山の頂にあるものは 作:息抜き用ID
『スタイルも頭もいいけど、変な人だよね』
『山登ってるし……一人で怖くないのかな』
それが私、斎藤かえでの中学時代の印象だった。
同級生たちは変わり者を避けるため、私と距離をおいた。私が山に行くたび生傷をこさえてくるから、距離感はもっと空いた。それでも登山趣味を隠すことはなかった。好きなことを隠してまで誰かと仲良くなったってきっと面白くないし、何より大切な友達が一人、もしかすると二人はいたから。
『また高い山登るの? 装備とかちゃんとしてる? 大丈夫なの!?』
一人はゆうか。私が新しい傷を作ると毎回顔を青くして心配してくれて、山に登る前は私当人よりも慎重で心配性になる。本当に心配してくれる人がいるのはとても心地よかった。
でもあのときの私はゆうかの気持ちなんて全然考えてなくて――
『大丈夫、今度おみやげ買ってくるからさ』
『そういうことじゃなくって』
『平気だって。ゆうかには迷惑かけないよ』
『……っ』
いつかの教室でのやりとりだった。毎度のごとく心配をつのらせているゆうかと話していると、ゆうかは急にむっとして一人で帰ってしまったんだ。
どうして機嫌が悪くなったのか分からなかった。登山の前には情報と装備をきちんと整えて万全を期しているから大丈夫。それに、何が起きてもゆうかには迷惑かけない。
何度考えてもゆうかの気持ちが分からなくて、翌日山に登っているときもずっとモヤモヤしていた。モヤモヤのせいできつい山道、きれいな景色、気持ちいい風、登山の楽しさが全然味わえない。
「待たれい!」
「へ?」
登頂しても爽快感は薄く、上の空で下山を始めた道半ば、変なテンションの声がかかった。これが二人目との出会い。
見ると、山道の隅に座り込んだ小さな女の子が神妙な顔つきで私を見つめていた。
私と同じか、もっと下か。それくらいの女の子が一人で山にいるのは珍しい。そう考えながら足を止めると、女の子はすっと山道の先を指さした。
「ここから先は足場が悪い。ぼーっと歩いてたらケガしますぞ」
「……本当ね。わざわざありがとう」
「いえいえ」
指さした先では、小さな沢の上にこけむした大小の丸岩が敷き詰められている。不安定な岩に体重をかければ転倒の恐れがある。ゆうかのことを考えてぼーっとしたまま渡っていれば、私もケガをしていたかも。
お礼を言って通り過ぎようとすると、その女の子の足首にグルグル巻きにされたテーピングが目に入る。それだけでなく、女の子の体には無数の擦り傷があって、服には苔や土などの汚れがあった。
もしかして――私よりも一瞬早く、女の子がニヒルに笑いながら口を開く。
「ふっ、ぼーっとしているとケガしますぞ。私のようにね!」
「笑ってる場合じゃないわよ!?」
「ふふん、笑いたくもなります。つーか笑うしかない」
女の子はヤケクソ気味にザックにくくりつけたストックを目線で示した。両方とも折れてる!?
「この山には何回も来てますが、捻挫したのは初めてで、そんなときに限ってストックくんが寿命を迎える、と。逆に運がいい気がしてきた、あはは」
「だから笑ってる場合じゃ……ああもう、見せて」
相当ひどくひねったらしく、女の子の足は腫れ上がってはいたけど、処置は完璧だった。一週間も安静にしていればきれいに治るわね。問題はこの山から帰れるかどうか。
「……ごめんなさい」
私が一瞬黙り込むと、女の子は一転してしょんぼり肩を落とす。
「ご迷惑かけるつもりで声をかけたんじゃないんです。ただ、そこの道が危ないですよって伝えたかっただけで」
「別に迷惑なんて思ってないわ。それより下山よ。歩けそう?」
「なんとか。ちょっと休めば、日暮れ直前くらいには下りれます。大丈夫です」
「大丈夫じゃないでしょ!」
大きな声が出たことに自分でもびっくりした。女の子も目を丸くしている。
「足引きずって下山して、もっと大きなケガしたらどうするの! どこが大丈夫っていうの!」
「あ、その……」
「もう怒った。勝手にやらせてもらうわ!」
その後、私は女の子にストックを貸して、手を引きながらゆっくりと下山した。
あんなに怒ったのはすごく久しぶりだった。当時はどうして自分が怒ったのか分からなかったけれど、今なら分かる。私はあの女の子に自分を重ねていたんだ。
大丈夫でもないのに強がって人の心配を受け付けず、迷惑をかけたくない、かけていないと言い張るところが、私にそっくりだった。優しいゆうかを怒らせたダメな私に。
『ゆうか、その……今までごめんね』
『へ? 何、どうしたの?』
『ゆうかは今まで私のこと心配してくれたのに、私いつもヘラヘラしてた。ゆうかの気持ち、全然考えてなかった……』
『あ、ああ、いいのよ別に。勝手に心配してるだけだもん。ま、もうちょっと自分の身を大切にしてくれたら嬉しいけど』
女の子と出会った翌日、私はゆうかに朝イチで謝りに行った。そしてゆうかはカラカラ笑って許してくれた。
あの女の子が鏡みたいに私のダメなところを教えてくれなかったら。あの子が上の空な私に注意してくれなかったら。私はまたケガをして、ゆうかを怒らせていたかもしれない。
そんな感謝の気持ちもあったんだろう、私は山であの子――山本マヤちゃんと鉢合わせるたび話をするようになった。
『この山は私の庭みたいなもんです。かえでさんを華麗にガイドしてみせましょう』
『頼りにしてるわ。って、いきなり間違えてるわよ!?』
『はい?』
『そっちはただの獣道! 登山道はこの分岐を左!』
『えっ、これって分岐? あ、ほんとだ』
あるときは分岐を素通りして藪に突っ込みかけ、
『かえでさん、すみません……』
『まあ山の天気は変わりやすいものね』
『にしたって程があるでしょ! 三度目ですよ天気が荒れるの! しかも私が来たときばっかりぃ……!』
『いいじゃない、それも山よ。この後どこいく?』
あるときは変わりやすい山の天気に翻弄されたりした。
ろくな目に合わなかったけれど、年の近い山仲間は初めてだったから、新鮮でとても楽しかった。
でもある日、『ちょっと剱岳登ってきます!』と唐突にメールで知らされて、それ以来連絡がとれなくなってしまった。
剱岳は軽い気持ちで臨んでいい山じゃない。毎年のように遭難者、滑落事故が発生している上級者向けの山だ。ちょっとポンコツ気味なマヤちゃんが登れるとは思わなくて、連絡がとれなくなったとはそういうことなんだろう、とひどく落ち込んだ。
このときの落ち込みぶりといったらひどかったらしい。ゆうかの励ましがなかったら立ち直れなかった。
マヤちゃん、ゆうかが怒ってるよ。『うちのかえでにこんなに心配かけちゃって! 会って直接文句言わなきゃ気がすまないわ。また連絡がついたらすぐに教えてね!』って。
マヤちゃん、怒ったゆうかは怖いよ。怖がりなあなたなら、泣いちゃうかもしれない。それくらいあなたが心配なの。だから――
ねえマヤちゃん、今、何してるの?
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「はい、あーん」
「あむ、むぐむぐ」
「仲いいわね二人とも」
飯能河原、レジャーシートの上にくつろぎつつ。
あれだけ心配をかけたマヤちゃんはリスみたいにほっぺたを膨らませてお昼を楽しんでいる。それもここなちゃんに甘やかされながら。
つぶらな瞳に小柄な体躯、餌付けされる様子を見ていると本当にリスみたいだ。
「リスさんみたいでかわいいです!」
「ちょ、ちょっと待……むぐっ」
ここなちゃんは甘やかすのに夢中で気づいてないけど、マヤちゃんはもうだいぶ苦しいみたい。口を開くとすかさずお代わりが突っ込まれるのは少しかわいそう。
涙目で助けを求められるけど、にっこり笑顔を返しておいた。マヤちゃんは登山している割に体も食も細い。この機会にたくさん食べちゃいなさい。
「待ちなさいひなたぁー!」
「へへーん、そんなんじゃ当たんないよーだ」
川の中ではあおいちゃんとひなたちゃんが水鉄砲で遊んでいる。位置関係からして流れ弾が怖いわね――あ。
「ここなちゃん」
「はい?」
「マヤちゃんから少し離れた方がいいわ」
きょとんとするマヤちゃんと、首をかしげるここなちゃん。ちなみに私はもう距離をとってる。マヤちゃんの不幸体質からして先の展開は読めちゃう。
ここなちゃんが釈然としない表情で位置をずらしたその時――マヤちゃんの顔面に凶弾が直撃した。
「あっ」
犯人はひなたちゃんだ。『あっ、よりにもよって一番付き合いの浅い子に!』って心境みたいね。
私はすかさず水鉄砲をマヤちゃんに投げ渡す。
「マヤちゃん、パス!」
「……ひなた貴様ァ! 蜂の巣にしてくれるわぁ!」
「うひゃあ、マヤちゃんが怒った!」
マヤちゃんはひなたちゃん狙いで水鉄砲を連射――するかと思いきや、あおいちゃんの方に駆け寄っていき、
「動くな、この女がどうなってもいいのか!」
「汚っ!? 助けてひなた!」
「あおい、ううっ、あおいのことは忘れないから……!」
「わぶっ……ひ〜な〜た〜!」
人質にされたあおいちゃんだったけど、容赦なくひなたちゃんに撃たれる。人質は犯人と手を組み、二対一になったひなたちゃんが逃げ回る構図になった。
「みなさん、楽しそうですね」
「そうねー」
すごく心配をかけられたことにはもう少し文句を言いたい気持ちがあったけれど、あんなに楽しくはしゃいでるのを見ると、なんだかどうでもよくなってきちゃった。
ソロ登山とは大きく違う、賑やかで緩やかな川遊び。心地よくて新鮮な時間が、ゆっくりと流れていく。
週一更新。
一人称の練習中。
日常メインで全十話くらいになりそう。