山の頂にあるものは   作:息抜き用ID

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第2話

 入学式から二ヶ月ほど経ったお昼休み。夏服に衣替えしたクラスメイトたちが好きなグループでお昼ご飯を楽しんでいる。

 同胞を失った私は当然一人でぼっち飯――かと思いきや。

 

「く、倉上さんは登山が好きなんだ」

「うん! この前はあおいといっしょに天覧山に登ってさ! あおいの作ってくれたサンドイッチが超うまかったんだ! ね、あおい!」

「そ、そだね……」

 

 なぜか雪村さん、倉上さんといっしょにご飯を食べている。

 経緯はかんたん、お昼のチャイムが鳴ったとたん『山本さん、いっしょに食べよー!』と倉上さんがやってくる。『やかましくてごめんね』と雪村さんも苦笑しながら席につき、私は『あ、はいどうぞどうぞ』とうなずく他なかったというわけだ。

 必然的に社交的な倉上さんがおしゃべりの中心になって、登山が話題に出た。

 雪村さんはどこか気まずそうだ。たぶん、私が登山に興味ないと思っているんだろう。

 実はめっちゃあります。

 ついでに言うと雪村さんが登山を初めた理由にも興味あります。

 なので話題に乗ります。

 

「ゆ、雪村さんが登山するのは、意外」

「それは――」

「約束の山に登りにいくんだ!」

 

 ヤクソクノ山――そんな山日本にあったっけ?

 私が首をかしげていると、倉上さんが矢継ぎ早に続ける。

 

「小さい頃、お父さんが私とあおいを山に連れてってくれた。で、またそこの山頂から朝日を見る約束をしたってわけ!」

「へー」

「あおいったら約束のことすっかり忘れてるんだよ! ひどいよね!」

「わ、悪かったわよ!」

「ふーん……ん?」

 

 幼馴染同士の心温まるストーリーだ。妬ましい。

 でもちょっと待ってほしい。この前二人が教室で再会したとき、倉上さんは「小学校以来」と言っていた。これはつまり、

 

「その約束って、今から何年前のこと?」

「小学一年の頃だから、九年前かな。それがどうかした?」

「……倉上さん、雪村さんのことが本当に大好きなんだね」

「へっ?」

 

 二人揃って仲良くきょとんとしている。幼馴染同士の友情が眩しすぎて私はもう瀕死である。

 

「九年間ずっと、あおいさんと約束のことを想い続けてきた。顔を見たらすぐ分かるくらい」

「あっ、いやそれは、その、なんとうか」

「あう……」

 

 倉上さんは目に見えてあたふたしだして、雪村さんは耳まで真っ赤にしてうつむいた。尊い。

 

「そ、それより! 山本さんってあおいと中学いっしょだったんだよね? こいつどんな感じだった?」

「ちょ、ひなた!? 別にそんなことどうでもいいでしょ! 山本さん、答えなくていいからね!?」

「えー、いいじゃん!」

 

 照れくさい空気を払拭するためか、お互いぎゃあぎゃあと言い合う二人。なるほど、倉上さんといっしょにいると雪村さんは陽の者になるらしい。私と話しているときとは比べ物にならないほど眩しい。

 

「隠すことないじゃん。あ、もしかしてなんか恥ずかしいイベントでもあったのー?」

「そ、そそそんな訳ないじゃん! ひなたこそなんかあったでしょ、あんたそそっかしいんだから!」

「なにおー!」

 

 値引きシールの貼られた菓子パンを無言でかじる。

 なんだかいつもより甘い気がした。

 

 

 

---

 

 

 

 友達かどうかは分からないけれど、私にだって山行に付き合ってくれる知り合いはいる。

 

「着きました! 高尾山は向こうですね。行きましょう!」

「おー」

 

 高尾山口駅前、私の手を引いて張り切って進んでいく彼女がそうだ。

 青羽ここな。中学二年の小さな女の子なんだけど、見た目にそぐわない行動力があって、動物が見たいからという理由で山歩きを敢行する元気な子だ。

 知り合ったのはどこかの低山を散策しているときだった。その山はほとんど林業関係者しか出入りしないマイナーな山で、登山道は獣道に毛が生えた程度。

 そんな場所で出くわした彼女は『鹿さんに会いに来たんです!』と輝く笑顔で言った。服装は普段着と運動靴。いくら低いとはいえ山は山、心配のあまり登頂から下山まで同行した。それ以来都合があうたびいっしょに登山するようになったんだ。

 

「でもびっくりしました。まさかマヤさんの方から誘ってくれるなんて」

「ん、なんか無性にここなちゃんの顔が見たくなってね」

「まあ、嬉しいです! 私もマヤさんになら、いつでも会いたいですよ!」

 

 ああ、癒やされる。

 雪村さんと倉上さんへの嫉妬心が浄化される。ここなちゃん好き。

 

「今日はきっとモモンガさんを見つけましょうね!」

「あっ、はい」

 

 ああ、罪悪感で死にそう。めっちゃ冷や汗が出てくる。

 ここなちゃんを誘うとき、動物好きだからと「高尾山にモモンガさん見に行かない?」と言ってしまったのだ。誘い慣れていないゆえの大ポカだった。

 高尾山にいるのはモモンガでなくムササビだ。しかも夜行性。

 これに気づいたのはさっき電車の中でスマホをいじったときだった。高尾山は小さい頃から登り慣れているだけに、もう知らないことはないとタカをくくっていたんだ。

 どうしよう、いくらここなちゃんでも怒るかな。それとも普通にがっかりするだろうか。どっちにしても言い出すのが辛い――

 

「マヤさん? もしもーし?」

「はっ!?」

「どうしたんですか? さっきからぼーっとして。……まさかまたご飯を抜いたんですか?」

「ち、違う違う。どのルートにするか考えてただけ」

 

 どうやら考えすぎていたようだ。ここなちゃんが心配げに顔を覗き込んでくる。

 ここなちゃんは私が食費を削ってまで登山していることを知っている一人だ。でも今回はきちんと食べてきた。

 しかしよく考えると、三度のご飯より趣味を優先するのって女としてダメな気がする。やっぱりそろそろ登山は辞めたほうが――

 あっ。

 この前辞めるって決めたの忘れてた。

 

「ならいいんです。さ、いきましょー!」

「おー!」

 

 まあいいや。今日は天気もいいし張り切ってるここなちゃんがかわいいから、特別にノーカン。

 今回だけ、今回だけ。

 

 

 

---

 

 

 

 ここなちゃんとはぐれた。

 事が起こったのは山に入ってしばらく経ってから。複数ある登山ルートのうち、一号路と呼ばれるルートで登山を始め、登山鉄道高尾山駅に着いた。

 そこで売られている三福だんごのおいしそうな匂いにつられたのがまずかった。

 高尾山への交通費の往復分だけで財布はすっからかん、到底お団子を買えるお金はない。それでもついついお団子をガン見しつつよだれを垂らしてしまう。

 そしてふと我を取り戻したときには、ここなちゃんが消えていた。

 

「ああ、あの子? リスさーん、って言いながら山頂の方へ走っていったわよ」

 

 近くのハイカーさんに聞くと気が抜けた。それなら山頂に歩いていけば合流できるだろう。

 しかし私の予想に反してここなちゃんは見つからなかった。一号路の途中にも山頂の展望台にも。焦燥の炎が再び燃え始める。

 ここなちゃんは自分勝手な子じゃない。リスを追いかけるのにくたびれたら、どこか分かりやすい場所で連れを待つはずだ。そうしないということは、何かのトラブルに巻き込まれた可能性が否めない。

 

「そうだ、スマホ……」

 

 スマホはバッテリー切れだった。電気代をケチってあまり充電していなかったことと、電車の中でいじっていたのが災いしたようだ。

 えーい、じゃあ直接歩いて探せばいいじゃない!

 

 

 

---

 

 

 

 日暮れ時、ここなちゃんは見つかった。もっとも険しいとされる六号路コースの登山口で、なぜか雪村さん、倉上さんといっしょに談笑している。なにがどうやってそうなった?

 私はといえば、疲労困憊で木陰にうずくまって声も出せない状態だった。ここなちゃんを探しながら複数の登山コースを往復したからだ。お昼ご飯も食べてないので力が入らない。

 

「マヤさん、結局会えませんでした……」

「大丈夫だって! 山に慣れた人なんでしょ? もうとっくに降りてるよ」

「だといいんですけど、心配性な人ですから」

「電話も通じないならたしかに心配かも。山中探し回って今頃その木陰とかでぐったりしてるとか」

「ないない! そんな体力オバケいるわけないよ!」

 

 ここなちゃんを安心させるためだろう。雪村さんと倉上さんが茶化すように言っているけど、図星過ぎて怖い。普通の汗に混じって冷や汗が出てきた。

 今回は私のミスだ。お団子に気を取られてはぐれた挙げ句、勝手に不安を膨らませて山中くまなくトレイルラン。ここなちゃんは動物を見るための単独行には慣れている。高尾山には人も多いから、万一トラブルがあっても助けは呼べる。

 要は私の取り越し苦労だった。

 

「死にたいっ!」

「えっ!?」

「しまったぁ!?」

 

 木に全力で頭突きをかますと、三人の驚く声が聞こえた。そりゃそうだ。

 すぐに山へ逃げ込もうとするが、疲れで体が言うことを聞かない。そうこうしているうちに三人に回り込まれてしまった。

 

「あ、山本さんじゃん」

「ここなちゃんの友達って山本さんだったんだ。でもその格好――」

「マヤさん、もしかして……!?」

「違う! 違うから!」

 

 目を丸くするここなちゃんの言葉を遮り、私は必死で言い訳を考える。

 

「ほら、高尾山って名所が多いじゃない? 引っ張りだことか、男坂とか、登山アニメの聖地にもなってるし。いろいろ回ってたら日が暮れちゃって、大慌てで降りてきたんだ。あっ、ここなちゃんは先に降りてきてたんだね。よかったー」

「めちゃくちゃ棒読みムグっ」

「あおい、しー!」

 

 我ながら完璧な言い訳だ。ここなちゃんは優しいから、私の身勝手な苦労にも責任を感じるかもしれない。それはダメだ。

 ここなちゃんは一度口を開きかけ、何かを呑み込むようにうつむくと、ぎこちない笑みを浮かべた。

 

「……マヤさんは、仕方ないですね」

「ちょ、な、なんで抱きつくの!?」

 

 そしてなぜかハグされた。同じくらいの背丈なので、ここなちゃんの顔が見えない。

 

「待って、今汗臭いから! 今だけは勘弁して!」

「ダメです。私がいいっていうまでこのまま」

「ひゅーお熱いねー!」

「ひなた……」

「からかってないで助けて!」

 

 私のアホくさい苦労の汗でここなちゃんが汚れる! じたばたしつつ雪村さんと倉上さんに助けを求めるが、二人は微笑ましげに見つめてくるだけだった。この両想い幼馴染どもが!

 結局私の抵抗は空しく、開放されたのはそれから体感一時間くらい(実際は数分くらい?)後だった。

 

 

 

---

 

 

 

『と、いうことがあった。ドヤ!』

《》

『おーい、既読スルーは辛いぞ』

『笑って! からかって! 笑い話にして!』

《バーカ》

『……それだけ!?』

『ははーん、さてはここなちゃんに嫉妬して』

【ほのかさんにブロックされました】

『あれぇ!?』

 

 電話口で泣きながらほのかに謝ったのは、久しぶりだった。

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