山の頂にあるものは 作:息抜き用ID
「あいつ、最近付き合い悪くない?」
ひなたさんがぶっきらぼうにそう言うと、私――ここなとかえでさんは顔を見合わせました。
時間は朝の十時、場所は飯能駅前。私、かえでさん、あおいさんとひなたさんの四人は、次に登る山の話し合いをするために待ち合わせをしています。
後はあおいさんが来れば全員集合なんですけど、ひなたさんが「あいつ」と呼んだのはマヤさん。山を登るのが文字通り三度のご飯よりも大好きなお友だちです。
「霧ヶ峰もホタルの池もバイト、今日は友だちと先約があるからってさ」
「まあまあ、あの子にも都合があるのよ」
「そりゃそうですけど……」
かえでさんがなぐさめると、ひなたさんはますますふくれてしまいます。ひなたさんはマヤさんと大の仲良しですから、夏休みが始まってからマヤさんがかえでさんと二人きりで北アルプスの縦走に行ったこと、不満なんだと思います。
かえでさんもそのことを察したみたいで、苦笑いして何も言わなくなりました。
ここは私が助け舟を出さなきゃですね。
「遊べないのは寂しいですけど、バイトをたくさんするのは良いことだと思います」
「ここなちゃん?」
「だってマヤさんってば、食費を全部登山に回してまで山に登るんですよ? いつか倒れるんじゃないかって心配で」
「そうなの!?」
そろって驚くひなたさんとかえでさん。
そうなんです。高校生になってからは特にひどくて、「燃費の良さは私の取り柄!」なんて言いながら三食もやしと水だけで過ごそうとしますし、今のご両親はマヤさんが何をしても口出ししませんし。もうちょっと自分の身をいたわってほしいです。バイト代で少しでも多く食べてくれるといいんですけど。
「あいつやけにやせてると思ったら……今度お説教だね」
「ぜひお願いします。私が言っても勢いでごまかされちゃって」
「北アルプス縦走できるなら相当な健康体だと思うけど、たしかにそれは心配ね。私からも言っておくわ」
「みんなー、待たせてごめん」
そこにあおいさんがやってきました。
これで全員集合なので、ここから一番近いかえでさんの家に移動して、ゆっくりお話することに。かえでさんもマヤさんと同じくらい登山が好きな人ですから、きっとおうちも山みたいに大きかったり――
「あれ、マヤちゃんじゃない?」
移動しはじめる直前、あおいさんが指さしました。その方向を見ると、マヤさんが駅の中にとことこと入っていきます。
それだけなら大したことはありません。きっとこれから電車でお出かけでもするのかもしれませんし。
でも、マヤさんの表情には見たことないほど嬉しそうな笑みが浮かんでいました。足取りも弾むようです。
私たちは気になって、つい追いかけていました。
改札口の前で立ち止まったマヤさんが携帯電話をいじっていると、電車の中からたくさんの人が出てきて、改札を通っていきます。その中の一人、高校生くらいの女の子がマヤさんに近づいていって、お話を初めました。
「あの子が友だちみたいね」
「そうですね。でも私たち以外にもちゃんと友だちがいたなんて……暑さにやられたわけじゃなかったんだね」
あおいさん……感動したみたいに言ってますけど、たまにすごいこと言いますよね。マヤさんが聞いたら怒りますよ?
「むー……」
残るひなたさんは、口を尖らせてとっても不満げでした。
私も少し分かります。マヤさんがあんなに気を抜いて笑ってる姿、私も見たことないですから。少しヤキモチです。
「行こ、みんな。あいつが誰と会ってたって、あいつの勝手でしょ」
「あ、待ってよひなた!」
踵を返して大股で歩いていくひなたさんと、追いかけるあおいさん。
私はもう一度マヤさんとお友だちを振り返ると、かえでさんといっしょにその場を後にしました。
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かえでさんの家は昭和新山やエベレストにはなかったですけど、大きくて素敵なところでした。かえでさんのお部屋も広くて大きなベッドもあって、居心地がいいです。
みなさんが腰を落ち着けると、かえでさんはこの前の縦走のときの写真を見せてくれました。
すごい、断崖絶壁です。これがキレット。かえでさんとマヤさんはこんなところを乗り越えてきたんですね。
「キレットって何?」
「山が深く切れ込んで谷になっているところです。キレットは日本語で、漢字だと切れっ処と書くんですよ」
へー、とあおいさんとひなたさんが感心してくれました。ふふ、マヤさんがいたら「私が解説したかったのに!」って悔しがるかもしれません。
「これ、落ちたら死んじゃうんじゃ……」
「死ぬね、確実に」
「じゃあさっき見たマヤちゃんは一体!?」
「幽霊!?」
「こらこら、落ちた前提にしないの」
かえでさんが二人をたしなめています。普段のマヤさんはちょっとだけ、その、ふわっとした人ですから、こんなところに行ったなんて聞いてもピンとこないのは分かりますけど、登山に関してはすごいんですよ。決めつけるのはひどいです。
ひとしきり写真を見た後、あおいさんは弱々しく話し出しました。登りたい山にロープウェーがあるんですか。あおいさんは高いところが苦手ですから、別の山に――ひなたさんと昔約束した山? 素敵です!
じゃあがんばって登りましょう。かえでさんの言う通り、怖いものでも挑戦してみれば、案外平気だったりします。まずはみんなで行きましょう。
こうして私たちが次に登る山は、谷川岳に決まりました。あおいさんがまだ怖がってるみたいでしたけど、きっと大丈夫。三つ峠でも富士山でも、あおいさんは必死にがんばって登りきったんですから。またみんなでがんばればいいんです。
「よーし、じゃあ次に登るのは谷川岳で決定! さっそくマヤにも言っとくね!」
早速携帯電話で連絡するひなたさん。待ち合わせのときの不機嫌な様子はすっかり直っていました。
でも次の瞬間にはまた「なによー!」とむくれてしまいます。
マヤさんが電話に出なかったみたいです。
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みなさん特に予定もなかったので、お話の後はかえでさんの家で涼しくなるまで過ごすことになりました。お昼をごちそうになって、かえでさんの部屋で色々な山のお話を聞いたりして。
日も傾いてそろそろ解散する雰囲気になったとき、ひなたさんが「あ、そうだ」と思い出したように言います。
「忘れてた。あいつにもっかい電話かけとこ」
「電話じゃなくてメールでよくない?」
「気づかないかもしんないじゃん!」
ひなたさんがあんまりすぐに反論するので、私とかえでさんは思わずにこにこ笑っちゃいます。
「うんうん、分かるわよ」
「え、な、何がですか」
「ひなたさんはマヤさんとお話したいんですよね?」
「声が聞きたい、とも言うわね」
「なっ、そそそんなわけ……」
「なんだそうなのひなたー?」
顔を真っ赤にしたひなたさんを、あおいさんが肘で突っつきます。みなさん仲が良いですね。
あおいさんを振り切ったひなたさんは、部屋の隅に逃げ込んで携帯を耳に当てました。
今度はつながったみたいです。
「もしもしマヤ? 次登る山決まったよー! ――谷川岳! 私たちの――」
ひなたさんはもともと元気な人ですけど、久しぶりに話せてうれしいんでしょうか。いつもより声が大きく聞こえました。
でも急に言葉が途切れます。
無表情でしばらく黙り込んだかと思うと――なぜかゴキブリさんの豆知識を披露しはじめました。ひなたさん!?
唖然とする私たちに、ひなたさんは無表情で言います。
「駅前で見たあの子と、今日お泊り会だって。あの子もいっしょに谷川岳行っていいかって」
あの方も山が好きな人なんですね。マヤさんと仲の良い人なら、きっと私たちともお友だちになれます。
だからそれは良いことだと思うのですが、携帯を睨みつけながらほっぺたをふくらませるひなたさんを見ていると、素直に喜んでいいのか分かりません。
どうしましょう。こんなとき、マヤさんなら何かヘンなことを言って和ませてくれるんですけど。今回はそのマヤさんが火種なんですよね。
かえでさん、あおいさんと困った顔を見合わせていると、あおいさんが力強い表情でうなずきました。任せて、と言ってるみたいです。
あおいさんなら、ひなたさんとこんなに仲のいいあおいさんなら、きっとなんとかしてくれる。私たちの期待を背負ったあおいさんが、ついに口を開きます――
「ヤキモチ?」
えっ、言っちゃうんですか!? それ図星――
「そっ、そんなわけないでしょぉー!」
ひなたさん!? すごいスピードで部屋を飛び出して行っちゃいました。玄関の方から「お邪魔しましたー!」って聞こえます。
「ぷぷ、ひなたのヤツ結構かわいいとこあるじゃない」
そう言って笑うあおいさんは、結構容赦がありませんでした。
今朝のマヤさんもそうでしたけど、誰か決まった人にだけ見せる特別な一面って、誰にでもあるのかもしれません。