ドロドロのシンデレラナイン   作:カチュー

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八重歯がチャーミングな女の子って可愛いよね。


#15 椎名ゆかりの”大嫌い”な人 中編

 彼は、英雄であり怪物だった。

 小学生の頃から頭角を現し、U-12代表としてチームを牽引。中学生時代も走攻守、そして投球。あらゆる面で頂点に君臨していた。

 小学校時代は自チームのキャッチャーに気を使い、本気を出すことが出来なかったようだが、中学生からようやく自分の球をまともに取れるキャッチャーに巡り合い、自らの制限を解除したかのように暴力的な才能を振るい始めた。

 

――もしかすると、中学生時代も全力だったのか今になってはわからないが。

 

 マスコミの取材を受けた彼と対戦した打者は彼の投球に関して、各々が怯えた表情でこう言ったらしい。

 

『本物のストレートを見た。ただ速いだけじゃない。彼のストレートはまっすぐ来る』

『かろうじて当てても、彼のストレートは重すぎて前に飛ばない』

『スライダー、チェンジアップ。ストレートと同じフォームのまま繰り出される変化球はまさに魔球だった』

『直球も変化球も四隅を狙って投げてくる。甘い球は一度もこなかった。打てるはずがない』

『彼が投球モーションに入っただけで心臓発作を起こし、死にかけた』

 

 続いて、彼と対戦した投手は顔を青ざめさせてこう言うのだ。

 

『インコースに投げたストレートを逆方向にスタンドまで持っていかれた』

『指にかかった会心のフォークを曲芸師のように片腕で掬い上げられた』

『勝負を避けて歩かせても、三盗までガンガン走ってくるのでバッター相手に集中ができない』

『バントでホームランを打たれた』

 

 と、武勇伝は都市伝説並みに数知れず。そんな彼には明確な指導者はいないらしい。なのに、元プロの野球専門家曰く『欠点は完成されていない体だけ』そうだ。技術面は言うことはないと日曜の朝に喝を入れる野球界のレジェンドも太鼓判を押している。彼は野球人とって、良くも悪くも全てを破壊する怪物だった。

 

 ゆかりは彼のことが小学生の頃は”憧れ”の男の子で小学生最後の大会以降は”大嫌い”な男の子になった。

 

 ――野球を嫌いといいつつ、プロ野球視聴や野球番組を欠かさず見ている高校生になった今は……”大好き”と”大嫌い”が混在して自分でも分からなくなってしまっている。

 

※ ※ ※

 ゆかりは電気の消えた真っ暗な部屋で感情の抜け落ちた顔をし、スマホの画面を凝視していた。ゆかりが見ていたのは、今は削除済みである昨年のリトルシニア決勝の試合だ。マウンド上には故障寸前とは周りに悟らせない同じ高校の男子生徒が闘志を漲らせていた。

 

 ゆかりは精神が不安定になると決まって保存してある動画を見るようにしている。毎回もう二度と見るものかと心に決めているのに、ついついこの動画に頼ってしまう。動画も終盤。7回表の2アウト。

 打席には”大嫌い”な学友の有原翼が目の前の好敵手と戦うのが楽しくて仕方がないと言わんばかりの仕草でバッターボックスに立つ。

 

「ここはカットっと」

 ゆかりは迷うことなく、動画の再生時間のバーを指でスライドさせる。バカげていると思いながらも、何度も見てしまうのは次の場面なのだから。

 

「……あはっ」

 そう、見たかったのはここだ。マウンド上で苦悶の表情で蹲る彼。野球人生が断たれた絶望の瞬間を見たゆかりは再生時間を戻す。また再生。

 

「……あはっ!」

 戻す。再生。すごく痛そう、苦しそう。地に堕ちた姿を見て、笑う。

 

「……あはっ! あはははははっ! あはははははははっ!」 

 戻す。再生。笑う。笑い続ける。

 

「あはははっ! あはっ! あはははははっ!」

 また再生。笑いが止まらない。涙が止まらないほど、笑う。お腹が痛い。

 

「あはっ……なに、やってんだろ、あたし」

 ゆかりは笑う。そして、動画を閉じた。ひとしきり愉快な気持ちになってから、深淵なる闇に落とされたかのような自己嫌悪に陥る。

 これからの野球界を背負っていたであろう一人の男の子の野球人生が崩壊する瞬間を見て、心の底から笑えるなんて人として終わってる。

 

「どうして、君はあたしと違った道を選ぶの? もう二度と報われない野球に関わるなんて、苦しくて辛いだけじゃん……」

 ゆかりは甘美で忌々しい映像を流していた自らのスマホを床に投げ捨てて、泣き笑いをしながら目を閉じたのであった。

 

※ ※ ※

 

 数日後の放課後。いつも通りの自分を取り戻せたゆかりは帰宅前にクラスメイトと教室でテスト勉強をしていた。もう少しで期末テストがはじまるので、その対策を兼ねて皆で輪を囲んでいたのであった。

 

「椎名さーん! あの人から呼ばれてるって! 早く早く!」

「……うん、わかったー!」

 

 放課後に自分を呼ぶ人物。真夏のひまわりのような煌めきを携えた彼女だろう。クラスメイトに一声かけた後に席を立ったゆかりはスタスタと廊下側に向かっていく。今日はどんな断り方をしようかと考えつつ、正面を見据えると、そこにいたのは翼ではなかった。

 

「ごめん、面識もないのに急に呼び出しちゃって」

「あ、ああ。ううん、ぜんぜんだいじょうぶ、だよ」

 

 なんで、彼がここにいるのか。ゆかりは思わぬハプニングに戸惑い、言葉を絞り出すのがやっとであった。

 

「そして、もうひとつ。あの野球バカがたびたび押しかけてるみたいで、本当にごめん!」

「……あはっ、もう慣れたからだいじょうぶだよー」

 両手を合わせて謝っていた彼がここでゆかりの顔をまじまじと見た。彼の瞳は翼に似て透明で真っ直ぐで力強い、ゆかりの大嫌いな輝きを持っていた。じわじわと浸食してくる愛憎混じった感情が彼と対面した緊張感を上回り、ゆかりは逆に冷静になった。

 

「あ、自己紹介が遅れた。俺は1年3組の――」

「知ってるよ。だって、君、女子たちの間で有名人だもん」

「え? そうなのか?」

「女子野球部の監督という立場を利用して野球部の女の子たちをあの手この手でヒャッハーと誑し込んでいるド外道だって」

「はあ!? そ、それマジですか……?」

「マジ、大マジだよ。一日一回女の子を自販機のように取り換えては、楽しみ終わったらゴミ箱にポイ捨てしているとか」

 

 ジト目をして、怯えるように半歩下がったゆかりは発言に真実と嘘を混ぜた。こんな複雑な感情を抱かせる彼に対する仕返しだ。

 

「俺の評判、真正のガチクズじゃないか! ……最悪だ。なんで誰も教えてくれなかったんだ」

「ま、設立当初のほうだけだったけどねー。今はそんな風評もなくなってるけど」

「マ?」

「マ、だよー」

「よ、良かったー! 俺の人権が救われた! まだ人生ゲームセットじゃなかったわ!」

「……あはっ」

 

 気分が悪くなったゆかりの信憑性のない言動に惑わされ、落ち込みかけた挙句……証拠もない言葉ひとつで高らかにガッツポーズをしている子供っぽい彼におかしくなって、ゆかりも釣られて笑ってしまう。

 

「今日は……テスト勉強中かな」

「うん。まあねー」

「なら、明日。明日の放課後、ちょっとだけ時間を貰えないかな」

「明日? 明日は予定入ってないし、別にいいけど……」

 

 明日はチュリオーズ戦もないし、帰ってもやることがなかったため、ゆかりは安易にそう答えてしまう。それが、間違いだった。

 

「ありがとう! じゃあ、明日の放課後、校門の前で待ってるから!」

「え、ちょっ……!」

 

――あれ? あたし、約束しちゃった? これって、もしかしてデートの約束? いや、今まで話してもいなかったのに絶対ないでしょ!?

 

 ゆかりの返答を待たずに彼は満面の爽やかな笑みをゆかりに向け、猛スピードで走り去ってしまった。教室に残っていたクラスメイトの子たちはキャーキャーと興奮してうるさい。

 ゆかりはあまりの急展開に呆然と立ち尽くすのであった。




実は主人公の名前はずっと前から決めているんですが、これまで通り”彼”で統一した方がいいのか、彼に名前を与えるべきなのか迷ってます。

名称があった方が書きやすいんですよね……
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