山の頂にあるものは   作:息抜き用ID

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第5話

 高校生になってからというもの、私の生活はずいぶん明るくなった。

 中学ではお金のかかる登山趣味をやめようやめようと言いながらつい山へ行って、自分の意志の弱さに落ち込むばかり。高校ではまあ落ち込むことはあるけれど、雪村さんと倉上さんのおかげでリア充の巣窟みたいなところで楽しく遊べた。趣味仲間のかえでさんとも仲良くなれた。

 ここまで回想するとやはり気づく。

 私、実は陰の者から陽の者にクラスチェンジしてるのでは?

 だってクラスメイトと飯能河原で川遊びなんて中学時代の私にはとても無理だ。なんなら教室で前髪をおろしてる陰キャモードの私も無理だ。つまり登山スタイルの私――前髪をちょんまげにくくった状態の私は陽の者になっていると思われる。

 じゃあ登山スタイルで学校に行けば陽キャデビューできるじゃない。

 もう陰キャ特有の悩みに苦しまなくていい。登校時、微妙に追い越しにくい速度で歩く陽キャ集団の後ろでアタフタしたり、授業中に指名されたとき声が裏返ってクラス中から生暖かい視線を集めたり、ペアやグループなどの単語で冷や汗をかかなくてもいいんだ。

 自室にて、手鏡の中の私を見る。目元を覆う長い前髪をかきあげ、ゴムでくくったその姿はたぶんきっと、陽キャだ。

 さようなら暗い私、こんにちは明るい新生活。

 そうして私はうきうきしながら家を出たのだった。

 

 

 

---

 

 

 

「前からに気になってたけど、山本さんって前髪長いよね」

「あ、それ私も気になってた! 前見えなさそう!」

「う、うん……」

 

 教室、授業の合間の休み時間。あおいちゃんとひなたちゃ――もとい、雪村さんと倉上さんの指摘に、私は顔をそらした。

 陽キャデビューなんて無理でした。

 

「前髪は心のバリア……短いと謎のエネルギーに焼かれて死ぬ、ので」

「マジで!? 前髪すげー!」

「謎のエネルギーって何よ……」

 

 謎のエネルギーとは、学校という異空間に満ちる特有の謎エネルギーである。山中に放置された古い鳥居をくぐると急に空気が変わるけれど、学校にはそれと同じような独特の空気があるんだ。

 その空気に触れると私みたいな陰の者は昇天してしまう。だからやっぱり前髪バリアは外せない。

 ふと、倉上さんの方を見てみる。彼女は私の前髪をじっと見つめて、手がうずうずと落ち着かない。

 私は反射的に額のところでクロスアームブロック。

 

「……だめ?」

「ダメ。めくられると昇天する」

「ちぇー」

 

 めくりたくなる気持ちは分かるけど、私も学校で昇天したくはない――あ、そうだ。

 前髪なくなったら二重生活のことバレるじゃん。

 雪村さんと倉上さんは、前髪をおろした私と登山スタイルの私を別人として考えている。

 気づいてもらえないことに最初は不満だったけれど、最近はむしろ私も楽しくなってきた。この勘違いを利用して何か面白いことをできないか、暴露するならどのタイミングが盛り上がるか、といろいろ考えている。

 陽キャデビュー云々ですっかり忘れてた。危ない。

 

「じー」

「そ、そんな見られても」

 

 なんて考えている間にも、倉上さんはものほしげに私の前髪を見つめてきた。

 ここで悪ノリして無理やり迫ってこない距離感が、この人のいいところだ。まあ視線ビームだけでもなかなかの威力なんだけども。

 雪村さん、黙ってないで助けて――あれ?

 

「ゆ、雪村さん? どうかした?」

「ふぇ!? いや、あの」

 

 雪村さんは何か言いたげに、口を開いては閉じるのを繰り返していた。

 

「えっと……今度、みんなでキャンプ行こうって話になったんだけど……山本さんもよかったら、いっしょに……」

「やっと言えたね! もうちょっと遅かったら私が言ってたよ!」

「う、うるさいなぁ、私のタイミングがあるのよ」

 

 やった。

 メールじゃなくて直接誘われるのは始めてだ。うれしい。相手が雪村さんだとなおのことうれしい。

 前髪状態の私が前回断ったこと、インドア派っぽい見た目なこともあって誘いにくかっただろう。それに、雪村さんとは中学時代、いっしょに遊んだことはなかった。お互い名字で呼び合う程度の浅い付き合いだったんだ。

 そんな関係が深まった気がする。なぜ、という気持ちより嬉しい気持ちの方が大きい。

 

「行く」

「「即答!?」」

「い、行かせてください、お願いします」

「謙虚! いやー、よかったねあおい!」

「ほ、ほんとにいい? 初対面の人とかいるけど……」

「大丈夫」

 

 初対面っていってもここなちゃんとかえでさんだろう。前髪状態で会うのは初めてだけど、あの二人なら大丈夫だ。

 雪村さんはほっと胸をなでおろして、明るい笑顔。

 

「よかったー。実は山本さんに会ってほしい人がいてね」

「会ってほしいひと」

「うん。マヤちゃんって言って、山本さんにそっくりなんだよ」

「ひょえっ」

「「ひょえ?」」

 二人が首をかしげると同時、チャイムがなる。担当教員が入ってくるなり号令がかかり、授業が始まった。

 変な声も出るってものだ。なんたって雪村さんのあの笑顔、登山スタイルと前髪の私の両方が参加することにとても喜んでいるようだった。どっちかが欠ければ、きっとがっかりするだろう。

 雪村さんに喜んでもらうため――今度こそ、分身の術を習得してやる!

 

 

 

---

 

 

 

 某トークアプリにて。

 

『かえでさん』

『タイムマシンってどこにありますか?』

[はいはい。それで何やらかしたの?]

[なんならいっしょに謝りに行こうか?]

『いえ』

『すみません、現実見ます』

 

 

 

---

 

 

 

 約束当日。

 前髪を下ろした状態の私は、雪村さんと倉上さんに連れられ、学校から直接待ち合わせ場所へ向かっていた。

 倉上さんが残念そうに口をとがらせる。

 

「ちぇー、マヤちゃんも来ればいいのに」

「仕方ないよ。外せない約束があるって言ってたでしょ」

「そうだけどさー」

「……」

 

 はい、とても現実的な運びになりました。

 登山スタイルの私が『ごめん、その日は外せない約束があるから』とメールを送ったときには罪悪感でのたうちまわってしまった。一応嘘ではないんだけど。

 でも難しい問題や辛いことがあると現実逃避するのは私の悪い癖だ。そう考えると、現実的に分身の術を諦めた今回の選択は成長だと思う。よくやった私。

 しかしこれだけ重い葛藤をしなきゃならないなら、そろそろこの二重生活も辞めた方がいいかもしれない。二重生活を利用した二つの面白いことを試したら、後はみんなの驚くタイミングで劇的にバラして終わりにしよう。

 

「そのマヤさんって、どんな人?」

 

 面白いことの一つ目。他人からの評価を聞く。なんだか盗み聞きしてるようなスリルがある。

 登山スタイルの私は陽キャだし、たぶんマイナス評価にはなってないはず――

 

「んー、そそっかしくてほっとけない人、かなぁ」

「それとノリが良くて面白い人だよね! 一言で言えば」

「「天然ポンコツ」」

「誰がポンコツだ!」

「「え?」」

 

 あかん、誘導尋問や。この二人実はもう気づいてるんじゃなかろうか。

 ごまかし方を考えつくより早く今回の待ち合わせ場所が見えてきたので、「着いたね」と強引に話を切って歩調を早めた。

 

 

 

---

 

 

 

 キャンプと聞いてどこのキャンプサイトに行くのかと思えば、倉上さんちの広い庭だった。もともとは山へキャンプに行くはずが、雪村さんのお母さんが危ないからと反対したので、勝手知ったる幼馴染のおうちにお泊り会することになったとか。

 そんなこんなで到着した倉上さんちの外観は、

 

「でっかい」

 

 思わずそうつぶやくくらいの豪邸だった。

 なんちゃらLDKとか何坪とかは知らないけど、これ家? 宿泊施設とかじゃなくて? 小学時代の林間学校で泊まったペンションより大きいんですが。

 あっけにとられる私とは違って、雪村さん、倉上さんの二人は慣れた足取りで大きな玄関の方へ向かっている。

 

「ただいまー!」

「お邪魔します」

「お、お邪魔します」

「おかえりひなた。おや、あおいちゃんと――」

「や、山本といいます。よろしくお願いします」

 

 玄関に入った途端、優しそうなお父さんが出迎えてくれた。人見知りを発動しながらもどうにかあいさつすると、お父さんはなぜか私の方をまじまじ見つめている。

 

「もーお父さん、あんまり見とれてるとママに言いつけちゃうよ?」

「ば、バカ、そんなんじゃない。すまないね山本さん、どこかで会ったような気がしたんだけど、気のせいだったよ。ゆっくりしていってね」

「は、はい」

 

 その後、倉上さんが家のどこかからテント一式を引っ張り出してきて、三人で庭へ。

 すると、畳んだ状態のテントを抱えた雪村さんがふと「そういえばひなた」と声をあげる。

 

「今朝はよくもやってくれたわね!」

「え、何の話?」

「夢の話よ!」

 

 ふむふむ、冷房をつけっぱなしで寝てた雪村さんが、倉上さんと雪山を登っている夢を見たと。

 倉上さんは途中で力尽きた雪村さんを置いて、「頂上に着いて女子力アップ、一人だけモテモテになってくるよ!」と行ってしまったと。

 

「ね、酷いわよね、山本さん!」

「山に登っても女子力はつかないと思う……」

「そこ!?」

「勝手な夢見て文句言われてもねー」

「日頃の行いが夢に出てくるの!」

 

 夢の中でさえ仲良しかこの二人。妬ましい。

 ちなみにどこの山のてっぺんにも女子力は置いてないと思う。根拠はかえでさんと私。

 あんまり二人にノロケられても反応に困るので、さっさとテントの設営を始める。グラウンドシート敷いて、風向きにあわせてテント広げて、フレーム通してペグ打って――

 

「山本さんすごく手慣れてるね?」

「うん、あおいより筋がいいよ!」

「むっ」

「そ、そそそそう?」

 

 しまった、前髪状態の私らしくないムーブだった。

 テント設営には割と慣れている。というのも、山行中に天気が荒れてビバークを強いられることがしょっちゅうあったからだ。緊急時のビバークなんて普通は百回に一回あるかどうからしいけど、なぜか天気が荒れる不思議。

 程なく五人は入れそうなドームテントが完成。

 すると、玄関の方から二人歩いて来ているのが目に入った。ここなちゃんとかえでさんだ。飯盒炊さんで使う食材を手にさげている。

 ここからが正念場だ。

 私はこの二人に対し初対面を演じなければならない。二重生活のネタばらしで一番面白いタイミングはここじゃないのだから。

 

「マヤさん! 今日は来れないって聞きましたけど、来てくれたんですね。うれしいです!」

「どうしたのその前髪。イメチェン? 目が悪くなるわよ」

「「「えっ」」」

 

 エスパーかこの二人。

 

 

 

---

 

 

 

 沈黙の中、最初に口を開いたのは雪村さんだった。

 

「えっと、二人とも。この子は山本さんっていって、マヤちゃんとは別人――」

「うん、だからマヤちゃんでしょ? 山本マヤちゃん」

「いつもと呼び方が違いますけど、何かあったんですか?」

「ええっ!?」

 

 当然のように言い返すかえでさん、ここなちゃん。

 続いてひなたちゃん、「あ」と何かに気づいたような声。

 

「そういえばあおい。山本さんの下の名前は知ってる?」

「当たり前でしょ。マヤ……あーっ!?」

 

 人生は思うようにいかない。山行の計画をたてても天気は荒れるし、ほしい山道具はセールになっても微妙に予算より高いままだし、何かやらかしてもタイムマシンや忍術はない。まったくなんて厳しい世の中なんだろう。

 でも今回ばかりは譲らない。

 勘違いから始まった二重生活、こんなにおいしいネタを面白くオチさせずにいられるものか。

 そしてそのタイミングは今じゃない。どうにかこの場をしのいで最高のオチをつけるんだ!

 四人の視線が集まる中、私はここなちゃんとかえでさんにペコリと頭を下げる。

 

「ど、どうも初めまして。山本といいます。よろしくお願いします」

「んー……この前のトマトソースのリゾット、おいしかった?」

「最高でしたけどちょっと食べすぎました」

「フレンチトーストは?」

「同じく最高です。改めてごちそうさまでした」

「はい、お粗末様。ね? マヤちゃんでしょ?」

「「ええーっ!?」」

「みなさん何をそんなに驚いてるんですか?」

 

 誘導尋問再び。前髪状態の私が飯能河原での昼ごはんメニューまで知る機会はなかった。あおいちゃんとひなたちゃんの反応からして、詰みだ。

 ポケットから取り出したゴムで前髪をくくる。ついでに腹もくくる。あおいちゃんズにくるりと向き直る。

 

「山本マヤだよ。改めてよろしく」

 

 

 

---

 

 

 

 なぜあんなことを?

 

 別人扱いにムシャクシャしてやった。反省はしていない。

 

 教えてくれてもよかったのでは?

 

 一番おいしいタイミングでバラそうと思っていた。やりたいこともあった。

 

 やりたいこととは。

 

 双子のトリック。登山スタイルと前髪スタイルの私を双子ってことにして、完全犯罪してみたかった。

 

「相変わらず微妙にズレてるのよね、マヤちゃん」

 

 夕食のお昼ご飯を食べながら、かえでさんは呆れ声でそう言った。

 一時間ほど前のこと。望まない形でのネタばらしをした後、時間も押していたので飯盒炊さんによるカレー作りを始めた。かえでさんと私の女子力はちょっとアレなので、もっぱらご飯炊き担当。カレー本体はあおいちゃんとここなちゃんによる女子力組でおいしくできあがった。あれ、ひなたちゃんって何してたっけ。

 いざ食事が始まると、カレーがおいしかったり、サラダにかけるマヨの量が話題になったり、私の件についてはもうスルーされるものと思ったのだけど、やっぱり追及はされた。

 取調べ中の容疑者気分でみんなからの質問に答えていたら、急にかえでさんが言ったんだ。微妙にズレてると。

 

「どういうこと?」

「マヤさん、そのトリックは一人だと思ってた人が実は二人いるからできるんですよ? マヤさんの場合は逆です」

「……ところで、カレーおいしいね」

「ふふっ、そうですね」

 

 恥ずかしすぎる勘違いで顔が熱い。ここなちゃんの優しい微笑みも、かえでさんのニヤニヤ笑いも、あおいちゃんとひなたちゃんの驚いた顔も、みんな見てて辛い。穴があったら入りたい。

 

「でも山本さ……マヤちゃんにそんな一面があったなんて。なんで学校でキャラ変えてるの?」

「学校に行くと無意識にああなっちゃうの……」

「ていうかあおいは気づきなよ! 中学で三年いっしょだったんでしょ?」

「それはまあ……ごめん、マヤちゃん」

「まあまあ、別に誰が悪いって話でもないでしょ」

 

 かえでさんの言う通り、誰が悪いわけでもない――のかな? といっても私はノリで友達を騙していたわけで……いやでもテンションの違うだけの私が新しく友達になっただけだから……

 

 二重人格、ドッペルゲンガー、キャトルミューティレーション……

 

「わわっ、マヤちゃんの頭から煙が!」

「もう仕方ない子ね。お水飲む?」

 

 あかん、自分でややこしくしたのに状況がつかめなくなってきた。かえでさんから渡された水を飲んで知恵熱を鎮める。

 

「簡単に言えば、今日から改めてよろしくってこと。それでいいじゃない」

「なるほど! よろしくね、あおいちゃん、ひなたちゃん!」

「よろしくお願いします!」

「よ、よろしく」

「こちらこそ! さすがかえでさん、扱いが手慣れてますね!」

 

 何はともあれ、みんなが笑顔。改めてよろしくしたし、なんといってもカレーがおいしい。かえでさんの言う通り、悪いことは何もない。

 夕暮れ時に始まった楽しい夕食会が終わったのは、日が沈んですっかり暗くなってからだった。

 

 

 

---

 

 

 

 楽しい嬉しいといっても、人生楽あれば苦あり。辛い瞬間は唐突にやってくるものだ。

 そのことを実感したのはみんなお風呂をいただいて、後はテントにこもって寝るだけというタイミングだった。

 そろって広いリビングでくつろいでいると、ふらっと現れたひなたちゃんのお父さんと目があう。

 

「ああ、思い出した! マヤちゃんか!」

「へ?」

 

 なんだか久しい誰かを思い出したような口ぶりだ。私の方は覚えがない。

 

「大学時代は君のお父さんにお世話になった。僕も登山が好きでね。まだ小さいマヤちゃんを連れたあの人といっしょに山へ行ったこともある。ああ、やっと思い出せた」

「へー! すっごい偶然だね!」

 

 あおいちゃんをはじめ、みんなが目を丸くして私に注目した。私もびっくり。山に行くときは小さいときからちょんまげスタイルだから、前髪状態だと気づかなかったんだろう。

 私の方は覚えてないけど、ここは大人になって――

 

「そのせつはおせわになりました」

「ははっ、無理しなくていいよ。まだ小さかったからね、覚えてないのは当然さ」

 

 逆に気を遣われた。これが大人か。

 

「懐かしいな。卒業してからはお互い忙しくて、少しずつ疎遠になってしまったんだ。どうだい、あの人――お父さんは元気かい?」

「……はい、まあ、けっこう元気でやってると思います」

 

 私は空気を読むのが苦手だ。

 学校での私はもちろん、登山スタイルの私でも何気ない言葉一つで場の空気を死なせることがある。大きなコンプレックスの一つだったけれど、高校生になってからは少しずつ良くなってきたと思う。

 その成果がここに実った。もう陽の者を名乗っていいのではなかろうか。

 

「それは良かった。お父さんによろしくと伝えておいてくれ」

「はい、きっと」

「じゃ、おやすみ」

 

 おやすみなさーい、とみんなで返事するとあおいちゃんのお父さんは二階へ姿を消した。

 

「マヤさん、大丈夫ですか……?」

「え、何が?」

「……っ」

 

 ここなちゃん、頼むから今優しくしないで。辛そうな顔をしないで。何のために空気を読んだんだか、何のために楽しい空気を守ったんだかわからなくなっちゃう。

 

「ちょっとトイレ行ってくるね」

 

 ひなたちゃんちの家は広く、トイレまでの道筋も長い。フラフラと何度もつまずきそうになりながら、一人になれる空間にたどり着いた。

 ひなたちゃんのお父さんは私のお父さんと仲が良かったらしい。そんな相手に嘘をついた罪悪感と、目を背けてきた現実がいっぺんに押し寄せてきた。うーん、空気を読むのってしんどいことなんだなぁ。日頃からこんな苦労をしてる陽キャが魅力的なのも納得だ。鍛えられた心が外面に出てるんだろう。

 とはいえ、陰の者たる私でもさっきの嘘は悪くないと分かる。

 まさか正直に、

 

「お父さんは事故でぽっくり逝きました。お母さんは蒸発しました」

 

 なんて言えるわけもない。間違いなくお通夜みたいな雰囲気になる。

 ……。

 考えていたら落ち着いた。

 早く戻らないと事情を知っているここなちゃんに心配をかけてしまう。呼吸ヨシ、目元ヨシ、メンタルヨシ。人生山あり谷あり、でもこのくらいのショックは山でも谷でもない。辛い現実があるなら目を背ければいいだけさ。現実逃避は得意なんだ。

 一度深呼吸して、扉を開ける。

 

「マヤさん」

「……」

 

 そのとたん、全身が柔らかい感触に包まれた。甘いシャンプーの香り。ここなちゃんに抱きつかれている。

 

「大丈夫、みんな気づいてません。だから――無理しなくていいんです」

 

 何一つ思い通りにいかない。要領が悪くてうまくことを運べない。目を背けたくなる現実はそこら中に転がっていて、私はしょっちゅう目をそらす。

 けれど私には登山がある。陽キャ願望もある。友達だっている。私のために声を震わせて、必死でハグしてくれる子がいる。

 だから思えるんだ。

 

 もう少し頑張ってみようって。

 

 

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