ただ恋焦がれて 作:sss
俺、
神楽坂家は代々ある神を祀る家だ。現代では珍しい家であったと思う。それなりに歴史があって家の敷地は広く家政婦を何人も雇える程には裕福な家ではあった。
そして俺は神楽坂家長男として生まれてきた、のだが神楽坂家は代々当主は巫女である女が務める習わしになっておりその時点で俺の家での立場は言わずもがなぞんざいなものだった。普通であれば家には置いて貰えず何処かでひっそりと暮らす事になるのだが俺は何でも男でありながら巫女としての才能が高いらしく、お偉いさん達の決定で本家の方で暮らす事になった訳だ。
と言っても男では何やら色々と都合が悪いらしくお偉いさん達も俺の扱いをどうするか決めあぐねたらしい。故にあんな事になった。まぁ当時の俺は知る由もない話なのではあるが。
それは置いておいて俺と早苗の出会いは近場で神社を祀っていたという訳で神楽坂家に招かれた東風谷夫妻に付いてきた早苗に俺が宛てがわれた事から始まる。
大人の話があるからと必然的に1人になった早苗に都合よく宛てがわれたのが俺である。いやそこは同性の人とか家政婦とか腐るほどいるだろ、とか思わなくもなかったが家の決定は絶対なので俺が何を吠えようが現状は変わらないので1秒にも満たない間に諦めた。
人間諦めが肝心なのである。お互いに小学生高学年程度のガキではあるが俺は神楽坂家としてそれなりの格式ある作法等を学んでいて少し早熟であったと思う。女しか居ない本家にいる以上男である俺は様々な事を徹底的に叩き込まれていたのだからそれは必然でもあった。
家政婦に案内されて俺は部屋の中にはいった。相手しろと言われて何をすればいいのか。ええいままよ、と声を掛けようとして俺は息を呑んだ。そこに居たのは紛れもない美少女で可愛い女の子。女の子なんて腐るほど見てきたというのに俺の心の臓は激しく脈を打っていた。
ぶっちゃけた話これが初恋になるのだろうが当時の俺はそんな事は理解しておらず、ただ直ぐに俺はズッコケる事になる。
「貴方には神様が見えますか?私には見えます!」
「は?」
まさか初対面でいきなりそんなことを言われると思わなかったもんだからアホずらを晒していたと思う。なんなら新手の詐欺を疑うレベルである。俺の家がこういう家じゃなかったらビビるか引くかしていた筈だ。何処か爛々と興奮した様子で聞いてくる早苗に俺は終始タジタジであったし何より此方に身を乗り出すように顔を近付けてきているせいで距離が近い。男とは違う白い肌に綺麗な長い緑色の髪、ぱっちりと大きな目に綺麗な碧い瞳。はっきり言って見惚れてしまっていた。
落ち着け……まずは深呼吸。すー、あっめちゃいい匂い。と自爆する始末。これ程の醜態を晒したのは過去未来遡ってもこの時ぐらいだと断言出来る。
「……いや、分かんない。俺この家で神様見たことないから」
「そうですか……」
きっと大きい家だから絶対に自分と同じで神様が見える人がいるのだと悠々とやって来たのだろう。その分落胆が大きかったのか寂しそうに項垂れる姿に胸がチクリと傷んだ。あぁ、何とかしないと。と柄にもなく当時は焦っていたんだと思う。
「だから今度俺にお前ん家の神様紹介してくれよ」
「えっ?……うんっ!もちろんです!」
だから咄嗟にこんな言葉が出てきていた。見えなかったらどうするんだとか何気に家行くわって言ってるとかこの時は考えられなかった。ただ太陽のように明るく楽しそうに笑う彼女が綺麗でとても美しくて、そんな事は微塵も考えもしなかった。
それから自分の事のように神様の事を自慢げに語る彼女、もとい早苗との会話は思いの外弾んだ。お互いに元より人見知りする性格でもなかったしきっかけさえあれば仲良くなるのは必然でもあった。
こんな家に生まれた俺だが友達は多い、やはり家で規律や成果を求められる反動からか学校では割と好き勝手やらしてもらっている。
故にトントン拍子で遊ぶ、もとい神様を紹介してもらう為の約束は結ばれる事となった。
はるか頭上から太陽がギラギラと照らす中長い、長い石階段を登る。俺は約束を守る為に彼女に家に向かっていた。何でも彼女の家はこの山道にある石階段の先にあるらしい。果たしてこんな山奥に参拝客は来るのだろうか、なんて思ったりもしたがここに来るまで誰一人見ていないし恐らく滅多に居ないんだろう。
まぁそれはある意味当たり前でもある。ウチにも神社はあるが山奥でないのだが参拝客なんてほぼいない。今の時代何でも科学で証明される時代、神秘や神様というものを本気で信じる者は極小数となった。俺としては神を祀る家に生まれてきてじゃあそれが残念かと言われればそうは思わない。だって肝心の神様はまだ見た事がないし何より硬っ苦しいのは苦手だ。
だから彼女にはああ言ったが神様がいると言うのも半信半疑。特にこれといって家の誇りもなければ寧ろこの時代に生まれてきた1人間として信じられないという気持ちが大きかった。
あぁ、けど。
脳裏に太陽のように眩しく輝く彼女の笑顔が浮かんできて、信じてみたいとそう思う。
階段を登り切る頃には流石に真夏の太陽が照らしてる中を歩いてきたのもあって身体が少し汗で気持ち悪い。ふぅ、と自分の中で一息付いて辺りを見渡し思ったのは随分と広い境内だと思う。もしかしなくてもウチの神社より広いんではないだろうか。
心地良い風が吹き風を全身に受けるように脱力して目を瞑る、長い階段を登って少し疲れたからかそれとも別の要因か吹き抜けていく風が太陽に照らされ熱くなった身体には丁度よく気持ちがいい。そんな風と一緒にパタパタと忙しない足音を響かせて近付いてくる気配がする。
風と一緒に舞い込んできたその気配に僅かに自分が笑っているのを自覚して何となく恥ずかしくなり、んんっと咳払いをして目を開けた。
そして飛び込んできた光景に思わず目を見開いてしまう。
「ふふふっ、どうですか?」
何が楽しいのか袖を掴みくるっと一回転してみせる彼女の巫女服姿に息を呑む。やべぇ、普通に可愛いしなんかエロい。下の青に白い模様が入ったスカートはいい。だが上の白を主体に青く縁取りされた上着が問題だった。大きく肩の部分が露出されるように開いたそこに目線がいってしまう。それに腕を上げてしまえば腋が丸見えになってしまうそれは少し、いやかなり目に毒だ。
「あー、うん。いいんじゃない?」
だから目を逸らして誤魔化すようにそう答える。
「ありがとうございますっ!」
そんな投げやりな答えでも本人は褒められて満更でもないようで頭上で鬱陶しいほど輝く太陽にも負けない笑顔で笑っていた。
きっと顔を背けてなければ即死だったと思う。咄嗟に顔を背けた俺だが背けた先には俺、いや俺達2人を微笑ましく見ている参拝客がいるじゃないか。
しかし参拝客というには少し奇天烈な格好のような、それにあの2人にはこうよく分からないが何かビビっと感じる何かがある。
取り敢えず恥ずかしさを紛らわすように会釈をすると2人は心底驚いた表情をした。そんなに会釈は珍しいのだろうか。
なんて考えているとドン、と何かが俺の腕に絡み付いてきた。僅かに柔らかい感触が腕から伝わってきて嫌でも絡み付いてきたものの招待が分かる。そんなドギマギした俺の内心を知ってか知らずか俺をドギマギさせている当の本人は心底嬉しそうに俺を真っ直ぐ見詰めてこう言った。
「神奈子様と諏訪子様が見えるんですねっ!凄い、凄いです!やったぁ!」
「お、おい!?落ち着けって……」
もういっぱいいっぱいで藁にも縋るつもりで2人を見るが苦笑いする2人の顔は「諦めろ」と言っていてそれから暫く俺は彼女が満足するまでひたすらぶんぶんと左右に揺さぶられたりぴょんぴょんと跳ねる彼女に付き合わされる事となった。
そのせいで無駄に疲れ果てた俺だがそれでも彼女が笑っている所を見ると何だかそれでいいやって思ってしまうのは何故だろうか。
「すまないねぇ、早苗が迷惑かけちゃって」
「いえ、そんな事は」
「あんなにはしゃいじゃって。よっぽど嬉しかったんだろうね」
もう日が沈み出した頃合い。
俺は初めてここで神様と出会った。参拝客と思っていた2人が神様だったとは思いもしなかったが。
俺が神奈子様と諏訪子様、2人神様を見れたことが嬉しかったのかもう大いにはしゃいで自慢するように語った後電池が切れた玩具のように早苗はすーすーと寝息を立てて眠りに付いた。引っ掻き回すだけ引っ掻き回しといて、とは思わなくもないが寝ているのに嬉しそうに眠っている彼女を見ると自然と頬が緩んでしまってそんな事は些細な事だと思えてくる。本当にズルい女だ。
眠る早苗の髪を撫でる2人はまるで本当の親のようでなるほど、早苗が言っていたように優しいもう2人の親というのは間違いでは無いらしい。
寝ている本人は呑気なものだがそれ程嬉しかったのだろう。神様2人が言うには2人を見る事が出来るのは本当に稀でそれこそ稀代の才能と言われる程の霊力や神力、霊感等がないと信仰が薄れた現代では叶わぬ事らしい。要約するとめちゃくちゃ才能あるすげーやつと言われたのだが正直実感はないしピンとこない。
だが生まれて初めて神楽坂家に生まれた事を感謝したかもしれない。きっとあの家に生まれなければこの霊力とかその他諸々の才能は無かったと思うから。
「そう言えばそっちの家も神を祀ってるらしいけど、誰を祀ってるんだい?」
「自分は見た事がないんですけど神皇産霊神です」
「あー……なるほど。アイツはもう現代には居ないから見えなくて当然だよ」
神皇産霊神は「創造」を神格化した神であり、高皇産霊神と対になって男女の「むすび」を象徴する神でもあると考えられる。そして神楽坂家はそんな神皇産霊神に昔から仕えてた巫女の子孫とかなんとか聞いたような。まぁ実際はどうなのか知らないが。
ふむけれどもなるほど、それならば神を1度も見なかったのも納得だ。現代にいないのなら見ることが出来ないのは道理である。
しかし何故現代にいないのか、そう思考がズレそうになった時に声を掛けられる。
「どうか早苗と仲良くしてやっておくれよ」
「この子はこんなんだからね。ちょっと周りから浮いちゃっててね、君がいると心強いというか安心というか」
「まぁ、はい。俺で良ければ仲良くさせて頂きます」
何だか含みのある言い方が気になったが早苗の信仰する神のお言葉だ、謹んでお受けする。その言葉を聞いて満足したのか笑顔で大きく頷いて早苗と同じように俺を撫でてくれた。