山の頂にあるものは 作:息抜き用ID
お昼休みの教室、今日も今日とて私は雪村さん、倉上さんといっしょにお昼ご飯を食べる。倉上さんが話して雪村さんがツッコミ、私が小さくうなずくという役割ができつつあった。
「で、そのマヤちゃんって子が汗だくで木陰に隠れてたの! あれは相当必死に探したんだろうなー。あおいが遭難したら、私もあんな風に探してあげるね!」
「ミイラ取りがミイラになるわね……」
「そんなことないよー!」
「普通に通報、しよう」
冗談に真面目に答える禁じ手により空気が死ぬ、ということにはならず、倉上さんが「そりゃそうだ!」と笑い飛ばしてくれた。危ない。本当に空気読めないな私!
ともあれ、二人から話を聞いたことで、先日の高尾山の一件の謎が解けた。
登山届にも書いておいた一号路と六号路はまっさきに探したのに、日暮れまで見つけられなかったこと。これは単にすれ違ったらしい。
山頂で靴の裏がはがれて困っているここなちゃんに、雪村さんたちが遭遇。応急処置をしながら連れ(私)のことを待つがなかなか現れないので、日が暮れる前に下山することに。
たぶんすれ違ったのは山頂だろう。展望台や休憩所など、何かの施設の陰にいた三人を私はスルーして六号路へ。そのまま下山してまた別のルートの捜索へ行った、というわけだ。
「……っ!!」
「山本さん?」
「急に頭抱えてどうしたの? パンにタバスコでも入ってた?」
「……なんでもない」
自分の落ち度だらけの行動を思い出して悶絶しているだけだ。ある意味タバスコより辛いけど、なんでもない、うん。
しばらく変なものを見るような視線を向けてきた二人。すると雪村さんがふとした調子で私の机の上を指さした。
「ところでそれ、登山の小説?」
「あ、うん。『剣岳』と『サイレントブラッド』。面白いよ」
「ふーん。うひゃー、文字だらけ! 絵はないの?」
「小説が文字だらけなのは当たり前でしょ!」
顔をしかめる倉上さんに雪村さんがツッコむ。
が、それだけだった。二人は私と山での私を連想しない。
この本は二人にそれとなく『陰キャの山本さん=山のマヤさん』説をアピールするために図書室で借りてきた、山っぽい内容のものだ。効果はいまひとつ。ちなみに読んだことはない。
(声と背格好と名前まで同じなのになんで気づかないかなぁ……)
下の名前まで一致していると分かれば、さすがに分かるだろうか。でもそこまですると負けた気がする。
登山をしている自分自身は結構好きだ。学校で縮こまっている自分は嫌いだ。だから、好きな自分と嫌いな自分が別物として考えられるのはシャクなんだ。
まあ卒業までに気づいてもらえればいいや。
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とはいったものの。
「これはキツイ!」
狭い自宅アパートの畳の上で、私は歯ぎしりしながらスマホ画面を睨みつけていた。
画面に表示されているのは高尾山の一件の際連絡先を交換した、雪村さんからのメールだ。
『こんにちは。今度みんなで飯能河原に集まろうってことになったんだけど、マヤちゃんも来ない? ここなちゃんも来るよ』
雪村さん……友達だと思ってたのに……教室での私は誘ってくれないんだ……。
何度見返しても、メールの宛先は山での私用に用意したフリーメールのアドレスになっている。つまり教室での私は誘われることすらない要らない子。
……。
考えてみれば、人と目を合わさず何を考えてるかも分からない暗い女を誰が誘ってくれるんだろう? そう、悪いのは雪村さんじゃなく、陰に生きる私――
ぴこん、と軽い着信音。
『今度私とひなたとあと何人かで飯能河原に集まるの。よかったら山本さんも来ない?』
「ヤッタァァァアアァ! ひえっ、すみません……」
良い子は寝る時間にもかかわらず絶叫してしまった。お隣からの壁ドンにヘコヘコしつつ、メールに星マークとロックをかけておく。
小中通して陰キャ、高校でも変わらずかと思われた私の生活にようやく差し込んだ光。それをもたらしたのは同胞でした。やったぜ。
さて。
「影分身の術、覚えなきゃ……」
ひとまずコンビニで少年誌を立ち読みして分身の術のやり方を調べよう。体を二つに増やせれば、二人分楽しめるもの。
断じて現実逃避してるわけじゃない。
ないったらない。
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川遊び当日の朝、私は前髪をちょんまげにまとめた山登りスタイルで家を出た。
空蝉の術は覚えられたけど分身の術は無理だったので、教室での私の方はお休みだ。誘いを断る文面を考えるのに三時間はかかった。
お昼ご飯は倉上さんともう一人初対面の人、おやつは雪村さんとここなちゃん、私は何も言われなかったけど、水分補給用のスポドリを持っていくことになった。重いものには慣れているからへっちゃらだ。
飯能河原を一望できる割岩橋のたもとに昼前に集合ということだったけど、待ち合わせ場所に着いたのは午前九時だった。ソワソワしてとても落ち着けなかったんだもの。
欄干によっかかってぼんやりしていると、河原には徐々に人が増え始め、川遊びではしゃぐ楽しげな声がこっちまで聞こえるようになった。見ると、水着姿の少女たちが水のかけあいっこで遊んでいる。
「……やっぱ帰ろっかな」
橋の下は異空間だった。山とも教室とも違う独特の雰囲気――いわゆるリア充のたまり場みたいな空気がある。
といってもここまで来といてドタキャンするわけにもいかない。
私はリア充の余波で焼き焦がされないようくるりと回って欄干に背を預ける。
すると橋の一方から待ち人がやってくるのが見えた。まずはここなちゃん、雪村さんに倉上さん、一年前から音信不通になってる趣味仲間のかえでさん――えっ?
「かえでさん!?」
「マヤちゃん!?」
お互い同時に名を呼んで目を見開く。相変わらず身長が高くてスタイルが良くて知的な眼鏡のまぶしい美人さんだ。
思いもよらない再会だったけれど、登山の大好きなかえでさんが初心者の雪村さんたちと知った仲なのは不自然なことじゃない。飯能市在住って言ってたし、近くの登山用品店は一つしかないし、どこかで鉢合わせて仲良くなったんだろう。
私は嬉しさのあまりかえでさんに駆け寄り、
「生きてたのね……もう、連絡くらいしなさいよバカ!」
「むぐっ!?」
視界が真っ暗になった。
この柔らかい感触……どうやらかえでさんにハグされているようだ。身長差のせいで顔が胸の谷間に押し付けられている。
息ができない。
「むー!」
「二人はお知り合いだったんですね。それにとっても仲良しさんです!」
「きっと気が合うと思ったけど、もう知り合いなんてびっくりだよ。ね、あおい!」
「言ってる場合!? ちょ、かえでさん、マヤちゃんタップしてますよ!?」
「え? ご、ごめんなさい、大丈夫?」
「う、空蝉の術……!」
「いや、できてないから」
やり方を知ってるのと実際にやるのは違うみたい。雪村さんの呆れたツッコミが刺さる。
私はフラフラになりながら息を整え、改めてかえでさんに向き直った。
「久しぶり、かえでさん」
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かえでさんと出会ったのはソロ登山を初めて間もない頃だった。
何かと要領の悪い私は雨具を忘れたり、道に迷ったり、電車賃が足りなくなったりとトラブル続き。歩き慣れたはずの低山で捻挫した上、杖にもなるストックが折れたあの日は本当に危なかった。
そんな私を助けてくれたのがかえでさんだった。ストックを貸してくれて、下山までゆっくりしたペースで付き合ってくれた。それ以来、数少ない登山仲間として連絡をとりあうようになった。
「へー、さすがかえでさん!」
「マヤちゃんでもそんな風に困ることあるんだ」
飯能河原にしいたレジャーシートに座り、雪村さんとここなちゃんが用意してくれたフレンチトーストをかじりつつ、談笑。話題はやはりかえでさんとの関係だった。
かえでさんはカラカラと笑う。
「この子すっごく不憫なのよ? 捻挫したその日に限ってストックが二本とも折れるんだもの!」
「あ、あれはたまたま運が悪かっただけ! 不憫じゃないし!」
「ふーん、たまたまねえ」
含みのある笑みを向けてくるかえでさん。
たしかに私が山に行くと天気予報にかかわらず七割方天気が荒れたり、事故や故障で交通機関が止まって登山口にすらたどり着けないこともままあったけれど――たまたま運が悪かっただけだ、きっと。
「まあこういう子だから、『剣岳制覇してきます』ってメールが来たときは本当に焦ったのよ」
「「「「剣岳!?」」」
「おまけにそのメール以来音信不通。万が一のことが起こっちゃった、って思うじゃない? そしたら何食わぬ顔でひょっこり現れて『久しぶり』って言うのよ。まったくもう!」
「それはマヤちゃんが悪いね!」
「うん、悪い」
「悪いです!」
「ご、ごめんなさい……使ってた携帯が壊れちゃって……」
倉上さん、雪村さん、ここなちゃんが声をそろえる。縮こまって謝るしかなかった。
「ま、無事だったんならいいわ。それでどうだった?」
「へ?」
「剣岳」
剱岳は難易度の高い登山の代名詞としてかなり有名だ。日本人が富士山を知っているように、登山家のほとんどが剱岳の名を知っている。
その有名に違わないハードな山行だった。累積標高や距離もさることながら、岩場、鎖場、浮石だらけの岩壁など多数の危険箇所――辛い思い出はあげればキリがない。三度途中で撤退して四度目でやっと登頂できた。
お父さんといっしょに剱岳を登るという約束がなければ、絶対行くことはなかったと思う。その約束だってもう果たしたし、やりきった感があるし、お金がかかるし、登山はもうやめた。天覧山と多峯主山と高尾山はノーカン。
とにかく剱岳の感想を一言でまとめるなら、
「落ちなければ安全な山でした」
これに尽きる。
なかなかに的確で分かりやすい感想をまとめられたと思う。
しかしかえでさんはしばし目をパチクリさせた後、なぜか「ふふっ」とふきだした。
ここなちゃん、雪村さん、倉上さんの三人は顔を見合わせている。
「かえでさん、もしかして……」
「マヤちゃんって」
「天然さん?」
「違う違う、天然ポンコツよ」
「誰がポンコツだ!?」
すぐに否定したら四人は余計クスクス笑いだした。たいへん遺憾な評価に断固として抗議するも、四人には勝てない。
ふてくされてフレンチトーストをもさもさしていると、かえでさんが笑いをこらえながら「ごめんごめん」と彼女の分のトーストをちぎって分けてくれた。
おいしかった。