山の頂にあるものは   作:息抜き用ID

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第6話

 校舎裏は学校公認の無法地帯だ。

 ヤンキーが気に入らない生徒を連れ込んで根性焼きしたり、カツアゲしたり、仲良しになりすぎた教師と生徒が禁断の愛的なものを楽しんだり。例を挙げればきりがないけど、とにかく公にはできない後ろ暗い何かをするために設けられた治外法権エリアとして機能している。私のような小心者は近づいたことさえない。

 

「ひええ……命だけは勘弁してください」

「なんで!?」

 

 そんな暗黒無法地帯たる校舎裏で、私は介錯されかかっていた。

 結構仲良くなれたと思っていたのに、まさかひなたちゃんに殺されることになろうとは。命乞いしても「なんで(生かしておく必要があるだろうか、いやない)」と容赦がない。

 どうしてこんなことになったのか。

 校舎裏に連れ込まれるまでのいきさつが、走馬灯のごとく回想される――。

 

 

 

---

 

 

 

 ことの始まりは十数分前、午後の授業を終えて帰り支度をしているころだった。

 いつものようにひなたちゃんと私があおいちゃんの席に集まると、「あ、そうだ」と出し抜けにあおいちゃん。

 

「マヤちゃん、今度行く山のことひなたに聞いた?」

「山。ううん、聞いてない。どこいくの?」

「それがね、場所は内緒ってひなたが」

「へー」

 

 ひなたちゃんの方を見ると、ややバツが悪そうに苦笑いしている。

 

「ごめん、マヤとは今日直接口裏を――じゃなくて、知らせようと思ってたんだけどさ。いつでも言えるって思って後回しにしちゃった」

 

 そういえば昨日ひなたちゃんの家に集まって何か話し合いがあったらしい。私はバイトがあったから不参加だけど、この件の話し合いをしていたのかも。ハブられたんじゃなくてよかった。

 

「もう、ひなたはがさつなんだから。忘れないうちにここで言っちゃえば?」

「おっと、私の口を割ろうったってそうは行かないよ。マヤには後で教えるね」

「は、はい」

 

 後でと言われても気になる。高尾山用の装備で出向いたら北岳に着きました、なんてことは避けたい。うーむ、登山経験の浅いあおいちゃんでも登れて、楽しめる山と言えば――

 

「それにしてもあおい、今日はなんか機嫌いいね。どしたの?」

「えっ!? そ、そんなことないよ」

 

 考えていると、あおいちゃんがチラチラ私の方を見てきた。たしかにいつもより声が弾んでいて嬉しそうな印象。

 実は私も嬉しかったりする。今まであおいちゃんと登山の話をするには、学校の外か使い捨てフリーメールを使うしかなかった。こうして学校でおおっぴらに同じ趣味の話ができるのはうれしい。

 あおいちゃんも同じ気持ちだったらもっとうれしいな、なんて。

 

「……」

「……」

「むー、何二人でいい雰囲気になってんのよ!?」

 

 ひなたちゃんが怒り出した。いけない、こうしてすぐに調子に乗っちゃうのが私の悪いところだ。気を取り直して私は「北岳!」と声をあげる。

 

「マヤちゃん?」

「し、知ってる山の名前言えば、当たるかなって」

「ふふん、山ってすっごくたくさんあるんだよ。あてずっぽうじゃ分かんないよ」

 

 そりゃそうだ。飯能からアクセスしやすい範囲だけでも山は無数にあるし、そのうち私の知っているのはほんの一握り。当たったらひなたちゃんの思惑が台無しだから当たらなくていいけど、言うだけなら損はない。気分はお祭りのくじ引き屋台。

 

「毛無山」

「ぶぶーっ」

「御正体山」

「ちがいまーす」

「三つとう――」

「ああーっ!」

 

 くわっと目を見開いたひなたちゃん、私の腕をつかむ。ついでに私は口も塞がれて声も出ない。

 

「マヤに大事な用があるの忘れてた! ごめんあおい、先帰ってて!」

「ええ!? ちょっ、ひなた!?」

「ほんっとごめん! また明日ー!」

 

 こうして私は校舎裏に連行され、その道中で悟った。

 次に登る山、当てちゃった。

 

 

 

---

 

 

 

 さて校舎裏という世紀末エリアにおいて、ヤンキーでもスケバンでもないひなたちゃんが私にすることは何か?

 この問いの答えが「暗殺」ないし「介錯」であることは自明。

 だから私は命乞いします。

 

「命だけは勘弁してつかあさい……」

「だからなんで!?」

 

 なんで生かしておく必要があろうか、とひなたちゃんの考えは変わらないようだ。お父さん、私もすぐにそっちへ――あれ?

 

「マヤはたまにトンチンカンなこと言うよね」

 

 うつむけていた顔を覗き込まれる。ひなたちゃんは呆れ顔だった。無慈悲な処刑者の顔じゃない。

 

「あ、あおいちゃんと仲良くしすぎた容疑と山を言い当てた容疑で死刑、かと」

「へー、私がそんなに残酷なやつに見えるんだ。――ほんとに処しちゃおっかなぁ」

「ひえっ」

「ぷっ、あはは、冗談だって!」

 

 心臓に悪い冗談だなあ!

 

「あおいって人と話すの苦手だからさ。中学でも仲良い子がいたのはむしろうれしいよ」

「はあ」

「それと三つ峠山のことはまあ……たぶんまだバレてないと思う」

「うん……なんでいちいち内緒にしてるの?」

 

 気になっていたことを尋ねてみると、どうやらあおいちゃんにサプライズを仕掛けるつもりらしい。この前のテント泊であおいちゃんが富士山に興味を示したから、「一見何の変哲もない山を登ると見せかけて、どどーんと頂上から富士山を見せてあげる!」というサプライズ登山をしたい、と。

 相変わらずあおいちゃんのこと大好きだな、ひなたちゃん。

 

「と、いうわけ。どうかな?」

「……キツそう」

 

 どう、と聞かれれば普通にキツそうだ。

 なにしろ富士山は大きい。場所によっては飯能からでも見えるし、乗り換えが多くて路線は忘れたけど、三つ峠山に向かう電車の中からでも、駅から登山口までの道中からでも見えたはず。山頂まで富士山を見せないのは難しい。

 

「そっかー。でもそれだけ知ってるマヤがいっしょなら心強いね! 三つ峠登ったことあるの?」

「へ? あ、あるけど、その」

「じゃあ富士山が見えそうなとこ教えてよ! ごまかし方考えとくから」

「教えるけど、だからね」

「もー何よさっきから!」

 

 くっ、陽キャ特有の圧力で言い出しにくい。でもこれだけは言っておかないと。

 

「私、今回不参加」

「……!?」

 

 当然のように頭数に入れられてるようだったけど、三つ峠には行けない。

 というのもお金がないんだ。あおいちゃんたちと遊びに行ったり一人で低山に登っておやつを食べたりしているうちに貯金が尽きた。いいかげんバイトをがんばらなきゃ冗談抜きに飢えちゃう。

 そこまでお金を使い込む私が悪いわけじゃない。友達と遊ぶのが楽しすぎるのが悪いんだ。私は悪くない。

 ということをオブラートに包んで伝えると、ひなたちゃんは「そっかー」とがっくり肩を落とした。

 

「分かったよ。バイトがんばってね」

「うん、ありがと」

「そうそう、それと」

 

 何かを思い出したようにひなたちゃん、私の目をじっと見つめる。私の方からは前髪フィルターでぼんやりとしか見えない――ああ、これは目じゃなくて前髪を見られてるな。いかにも前髪をめくりたそうに手をウズウズさせている。

 前髪は心のバリア、陰キャの私が学校で前髪をめくられると路上のミミズみたいに干からびてしまう。

 でも焦る必要はない。ひなたちゃんは距離感を弁えた子だ。いたずら心で私の嫌なことをする悪い子じゃない――

 

「えいっ」

「!?!?」

 

 視界が開けた。ひなたちゃんの顔がクリアに見える。

 前髪がめくられたと気づくのに遅れて気づくと、声にならない悲鳴が喉からもれる。

 反射的にバックステップするけど、すぐ後ろが壁だった。ひなたとの距離は変わらない。

 

「ちょ、おま、ひなた貴様! 自重しろ莫迦! 前髪だぞ!」

「うんうん、やっぱマヤはそっちの方がいいね」

 

 したり顔でうなずくひなた。少しは悪びれろよこの女。

 

「前髪下ろしてると声がボソボソしてるし卑屈だし、話しにくいんだもん。そっちのキャラのほうがかわいいよ!」

「かわっ……!? やかましい! これがどれだけ恥ずかしいか分かる!? 人前でパンツ丸出しにするくらい恥ずかしいんだよ!」

「へー。じゃ私のスカートめくっておあいこにする?」

「是非とも!」

「マジで!?」

 

 どうして学校で登山スタイルの私になるのが恥ずかしいのか、理屈じゃ分からない。でもひなたに受けた辱めと恨みだけははっきりしている。じゃあお言葉に甘えて報復するしかない。

 ひなたに飛びかかると両手を四つに組み合い、お互いぐぬぬと力比べに。体格差のせいか私は徐々に押しやられ、壁に両手を押さえつけられた。

 ひなたの顔が近い。さらさらの髪の毛、長いまつげ、もちっとした白肌に健康的な唇がよく見える。陽キャな上に美少女とかずるくないだろうか。

 気恥ずかしさと悔しさで目を背けようとしたそのとき、ひなたが困ったように笑う。

 

「私はこっちのマヤの方がいいと思う。でもほんとに嫌だったなら謝るよ。ごめんね」

「べっ、別に……嫌じゃ……」

 

 あれ?

 確かに前髪をめくられたのはすごく恥ずかしかった。なのになぜか嫌な気持ちはしない。むしろ楽しいとさえ思う。

 前までの私なら、「陽キャにコンプレックスをいじられたアアアアァァア!」と(心の中で)絶叫して逃げ出し、ふて寝するくらいはしたはず。実際中学のときはそうなった。

 そんなことをする気さえ起きないということは――分かった。

 たぶんこれが友達とのじゃれ合いなんだろう。

 

「嫌じゃない。ひなたなら、いいよ……」

「そう? よかった!」

 

 ひなたマイフレンド。

 第一印象は我が同胞たるあおいちゃんを奪う忌々しい陽キャだった。そんな彼女を友達と思える日が来るなんて思いもしなかった。今日はいい日だ。

 

「ひ、ひなた、マヤちゃん……!?」

 

 いい日だ。

 たとえ校舎の角から顔真っ赤のあおいちゃんがこちらを覗いていても。ひなたが私を壁に抑えつけて正面から見つめ合っている状況が、どんな風に見えるとしても。

 

「あおい!? あ、えっと、これはそういうのじゃなくて」

「だ、だだ大丈夫! 私は何も見てない、見てないからぁー!」

「待って、あおいー!」

 

 すごくややこしい誤解をしたあおいちゃんを、ひなたが追いかけていったとしても、今日がいい日なことは変わらない。

 

 バイト、頑張ろ。

 

 

 

---

 

 

 

 バイトつまんない。働きたくない。

 どれだけつまらないかというと、もし私の一人称で進む小説があれば、全編カット間違いなしなくらいつまらなかった。

 

「将来の夢はニートです……」

 

 日曜の夜七時、六畳の畳みの上に倒れ込みつつ夢を語る。誰か私を養ってほしい。親いないし、親権持ってる親戚の援助も二十歳でなくなるから働くしかないんだけども。

 働きたくないなあ。コミュニケーションが苦手で要領が悪い私には、単純労働くらいしかできることがない。でもそういう仕事って給料が低くてつまらないことが多い。辛い。

 でもいいことが一つだけあった。

 職場を仕切ってる社員さんの一人がすごくいい人だったんだ。

 名前は青羽さん。私が何かやらかしてもすぐにフォローしてくれて、怒鳴らずに分かりやすく諭してくれる。話すのが苦手な私によく話しかけてくれたおかげで、他の人とも話す機会ができた。

 あんまり優しいから不思議に思っていると、「マヤちゃんと同じくらいの娘がいてね。なんかほっとけないの」とのこと。こんなにいいお母さんの娘さんなんて、きっと天使みたいにいい子なんだろう。夜遅くまで娘さんのために残業するその姿は母親の鑑。世のダメ母は見習ってほしい。

 おい聞いてるか母上。お父さんの通夜当日に口座のお金まるっと引き出してドロンした我が母上。青羽さんを見習ってくれ本当に。

 ……いや、無茶な話か。こんなに暗くてめんどさくい子を女手一人でわざわざ育てようなんて、やりたくないのがきっと普通。お母さんは普通の人だったってことだ。

 

「……むむ」

 

 いろいろと疲れて動く気もせず、畳の上をゴロゴロしていると、スマホの通知が鳴る。

 あおいちゃんから写真が二枚送られて来ていた。

 タイトルは『登頂!』。三つ峠山から望むきれいな富士山と、富士山をバックにあおいちゃん、ひなた、ここなちゃん、かえでさんが笑顔を見せる集合写真の二枚。無事に登れたみたいでよかったよかった。

 写真の後にはメッセージが添えられていた。

 

『今度はいっしょに登ろうね!』

「……生きよう!」

 

 平日の新聞配達と土日のフルタイムでお金は貯まった。この予算があればいくらでも遊べる、なんなら富士山だって登れちゃう。

 全力で遊び、生きる!

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