」

「へ?」

 

 ここなちゃんが慌てて声をあげるのと同時、私がインターホンを押してしまう。表札も住所も間違いはないはずだけど、どうしたんだろ。あおいと顔を見合わせる。

 

 どうしていいのか分からないのか、変にアタフタしだしたここなちゃんを眺めているうちに、玄関の扉が開いた。

 

「……」

 

 こ、この人がマヤのお父さん? 全然似てないや。髪がボサボサで目は胡乱げ、猫背の痩せ型。ちょっと怖い。

 

 あおいもここなちゃんも同感なのか、私の後ろに隠れるみたいにしてる。ええい、私がしっかりしなきゃ。

 

「こんにちは! マヤちゃんいますか? 私たち学校の友だちで、プリント届けに来たんですけど」

 

 ――いない。

 

「え?」

 

 ――学校には、まだこの住所で通ってるのか。とにかく、アレはここには住んでない。

 

 ――そもそも俺はアレの家族でもなんでもない。どこにいようが知ったことか。

 

 意味が分からない。

 

 一つだけ分かるのは、マヤを「アレ」と吐き捨てるように言われたことがすごく腹立たしいってこと。今すぐにでもこの男の人に怒鳴ってやりたいけど、ギリギリのところで飲み込んで、「じゃあ、あの子は今どこに住んでるんですか?」と聞くことができた。それだけ聞き出して、早くこの人の前から立ち去りたい。

 

 男の人は何か前置きをするでもなく、一つの住所を口にする。私たちは慌ててそれを携帯に打ち込んで、逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

---

 

 

 

 教えられた住所に建っていたのは小さなアパートだった。苔やツタに覆われてるだけじゃなくてそこら中に大小のヒビがあって、この前の台風で吹っ飛ばなかったのが不思議なくらい頼りない。

 

 一階の端の部屋の表札にかすれた字で山本と書かれてる。私たちはその前に立ち尽くしていた。

 

「……マヤさんはあんまり話したがらないですけど」

 

 道中、無言だったここなちゃんが重たい口を開く。

 

 マヤの両親がいないこと。親戚に引き取られたけど、揉め事があって一人で暮らしていること――ちょっと待った。

 

「でも私んちでお父さんと話したときは――」

「空気読めた、がんばった、ってとても喜んでました」

 

 何よそれ。

 たしかにあの日の楽しい雰囲気を壊したくなかった気持ちは分かるけど。トイレから帰ってきた後に目元が赤くなってたのは気づいたけど。ずっと無理して笑ってたっていうの? 私たちに気をつかって、ずっと。

 

 こんなこと突然知らされたって、どうすればいいのか分かんないよ。

 

「マヤ!」

「マヤちゃん!」

 

 あおいも同じだったみたい。衝動的にドアノブに手をかけて、二人で中に入った。鍵はかかってない。

 

 玄関には学校用のローファーと、同じサイズの登山靴が二足。六畳一間の部屋には雨具やストック、登山雑誌なんかが整然と置かれてる。

 

 ただ、部屋には誰もいない。慌てて飛び出したみたいに乱れた布団が放置されてるだけ。

 

 空いていた鍵、乱れた布団、音信不通、女の子の一人暮らし。ぼんやりした小さな不安が連想ゲームでつながって、大きな心配になっていく。

 

「どうしよー!?」

「どうしましょう!?」

「け、けーさつ! 一七七番!」

「天気聞いてどうすんのよ!?」

 

 あれ、警察って一一九? そもそもそんな大事にしていいのかな?

 

 あおいは顔が真っ青、ここなちゃんも涙目でアタフタしてる。私がしっかりしなきゃ。まずは「警察 電話番号」で検索して――新着メール?

 

「ああーっ!」

 

 思わず声が出る。

 

 メールの送り主はかえでさん、タイトルはマヤちゃん発見。本文には象のいる公園とだけ書かれてあった。

 

 

 

---

 

 

 

 マヤにどうやって接すればいいのか分からなかった。私にとってお父さんとお母さんがいることは当たり前で、家に帰れば笑っておかえりと言ってくれる。学校でも家でも寂しい思いはしない。だからマヤに同情すればいいのかな?

 

 お父さんの件で無理をさせたときのことも難しい。あのとき気を遣わせてごめんと謝ればいいのか、私の前で無理しなくてよかったのにと怒ればいいのか。

 

 結局公園に着いたときになっても考えはまとまってなくて、マヤの姿を見つけても心は晴れなくて――

 

「や、もう無理。毛虫もクモも余裕だけどあれだけはマジ無理、見ただけで発狂」

 

 思わずずっこけた。三人揃って。

 

 かえでさんと先輩さん、マヤが話しているのをオブジェの裏手で聞いてみると、もうずっこけるしかなかった。

 

 ゴキブリが怖くて逃げ出した? 携帯を取りに戻ることもできなかった? 今までのんびり散歩してた? あのねぇ……。シリアスになってた私たちは何だったのよ。

 

 私たち三人は顔を見合わせて苦笑い。

 

「あのですね、この件はみんなにはないしょでお願いします。特にひなたには」

 

 へぇー、これだけ心配かけといて私にはないしょかぁ。カチンときた。

 

 オブジェをぐるっと回り込んでマヤの背後へ。もうどこへも逃さないように、首に腕を回した。

 

「マーヤー? 学校サボって何してるかと思えば、ゴキブリから逃げ回ってたなんてねぇ。ぷーくすくす」

 

「んあぁああっ! その名を口にするなァ!」

 

 ばたばたと暴れまわるマヤだけど、もう離さない。またふらっとどこかに行かれたらたまんないし――今は安心しすぎて涙腺が緩んでるからね。こんな顔、こいつには見せられないや。

 

「助けてあおいちゃん、ここなちゃん!」

「はいはい」

「はーい」

「なぜそうなる!? 暑苦しい、離れてー!」

 

 あおいとここなちゃんも参戦しマヤは三方向からもみくちゃにされる。私たち三人の考えは、きっと同じだ。

 

 マヤはいつでも平常運転。じゃあ私たちも難しいことは考えず、いつもどおりにしてればいい。

 

 今週末は初めて五人で富士山に登る。調子にのりやすいマヤは経験者だからと張り切ってまた空回りするのか、それとも頼もしいところを見せてくれるのか。

 

 楽しみにしてるよ、マヤ。

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