前作「平凡な男が復讐する話」
の少女目線となっております。
前作・前々作を読まれなくても問題ない出来だと思いますが繋げた場面もあるのでそちらも読んでくださると嬉しいです。
この作品はTwitterシェアワールド企画
「アトリビュート・スレイヴ」参加作品です。
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「アイシャ、いつものあれやってよ!」
「わかりました、ちゃんと見ててくださいね」
私は友達にそう告げて魔法の詠唱を開始します。
「我の言葉に従いその姿を表せ操糸」
その詠唱を唱え終わると指の先から糸が出てきます。私はその糸を持ち込んだ人形に繋げて立たせ、その後はまずお辞儀をさせてから踊らせます。
それを見た友達はきゃっきゃっと歓声をあげて楽しんでくれています。そんな反応をみると私も楽しいので、人形をより激しく踊らせます。5分ほど踊らせてもう一度最後にお辞儀をさせると、周囲から拍手が聞こえてきます。どうやら皆見ていたみたい。少し気恥ずかしいけど喜んでくれているのはとても嬉しいです。
ここは王都の西側に位置する国立魔法学園イレセント。12歳から入学できて、私はそこの三年生。
ほとんどは貴族や商家の出身で、私のような平民出身の者は珍しいのです。なんとか学費免除の試験を合格できたのは奇跡だと思います。けれど奇跡もそれまでで、私は学園側から自主退学を勧められています。
というのも、私には魔法の才能がまるっきりありませんでした。先程の糸の魔法も初歩の初歩も良いところで、それも私の属性【糸】の補正もあるのだと思います。
他の魔法はというと、火球の魔法一つもろくに使えないのです。それでも私は友達のたくさん居るこの場所で最後まで学びたいと思っています。
学園が終われば私の仕事の時間。友達に見せている人形操りを大通りで披露してお捻りをもらっています。
私の稼ぎは一日おおよそ50リビほど。三人家族が一日食事をするのに困らないくらいの金額。
娯楽が喧嘩か賭博、軽いお遊びくらいしかないこの世界では大道芸はいい見世物なのだと思います。本当にこの属性を持っていてよかったと思いますし、たくさんの人々に喜んでもらえるのは本当に嬉しいです。
そんな少しの幸福な日々を送っていた私に悲劇が舞い降ります。
いつものように大通りで人形操りを披露している私。しかし、突然なことに糸が指から消えて人形が倒れてしまいました。あまりにも唐突なことに思考が止まります。魔法を詠唱してみますが糸は出てきません。こんなことは今までありませんでした。私はパニックに陥ります。
周囲からは怒号が聞こえます。ついさっきまで楽しんでくれていた人々からの心ない言葉に、胸が締め付けられ悲しくなります。何が起こったのか全く分かりません。涙が溢れてきます。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
私は急いで人形を拾い上げその場から逃げ去ります。まっすぐ家までの道を走り抜け帰ります。その日は食事も喉を通らず、両親に心配されましたが失意のまま一日を終えました。
後日になっていろいろ試してみましたが、魔法を詠唱しても糸は出せなくて、【糸】の属性で出来た既存の糸を操ることさえ出来なくなっていました。どういうわけか私はノンマンになってしまったみたいです。
ノンマンとは属性を持たない人々の事で、一番問題なのが人として扱ってもらえないということ。
私は恐る恐るこのことを両親に伝えたけど、どんなことになっても私たちの娘だ。と抱き締められました。私は本当に恵まれた両親を持っていたのだと改めて実感しました。
そんな事態になってしまったので魔法学園は自主退学をすることにしました。もともと自主退学を勧められていたのもありますが、ノンマンだとバレることは絶対にあってはならないのです。
友達とももう会うことはできないけど、これも仕方ないと悲しみながらも諦めました。
家に引きこもり、友達にも会えず、両親にも申し訳無いと考え続ける生活をしばらく続けていましたが、このままではいけないと食事処の手伝いの仕事に就きました。
仕事にも慣れてきたある日、黒い外套を着た男性客に突然囁かれました。属性を失った理由を知りたくないか?と。
私は唾を飲み込みながら小声で答えます。
「どうして私が属性を失っていることを知っているのですか?」
「そんなことはどうでもいい。知りたくないか?と聞いている」
「知りたい……です」
「いいだろう。まずお前は属性を失ったのではなく奪われたのだ」
「奪われた……ですか?」
「そうだ。簒奪者という通り名に聞き覚えは?」
その名は私でも聞いたことがあります。ここで働いている間に、たまにお客さん達が話しているのを耳にしました。
「あります」
「それなら話は早い。我々は奴に属性を奪うことの出来る道具を盗まれてな。その後の奴の傍若無人ぶりにはほとほと困っている。そこでお前には簒奪者の情報を教える代わりに奴を始末してほしい」
始末……殺すということでしょうか。怖い。確かに酷い目にはあいましたし、今の話を聞いて憎くも思うけれど私にそんなことが出来るのでしょうか……。
そんな私の不安を感じ取ったのか男性はこう告げました。
「奴は【糸】の属性を使っている。元々はお前の属性だったのではないか?奴を仕留めることが出来ればその属性はお前にやろう」
私は衝撃を受けました。【糸】の属性を取り戻せればまた人々を楽しませることが出来ますし、何よりかつての友達に胸を張って再会できます!
「やります!やらせてください!」
「落ち着け。声が大きい。奴の情報だがこれが似顔絵だ」
そこにはいかにもといった風貌の男性が写っていました。
「この人が簒奪者……。」
「そうだ。そして奴の居場所は──」
「ちょっと待ってください。そこまで分かっているのなら自分達で手に掛けようとは思わなかったのでしょうか?」
「ああ、もちろん考えたさ。我々も疑問に思っているのだがどうやら奴は悪意に敏感なようでな。我々が近づこうとするとすぐさま逃げ出してしまうのだ。我々は悪どいこともやっているからな、感じ取られやすいのだろう。そこで、我々は善良な一般人に協力を依頼することにした。これを」
そう言って渡されたのは一本のナイフ。
「これは?」
「それが属性を奪うことの出来るナイフだ」
ナイフを持つ手が震える。少し怖いけれど、それでもこんなことにした簒奪者から属性を返して貰わないと気が済みません。
「簒奪者の居場所を教えてください──」
その後、私は仕事終わりに教えてもらった場所に早速向かいました。すると幸運だったのでしょう、すぐさま簒奪者を見つけることが出来ました。私は懐にナイフを忍ばせ簒奪者に近づいて行きます。
しかし、突然簒奪者が走り出しました。私も必死に追いかけましたが努力実らず撒かれてしまいました。おそらく、属性を返してほしいという私の欲に反応したのでしょう。今日のところは仕方ないです。またの機会を待つことにします。
簒奪者はそれから何度か見掛けましたが、いずれも逃げられてしまい追い付くことは叶いませんでした。
「私には無理だったのかな」
そんな諦観に支配されそうな頃だったでしょうか。あの人を見かけたのは。
その人を見掛けたのは簒奪者を見付けたときでした。私よりもより近く簒奪者のそばに居ました。可もなく不可もなくといった平凡な顔をした人の良さそうな男性。
その後も簒奪者を追っているとき、いつも私よりも簒奪者の近くに居ました。もしかしたら同じ目的なのかもしれません。私は、私よりも可能性のあるその人を観察してみることにしました。
私があまり近付いてしまうと簒奪者に逃げられてしまうので遠目でしか確認できませんけれど、日を追う毎に少しずつ近付けているのがわかります。これはもしかしてもしかするのではないでしょうか。
今日もあの人が簒奪者に少しずつ近付いていくのを遠目で眺めています。あと少し……もう少し……残りわずか……。そうしてあの人が簒奪者に到達し手に持つナイフを突き刺します!
やった!とうとう簒奪者に天誅が下ったのです!私の心は歓喜で満たされます。
その場から走り去るあの人がこちらの方向に来るので待ち構えます。もしかしたら属性を渡してもらえるかもしれません。
「復讐の成功おめでとうございます」
あの人は唐突に声を掛けられて少し困惑したようですが。
「ありがとう。もしかして君も?」
「はい。私も簒奪者に属性を奪われた者です」
「そうだったのか。何か用があるのかい?」
「はい、実は簒奪者の持っていた属性は元々私の物で──」
そこで唐突に響き渡る拍手の音。発生源を見てみると私にナイフを渡した男性でした。
「復讐の完遂おめでとう。ナイフを返してもらいに来たよ」
素直にナイフを渡すあの人に続いて私もナイフを差し出します。
「そうそう。簒奪者の持っていた属性だが我々には必要ないので君の好きにするといい」
男性はそう言い残すとその場を去っていきました。
残されたのは属性を奪われた男女二人。
「あの!厚かましいお願いなのは重々承知しています。ですが、どうかその【糸】の属性を私にくださいませんか!?お礼は必ずしますので!どうか!」
「簒奪者の持っていた属性は【糸】だったのか……。今の俺のトラブル体質をどうにか出来るものではないな。うん、いいよ。君にあげよう」
「本当ですか!ありがとうございます!ありがとうございます!これで友達に会えます!私に出来ることなら何でもしますので何でも仰ってください!」
「それならたまにでいいから俺の店に来て、売り上げに貢献してほしいな。もしかしたら何かトラブルに遭うかもしれないけど……あまりにも酷いときは助けるからさ」
「たまになんて遠慮なさらないでください!毎日通います!通いまくります!」
「それはありがとう。うちの店の場所は──」
私はあの人にお店の場所を聞いてから別れました。約束通り私はあの人の店に毎日通いました。たまに友達とも訪ねたりしながら。あの人が言っていた通り乱闘騒ぎに巻き込まれたり、店に近づくと怖い男性に声を掛けられたりしてトラブルに遭遇しましたが、危なくなる前に必ずあの人が助けてくれました。
そんな日々が続けば惹かれないはずがなく、私はいつの間にかあの人を好きになっていました──。
「あの!好きです!私と結婚してくださいませんか!?」
お返事ですか?それは私とあの人だけの内緒です。
ただ私は今、少し前では考えられないほどとても幸せです。