山の頂にあるものは   作:息抜き用ID

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第14話

 北アルプス、穂高連峰。

 

 国内屈指の縦走ルートの終端で、私たちはスパートをかける。南岳から大キレットを踏み越え、足の痛みを我慢して、いくつものピークを乗り越え次が最後の山頂だ。

 

 たどり着いた頂に、お父さんの姿はない。お母さんに捨てられた現実も変わらない。目をそらしてきた事実が厳然と、私の心を締め付ける。

 

 けれどもう怖くない。

 

「マヤちゃん?」

 

 かえでさんの手を握る。今回の縦走に私なんかを誘ってくれた、年上の友だち。首をかしげてはいるけれど、「なんだか甘えんぼになったわね」と苦笑して、受け入れてくれた。

 

 私は一人じゃない。いっしょに登ってくれる友だちがいる。失ったものは戻ってこないけど、一人残されたことは変わらないけど、友だちがいるから一人じゃない。だから山に登るのは、もう怖くない。

 

 かえでさんの手をぎゅっと握れば、握り返してくれる。体は疲れで重く、下山に使うエネルギーが惜しくて交わす言葉もないけれど、目の前の絶景と達成感に言葉はいらない。

 

 縦走ルートの終端。私たちは山頂標の前に、ただ無言で佇むのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 私の登山やめるやめる詐欺から一週間。いろいろなイベントが発生した。

 

 最たるものがかえでさんとの北アルプス縦走だ。急峻な岩場、鎖場、殺意の高い大キレット、エスケープルートのない緊張感など、普通の登山じゃまず味わえないスリリングな山行だった。もちろんどこの山頂にもお父さんはいなかったけど、代わりに友だちと登山を楽しんでる私がいた。一人じゃなかったらどんな山でも怖くないもんね。

 

 その次はバイトだった。富士登山と北アルプス縦走で私のお財布はすっからかん、以前からやってた単純労働バイトにくわえて日雇いバイトで稼いだ。週七でがっつり稼いだからしばらくは働かなくて大丈夫だ。

 

 バイトといえば、ひかりさんだ。借りてたタオルのことを思い出して、ひかりさんが働いてる「すすき」というお店まで返しにいった。そのとき店先に貼ってあったバイト募集中のチラシはスルー。接客とか天地がひっくり返ってもやらない。お客さんがきたら「いらっしゃいませ」じゃなくて「お帰りはあちらになります」って笑顔で言いそうなくらい、接客業は無理だもの。

 

 ただ、ついでに買った百円のクッキーはおいしかった。気が向いたらまた行こう。

 

 夏休み始まって二週間はかなり充実してたと言える。登山やめる、っていじけてたのが嘘みたい。立ち直らせてくれたあおいちゃんとひなたには感謝だ。

 

 あの二人とここなちゃん、かえでさんも普通に満喫してるらしい。あおひなは霧ヶ峰に登ったり、四人で蛍見物の名所に行ったとか。写真付きでいくつもメールをもらった。

 

 うんうん、適度な距離感がいい感じ。友だちって言っても毎日べったりじゃない。離れてそれぞれ好きに過ごすことも大事なのだ。友だちだからこそ距離をとることもあるのだ。別に、自分の弱みをがっつり見られたことが恥ずかしくてつい距離をとっちゃってる、なんてことはないのだ。

 

『そんな感じなのだ』

『なのだなのだうるさいな』

 

 飯能駅前にて。

 

 暇を持て余した私は、待ち合わせ相手のほのかに、トークアプリで近況をつらつら語っていた。

 

 ほのかとは夏休み前もほとんど毎日雑談していたんだけど、その雑談の中で私が天覧山と多峯主山の写真を送信した。あおい、ひなたちゃんといっしょに登ったときのものだ。それを見たほのかがなぜか「夏休みになったら飯能に行く。案内して」と言い出し。日程を調整した結果が今日、というわけだ。

 

 たぶん、私の天才的な撮影技術がほのかのカメラマン魂に火をつけたんだろう。ピンぼけと手ブレが酷かったけど、上級者から見れば味になってたのかも。きれいな景色があれば撮りたくなるのがほのかだから。

 

 ほのかと約束した少し後、あおいちゃんたちから次の山行についての話し合いに誘われたけど、断るしかなかった。日時が丸かぶりだったから仕方ない。今度埋め合わせしよう。

 

 ほのかからピコン、と新着通知。

 

『でも元気にやってるみたいでよかった』

『ありがと。ほのかはどう? 楽しんでる?』

『そこそこ、かな』

『そこそこどころか、最高に楽しんでると言わせてやるのだ』

『うん、お願い』

 

 少し間があく。

 

 ふと、今回の小旅行で気になったことが頭に浮かぶ。

 

『ところで、ほんとにウチに泊まるの? せまいよ?』

『平気。私はマヤの家がいい。……迷惑だった?』

『いやいや、面白みのない家だから、覚悟しとけってだけ』

『覚悟しとく』

 

 ほのかも物好きだなあ。

 

 群馬からわざわざ写真撮りに飯能まで来て、狭苦しい私の部屋に泊まっていくっていうんだから。布団は一応予備がもう一セットあるし、黒き侵略者は聖なる煙で退治したからこっちの準備は万全だ。ほのかも平気って言ってるしもういっか。

 

 その後、聞き上手なほのかに私が話し倒すかたちで時間を潰していると、『そろそろ着く』と通知。改札前に移動した。

 

 改札を通過していく人の波。ぼうっと眺めていると、その間に懐かしい姿が見えた。ボーイッシュなショートカット、落ち着いた色合いの服装、表情は薄いけど整った顔立ち。

 

 直接顔を合わせるのは久しぶりだ。

 

 私のほうから近づいていって、おきまりのあいさつを決める。

 

「やあ、美少年っ!」

「引っぱたくよ?」

「ごめんなさい」

 

 目がマジだった。

 

 初対面のときほのかを本気で美少年と思い込んで接していたのをネタにしたあいさつなのだけど、前回もやったからね。天丼は好きじゃないみたい。

 

 ほのかは目を細めてため息を一つ。

 

「相変わらずだね、マヤは」

「そっちこそ、夏でも冬みたいにクールな顔だよ」

「それ、ほめてるの?」

「ほめてる、ほめてる。さ、まずは私の城に荷物置きにいこー!」

 

 一泊分の荷物でも、ほのかの細腕には大きく見えた。できるベルガールのごとくそれを取って、あるき出す。

 

 友だちと呼ぶのはまだ気恥ずかしいけれど、ほのかは一番付き合いの古い私の大切な人だ。そばにいると落ち着くし、話していれば楽しい。今日と明日はきっといい日にちがいない。しぜんと足取りが軽くなる。

 

 ほのかも同じ気持ちだったらいいなと浮かれながら、我が家に向かった。

 

 

 

---

 

 

 

 私とほのかは荷物を置いてから、飯能めぐりに出発した。

 

 山で出くわすことが多かったので登山仲間と認識してるけど、ほのか本人にとって登山はついでだ。本命はきれいな景色をカメラにおさめること。私が普段の生活を携帯で語っているうちに飯能に興味がわき、夏休みを使ってやってきたこともその一端。

 

 ルートは以前黒い侵略者に追い出されたときの散歩コース。おなじみ謎の象さんオブジェの公園、飯能河原、吾妻峡、ムーミン谷に天覧山、多峯主山。どのスポットもほのか好みの風景が撮れると考えていたら、本当にパシャパシャ撮りまくってた。しかも各所への道中にある市街地なんかも。普通の民家なんて撮って楽しいのかな?

 

 天覧山の山頂では私の豊富な知識に基づいた素晴らしいガイドが炸裂した。

 

『知ってる? 天覧山の標高は一九七メートル。でもこの通り、山頂の看板には一九五って書かれてるの。不思議でしょ!』

『ほんとだ、不思議だね。でもなんで?』

『は?』

『だから、なんで実際の標高と書かれてることが違うの?』

『……よーし、このまま多峯主山も制覇しよう! 天気がいいからスカイツリーも見えるよ!』

『だから――』

 

 なんで、どうしてと聞いてくるほのかの背中を押して多峯主山に向かった。ほのかはまるで、私が知ったかぶりをしているような苦笑いを浮かべて口を閉じたけど、もちろん私は知ってるのだ。なにげないトリビアにツッコまれて困ったからごまかしたわけじゃないのだ。

 

 多峯主山の山頂では撮影会をしつつ、お互いのお弁当を交換しあった。ほのか持参のお弁当はお兄さんが作ってくれたらしい。妹のことを考えとても丁寧に作られたのが分かるお弁当と、私の雑なおにぎりじゃ釣り合わない。といってもないものは増えないので、いわゆるあーんさせて食べさせるサービスを提供した。ダメ元だったけど当然のようにほのかに応じられ、「ほぁっ!」と私のほうが変な声をあげちゃった。

 

 午前中にぐるっと飯能を巡り、山を二つ登って降りてくるとすっかり日が傾いていた。

 

 商店街を通って私の自宅に向かう。その最中もほのかは気ままにシャッターを切っている。初めて山で見かけたときも、ほのかはこうして一人シャッターを切っていた。あの日からもう何年――

 

 あ、思い出した。

 

「ほのか、ちょっとあの店に寄っていい?」

「ん、いいよ」

 

 ちょうど通り道にあるケーキ屋さん、「すすき」に入る。とたん、砂糖とバターのいい匂い。次いで正面のショーウィンドウに並べられた、いろとりどりのケーキが目に入る。

 

 カウンターも兼ねたショーウィンドウの向こうには、ひかりさんの姿があった。

 

 ひかりさんが「いらっしゃいませー!」と声をあげると、ほのかはしぜんな動きで私の背後に位置どる。盾か、私は。

 

「マヤちゃんじゃん! 元気してる? 今学校の帰り?」

「こんにちは。超元気です。学校は夏休みですねー」

「夏休みかー、いいわね。で、休み使って彼氏さんとデートしてるわけだ」

「そうなんですよ……ん?」

 

 話しながら百円クッキーを手にとっていたので、反応が遅れた。デートはともかく彼氏とな。

 

「いやいや、ほのかは女の子なんで」

「どうも、ほのかです……」

「あっ、ごめん! てっきり絶世の美男子かと思っちゃった!」

 

 ひかりさんは謝りつつも調子がいい。言われたほのかは借りてきた猫みたいに私を盾に使っている。

 

 人見知りだとは知っていたけど、こんなにおとなしいほのかは久しぶりだ。今なら少しからかってもツッコまれないのでは。

 

「言われてみればデートみたい。ね、ほのか!」

 

 後ろからほっぺたをつねられる。痛い。

 

「照れてるな? 今、顔真っ赤になってるな? 見なくても分か――いひゃい!?」

 

 強めにつねられる。割と痛い。

 

 赤くなったのは私のほっぺただろうな。つねられたところをさすりながらクッキーの会計をお願いすると、ひかりさんは「仲いいのね」と微笑んだ。仲いいつもりだけど、この痛みのせいで一方通行の不安を覚えた帰り道だった。

 

 

 

---

 

 

 

 バイト代をはたいて買ったお高い扇風機がごうごうと唸る。ほのかの綺麗なショートカットがパタパタ揺れている。夕飯の準備にはまだ早い時間なので、私たちは畳の上にうつ伏せで寝そべって、のんびり疲れを癒やしていた。

 

「……暑いね」

「うん……」

 

 ただし、暑くてあんまり疲れはとれない。

 

 クーラーなんて未来兵器を買えば、設置費も込みで数カ月分の食費が飛んでいく。そう考えてお高い扇風機を買ったのだけど、生ぬるい風が逆に暑さを増しているみたい。

 

 くそう、散々だ。今月から電気代がかさむことを親戚に相談したら「じゃあ電気代もバイト代で賄ってね」とか言われるし。ほのかもじわじわ汗かいてるし。扇風機の風、電気屋さんの展示品のはけっこう涼しかったんだけどな。

 

 あ、そうか。電気屋さんは冷房かけまくってて風が冷たくなってたんだ。

 

 そんなことにも気づかず「ほのかのための出費!」って覚悟を決めた私って一体……。

 

「マヤ? マヤってば」

「は、はいっ」

「なにボーっとしてるの。大丈夫?」

「大丈夫です、はい……」

 

 そっちこそこんなに暑くて不便なところで大丈夫か、と聞こうとするけど、その前にほのかがカメラを取り出した。

 

 私にも見えるように距離を詰めて、液晶画面を操作する。今日撮った飯能の風景が表示されている。

 

 おお、カメラのレンズを通すだけでこんなに変わるものなんだ。普段見ている風景のはずなのに、切り取られた一瞬がとても新鮮に映る。

 

「名カメラマン」

 

 思わず口に出た。

 

 ほのかは無言だったけど、かすかに口元が笑っていた。

 

 そのまま、今日撮ってきた写真を古いものから新しいものへ、順番に表示していく。途中から日付の表示も消して写真を全画面に。ほのかと目線と感性で切り抜かれた飯能は、どれもきれい。あっという間に最後の商店街の写真になる。機械的に写真を流していたほのかの指は止まらずまたボタンを押す。

 

「あれ?」

「あ」

 

 すると、懐かしい光景が表れる。

 

 忘れもしない谷川岳の山頂で、私とほのかが並び立つ。山をキメた私は緊張するほのかと腕を組み、笑いながらピース。ほのかもひかえめにピースサイン。

 

 初めてほのかと出会った日、最後に撮った写真だ。

 

「む、昔のが残ってるだけだから! べ、別にいつでも見返したくてこれだけ残してるわけじゃないから!」

「そうなの? じゃあ今まで撮ってきた写真全部これに入ってるんだ」

 

 急にほのかが慌てだした。

 

 でも最近の機械はすごいや。写真好きのほのかが撮ってきた枚数となると千枚じゃきかないだろうし、下手すると数万枚はあるかもしれない。それが全部小さなカメラに収まってるなんて。てっきり、ある程度データがたまったらパソコンとかメモリーカード? とかに移すのかと思ってたけど、まさかほのかが私との写真だけ特別にカメラに残してるなんてあるわけないし。

 

 どうせならあの日の谷川岳の風景も見せてもらえないかな。

 

 って考えたとき、さっき買ったクッキーのことを思い出した。散歩用の小さなザックからクッキーを取り出し、ほのかに手渡す。

 

「なに、これ?」

「さっき思い出した。今日は初めてほのかと会った日でしょ。せっかくこっちまで来てくれたし、記念日のプレゼントってことで」

「ふぅん……」

 

 中学の頃はクラスの陽キャ・リア充たちが何かと記念日だなんだと贈り物をしていたのが理解できなかったけど、陽のエネルギーが貯まりつつある今なら分かる。贈り物をすることで、好きな人たちとの関係をもっと大切にしたいんだ。たぶん。

 

 ただし常時火の車な私の家計じゃ百円クッキーが限界。

 

 ほのかはまたかすかな笑みを浮かべている。

 

「ありがと」

 

 どういたしまして。こっちこそ、来てくれてありがとう。

 

 限界ギリギリでもほのかは笑ってくれた。

 

 なるほど、これはうれしい。なんとしてでも記念日をこじつけて贈り物をしたい気分に駆られる。大切な人の笑顔は登頂の快感にまさるとも劣らない。

 

 などと感慨にひたっていると、ほのかが出し抜けに切り出した。

 

「ねえ、また谷川岳に登ろう? あの日みたいに二人っきりで――」

「登ろう! 日取りはいつにする?」

「……即決だね」

 

 山に登ろうと言われて登らない山ガールがあろうか。いやない。好きな子との登山ならなおさら。それに今の私は一人で山に登るのが怖い状態だから、誘ってくれるのはありがたい。

 

 谷川岳への旅費、その他雑費と生活費、バイト代などを脳内ソロバンでパチパチやっていると、スマホに着信があった。

 

 画面には「ひなた」の文字。横から覗き込んできたほのかが「……誰?」と無表情で言うのが妙に怖い。友だちよ、友だち。そういえばトークアプリだと名前は出してなかったかも。

 

『もしもしマヤ? 次登る山決まったよー!』

「そうなん、どこ?」

『谷川岳! 私とあおいの思い出の山なんだ。マヤにも来てほしいな!』

「ああ、二人で朝日を見に行く約束をしたとかいう。よーし経験豊富なこの私が完っぺきなガイドを――」

『先頭はかえでさんだからね?』

「なんでやねん! って、ん? 谷川岳?」

 

 当然のように先頭役をリストラされたと思ったら、気になるワードがあることに気づく。

 

 ひなたとあおいちゃんの約束の山とは、昔もう一度二人で朝日を見に行く約束をした山のこと。それが谷川岳だった。そして私とほのかが登りに行く山も、谷川岳だった。

 

「えーっと……」

『どしたの?』

「ごめん、ちょっと待って。ほのか、今度の谷川岳は六人で登らない?」

「えっ」

 

 目を丸くするほのか。数ヶ月前の私もきっと同じ反応をすると思う。

 

「私の友だち四人も谷川岳登るって言っててさ。みんなすっごくいい人だから、ほのかもいっしょだと絶対楽しいよ!」

 

 でも、私は友だちと過ごす楽しさを知った。面白さを知った。どうせ同じところに行くなら、その楽しさや面白さをほのかにも知ってほしい。

 

 ほのかは若干人見知りだけど、コミュ力おばけのひなた、同胞のあおいちゃん、天使のここなちゃん、頼れるおねえさんなかえでさんの四人がいれば、小中学校時代のクラス内での私みたいには絶対ならない。楽しい登山になることは確定だ。

 

 ほのかはしばらくうつむいて考え込むと、小さく「分かった」と呟いた。

 

「やった! 約束だよ! ひなた、待たせてごめんね。谷川岳だけど、私の友だち一人追加していい? ちなみに登山経験あり、同い年」

『……その子がいいなら、別にいいけど。――みんなもいいって』

「やったぜ」

 

 四人で集まるって言ってたけど、まだ解散してないらしい。小さく他の三人の声が聞こえた。

 ひなたはその後妙に事務的な口調で、日取りがまだ未定なこと、追って連絡することなんかを伝えた。ふむふむ、了解。ほのかとの合流場所と日時はおいおい決めればいいや。

 

『ところでその、マヤの友だちって子。そこにいるの?』

「いるよ。今日はお泊りだ。代わろっか?」

『いい。ねえ知ってる? ゴキブリって殺虫剤の進歩といっしょに進化してるんだって』

「はぁ!?」

 

 なんか急に嫌すぎる豆知識語りだしたぞ。何のつもりだ!?

 

『マヤは別にどうでもいいけど、その子がゴキで嫌な思いするのもなんだしね。私んちに逃げてきてもいいよ?』

「よ、余計なお世話! ヤツらはこないだの煙で死滅――した、はず……」

 

 尻すぼみになっていく私の言葉。

 

 そういえば、かえでさんの家から帰ってきた後、きちんと死体を確認したか? 部屋の隅々まで見た?

 

 見るわけがない。たとえ死体でもヤツには触れないし、もし生きていれば絶望だ。私は嫌な事実から目をそらすのが得意なんだ。

 

『ふーん。まあマヤがいいって言うならいいけど。じゃ、その子によろしくね』

「待っ……」

 

 あの女、不安を煽るだけ煽って切りやがった。なんちゅう的確な嫌がらせだよ。私、何か悪いことした?

 

 で、でも今の私にはほのかがいるもんね。もしヤツが何かの間違いで生き残ってても、土下座してほのかに対処してもらうもんね。

 

 そう開き直ってほのかの方を見ると、

 

「……」

「えっ、何。なんで拗ねてるの!?」

「マヤなんて知らない」

「え、ええー……」

 

 ほのかはほっぺたをふくらませ、そっぽを向いている。

 

 おかしい。ほのかは嫌なことをきちんと嫌と言う子だ。ひなたたちとの登山が嫌なら拗ねる前に断るはず。じゃあどうしてほのかが不機嫌になっているのか。ひなたの唐突すぎる嫌がらせの原因とは。ヤツらの全滅は事実と言えるのか。

 

 あっ、そうだ。まずヤツらへの対処を優先しなきゃ。じゃないと今夜眠れないぞ。

 

「ほのかぁ、大変なんだよ。ヤツらを探して始末しなきゃ。ねえ聞いてる?」

 

 聞いてなかった。つーんと擬音が聞こえるくらい拗ねに拗ねまくっている。

 

 あーもー、ほのかといいひなたといい、山の天気かあんたらは!

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