ただ恋焦がれて 作:sss
プロローグなので短め。
俺達は間違いなくあの時あの瞬間好きあって通じあっていて愛し合っていた、と思う。今じゃ事実を知る由もないけれど。それでも俺はそう思っている。
いつも隣にいて神がどうの信仰がどうのと騒ぎ立て奇天烈な行動ばかりして俺を巻き込んで行く。
いつも尻拭いやとばっちりを受けるのは俺で肝心のアイツはと言うとニコニコといつも笑ってばかりいる。
けど俺はそれで良かった。アイツが笑っているのならそれで良かったんだ。これも惚れた弱味だと自虐的に俺も笑っていた。
間違いなくあの時あの瞬間は全てが充実していて幸せだった。アイツが隣にいていつもの様に笑ってくれるだけで俺は他に何もいらない、そう思えるぐらいに。
けどアイツは居なくなった。住んでいた神社も生きていた証も記憶も綺麗さっぱり消えていて、これは夜逃げ屋もびっくりだ。
予兆はあった。意味ありげなアイツの何か決心したようで何処か不安げに揺れる瞳が今も脳裏から離れない。何故俺はあの時アイツをあのまま行かせてしまったのか、何故彼処で引き止めなかったのか。もし引き止めていれば今も隣でアイツが笑ってくれていたんじゃないのか。そんな有り得たかも知れないifを想像したことなんて数えきれない。
アイツは泣いていたんだ。笑いながら泣いていたんだ。ただ別れだけは綺麗なまま、そう心掛けたんだろうが長い間一緒にいたんだ。それぐらい分かる。
じゃあ何故俺の前から消えたんだ、相談も無しにそんな顔までしてどうしてお前は俺の前から消えてしまったんだ。
許せないし悲しかったし何より悔しかった。
何度も何度も喧嘩だってして来たが今回ばかりは簡単に許せはしない。あのくそ馬鹿お転婆天然我儘オタク娘には1度キツく言い聞かせる必要がある。
その為に、俺は戻ってきた。
長い長い石階段を登る。昔はここを腐るほど登り降りしていたというのに懐かしさからかそれとも記憶の劣化なのかとても、とても久しく感じる。
あぁ、思っているより時間が無いらしい。もう俺の中の彼女は曖昧でいつも見ていた大好きだった笑顔でさえ鮮明に思い出せない。彼女と感じた思い出も何気ない日常の一コマも全てが俺の中で色褪せて何処かに消えていった。
それが恐ろしく怖い。いつか彼女が本当に自分の中から消えてしまうのではないかと。だが褪せて弱くなっていくものだけじゃない。あの時と同じ、いやあの頃よりも俺の中にある気持ちだけは日を重ねる事に強く熱く熱帯びている。だから俺は挫けないし諦めない。
登り切った先には何もない。いや正確には昔はあった。けどまだ俺の記憶の中には確かにここに神社があったことを覚えている。
色々な思い出があった筈だがそれも今でははっきりと思い出せない。それが堪らなく苦しかった。
「懐かしいな……」
気付くとそんな言葉が出ていた。きっと俺は忘れていても心は覚えているんだろう。
石段の踊り場に寝転がり空を見上げる。背中全体にひんやりとした感覚が広がって心地良い。ここから見る景色は確かに初めてではなくて懐かしいものなのにそれに俺は見覚えがない。
木々の葉の間から漏れる陽の光も葉や枝が擦れ合う自然の音も。
幻想郷。
そこが彼女が向かったと思われる場所。俺も本人に聞いた訳じゃないがヒントはあった。
表があれば裏がある。俺達人が表であれば裏は一体なんなのか。
神秘。人ならざるもの。いわゆる妖怪なんかもそれに当たる。人の歴史に密接に関わっていただろうにそれらは決して歴史の表舞台には取り上げられない。俺も全てを理解した訳では無いがそうやって世界はずっと絶妙なバランスの上で成り立っている。
原因不明の摩訶不思議な出来事は間違いなく裏が絡んでいると言っていい。
じゃあ何故そんな事をするのか。裏が表にちょっかいを出すのには理由がある。勿論それは妖怪や人ならざるものの存在意義の為だ。妖怪は人に恐れられてその力を発揮する。故に忘れられれば力を失い存在すら危うくなる。それは神であっても一緒だ。
ヒントは幾らでもあった。
元から少し変なやつではあったがいきなり神がどうのとか信仰がどうのなんて言うやつではなかった。
神も人から忘れられ信仰がなくなれば消えてしまう。きっとアイツはそれを神本人から聞いたのだろう。
幻想郷は全てを受け入れる。忘れられし者達が集まる場所。
後は分かるだろう。そういう事らしい。
アイツは全てを捨てて自分の親替わりである神2柱と一緒に幻想郷に行ったのだ。
ふむ、やはりアイツは1発ぶん殴ってやらにゃならん。
長い間色々な所を回っても分かったのはこの程度。幻想郷なんてこの世界の何処にもないし聞いたことも無い。
ただ宛もなく気が付けばここに来ていた。もしかしたら帰ってきているんじゃないか、そう微塵も思わなかったかと言われれば嘘になる。
今も少しずつ彼女の面影は俺の中から色褪せて消えていっているというのに彼女の影すら踏めていない。
元気にしているだろうか、俺の事は覚えてくれているだろうか。覚えてくれていたら、嬉しいな。何もかも忘れていて楽しくやってくれているのならそれはそれで良いのかも知れないがどうしても俺は彼女との日常をまだ忘れきれない。
たとえ薄れて色褪せて消えようとしていても俺の中で確かにその思い出は輝いていた。忘れてもきっと俺の中でその事実だけはしっかりと生き続けている。
俺はどうしても仕方がないぐらいに東風谷早苗の事が好きで堪らないらしい。