山の頂にあるものは   作:息抜き用ID

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第9話

 女の子はマウントをとるのが好きだ。

 

 馬乗りになってボコボコにする方のマウントじゃなくて、比喩的な意味でのマウント。自分にはあるけど相手にはない長所をアピールして優越感に浸ることを指す。

 

 たとえば貧乳に悩む子に対し「最近ブラのサイズがまたきつくなってさ」などと話をふったり、容姿に自信のない子に「こないだ駅前でスカウトされた」などと言ったり。

 

 マウントされた子は額に青筋を浮かべつつ反論を呑み込んでお世辞を言うのが、女の子のたしなみだ。

 

 もちろん私も女の子なのでマウントをとりたい。中学のころとは違って話し相手はいるし。たぬき寝入りしながらクラスメイトたちのマウントの取り合いを盗み聞きしてたあのころとは違う。

 

 じゃあ私が誰かに対してマウントをとれる長所とは何か。登山? ありえない。山小屋で登山するために生まれてきたような超人おじさんと何人も遭遇した。あの人たちと比べれば私なんてまだまだ初心者だ。

 

 容姿、性格? どっちも完成された美少女を四人は知ってる。みんなに比べたら私なんて、いっぺん生まれ変われ。

 ……軽く鬱になりそう。

 

 手っ取り早く結論を言うと、

 

「どやぁ。学年一位様を崇めよ」

「がんばったね、えらいえらい」

「嘘ぉ!?」

 

 勉強だ。

 

 期末テストを終えた次の週の昼休み。

 

 午前の授業で返ってきた満点の答案用紙を見せつけながら、胸を張る。あおいちゃんの頭ナデナデが気持ちいい。

 

 で、目を見開いて口をパクパクさせているひなたはどういう了見か。

 

「分かった! 違う子の答案用紙でしょ!」

「ほう、よくぞ見破った……って違わい! 名前書いてるでしょーが!」

「……マヤ、ついにやったんだね。いっしょに謝りに行こう?」

「カンニング違う! いい加減怒るよ!?」

 

 ひなたのやつ、マウントとられてるのにボケ倒してくれちゃって。

 

 ごめんごめん、とひなたは悪びれた様子もない。

 

「赤点ギリギリのマヤをからかってやろうと思ったんだけどなー」

「ふふーん、こう見えてマヤちゃんはすごいのよ。中一のときからずっと一位か二位なんだから」

「瓢箪から駒だね!」

「……泣きそう」

 

 褒めてるのか貶してるのか分からない評価に泣きそうだ。そうかそうか、つまり二人は私をアホの子だと思ってたわけだな。

 

 むすっとしてたらあおいちゃんが「えらいえらい」ともう一度なでてくれた。ひなたは「よーしよしよしよし」と首元を。くすぐったい、手を払った。マウントをとってるはずなのに優越感があまりない。

 

 満点といっても惰性だ。友達のいない陰キャの中学時代、私がマウントをとれるのは勉強くらいしかなかった。教科書さえ暗記すればどんな問題も「簡単すぎてあくびが出るぜFooo!」と無双できるから、なんとなくいい点をとる癖がついたんだ。

 

 中学じゃあおいちゃんが一言「すごいね」と言ってくれるだけだったけど、今はひなたもいるし、あおいちゃんともずっと仲良くなれた。ドヤ顔するには絶好のチャンス。

 

「どっやァ……」

「「……えい」」

「ふぇっ! なへに!?」

 

 ほっぺたをつねられた。息のあった同時攻撃だ。

 

 どうやらネタを引っ張りすぎたようなので、すごすごとテスト用紙を片付ける。

 

「でもよかったー! 補習もないし、これで安心して富士山行けるね!」

「ん、あー……」

「どう、マヤちゃん? 考えてくれた?」

 

 地味に私が補習を受ける前提で考えていたらしいひなたは置いといて、富士登山の件だ。

 時期は期末テスト終了後、夏休み前。富士山の頂で朝日を見る御来光登山が計画されてて、私も誘われた。

 ぶっちゃけ自分でも忘れかけてたけど私は登山を辞めると決意した身だ。テスト前だったこともあって答えは保留してた。

 

 でも――

 

「うう……」

 

 じーっと期待に満ちた目で二人に見つめられると、断れない。

 

「分かった。私も行く!」

「ほんと!?」

「よーしよく言った! これでいつものメンバー全員参加だね!」

 

 我ながら意志の弱い。

 でもインドア趣味だったあおいちゃんがたった数ヶ月で日本の最高峰に登りたくなったことは、登山好きとしてうれしい。その変化を間近で見られるのは素敵だと思う。

 

 それに――

 

「山小屋の予約とか、日程調整とかは私に任せて! 言い出しっぺだもん!」

「ほんとに大丈夫ー? 山小屋の予約は電話だよ? 知らない人と話せるの?」

「でっ、できるわよそのくらい! 私だって少しは成長してるんだから! ねっ、マヤちゃん! ……マヤちゃん?」

 

 みんなといっしょなら、取り戻せるかもしれない。

 

 私があの日失くしたもの。失くしたことに気づかなかったもの。

 

 山の頂にあるものを。

 

「おーい、マヤちゃん?」

「返事しないと次の水泳で酷いよ?」

「はい! 何でしょう!」

 

 しんみりしてる暇もない。

 

 水泳の時間は前髪バリアが使えないため、私は基本死にかけのクラゲみたいになっている。それに乗じてひなたは私をくすぐったり知らない陽キャグループの中に連れ込んだりしてからかってくるんだ。

 

 まあひなたになら何されても許せるけど、酷いって何する気よ。ぼんやりしすぎてて怖い。

 

「あおいが成長したって話、聞いてた?」

「聞いてた聞いてた。あおいちゃんがそこまで登山好きになるのは意外。カバが泳げないくらい意外」

「マヤちゃんっていつも例えが独特よね……」

「意外なのはマヤだってそうじゃん!」

 

 中学時代、やることがなくて恐ろしく長く感じた昼休みの時間は、物足りないほど短く、速く過ぎ去っていった。

 

 

 

---

 

 

 

 あおいちゃんはかわいい。

 ぱっちりした目にさらさらの髪、耳に心地良いキュートボイス。気弱な性格だけど少し意地っ張りなところもあって、むきになったときのむっとした表情がこれまたかわいい。

 

 そんな美少女に「水着選びに付き合って!」と言われたら二つ返事でおーけーするしかない。

 

「任せてあおいちゃん! 今日は最高のセクシー水着を選んだげる!」

「な、なんか不安になってきた……お手柔らかにね?」

 

 場所は駅前のショッピングモールの一角、目的はセクシー水着の入手。相談されたからには最強に性的な水着を選んじゃおう。

 

 事の発端は先日のこと、あおいちゃんとひなたプラス私の三人は、学校の帰りに入間川を上り、吾妻峡という川遊びスポットに立ち寄った。すると仲の良いメンバーを誘って川遊びをすることになったんだけど、なぜかセクシー水着を持って集合とひなたが言い出す。

 

 私はあおいちゃんに「セクシーって何!?」と聞かれ、「任せて!」と返したわけだ。

 

 陰キャぼっちの私に水着なんてリア充道具の知識はないけど、あおいちゃんと二人きりのお出かけだ。テンションがあがる。調子にも乗る。

 

 手始めに露出の多そうな水着を一つ手に取る。これ知ってる、マイクロビキニだ。

 

「まずはこれ行ってみよう!」

「これでどこ隠すの!?」

「おっぱ」

「言わんでいい!」

 

 真っ赤になったあおいちゃんに口をふさがれた。そのままそそくさと水着をハンガーに戻そうとするあおいちゃんを慌てて止める。

 

「あおいちゃん、まずは試着!」

「試着ぅ!? できるわけないでしょこんなの!」

「決めつけるのはよくない。無理だと思ってたこともやってみれば意外とできることがある」

「それは、そうだけど……」

「この水着だって着てみれば似合うかも!」

「そ、そうかな?」

 

 もうひと押し!

 

「ひなただってびっくりする、たぶん!」

「ひなた……」

 

 あ、ほんとにいけた。

 

 あおいちゃんは澄んだ目つきでマイクロビキニを手に取り、試着室へ。その背中は戦場に向かう兵士のように勇ましい。

 

「マヤちゃん、ありがとう。私、一足先に大人になってくるよ」

「うん。大人になってもあおいちゃんとは友達だから……!」

 

 そうしてあおいちゃんが試着室にこもり、数分後。

 

 羞恥心がそのまま声に出てきたような、小さな悲鳴が聞こえた。

 

 ほどなく出てきたあおいちゃんは耳まで真っ赤になってて、無言で水着をハンガーに戻す。

 

 続けて手に取ったのは、大事なところに引っ掛けるヒモみたいな水着。ああ、次はそれ着るの。チャレンジャーだなあ――

 

「さ、これ行ってみようか、マヤちゃん」

「えっ」

「まさか私にだけ恥ずかしい思いさせようなんて、考えてないわよね?」

「めめめ滅相もない」

「じゃあ次はマヤちゃんの番。きっとこれが似合うと思うの。着て。それで見せて」

 

 つべこべ言わず、着ろ。

 

 あおいちゃんの目はそう語っていた。逆らえば殺られる。

 

 結局私はヒモみたいな布を着せられた挙げ句、その姿をあおいちゃんにバッチリ見られた。

 

 因果応報。

 

 一時の衝動に身を任せてはいけない。

 

 

 

---

 

 

 

 入間川上流の吾妻峡は、木立の間に清らかな水が流れる静かな名所だ。木漏れ日のきらめきと、葉のさざめきに清流の澄んだ音が心地良い。ややアクセスが悪いけど、飯能河原に勝るとも劣らない水遊びスポットだと思う。

 

 そう思ってたんだけど――

 

「晴れたねー! 台風一過!」

「でも川の水が……」

 

 吾妻峡の河原にあおいちゃん、ひなた、かえでさんとここなちゃん、私の五人が並ぶ。

 

 目前には激しい濁流。昨日の台風で増水したみたい。一歩でも足を踏み入れれば水難事故は必至だ。

 

 まさか約束の前日に台風が直撃するなんて、

 

「運が悪かったわねー」

「……かえでさん、何でこっち見るんですか」

「別に?」

 

 目をそらしてもニヤニヤ笑いは隠せてないです。いや、さては隠す気ないな。

 

 確かに私は普通の人よりちょっと運が悪いこともない。練りに練った登山計画が急な大雨や事故で中止になったことは数え切れない。

 

 でも今回の台風は無実だ。一回だけなら偶然だ。

 

「これじゃ泳げないし、今回は撤収ね」

「そうですね、へくしゅっ!」

 

 というわけで、撤収。

 

 

 

---

 

 

 

 後日、再び吾妻峡。

 ひなたが風邪をひいたので、集まったのはおよそ一週間ぶりだ。

 

 曇ってるけど気温は高く、水遊びにはちょうどいい。そう言って病み上がりのひなたが一番に水に足を入れ、

 

「つ、冷たい、超冷たい!」

 

 と飛び上がった。

 

 あ、そっか。曇ってるし、流れがあるし、上流だから冷たい湧き水もある。そりゃ冷たいよね。

 

「マヤちゃん……」

「なんですかその目は!? こればっかりは私の不運関係ないでしょ!」

「あはは、冗談よ。それで、この後どうする? プールでも行く?」

「そうですね、今日を逃すと夏休みまでみんな集まれないし」

「ええ!?」

「それはちょっと……」

「ヤダ」

 

 あおいちゃん、ここなちゃん、私の順で反対する。公共の場でセクシー(当社比)水着なんて着られるか。

 

 

 

---

 

 

 

 その後私たちはひなたの家に移動し、めっちゃ大きなビニールプールで水遊びを楽しんだ。

 

 あおいちゃんと私は店員さんおすすめの無難なセクシー水着、かえでさんはオレンジ基調のワンピース、ここなちゃんはフリルマシマシのセパレート。かわいい。

 

 ひなたはスクール水着だった。おい言い出しっぺ。「私が着ればなんでもセクシー」だと? ああそうですね美少女め。

 

 みんなといっしょに遊ぶのは楽しかったし、いかにもリア充っぽいイベントで満足、だったんだけど。

 

 ひなたのお父さんに嘘ついてることを思い出して、楽しいより申し訳ない気持ちの方が大きかった。いつかひなたのお父さんには謝らなきゃ。

 

 何はともあれ、次は富士登山だ。

 

 軽々と登頂してみんなに「すごーい!」と言わせてやるぜ。脱ポンコツ!

 

 

 

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