山の頂にあるものは   作:息抜き用ID

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第12話

「私は登山経験でみんなにマウントをとるのです。(マウント)だけに!」

「は?」

 

 富士山五合目にて、みんなが私を見る目は冷ややかだった。ここなちゃんだけ「マウントを取るって?」と首を傾げているのが救い。

 

 かえでさんは一度軽く咳払いすると、

 

「富士山は五合目でもう二三〇〇メートルもあるのよ」

「もう半分以上あるんですね!」

「だからこんなに涼しいんだ」

「で、でも着いたときより寒くなった気がするよ」

 

 あおいちゃんがジト目でこっちを見た。私は逆に顔から火が出るみたいに暑いです。バスの中で思いついて言わずにはいられなくなった渾身のギャグは、盛大な滑落事故に至った。

 

 あおいちゃん、ひなた、ここなちゃん、かえでさんの四人プラス私の山ガール組は、もう富士山五合目に着いていた。といってもここまで登ってきたわけじゃなく、新宿からバスで二時間かけて登っただけ。自分たちの足で登るのはこれからだ。

 

 前日の睡眠時間はたっぷり十時間とったし、富士山は初めてだけど下調べは万全。山道具のメンテ・点検もよし。高山での呼吸法や歩き方は体に染み付いてる。コンディションは絶好調だ。この調子で先輩風を吹かせてやるのだ。

 

 と、意気込む私をおいて、ここなちゃんとかえでさんが話してる。

 

「富士山の標高は三七七六メートルで、五合目が二三〇〇メートルですから、五合目って半分じゃないんですね」

「そう。何合目っていうのは高さとは関係ないの。一説には――」

 

 ああっ、やめてかえでさん! 山知識披露して先輩アピールできるチャンスをしれっととらないで!

 

 失った機会を取り戻すすべもなくしょんぼりしていると、ひなたが私の肩に手を置いた。慰めてくれるんだね、心の友よ――

 

「ねえ、さっきのギャグ風の音で聞こえなかったからさ、もっかい言って?」

「「あんた鬼か!?」」

 

 あおいちゃんと声がはもった。ていうかギャグって分かってるなら実は聞こえてただろ、おい。

 

 私たちは下界と同じようなノリでワイワイやりつつ、高所に体を慣らすのも兼ねて五合目を見て回る。郵便局や山小屋、土産物店にレストランなどの充実した施設の間に、登山客たちが雑踏を作っている。まるで小さな繁華街のようだけど、下界と違って青空と雲を見るのに上を向く必要がない。目の前に空と雲が流れてるんだ。この開放感も登山のいいところ。

 

 いい時間になったからレストランに入る。食券販売機に書かれたお値段は下界と比べるとやっぱり高い。バイト代の使いどころだ。

 

 ここなちゃんとあおいちゃんは雲海ラーメンの雲海に惹かれ、私も便乗してその券を買う。はたして雲海とはとろろ芋か卵か、ワンチャンここなちゃん発想のソフトクリームか――

 

「雲海要素どこ……?」

「普通のラーメンですね」

「あはは……」

 

 結局普通のラーメンだったけどおいしかった。

 

 お腹もいっぱいになったから、後はストレッチをすればついに登山開始だ。

 

 富士山は日本の最高峰、私が去年の夏から今年の春にかけて気晴らしに登ってきた低山とは一味違う。この山に登れば、きっと取り戻せるだろう、思い出せるだろう。山の頂にあるものを。

 

 

 

---

 

 

 

 五合目から六合目の登山道を一列になって歩く。ここの道はきれいに整備されていて傾斜も緩いから、平地を歩いているのと大差ない。

 

 広々とした風景を楽しみながら歩いていると、ひなたが急に「はい!」と挙手する。

 

「かえでさん、マヤは列の真ん中にした方がいいと思いまーす」

「たしかに、一番後ろだといつの間にかはぐれて迷子になってそう」

「おいこら」

 

 どれだけ頼りないイメージなのよ私は。あおいちゃんまで同調しないでよ。最後尾を歩いてるのにはきちんとした理由があるんだから、ねえかえでさん?

 

 振り返ったかえでさんと目を合わせるけど、かえでさんは目を丸くして「言っちゃっていいの?」とアイコンタクト。むしろなんで言ったらダメなんですか。

 

 そんな意志が通じたのか、かえでさんが一本指をたてて説明する。

 

「いい? グループ登山には並び順があるのよ」

「並び順?」

「そう。山に慣れた人が先頭で、二番目からは体力のない人から順番に。最後尾は一番体力のある人が歩くの」

「え、でもさっきから私たち順番変わりまくってますよ?」

 

 ひなたの指摘通り、二番目から四番目の順番は何度も変わってる。でもこれについては事情があって、

 

「あははー、ぶっちゃけ私もマヤちゃんもグループ登山慣れてないし、そこはテキトーってことで」

「ぶっちゃけますね!?」

 

 一応、並び順を厳しく決めても窮屈なのと、かえでさんが体力の低いメンバーに合わせてペースを調整するのは苦手だから、臨機応変に行きましょう、と話し合った結果なんだけど、はしょり過ぎでしょ。ひなたたちが微妙な表情になってる。

 

 ちなみに私が先頭を歩くのは不可能だ。迷うから。初めての山で道を間違える確率はいまのとこ五割。後ろからみんなのペースと体力消費を俯瞰したほうがいい。

 

「たしかにマヤは体力『だけ』はあるもんね」

「……おいひなた隊員、意見があるなら聞こうじゃないか」

「べっつにー」

 

 くっ、腹の立つニヤニヤ笑いだ。山行中でなければつかみかかってやるのに。私は体力、知力、精神力の三拍子そろったパーフェクト山ガールだぞ。登山知識だってたぶんかえでさんにも負けない――あっ。

 

 さっきの並び順の話、知識をひけらかすチャンスだったじゃん! またかえでさんにとられ――「言っちゃっていいの?」って視線で聞いてきたのはそういうことだったのか。どうして私は(マウント)にいるときでさえマウントをとれないの……

 

「マヤさん、大丈夫ですか? なんだか一人百面相してるみたいですけど……」

「平気……うう、私に優しくしてくれるのはここなちゃんだけだよぉ」

「?? 疲れたらいつでも言ってくださいね」

 

 ここなちゃんの優しさが身にしみる。この先クレバスに落ちても(富士山にクレバスはあるのかしら)ここなちゃんだけは死んでも助けるからね。ひなた? 知らない。

 

 

 

---

 

 

 

 六合目から七合目。傾斜は少しずつきつく、足場は悪くなってきたけれど、その分良くなった見晴らしのおかげでみんな気力は十分。適度に休憩をとりながら笑顔で歩を進めている。山小屋で杖に焼印を押してもらったり、かえでさんのストックの先端が影分身したり、楽しいイベントの連続だった。

 

 それでも心配は尽きない。

 

「あおいちゃん大丈夫? 休憩する?」

「ええっ? 全然平気だよ。むしろ元気一杯」

「ならいいけど……」

 

 心配なのはあおいちゃん。本人は平気そうにしてるけど、明らかにペースが落ちてるし、険しくなってきた足場に慣れてない。しかも小さなあくびを連発してる。睡眠時間はいくらとったんだろう。

 

 もし寝不足だとすると、寝不足、慣れない高所、消耗の激しい足場のトリプルパンチで高山病になる恐れがある。それだけは避けなきゃ。

 

 問題は当人が体力の消耗を実感してないこと。実感したらもう手遅れなのが高山病の怖いところなんだ。

 

 でもあおいちゃんは自分から休憩しようとは言わないんだろうな。みんな頑張ってるのに自分だけ休みたいなんて言えない、と考えちゃうタイプだ。疲れを感じないならなおさら手遅れになるまで休まないだろう。

 

「かえでさ――」

「はーい?」

「何でもないです!」

 

 危なかった。もう少しで「休憩の頻度高めませんか?」って言い出すところだった。

 

 あおいちゃんに声かけた直後にそんなこと言ったら、あおいちゃんに気を遣ってますと言ってるようなものじゃない。その手の気遣いは陰の者にクリティカルでダメージを与え、ますます集団行動を嫌いにさせるんだ。同胞だから分かる。

 

 となると、あおいちゃんにそれと分からせず、休憩の回数を増やす手段は――あった。

 

 唸れ私の女優魂!

 

「ぐはぁっ! 足がぁ!」

「マヤちゃん!?」

 

 軽く吐血(するフリ)をしながら倒れ込む。みんな慌てて周囲によってきて、当然山行は一時止まる。

 

「すみません、足つったみたいです。伸ばせば大丈夫」

「本当に大丈夫? 無理しないでいいのよ」

「だーいじょうぶ。そうですね、五分か十分あればいけます」

「そう……とりあえず休憩しましょうか。マヤちゃん、さっきから何にらんでるの?」

「い、いえ別に」

 

 かえでさんへの「これは演技、休憩をいい感じに増やして」という全力アイコンタクトは通じなかった。

 

「マヤ大丈夫?」

「一人で伸ばせますか?」

「痛いよね、よしよし」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 しかもみんなからの気遣いで罪悪感がすごい。ひなたまでなんでこんなに優しいのよ、「経験者って言ってもこんなもん? 大したことないわね、あーっひゃっひゃ!」くらい言ってよ。

 

 ともあれ、一度始めたからには貫かないと恥のかき損。痛くもない足を伸ばしながら、あおいちゃんに深呼吸の仕方や、歩き方のコツなんかを一方的に語っておく。

 

 歩き方はともかく呼吸の仕方はすぐ実践できるから、「そうなんだ」と言って早速やりはじめた。ここなちゃんとひなたもいっしょに。しめしめ、これで酸素が脳みそにたくさん回るぞ。酸素さえあれば高山病なんて怖くない。

 

 十分後、回復したフリをして立ち上がる。

 

「もう大丈夫そうね。でも無理は禁物。少しペースを落としましょうか」

 

 そうして再開した山行は、あおいちゃんに最適なペースになっていた。

 

 あおいちゃんは息を切らしながらも最後尾の私を振り返って「大丈夫? 少し休む?」と声をかけてくれる。汗だくで肩で息をしているのに私を心配してくれるのは嬉しいけど、罪悪感がすごい。もちろん声をかけられるたびに休憩をとって、深呼吸とストレッチを繰り返した。酸素と水はとりすぎるということはない。

 

 コースタイムを大幅に超過したので七合目の半ばあたりから焦燥感が湧いてきたけど、焦りは登山の敵。地道に粘り強く同じペースであるき続ける。

 

「疲れたねー」

 

 八合目の山小屋。屋外のベンチにみんなそろって座っていると、あおいちゃんが天を仰いでそう言った。

 

「すぐそこに見えてるのになかなか着かないんだもん。もうダメかと思っちゃった」

「ほんとだねー、最後の岩場が長いのなんのって。あ、羊羹食べる?」

「食べる」

 

 ひなたの羊羹をかじるあおいちゃん。疲労困憊だけど話す元気があればまだまだいける。ひなたも元気。ここなちゃんは言うまでもなく、余裕の微笑みを浮かべている。

 

 これなら本八合目までいけるかな――と思っていると、トントンと肩をたたかれる。振り返ると、かえでさんだった。

 

「ありがとね。あおいちゃんに気を遣ったんでしょ」

「な、なんのことやら」

「ふふ、バレバレよ。ていうか休憩のたび『ぐはっ』だの『がはっ』だの言うから私……」

「かえでさん?」

「どうしたんですか?」

「わーっ、なんでもない、お構いなく!」

 

 めっちゃ思い出し笑いしてやがる。大女優の迫真の演技が心に刺さったらしい。でもせっかく小声で話してたのにあおいちゃんたちに怪しまれるから、やめて。笑うのやめて! くそう、足つったフリしてからずっと真顔で歩いてたのはこういうことか。

 

 その後、ここなちゃんとあおいちゃんの杖に焼印を押してもらって、出発。

 

 ラストスパートともなるとコースタイム度外視のゆっくりペースでもしんどいみたいで、あおいちゃんはずっと苦しそうだ。こうなればもう一本の足もつってしまおうか――そう考えだしたころ、ここなちゃんが言う。

 

「マヤさんの言う通り深呼吸もいいですけど、口笛も疲れに効くんですよ。ピー」

「そうなの? ピー」

「ピー」

「はあ、はあ……ピー」

「すこー」

「……」

 

 おっと誰だ、みんなが口笛で岳人の歌吹いてるときに空気の抜ける音させてるヤツは。なんか変な空気で沈黙しちゃったぞ。誰だ、誰だ――

 

「マヤさん……」

「「マヤちゃん……」」

「マヤ……」

「ふっ……」

 

 私だよ。

 

 一拍遅れて大爆笑。なるほど、悔しさと恥ずかしさで疲れなんて吹き飛んじゃうね。あおいちゃんも笑って元気が出たでしょう。何もかも計画通りだ。足がつったフリしたのと同じで、口笛くらい実は余裕で吹けるもんね。吹けると思ってたけど実際やったらできなかった、なんてことあり得ないもんね。ね。

 

 そうして笑いながらスパートをかけ、日が暮れてから数時間たったころ。

 

 私たちは一日目の宿泊場所である、本八合目の山小屋にたどり着いた。

 

 

 

---

 

 

 

 一晩ぐっすり眠った後、暗いうちに小屋を発つ。

 

 ヘッドライトの光の列と、空に広がる天の川。雲の海を泳いでいるみたいで、まるで天国のようだった。

 

 山頂標の前で記念写真。暗くてうまく撮れないね、明るくなったら撮り直そう。そう言って、みんな同じ方を向く。

 

 雲の海を割って出た太陽が、世界を赤色に染めていく。きれい、美しいと息を呑む。ここに至るまでの苦労と疲れ、険しい道のりの思い出が、ますます世界を輝かせる。

 

 夢のように美しい。

 

 だけどそこには何もない。

 

 分かっていた、知っていた、もう受け入れたはずなのに。

 

 山の頂には、何もない。

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