山の頂にあるものは   作:息抜き用ID

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第16話

 ほのかを見送った翌日。

 

 私はひなた――もとい、怨敵の邸宅を訪れていた。目的は怨敵を決闘の場で打倒することだ。

 

 第一印象からは考えられないほど仲良くなれたと思っていたけど、やはり陽キャのひなたはどこまでいっても敵だったらしい。私はおとといの夜、ヤツに取り返しのつかない仕打ちをされたのだ。なんとしてでも報復せねばならない。

 

 すでに果たし状は送っているので、玄関のドアを叩いて「たのもー!」と声を、張り上げようと思ったけど非常識な子みたいでみっともないからやめた。普通にインターフォンを押します。

 

『はい』

「こんにちは、山本です。ひなたさんいますか?」

『ああ、マヤちゃんか。部屋にいるよ。入っておいで』

「お、お邪魔しまーす」

 

 インターフォンから聞こえたのはひなたのお父さんの声だった。鍵のかかってない扉を開けて中へ。

 

 はて、何か引っかかる。ひなたのお父さんに何か言うべきことがあるような、ないような。喉まで出かかってるんだけど。

 

 思い出せないなら仕方ないか。人の家にお邪魔したんだからまずはお家の人にあいさつしなきゃ。そう考えた私は、長い廊下を通って人の気配のするリビングへ向かう。

 

 大きめの山小屋まるごと一つ分はありそうな広いリビングでは、お父さんが一人ソファに腰掛けて新聞を呼んでいた。

 

 お父さん――あ、お父さんか。そうだった、私この人にお父さんがまだ生きてるって噓ついてるんだ。そのことをいつか正直に謝ろうと思ってたけど、後回しにしてるうちにもう夏になった。どうしよ、今言っちゃおうかな。

 

「いらっしゃいマヤちゃん。目の下にクマができてるね。大丈夫かい?」

「メイクなんで大丈夫です」

「はは、夜ふかししてメイクをしてたって? 程々にしておきなよ」

「は、はい」

 

 焦りすぎて変なこと言っちゃった。妄言にもさっと言い返してくれるあたり、さすが大人。こんなに優しい人なら噓のこと話しても怒らないかも。

 

 それか、もうひなたの口から私の噓のことは伝わってて怒りを溜め込んでいる状態だったり。

 

 ひなたの部屋に逃げ込むかこの場に留まるか、迷いに迷って変なダンスをしていると、お父さんが不思議なものを見るように視線を送ってくる。すると何か思い出したように「そうそう」と口を開いた。

 

「マヤちゃんのお父さんなんだけど、昔の連絡先が全部使えないんだ。差し支えなかったらでいいんだけど、今の連絡先を教えてもらえないかな。色々と話したいことがあってね」

「ごめんなさい嘘つきましたっ!」

 

 条件反射で謝った。

 

 使えるはずの連絡先が使えなくなってるのって寂しい。私も毎日のようにお父さんの携帯にかけてたけど、剣岳でその空しさに気づいたんだ。

 

 そんなに空しいことさせてたなんて。やっぱり嘘はダメだ。

 

「お、お父さんはもう事故で亡くなってて……だから連絡先とかもなくてですね。ええと、つまり、噓つきましたごめんなさい!」

 

 懐かしい。空しさのあまり八つ当たりで自分の携帯ぶっ壊したんだっけ。そのせいでかえでさんと連絡とれなくなるわ、余計空しくなるわで散々……。

 

 こんなときでも現実逃避をする情けない自分に嫌気がさす。お母さんに捨てられたのも当然かな。

 

「顔を上げなさい」

 

 聞こえたのはさっきまでの優しいおじさんの声じゃなくて、緊張してかしこまった男の人の声だった。この迫力からして、ビンタ一発くらいは覚悟すべきか。

 

 覚悟ができなくても、上げなさいと言われたら聞かないわけにはいかない。下げていた頭をゆっくり上げて――

 

「ふぁ?」

 

 めっちゃ間抜けな声が出た。

 

 待って、なんでひなたのお父さんに抱きしめられてるの。頭まで撫でられてる。手付きが優しくてやみつきになりそうなんだけど。

 

「あの時気を遣ってくれたんだろう。なら謝る必要なんてない。辛かったね。僕の方こそ気を遣わせてしまって、本当に悪かった。すまない」

「いえ、そんな……」

「今はお母さんと暮らしてるのかい?」

「えと、お母さんはその、なんだかんだでいなくなったので。親戚の人に引き取られまして……」

「そうか。大変だろうに、がんばってるんだね。偉いぞ」

「はあ。あの、そろそろ……」

 

 お父さんは「すまないね」とバツが悪そうに言って、離してくれた。

 

 危なかった。大人の人にここまで優しくされたのは久しぶりだったから、危うく骨抜きになるところだった。最悪、ひなたのお父さんに私のお父さんを重ねて大泣きした挙げ句甘えまくっていたかもしれない。

 

 でも大丈夫だ。涙腺は締まってて、お父さんは死んでて、お母さんは消えてる。噓ついたのも許してもらえた。絶好調じゃないか。

 

 ひなたのお父さんは何か言いたげに口を開いては閉じを繰り返し、最後にお墓の場所を聞いてきた。私はその場所を伝えてから一礼して、今度こそひなたの部屋に向かった。

 

 

 

---

 

 

 

「ひなたコラぁ! よくもやってくれたなぁ!」

「ひゃっ、何よいきなり!?」

 

 部屋にカチコミをかけると、ベッドの上に寝そべっていたひなたが飛び起きた。

 

 何よとは白々しい、もうネタは割れてるんだ。私はワナワナと震えながら、名探偵よろしくびしっと指をつきつける。

 

「この前の電話の後、ヤツの死体が出たんだ! 絶対ひなたの呪いでしょ!」

「はあ!? なんでそうなんの!?」

「幽霊はその手の話してるところに寄ってくるものよ!」

「幽霊じゃなくてゴキじゃん!」

「ひぇっ、その名前口にしないで!」

 

 そう、先日ひなたが電話口でゴキ語りした直後、押し入れの中にヤツの死体を発見したのだ。機嫌を直したほのかに捨ててもらったけど、前日まで押入れの中はきれいなままだった。つまり、ひなたがゴキ語りで呪いをかけて死体を召喚したとしか思えない。召喚士たるひなたを倒せばヤツらも消滅するだろう。

 

 現実逃避、逆恨み、新たな侵略者の襲来から目をそらしているだけ? 知ってる、ほのかから散々言われた。

 

 でも呪いのせいにでもしなきゃやってらんない。不死身の生理的嫌悪とかどうすればいいのさ。

 

「知らないわよ! もう、人を勝手に魔法使いみたいにして!」

「魔法みたいなもんじゃん! ひなたが変なこと言うから出てきたんだよ!」

「た、たしかにあのときはちょっと悪かったけど……」

 

 あれ、ただの言いがかりなのにひなたが怯んでる。視線を伏せてもじもじする様子は、まるで怒られる前の子どもみたい。

 

 お互い押し合っていたのに急に引かれたから逆に私も勢いを失っちゃう。

 

 その間にひなたが態勢を立て直した。

 

「ていうかそんなことのためにこのメール送ってきたの!?」

 

 ひなたが突き出した携帯の画面には、先程送った私の果たし状メールがある。『大事な話があるから会いに行きます』と。その通りですけど何か。

 

「紛らわしいなあ、緊張して損したよ、もう……」

「ひなた?」

 

 携帯を閉じてベッドに身を投げ出すひなた。その表情は緩みきっている。

 

 なんだからしくない様子だったので、いったん矛をおさめてベッドの隣に座る。どうかした? と聞くと、言いにくそうに口を開いた。

 

「マヤ、最近付き合い悪いじゃん。終業式の日、私ちょっと強引だったから。それに怒って距離とってるのかなって。大事な話っていうのも、そのことで文句言われると思って――」

「ないない」

 

 実際、強引だったとは思う。でも私のためにやってくれたことだ。他でもないひなたとあおいちゃんが。結果的にはいい方に事が運んだけれど、たとえ悪い方向に転んだって、怒るどころか距離をとる理由にはならない。

 

 と、伝えてもひなたは「ほんと?」と不安そう。普段の元気とは大きくちがう、しおしおひなた。

 

「ほんとだよ。それに私、大好きだから」

「ふぇっ!?」

「登山。ひなたとあおいちゃんがいたから、好きなままでいられたの」

「……ああ、そう。そうだよね、うん」

 

 ひなたの頬がほんのり赤くなってる。分かるよ、弱気なとこ見られるの恥ずかしいよね。私もあのとき恥ずかしくて、そのせいで――

 

「ま、まあ距離をとってたのはホントだけど」

「やっぱり!?」

「ほら、あんまり人に話すことじゃないから。気恥ずかしいというか……と、とにかく!」

 

 恥ずかしい気持ちがよみがえる前に話を切る。

 

「あのとき私を引っ張ってくれて、ありがとう!」

「ど、どういたしまして」

 

 ひなたは赤くなったまま、どこか釈然としない顔だった。全部本音で話したけど、まだ腑に落ちないところがあるのかな。

 

 じーっと目を見つめてみる。

 

「な、何?」

「……別に」

「何よー!?」

 

 我が心眼がひなたの気持ちを捉えた。

 

 やはり弱気なところを見られて気まずくなっているらしい。私も本音を晒して割と気まずいからおあいこ。気にしない方向でいこう。

 

 まったくひなたは、ガサツで豪快に見えて案外小さいことを気にするんだから。

 

 話もまとまったので、そろそろ帰ることにする。帰って夕飯のもやしサラダを準備しなきゃ。じゃ、またねと手を振って部屋を出ようとすると――

 

「ゴキブリの件、ぜんっぜん話進んでないけどいいの?」

「その名前を呼ぶなぁぁぁあ!」

 

 うまいこと忘れてたタブーをまた持ち出して来やがった。耳と頭をかかえこんでうずくまってももう遅い。ヤツの黒い体に対する嫌悪と恐怖が私のメンタルをズタズタにしていく。

 

 結局、満身創痍になった私はその日一日ひなたの家に泊まっていった。

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