山の頂にあるものは 作:息抜き用ID
『雪村さん、マイ同胞』
『ちょっと何言ってるか分かんないかな……』
私、雪村あおいと山本マヤちゃんの出会いは、そんなやり取りから始まった。
小さい頃は山に憧れを抱いていた私だけど、調子に乗ってジャングルジムから落ちて骨折。それ以来一人でできるインドア趣味にはまって、人付き合いが苦手になっちゃった。
だから中学一年のとき、体育の授業で「二人一組」って指示されたのには血の気が引いた。同じくらい顔を青くしてるマヤちゃんを見つけたときは安心したなぁ。でも急に「同胞」なんて言われても反応に困るよ。
お互い友達が少なかったから、ペアワークや班活動だといつもいっしょになった。
『へー、雪村さん器用だねー』
『本に書いてあるとおりにやれば誰でもできるよ。山本さんもやらない?』
『て、手が針山になるからやめとく』
『ふふ、何それ』
趣味の手芸に誘って断られたときは少しショックだった。けれど、家庭科の授業で本当に何度も手を針で傷つけているのを見ると、むしろよく断ってくれたと安心した。家庭科だと私が介護役みたいなポジションになってた。
マヤちゃんは手先が不器用なだけじゃなくて、お弁当忘れとか何もないところで転ぶとか、いろんなことで失敗してた。その世話を焼くのが楽しくて、お姉ちゃん気分になったこともある。
もちろん私はお姉ちゃんにはなれない。そのことを思い知らされたのは三年生になったころだった。
『山本さーん、ちょっといい?』
『へ?』
クラスの明るい子が急にマヤちゃんの前髪をめくりあげた。長い目隠しみたいな髪がかきあげられてあらわになった目元は、ぱっちりしててとてもかわいかった。
私が状況をつかめないでいると、マヤちゃんは見る間に顔を赤くしてすごいスピードで教室を出ていき、そのまま早退しちゃった。
明るい子はなにかの罰ゲームでちょっかいを出しに来たらしくて、不満げな顔でその子のグループに戻っていった。謝りもしなかったことに私は文句も言えなかった。友達が嫌なことをされたのに。私は悔しくて、申し訳なかった。
その気持ちを引きずったまま修学旅行に出発。マヤちゃんとは同じ班だったけどお互い口数は少ないままだった。
転機はお風呂の時間。誰かといっしょにお風呂に入りたくない私は、夜中にこっそり起き出して一人で宿泊先の露天風呂に向かった。
『何奴!?』
『ひゃあ!?』
浴場にいたのは変なテンションのマヤちゃんだった。腰が抜けるかと思った。
『ゆ、雪村さん……ふふ、やはり同胞。陽キャと風呂に入るなんてできないよね』
『や、そういうわけじゃないけど』
『じゃあ裸見られるのが恥ずかしいとか? どこに出しても恥ずかしくない、いい体してますぜ』
『どこから目線よ! もう、山本さんは』
旅行先ではしゃいでるらしいマヤちゃんの体には、無数の擦り傷や切り傷があった。あのときは何の傷か分からなかったけど、今なら分かる。山でこけたり転んだりしてこさえた傷だったんだ。
そうしていっしょにお風呂に入って以来、たまにテンションがおかしくなったりドジなところがあったり、いつもと変わらない調子のマヤちゃんと接していると気が楽になってきた。
高校がいっしょなら、もっと仲良くなれたらいい。実際に高校もクラスも同じだったときは嬉しかったし、実は登山が趣味だったことを知ったときはもっと嬉しかった。登山のことでたくさんお話しできるから。
そんなマヤちゃんが今――
「し、死んでる……」
プールの水面をぷかぷかと漂っていました。そう、まるで死んでいるかのように――ってちょっと。
「こらひなた! 勝手にマヤちゃん殺さないでよ!」
「冗談だって! ほらマヤ、いつまで凹んでんの」
「ぶくぶく」
まったくひなたは縁起でもない。
スクール水着姿のひなたが漂流するマヤちゃんを立たせようとするけど、マヤちゃんは空気を吐いて水没しちゃった。
水泳の授業の貴重な自由時間。水遊びを楽しんでるクラスのみんなとは裏腹に、マヤちゃんはやっぱり沈んだ様子だった。プールだけじゃなくて、教室でも机に突っ伏してたぬき寝入りしてばっかり。
こうなったきっかけは数日前、私とひなたがケンカしたことだった。マヤちゃんは私たちを仲直りさせるために頑張ってくれたんだけど、その拍子に前髪をあげた登山スタイルをクラスのみんなに見せちゃったんだ。
それだけでも早退するくらい恥ずかしい思いをしたのに、結果的には必要なかったことが分かってマヤちゃんはすっかり拗ねた。
一生懸命なのに空回りが多いのよね。けど、たとえ空回りでも私とひなたのために頑張ってくれたのはすっごく嬉しかったな。
不意に、ひなたがマヤちゃんを引っ張り上げる。
「マヤ号サルベージ完了!」
「ほっといて……私には水底が似合いだよ……」
「何言ってんのよ、生粋の山ガールの癖して! ねっ、あおい!」
「う、うん」
マヤちゃんは前髪を水泳キャップの中に入れている。学校の外で見る登山スタイルのマヤちゃんだ。
そう、マヤちゃんを水没させた決定打は水泳の授業。長い髪はキャップにしまいなさいと普通に注意されて、ただでさえメンタルが弱ってたマヤちゃんは轟沈しちゃった。
そういえば中学のころの水泳はずっと見学して補習だけ受けてたっけ。きっと今回は拗ねるのに忙しくてサボる口実が思いつかなかったんだろうなぁ。
「髪型のことはもういいじゃん! ちょっと遅い高校デビューだよ!」
「そうそう。クラスのみんなの受けもよかったし、ね?」
「……ほんと?」
ほんとほんと、とひなたと口をそろえる。受けが良かったのはほんとだ。
水着に着替えてプールに入ったら私とひなた以外の全員から「誰!?」とツッコまれて、点呼のとき先生にまで「誰この子!?」と二度見されてた。……少なくとも悪くはないんじゃないかな。
と言っても、自分の違う一面を見せるのって恥ずかしいよね。私なら、お母さんに甘えるときの自分を見られる感じ? うん、恥ずかしいわね。
「マヤはもっと自信持ちなよ。私は今のマヤが好きだよ」
「ひなたぁ……ミートゥー、心の友よ」
「ジャイアンかっ! あはは」
ちよっとずつ調子を取り戻してひなたに縋りつくマヤちゃん。なんだか面白くない。私とはもう三年の付き合いなのに、なんでひなたにばっかり。この二人普段から距離近いし。
「ひ、ひなた? あおいちゃんが昼ドラの犯人みたいな目つきになってるけど……」
「どんな例えよ! あおい、どしたの? お腹壊した?」
「ふんっ、何でもない」
「「?」」
何よ、二人して仲良く首傾げて。
確かにマヤちゃんと仲良くなったのは最近のことだし、登山趣味のことも知らなかったし、下の名前も忘れかけてたけど私の方が――あれ?
もしかして私たち、そんなに仲良くない?
『あれー? 三年もいっしょだったのに何にも知らないんだ。やーい友だちゼロ人、ひゃっひゃっひゃ』
「ぐぬぬ……」
幻影ひなたの煽りがうるさい。
いいもん、知らないなら今から知っていけばいいんだから。
改めて決意していると、おもむろにひなたがマヤちゃんの脇の下に手を入れた。
「ひゃっ!?」
「さっき引っ張ったとき思ったけどさ、マヤって軽いよね。ちゃんと食べなきゃダメだよ」
「……に、肉がつきにくいタイプだから」
「何だとー? 乙女の敵みたいな体ですなー」
「ちょ、あはは、やめ、やめい!」
ひなたはマヤちゃんの後ろに回って脇をくすぐりはじめる。体が小さいマヤちゃんは抜け出せない。
助けを求めるようにこっちを見てきたけど、知らない。
「血迷うたか我が同胞!?」
「つーん」
「ほらほらー!」
「やめっ、やめてー!?」
じゃれあう二人をクラスのみんなが遠巻きに見ている。こうやってふざけてるところを見せつければ、マヤちゃんも馴染みやすいだろう。
イチャイチャしてるのに腹が立って見捨てたわけじゃない。けっして。